バッド選択・迷走 ~雨雪~
居心地が悪くなってしまった空間から逃げ出した俺は、学園へと戻って来ていた。
今日は部活動をしている所も少ないのか、いつも聞こえる掛け声なども聞こえず静かなものだった。
(さて、華絵はどこにいるか)
海たちと教室を出た時、華絵はどこに行く訳でもなく椅子に座り直していた。
ただ時間を潰していただけなのかもしれないが、そうだとしたら行く所に当てはない。
華絵にメッセージを送っても電話をしても出ないため、まずは教室に行こうと下駄箱で靴を変えている時だった。
「おお? 天道先輩じゃないですか!」
「ん……? ああ、マネージャーの……」
「東森です!」
「西林です」
サッカー部でマネージャーをしてくれている東森と西林が声を掛けてきた。
体操服姿なので部活中だと思うのだが、今日って活動していないと思ったのだけど。
「もしかして、サッカー部って活動してんの?」
「いいえ、今日は誰も来てないですね」
「ウチ達は、練習試合の準備があるので」
マネージャーの言う通り、日曜日は他校との練習試合が予定されていた。
俺達は自分の準備をすればいいだけだが、マネージャーは色々と準備があるようだ。
「……時雨はいないのか?」
「もう少ししたら来ると思いますよ」
「……というか天道先輩。もしかして先輩は愛莉の事が気になる感じです?」
どこかニヤつきながら、東森はそう聞いてきた。
気になるといえば気になるが、今はそういう意味で聞いた訳ではない。
「可愛いとは思うけど……」
「ですよね! だからウチ達、応援しますので!」
「応援?」
「愛莉がマネージャーになった理由って、なんだと思います?」
「……サッカーが好きだから?」
というかそれ以外にあるのだろうか? まさか人に尽くすのが好きだからって事はないだろうし。
「愛莉は天道先輩の事が気になって、マネージャーになったんですよ!」
「……マジで?」
そんな雰囲気は感じられなかったが、いつも時雨と一緒にいる二人が言うなら本当かもしれない。
そりゃ気になると言われるのは良い気分だ。時雨のような可愛い子に思われるなら尚更に。
「まぁ本人から聞いた訳じゃないんですけどね」
「でも絶対そうだと思います」
「だからこの前の買出しも、ワザと二人きりになるように仕向けたんですよ!」
「その時もお礼言われたし。良い思い出が出来たって」
そういう事か。確か、この二人は急用で来れなくなったとか言ってたっけ。
しかしいい思い出……? 特に何もした記憶がない。それどころか、遊びの誘いは断られた気が……。
「まぁそういう事なんで、愛莉の事は宜しくお願いします!」
「優しくしてあげて下さいね! それでは先輩、失礼します!」
嵐のような二人は、そのまま急ぐように校舎内に入っていった。
しかし、時雨が俺の事が気になる……か。
俺は若干心が踊るのを感じながら、華絵を探すために校舎内に入った。
校舎に入り、自分のクラスを目指して廊下を歩いている時だった。
反対側から、顔見知りが歩いて来るのが目に入った。
立ち止まって会話をする仲ではないが、無視するのは違うため俺は会釈する。
すると意外にも、その人は立ち止まり俺に話し掛けてきた。
「こんにちは、天道君」
「こんにちはです、縦山先輩」
歩いて来たのは三年生の縦山先輩だった。
縦山先輩は生徒副会長で、雪永先輩の手伝いをする時に何度か会った事がある。
雪永先輩の隣に立つ姿はお似合いだと噂されるほどのイケメンで、お洒落なメガネが特徴だ。
「最近、生徒会に遊びに来なくなったね?」
「遊びですか……一応、手伝いに行っていたつもりだったんですが」
まぁ役に立っていたかどうかは分からないが。少なくとも縦山先輩には遊びに来ているように見えていたようだ。
「ははは、冗談だよ。でも本当に、最近は来てないだろう?」
「……ですね」
「もしかして、会長と何かあったのかい?」
「えっと……まぁ、あったかもです」
雪永先輩を不愉快にしてしまった事実がある。
まだ正式に謝れてはいないのだが、そもそも何て言って謝ればいいのか。
内容的に、謝るというのも違うかもしれない。行動で示すのがいいだろうか?
「そうなんだ。でも大丈夫さ、君は会長のお気に入りだからね」
「雪永先輩のお気に入り……? 俺がですか?」
「そうだよ? 会長が部外者に声を掛けるのは、君だけだからね」
「そうだったんですか……」
俺はてっきり、暇そうだからとか使えそうだからという理由で先輩に呼ばれているのだと思っていた。
しかしそれなら他の人でもいいはずだ。縦山先輩が言うように、俺にしか声を掛けていないのであれば、俺だけが特別だという事になる。
「何があったのかは分からないけど、早く仲直りして、また遊びにおいでよ」
「分かりました、その時はお願いします」
そう言うと、満足そうな顔をして縦山先輩は去っていった。
雪永先輩に特別に思われていたという事実が、更に俺の心を踊らせる。
俺はいい気分になりながら、教室に向かった。
「……いないな」
その後すぐ教室を見に来たが、華絵の姿はおろか誰の姿もなかった。
他に華絵が行きそうな所に心当たりはない。もしかしたらすれ違ったのかもしれない。
どちらにしろここにいても仕方ないので、もう一度電話して出なければ戻ろうと電話を掛けるが、やはり華絵は出ない。
もしかして用事というのは学園外の事で、今は手が離せない状況にあるのかもしれない。
内容を知らないので想像でしかないけど、何れにしろここにいても仕方ない。
俺は華絵にメッセージを入れた後、教室を出た。
教室を出て少し歩き、廊下を曲がった時だった。
廊下を曲がると、見覚えのある後ろ姿が目についた。
綺麗な長い黒髪に、スラリと伸びた手足。間違いなく雪永先輩だった。
先輩はどこに向かっているのだろう? 生徒会室か職員室かと思ったが、先輩が進む方向にそれらはない。
――――様子を見る――――
声を掛けようかとも思ったが、先輩とは微妙な感じになっていた事を思い出し踏み止どまってしまった。
先輩はもう何とも思っていないかもしれないが、こんな心の準備も何もしてない状態で会うのは危険だと判断して、様子を見る事に。
少し歩くと先輩は立ち止まった。そこは生徒会室でもなければ教室でもない、廊下の途中……階段の踊り場と言えばいいだろうか?
そんな所で何をしているのかと思ったが、どうやら先輩は誰かと会話しているようだ。
俺は廊下の角に身を隠し先輩の様子を見る。
なんで俺は隠れているのか……完全に声を掛けるタイミングを失ってしまい、どうしたらいいのか分からなくなってしまっていた。
そのためストーカーのように身を隠し、先輩を眺めていると、先輩が何かを取り出して誰かにそれを渡した。
(あんな顔、するんだな……)
何かを渡した後の先輩の表情は、初めて見るものだった。
どこか子供のように顔を輝かせたと思ったら、顔を赤くして恥じらいの表情を浮かばせていた。
あんな先輩の姿は見た事がない。先輩にそんな表情をさせるのは誰なのだと、凄く気になった。
「子供扱いしないで下さいぃぃ!」
なんて事を考えていると、少し大きめの声が先輩がいる方向から聞こえてきた。
しかし今の声は先輩のものではない。というか、今の声には聞き覚えがあった。
(まさか、時雨? いやでもあの時雨があんな大きな声を出すか?)
声は時雨のものだったが、俺が知っている時雨はあんな大きな声は出さない。
部活でも声を出すのは専ら東森か西林で、時雨は他の事をやっているイメージ。
どこかマスコット的に思われている時雨が、あんな声を出す訳がない。
そう、思っていたのだが。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 行人先輩っ」
時雨だった。
慌てた表情の時雨は、男の……地道行人の腕を掴んで顔を赤くしていた。
反対側の腕を掴んでいるのは雪永先輩だ。先輩はいつも通りの表情に見えるが、男の腕を掴んでいる所なんてもちろん初めて見た。
(な、なんで地道が!? 三人は知り合いだったのか!? いやそれよりも、何をしてるんだ!?)
会話はほぼ聞こえない位置なので、何を話しているのかは分からない。
先輩や時雨の表情、そして困惑しているような地道の表情だけで適当に脳が推測をする。
どう見ても、地道行人の事を二人が取り合っているようにしか見えなかった。
(なんでそんな顔をするんだよ? 俺が気になってるんじゃないのかよ? 俺を気に入ってるんじゃなかったのかよ?)
どす黒い感情が浮かび上がるのを感じる。なにより相手が、あの地道行人と言うことも大きく影響していた。
――――ピコン。
急に鳴ったスマホの音が、俺を冷静にさせた。
それと同時に雪永先輩がこちらを見たので、俺は慌ててその場を立ち去った。
歩きながらスマホを取り出し見てみると、華絵からの連絡だった。
華絵< ごめん進くん。連絡に気が付かなかった……今、クラスの皆と合流しました。
もの凄いタイミングで華絵からメッセージが届いたもんだ。ある意味では助かったのかもしれないが。
本当にすれ違っていたみたいだ。仕方がないとはいえ、何か一言いってやらないと気が済まない。
進< なんのためのスマホだよ? 用事中だってならまだしも。
華絵< ごめん……(。´Д⊂)
そんな近い訳でもないアミューズメント施設に、また1人で戻ると思うと気が進まない。
先程の光景もありモヤモヤも募っていた。
俺は海に戻らないと連絡を入れた後、真っ直ぐ家へと戻った。
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