第6話 地道かつ着実に、クラスの中心へ
【立候補する】
→【立候補しない】
本日は月曜日。中間テスト返却の日だ。
さり気なく周りを見渡してみると、どこかウキウキしているクラスメイトの姿が見えた。
担任の教師がやってくるまではまだ数分あるだろう。普段なら席に着いている者の方が少ないのに、今日に限っては大多数のクラスメイトが席についていた。
沙汰を待つ者の顔ではない。まるでこれからご褒美を貰うとでも言うような、皆そんな表情をしていた。
そしてついに、その時は訪れる。
「お~しお前ら、席につ……いてるのか。なんだ? 珍しいな」
我がクラスの担任、担当は体育の横谷先生。30代後半の顔が厳つい昔はイケメンが、驚いた顔のまま教壇へと向かう。
横谷先生の一挙手一投足に注目が集まる。先生は居心地悪そうに頬を掻いた。
「なんだお前ら? もしかしてなんか仕掛けてんのか? やめろよ……先生、ビックリ系は苦手なんだ」
厳ついくせにビビりな先生は、恐る恐る教壇に立つと、ゆっくりと生徒の顔を見渡した。
彼の目には異様に映った事だろう、ほとんどの生徒がニヤニヤしているのだから。
「……じゃあ、ホームルームを始める――――」
「――――先生っ!!」
「な、ななんだっ!? 急に大きな声を出すな!」
「今日ってテスト返却の日で間違いないですよね?」
「は……? ああ、これから返却するけど……」
呆気に取られた先生は、脇に抱えていた分厚い用紙束を生徒に見せる。
うちの学園はテスト返却日の朝にLHRを設け、担任が一斉にテストを返却する。
返却後、生徒たちはテストを見直し間違ったところを自習という形で勉強する事になっている。
教科毎に担当の先生は教室にやって来るが授業はしない。テスト返却日だけは、テスト作成や採点作業を頑張ってくれた先生たちの休養日という訳だ。
「なんでソワソワしてるのか知らんが……ああ、そういえば今回はウチのクラスの平均点が一番高いって聞いたぞ、それが理由か?」
それが理由でしょう。先生のその言葉で自分達の点数が更に気になり始めたクラスメイトは、早く返却しろと無言の圧を先生にぶつけていく。
先生は身の危険でも感じたのか、連絡事項などを後回しにしてテストを返却し始めるのだった。
「うぉぉぉっ!? マジかよ!? 数学……60点!?」
「はぁ? 毎回数学赤点のお前が? 嘘だろ?」
「俺なんか国語70点だぞ!? あり得ねぇ!」
「赤点常習者のお前らが高得点連発だとっ!?」
「ねぇねぇ、どうだった?」
「全部80点越え! もうビックリ!」
「ほんと? ヤバ過ぎでしょ……」
「や、やっぱり36点……英語めぇぇ」
自分の答案用紙を確認しながら周りをチラ見したが、どいつもこいつも驚きに目を見開いていた。
晴山を始め、少しだけ渋い顔をする生徒も数人いたが、テスト返却日にこれほど多くの笑顔が弾け飛んだ事は一度もない。
そんな興奮冷めやらぬ状態のクラスメイト達は、まるで神を崇めるかのような表情で俺を囲みだした。
「地道様! これも全て地道様のお陰です!」
「ありがとうございます! ありがとうございますっ!」
「うむ、苦しゅうないぞ」
「きっと母ちゃんも喜んでくれます! お小遣いも増えます!」
「俺もです! きっと臨時ボーナスを頂けると思います!」
「小遣い、臨時ボーナスとな? ふむ……お主ら、分かっておろうな?」
「「もちろんです! 今度、ご馳走させて頂きますっ!!」」
「地道君ほんっとありがとう! ウチ、初めてこんな点数取ったよ!」
「あの問題集ほんと凄いね! 一言一句同じ問題が出た時は笑っちゃった!」
「男子たちじゃないけど、今後なにかお礼したいなぁ」
「ふっ……君達の可愛い笑顔を見れただけで十分さ……ふひひっ!」
「「「きゃーーーーーっ!!!」」」
もう何を言っても、下卑た笑顔を見せても盛り上がりは収まらなかった。
男子生徒が手を合わせて俺を拝めば、女子生徒は黄色い声を上げながら頬を朱に染める。
もはや洗脳集団。ある意味でこのクラスは一丸となっていた。
そんな洗脳集団とは違った目をしているのは、陸たち数人の友人や横谷先生。そして天道などの不参加者。
彼らにとっては当たり前の事、勉強会に参加していなかったり、もしくは興味がない。周りとの温度差はそれが原因だった。
去年も同じような光景はあった。しかしそれは、陸たち数人が軽くお礼を言いにやって来るだけで、ここまでのバカ騒ぎにはなっていない。
「地道様ばんざーい! ばんざーい!」
「「「ばんざーい! ばんざーい!」」」
そんな大した事はしていない。問題集を作ったとはいえ、それを頑張って解いたのはお前達なのだから。
しかしクラスのお調子者たちの雰囲気は伝染し、大した事はしていない地道行人は、大それた事をしてくれた地道行人となっていた。
「でもお前たち、問題集だけではダメだ。これからは地道に努力するように」
「「「「ははぁぁぁぁっ!!」」」」
しかしノリがいいクラスだ、中には本当に平伏す者もいるくらい。
まぁ次回は頑張って下さい。期末テストの問題集なんて面倒なもの、作りたくないし。
「ところで行人はさ、何点だったん?」
そんな雰囲気の中、洗脳されていない陸たちが普段の感じで声を掛けようものなら。
「おい中島! 行人様だろ!? なんだその口の利き方は!? 控え居ろう!」
「「「そうよそうよ! 頭が高いわ、面を下げなさい!」」」
引きつった笑みを浮かべる陸たち。ここで逆らうのはマズいと判断したのか、姿勢を正して俺と向き合った。
「よいよい陸よ、面を上げぇい」
「下げてねぇよ! ああいや……その、行人……様は何点だったのですか?」
どこかビクビクしながらそう聞いてきた陸。なんで友人のテストの点数を聞くだけなのにビビってるんだろう。
「今回は少しだけ勉強時間が少なかったからな、やらかしちまった」
「そうなん……ですか? なんか悪いな、俺達のせいだよな……」
「2問も間違った」
「えっと……一科目、2問ずつ間違ったって事?」
「いや、五科目全部合わせて2問間違った」
「……それ、本当に俺達のせいか?」
陸たちのせいではない。間違った所は俺の計算間違いと記憶違いが原因だ。
俺の点数を聞いたクラスメイトが再び騒ぎ出し、いよいよ収集(収拾)がつかなくなってきたところで、横谷先生の怒声が響き渡った。
マジ怒りの声は生徒たちの興奮を冷ますのに十分で、一気に静かになったクラスメイト。これもある意味、洗脳なのだなぁと思った。
――――
――
―
「――――それじゃあ次だ。体育祭の実行委員を決めるぞ」
テスト返却騒動から冷静さを取り戻していたクラスは、LHRで行うメインの議題を話し合っていた。
本来はこの実行委員を決める事に時間を使うつもりだったらしいが、テスト返却で大幅に時間を使ってしまっており、横谷先生は少し焦っているようだ。
「各クラスから1名、体育祭に向けての準備、体育祭当日の管理などを行ってもらう」
来月開催される予定の体育祭。誰も彼もが楽しみにしている学園行事の一つだが、それを成立させるためには裏方が必要となる。
「立候補する者はいるか?」
先生の言葉で教室内は静寂に包まれた。先ほどまで聞こえたヒソヒソ話も全くなくなり、目立たないようにと誰もが息を潜める。
進んでなりたがる奴なんていないだろう。明確にメリットが提示されている訳でもないし、言ってしまえばただの雑用だ。
「……立候補を望んでいたんだが、時間もないし……なら推薦はあるか?」
これまた難しい。立候補者がいないという事は、やりたい奴がいないという事。
あの人が適任だと推薦する……それはこの状況下では綺麗事だ。
言い方は悪いが、ただの押し付け。この状況下で推薦するという事はそういう事だ。
このクラスは仲がいい。推薦すると、押し付けた、押し付けられたという事実が発生し、最悪仲違いしてしまう可能性もある。
故に推薦者は現れない。現れるとすれば、クラスの雰囲気を悪くしないために自分を犠牲にしてくれた、立候補者。
しかし手は挙がらない。そんな中、俺はクラスを見渡した後、ゆっくりと後ろを振り向き――――
――――天道進と目を合わせた。
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