第2話 初めての女子番…初めてじゃなかった
→【行く】
【行かない】
トイレから出るとそこには、不機嫌そうな表情をした安曇がいた。
言動から俺の事を待っていたようだが、なにか用事でもあるのだろうか?
「あなたね、男のくせにトイレ長すぎるのよ!」
「それは偏見だろ。俺の平均滞在時間は7分だ」
「今日も無駄に整ってるし、ムカつく」
「お前も相変わらず可愛くてムカつく」
「なんでムカつくのよ! 可愛いのならいいでしょ!」
「なんでムカつくんだよ! 整ってるならいいだろ!」
なんかもう、安曇とならずっとこういうやり取りを続けられる気がする。
たまに容姿を褒める言葉を混ぜたりすると、徐々にだが頬が赤くなっていくところが可愛らしい。
まぁ、ある一定を超えると爆発しそうだから引き際は心得るけど。
「はぁ……もういいわ。それより早く出しなさいよ」
「……カツアゲ?」
「違うわよ! スマホを出しなさいって言ってるの!」
言ってねぇだろ……と思ったが揚げ足を取らずにスマホを差し出した。
するともの凄い勢いでスマホを奪い取り操作し出した安曇。
そんなに擦って大丈夫か? 擦り減ったりしないかと心配になるほどの速さだ。
「はい」
「おう」
ものの数十秒で操作を終え、安曇はスマホを返却してきた。返す時にさり気なくハンカチで指紋をふき取る辺りが、なぜか安曇らしいと思った。
でも君の指紋なら喜んで……ってこれは上級変態すぎるか。
「あたしの番号、登録しといたから」
「へ~、いいのか?」
「何がよ?」
「安曇の番号は価値が高いと思うぞ? 欲しい奴は五万といる」
大袈裟すぎる表現ではなく、本気でそう思っている。
それが何の苦労もせず手に入ったのだから、いいのだろうかと少し心配になっただけだ。
「大袈裟」
「じゃないと思うけどな。というか、なんでわざわざここで待ってたんだ?」
トイレの前で待ち構えていたという事は、俺がトイレに入る所を見たという事だ。
安曇のクラスと俺のクラス、そしてトイレ位置の関係上、かなり離れた位置から俺の姿を認識していた事になる。
なら教室でも廊下でも、俺を呼び止めれば交換はその場で出来たはずだろう。
「教室で……みんなの前で交換なんて出来ないわよ」
「……ああ、そういう事」
斜め下を見て、どこかバツの悪そうな表情をする安曇。
別に悪い事はしてないのに、そういう表情をするという事は何か後ろめたい事があるのだろう。
つまり、天道に見られたくなかったという事だろうな。
「化粧品とかの相談したかったから……仕方なくよ」
「そうだったな」
「今度、予定があった時はお願いするわね」
「デート?」
「違うっ!」
そんな顔を赤くしてまで否定しなくてもいいのに。
そんなに嫌なら仕方ない。安曇と買い物に行く時は、紅月さんも連れて行こう。
「じゃあ……またね地道。言っとくけど、無駄な連絡はしてこないでよね」
「はいはい、またな」
そう言いながら、安曇は走り去っていった。そして俺は歩きながらスマホを操作しだす。
行人< ピアス、似合ってたよ。
玲香< さっそく無駄な連絡してくんな! ありがとっ!
ツンデレめ、可愛いかよ。
あ、あと歩きスマホはやめろよ?
――――
――
―
安曇と別れて昇降口に向かう途中。人気がなくなった自分の教室前を通りかかった時だった。
何の気なしに開けっぱなしにされた扉から教室の中を覗いてみると、女子生徒が一人だけ残っている事に気が付いた。
机に座り、なにかの紙を睨みつけている女子生徒。クラスメイトだから当たり前だが、その横顔には見覚えがあった。
最近も、似た表情を見たばかり。気になった俺は声を掛けた。
「晴山、まだ残ってたのか?」
「あっ、地道くん、驚かさないでよ~」
小さく肩を震わせた晴山は、相手が俺だと分かると気の抜けた表情となった。
拒絶されている感じがなかったので、俺は晴山に近づいた。
「みんなと遊びに行かなかったのか?」
「うん、ちょっとね。どうしても気になっちゃって……」
晴山が目を向けた先にあったのは、テストの問題用紙だった。
解答用紙は回収されるが、問題用紙は回収されないため答えをメモしておき、見返す生徒はそれなりにいる。
しかしテストが終わってすぐに見返す、それも教室に残ってまで行う生徒がどれほどいるか。
「気になったって、点数か?」
「うん。どうしても、英語だけ厳しい気がして……」
それには俺も気づいていた。晴山は基本的に全ての教科が苦手だが、その中でも特に英語が壊滅的。
俺が渡した問題集も解いたようだが、英語だけは他の教科とは毛色が違うからな。
「晴山は生粋の日本人だもんな」
「そうなんだよぉ~、日本人に英語は必要ないよね~」
色素の薄い髪色や、どこか日本人離れしたハーフにも見える容姿をしている癖によく言うもんだ。
先祖に外国の方がいたのではないか? そのスタイルの良さ、特にペイペイは日本人離れし過ぎだろう。
「you are so cute」
「……はぇ? 湯は蒼穹? 青い温泉って事?」
「so cute……ソウキュートッ」
「そうきゅーと……そうきゅうと……双丘!? 双丘と青い温泉!? ななな……え、えっち!」
「……そうはならんやろ。どんな変換したんだよ」
顔を真っ赤にしてワタワタと、そして胸を隠し始めた晴山。
大体、蒼穹は青空って意味だし双丘は確か隠語だったはずだ。
それに一応、中学レベルの英語を使ったんだけど、相変わらずポンコツやな。
可愛いけどムッツリポンコツ、略して愛ムッポン……ダメだな、語呂が悪い。
「キュートだキュート。お前は可愛いなって言ったんだ」
「か、か……それも恥ずかしいよぉ……」
胸を隠すのをやめて顔を隠し始めた晴山、そーきゅーと。
その隙に晴山から問題用紙を奪い取り、ババっと採点を行う。
「あっ! そ、それは……」
「…………」
一瞬で顔から赤みを消し、再び顔色を暗くした晴山。
それをチラチラと見ていると、不安そうに俺の様子を窺っているのが分かった。
怒られるとでも思っているのかもしれない。せっかく教えてやったのに、こんな酷い結果を出してしまって。
「ご、ごめん……せっかく教えてもらった――――」
「――――すげーな晴山。頑張ったじゃん」
「へ……?」
晴山の頑張りはすぐに分かった。たった数日で、あそこまで壊滅的だった英語をここまで持ってきたのだから。
リスニング問題は全滅のようだ。湯は蒼穹とか言ってる時点で、嫌な予感はしていたが。ここが一問でも当たってればなぁ。
「お、怒らないの……?」
「怒らないよ。晴山が頑張ったのは分かる」
「でも、進くんは……」
晴山はホッとしたようで、気の抜けた表情をしていたが、何かを思い出したのか再び顔に影を落とした。
天道には怒られるみたいだな。まあ、天道の気持ちは正直分かるが……そこで怒っても晴山のようなタイプには逆効果だろう。
「けどまぁ…………約36点。赤点だ、晴山」
「ううぅ……やっぱりぃぃ……」
「泣くなばか、36点なら大丈夫だ」
目に涙を滲ませた晴山に希望を持たせる。もちろん適当に言った訳ではなく、本当に希望があるのだ。
でもなんだろう? 晴山の泣き顔って……なんでこんな可愛いんだ?
う~む、虐めたくなる。
「ばか言うなぁ……」
「学年全体の平均点次第だけど、大体赤点は40点前後のはずだ」
「つまり……? 赤点じゃない可能性がある……!?」
「いや、まず赤点だ」
「上げて落とすなよぉ……」
やばいやばい、このまま虐めると本当に泣いてしまいそうだ。
ついワザと遠回りな言い方をしてしまった。というか今から言う事を知らないって事は、晴山の今までの点数がヤバすぎる。
「赤点からマイナス10点以内の生徒は、救済処置として追試を受ける事が出来る」
「追試? そ、そんなのがあるの?」
「ある。その追試で平均点プラス10点以上の点数を取れば、ペナルティは免除だ」
「知らなかった……でもそれなら、また希望はあるって事だよね!」
しかし追試を知らないという事は、晴山は30点以上をほとんどとった事がないという事……う~ん、愛ポン。
目に光を戻し、やっと笑顔になってくれた晴山。涙は完全に引っ込み、やる気に満ち溢れた目になっていた。
これなら大丈夫だと、俺は教室から出ようとした。
「ま、まっでぇぇぇ……見捨でないでぇぇぇ」
「結局泣くんかい」
涙を流しながら俺の足にしがみ付く女子生徒。傍から見ればちょっとマズい光景なので、出来ればご遠慮いただきたい。
勉強なら天道に教えてもらえと諭すも、怒られるのが嫌と晴山は言った。
「お願い! 番号だけ! 番号だけ入れさせて!」
「なんだその先っちょだけみたいな言い方」
そのため仕方なしに番号を交換し、どうしても俺じゃなきゃダメな時だけ連絡を寄こす様にと言い含めた。
その晴山はこれから、クラスの遊びに参加するらしい。俺も誘われたが、丁重に断って晴山と別れた。
行人< まぁでも、赤点は赤点だから。お小遣い減らされちゃうな。
華絵< 聞きたくなかったぁぁぁぁ!!
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