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第3話 昔の人VS今の人

→【様子を見る】

 【声を掛ける】






 教室で晴山と別れてすぐ、婆ちゃんから電話があった。


 そのため俺は足を止め、自分の机に腰かけながら婆ちゃんと電話をしていた。



『じゃあ行人ちゃん、宜しくお願いね』

「うん、分かった」


『明日でも明後日でもいいわ。行人ちゃんの都合のいい方で』

「俺はどっちでもいいかなぁ……ああでも、爺ちゃんの道場に行かないと」


『別に毎週行かなくてもいいんじゃない? あんな枯れたジジイの所になんか』

「あれで枯れてるの? 瑞々しくはないけど、元気過ぎるんだけど」


 あれで枯れているのだとしたら、全盛期はどんだけだったんだ。


 まぁ今のアースロード製薬を大企業と呼ばれるほどまでに発展させたのは、剛斗爺ちゃんだったらしいけど。



『あっちょっやめろジジイ――――誰と話しとる!? 行人か? 行人なんか!?』

「……婆ちゃん? なんか爺ちゃんの声が……」


『行人ちゃん、ちょっと待っててね――――まずは汗を流してきなさい、枯れた草木の匂いがしますよ』

「…………」


『さっきから聞いとれば、行人とどこに行くつもりだ――――ジジイには関係ありません』

「…………」


 婆ちゃんって普段は凄くお淑やかなんだけど、爺ちゃんに対する時だけちょっと変わるんだよな。


 仲がいいって事なんだろうけど……仲良くは見えない。


 まぁ永年連れ添っている二人だ。このやり取りも、二人にとっては当たり前の事なのかもしれない。



『そうか電話だな!? 電話を交換しに行くんだろう!? 儂も行くぞ! 儂も電話を買う!』

「爺ちゃんが電話? そういや爺ちゃんが電話してる所、見た事ないな」


『寝言は永眠してから言いなさい。あなたに使いこなせる訳がないでしょう――――なんだと!? お前ばかり行人と、ずるいぞ!!』


 永眠って……だめよ、その年代に言っちゃ。しかしいつまで続くんだ……爺ちゃん声デカいんだよ。


『孫とのデートを邪魔しないでもらえますか――――儂の孫でもある! そのでぇとには儂も参加させてもらう!』

「俺はどっちでもいいよ~」


 まだまだ続きそうだなと、電話口を耳に当てたままボーッと外を眺める。


 外はまだまだ明るいが、まだ時間が掛かるのであれば移動しようかと思った。


 それほど時間は掛からないだろうと思っていた電話も、ちょっと長引きそうになってきたし。



『あなたは毎週会っているでしょう――――それは孫としてではなく、師と弟子としてだ!』


 終わりそうにない二人の言い合いを聞きつつ、俺は教室を出た。


 そして丁度、階段まで来て一歩降りた時だった。



「地道君? 丁度よか――――あら、電話?」


 背後から聞こえてきた、二人の声とは違う綺麗な声。


 片耳は老夫婦の言い合いで潰されていたが、もう片方の耳が拾った綺麗な声。


 振り向くとそこには、綺麗な声に相応しい綺麗な人がいた。



「雪永先輩、どうしたんですか?」

「電話……いいの?」


「ああ、いいんですよ、BGMみたいなものなので」

「音楽を聴いていたのね」


 音楽には程遠いが、二人の言い合いは面白いので近いものはあるのかもしれない。


 しかし、スマホを直接耳に当てて音楽を聴いていたと、この先輩は本当にそう思っているのだろうか?


 イヤホンくらい買いますよ、周りにも迷惑になるし。



「地道君、この前にお願いしたスマホの選定なのだけど」

「え? ああ、ありましたね」


「……もしかして忘れていたのかしら?」

「いや、そういう訳じゃないんですけど」


 切れ長の綺麗な目が鋭くなった。恐らく雪永先輩は、約束を反故にされたり嘘を付かれたりするのが嫌いなのだろう。


 忘れていた訳ではないのだが、俺を選ぶ事になるとは思わなかったというのはある。



「俺でいいんですか?」

「予定が合わなければ他の人に頼むわ」


「そうですか、じゃあとりあえず……」

「そうね、はいこれ」


 そう言って雪永先輩は携帯を差し出してきた。随分と古臭い形態の携帯だが、傷や汚れなどはなく大事に使っている事が分かった。


 そんな携帯には、ストラップが付けられていた。



「可愛いですね、この熊ストラップ」

「でしょうっ!? それ限定品で……いいから、早く登録しなさい」


 クールで冷静な先輩というイメージがあったのだが、今もの凄い崩れた。


 目は輝き広角が上がり、好きなものを前にした子供の様に見えた。どれだけ熊好きなんだこの人は。



「ふふ……可愛い」

「う、うるさい。早くしなさい」


「ストラップの事ですよ?」

「……ムカつく」


 なるほど、先輩の弱点を見つけたようだ。恥じらいとは無縁なのだろうと思っていたが、存外先輩は恥ずかしがり屋なのかもしれない。



「パカパカケータイ、初めて触りました」

「今ってみんなスマホよね。流石に少し恥ずかしくなってきたのよ」


「番号と……アドレスは……っと」

「アドレス……? え、その携帯にアドレスなんてあるの?」


「先輩、メール送った事とかないんですか?」


 見るとアドレスは初期アドレス。英数字が適当に散りばめられた、女の子らしさなど皆無なアドレスだ。


 ほんと懐かしい。アドレス変更しました……うわコイツ彼氏と別れたんだ! アドレスに記念日とか入れるからだよバーカって何度思ったか。


 ……って母さんが言っていたのを聞いた記憶がある。俺は知らない、念のため。



「いつも電話ばかりだったわ……」

「そ、そうですか」


 慣れない携帯操作に四苦八苦する。更にランダムアドレスの入力がめんどくさい。


 他にいい方法があったのかもしれないが、もう半分ほど入力してしまっていたので我慢して入力していた、その時だった。



「あっ……行人先輩っ」


 一階側の廊下から駆け上がってきたのは、体操服姿の時雨だった。


 小さい体を頑張って動かし階段を上がって来る様子は、なんか微笑ましい。


 雪永先輩とは対照的な短めにカットされたボブヘアーは、顔が小さい彼女にドはまりしている。



「おお、愛莉じゃん」

「ですから愛莉……あ、愛莉!?」


「ごめんごめん、冗談だよ時雨」

「べ、別に……名前でも、いいですけど……」


 本当にいいと思っているのだろうか? 俯くその様子に嫌悪感は見えないが、先輩の事を立ててくれているという可能性もある。


 それにこの子、どちらかというとハッキリ言えないタイプだと思うから。



「嫌な事は嫌って言わないとダメだぞ?」

「こ、子供扱いしないで下さい……」


「知らない人について行っちゃいけませんよ」

「子供扱いしないで下さいぃぃ!」


 顔を赤くして怒ってしまった時雨。安曇とは違った意味で揶揄いがいがある。


 これまた面白い。もう少し揶揄ってみよう。



「時雨! おやつは三百円までって――――いっ!?」


 突然、腹部に鋭い痛みが走った。


 まさか蜂にでも刺されたのかと痛みがあった所に目を向けると、雪永先輩の細長く綺麗な指が俺の腹を抓っているではないか。



「先輩? 痛いんですけど……」

「楽しそうなのはいいけど、早く登録して」


 ジト目な先輩に急かされ入力を再開する。先ほどの騒動で、入力していた文字を誤タップで全消去してしまったのは内緒にしておこう。


 すると今度は時雨がジト目になり、俺に睨みを利かせてきた。



「行人先輩、さっきから何してるんですか? そんな遺物なんて見て」

「遺物ってあなたね……」


 時雨の発言に雪永先輩が呆れたように反応した。


 しかし遺物とは面白い事を言う。面白い事を言うもんだから誤操作してしまって、入力がまた消えてしまったじゃないか。



「それって、昔の人が使ってた携帯ですよね?」

「む、昔の人……あなた、名前は?」


 おいやめろ。先輩の事をチラ見したが、僅かに怒気が膨らんだぞ。


 といっても時雨に悪気はないんだろうなぁ。でももしかして、時雨って空気読めない子だったり?



「えっと、時雨愛莉といいます」

「そう。私は雪永睦姫よ」


「知ってます、生徒会長さん……ですよね」


 よし、あと少しだ。しかしほんと、ランダムに配置された英数字って入力に時間が掛かる。


「それで? 今の人の時雨さんが、何か用なのかしら?」

「えっと、ちょっと忘れ物を取りに教室に……」


「そう、なら行っていいわよ? 私たち昔の人は忙しいから」

「な、なんか怒っていますか……?」


 勝手に俺まで昔の人にしないでほしい。そこまで詳しい訳ではないが、俺はどっちかというと今の人だ。


 よし、やっと入力完了だ。



「先輩、登録出来ましたよ」

「そ、ありがと。じゃあ行きましょ」


「は? 行くってどこに?」

「言わせないの。早く来なさい」


 なんでこの人はそんな勝ち誇ったような顔で、そんな言い回しをするんだ?


 大体、先輩とはなんの約束もしてない。それなのに先輩は、俺の腕を掴んでどこかに連れて行こうとする。



「ちょ、ちょっと待って下さい! 行人先輩っ」


 反対側の腕を時雨に掴まれた。そんな小さいのに、どこにそんな力があるのだといった力は、雪永先輩の引っ張りと完全に拮抗した。


 痛い。え、普通に痛い。そしてなんか二人が怖い。



「時雨さん、離してくれるかしら?」

「せ、先輩! 私とも番号交換してください……」


 目が鋭い先輩と、弱弱しいくせに力強い後輩。


 大人げない先輩と、子供扱いするなと言ったくせに子供っぽい表情の後輩。


「あなた、スマホ持ってるの?」

「え? スマホは鞄の中ですけど……」


「なら交換なんて出来ないでしょ? 取って来るまで待っていろと言うの?」

「……私のがなくても、先輩のがあれば登録はできますよ? 私、番号とIDは記憶していますから」


「し、知ってるし」

「え~ほんとですかぁ~?」


 キョドる先輩と、ニヤつく後輩。挟まれる俺は居心地悪し。


 結局、時雨の番号も登録する事になった。




「――――はい先輩、登録しておきました」

「おう、後でこっちのは送っとく」


「メールの送り方……こうかしら……あら?」

「どうしました? 先輩」


「いえ、今あそこに誰かいたような……」

「気のせいじゃないっすか?」



『ほんに聞き分けのないクソババアだ!』

『それはこっちのセリフですクソジジイ』


 ま、まだやってたんだ。


お読み頂き、ありがとうございます


次回選択肢

【雪永先輩】

【時雨愛莉】



ブクマや評価、感想などもお待ちしております

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― 新着の感想 ―
[良い点] メールアドレスの変更メールとか懐かしいな~と思ってたけど、最後は祖父母が全部持っていった… [気になる点] 先輩vs後輩も良かったけど、祖母vs祖父のインパクトに持っていかれたな…
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