バッド選択・接点 ~安曇玲香~
その日の放課後、俺はモヤモヤした気持ちを抱きつつ迷っていた。
喧嘩別れのようになってしまった玲香に、謝りに行くか否か。
まぁ玲香の性格上、数日もすれば何事もなかったかのように元に戻るとは思うけど。
――――生徒会室に行く――――
謝ると言えばもう一人、雪永先輩がいた。
玲香とは謝る質も内容も違うが、先輩の頼みを無碍にしたのは事実だし。
なんて言い訳してみるが、俺は単純に玲香に謝る勇気が持てなかったのだと思う。
情けないとは思いつつ、俺は生徒会室に向かい始めた。
玲香の機嫌はいずれ元に戻るだろうと、勝手な事を思いながら。
生徒会室の隣の部屋に行くと、そこには書類を睨み付けている雪永先輩の姿があった。
先輩は急に現れた俺に一瞬だけ目を向けたが、すぐに書類に目を戻してしまう。
「あの、先輩。昨日は手伝えなくてすみませんでした」
「あぁ、それならいいのよ。他の子に手伝ってもらったから」
雪永先輩は俺に目を向ける事なく話し続ける。
忙しいからというより、俺には興味がなくなったかというような嫌な感じを受けた。
「せ、先輩。何か手伝う事はないですか?」
「さっきも言ったけど、他の子が見つかったの――――それに」
「そ、それに?」
「あなたは遊ぶのに忙しいのでしょう? 無理をしなくていいわよ」
なんの事? なんて思うほど馬鹿じゃない。
先輩は知っているんだ。俺が昨日、手伝いを部活や疲れなどを理由に断ったのに、友達と遊んでいた事を。
仕事と遊びは精神的に違うというのはあるが、印象が良くないのは間違いない。
「あの、それはですね……」
「ごめんなさい。ちょっと忙しいから、またにしてくれるかしら?」
先輩はやっと俺の目を見て話をしてくれた。
しかしその目には、失望と拒絶の色が浮かんでいるのがハッキリと分かった。
昨日の今日というのも大きかったか。先輩の謝罪には時間を空けて、安曇の謝罪を優先するべきだったのかもしれない。
俺は何も言えなくなり、生徒会室を後にした。
生徒会室の帰りに、玲香のクラスを覗いてみた。
数人の生徒は残っていたが、玲香の姿はない。
どこかホッとしている自分もいる、いないのなら仕方ない、謝るのは今度にしようと。
――――まっすぐ家に帰る――――
もう帰ろう、真っ直ぐ家に。
部活はあるが、今から参加するのもな。やる気がない奴が加わっても迷惑なだけだろうし。
遊んで帰る気分でもない。強いていうならスーパーに寄って食材を買い込む事くらいだが……今日は適当にあるもので済ませるか。
俺はどこにも寄らず、真っ直ぐ家に帰った。
次の日。変わらず華絵と登校したが、いつもと違って玲香は教室にやってこなかった。
隣にいる華絵は何かを言いたそうな顔をしているが、特に何も言ってこなかった。
昨日謝っておけば良かったか。こういうのは、時間が過ぎる程に謝りづらくなるし。
存外玲香はサッパリした性格なので、数日後には元に戻ってはいるだろうけど。
しかしその数日間は、モヤモヤと過ごす事になる。
決めた、謝ろう。今日は少しだけ早めに授業が終わるし、放課後にでも。
その前に、メッセージで軽く謝りを入れておくか。
進< 昨日はごめん。変な事で突っ掛かって。
玲香< もういいわよ。
送ってすぐに返信があった。これだけでも大分モヤモヤが晴れた。
進< ちゃんと謝りたいんだけど、今日の放課後とか時間ある?
玲香< 今日はちょっと家の用事があるの。というか、そこまでしなくていいわよ。別にもう、そこまで怒ってない。
進< 怒ってないのか?
玲香< そりゃあの時はイラついたけど、昨日はちょっと面白い事があって、どうでも良くなったわ。
珍しい事もあるもんだと思った。
玲香は結構機嫌を悪くする事が多いのだけど、何もしなければ大抵3日くらいは不機嫌なままだ。
昨日の今日で機嫌が良くなった事なんて、過去にあっただろうか?
よくよく考えれば、返信をくれた時点である程度は機嫌が良くなっていたという事か。
進< 何か良いことでもあった?
玲香< 別に。ただ顔を油まみれにした面白い人を見れただけよ。
よく分からないが、本当に機嫌は悪くなさそうだ。
機嫌が悪い時のメッセージなんて、送られてきたとしても精々一文程度。
気になったので詳細を聞こうとしたが、教師が教室に入ってきてしまったため中断せざるを得なかった。
その日の放課後。玲香には断られてしまったので、どう行動するかと考えていた。
テストが近いため部活に行く奴は少ないだろうから、行っても意味がないかもしれない。
俺も勉強した方がいいだろうか? 勉強しなくても赤点は余裕で回避出きると思うけど。
そう色々と考えていると、いつの間にか近くにいた華絵が話し掛けてきた。
「進くん、今日は部活に行くの?」
「いや、勉強でもしようかな」
「ほんと!? ならさ、あの……」
華絵は言い淀んだが、何を言いたいのかは長年の付き合いもありすぐ分かった。
勉強を教えて欲しいのだろう。華絵は勉強を相当頑張らないと、赤点を回避できないレベルの頭の持ち主なのだ。
「教えるのは得意じゃないって、何回も言ってるだろ?」
「うん、たけど……頼れる人が他に――――」
「――――おい二人とも! 地道が勉強会を開くんだってよ! しかも予想問題があるっぽくて、それやるだけで赤点回避確実だってさ!」
華絵の言葉を遮り、興奮した様子の海が大声を出しながら近づいてきた。
予想問題? 試験に出る問題を予想した問題集という事だろうか?
地道って頭良かったっけ? よく知らないが、頭が良さそうな雰囲気はあるな。
「ほ、ほんと!? わたしでも赤点回避出来るの!?」
「出来るんじゃね!? 助かるわ~、それをやっとけば後はサッカー三昧で問題ないって事だからな!」
海はそこまで馬鹿ではないが、勉強しなければ赤点を取る可能性があるらしく、今回の勉強会には参加するつもりらしい。
正直、俺は参加しなくても問題ないだろう。
しかし華絵の表情を盗み見してみると、目に光が灯っており参加したいと思っているのは確実だ。
――――加わらない――――
「俺はいいわ。一人で勉強する」
「え……」
「な、なんでだよ? クラスのほとんどの奴が参加するっぽいぜ?」
少し悲しそうな表情をした華絵と、意味が分からないといった表情をする海。
なんだよその顔。行きたいなら行けばいいだろ。
「華絵は参加してきてもいいよ」
「え……でも……」
困った顔をする華絵を見て、またやってしまったとの後悔が頭を過った。
同じような事を玲香にしてしまったばかりだというのに……最近、ちょっとダメだな俺。
「言っただろ? 俺は教えるのは苦手だからさ」
「あっちょっ……ちょっと待ってよ進くんっ」
華絵は慌てながらも俺に付いてきた。
華絵のためには参加した方が良かったのだろうが、どうしても参加したくなかった。
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