第13話 すまほーんとダサメガネ
【もう帰ろう】
→【生徒会室に行く】
ちょっと長くなりました
晴山と図書室で勉強し、一年生のフロアで時雨と会った後。俺はすっかり人気がなくなった昇降口まで来ていた。
下駄箱から靴を取り出し、今日の夕食は何を食べよう? なんて考えていた時だった。
「げっ……」
なにやら不思議な音が耳に入った。生き物が発した音だという事は分かったが、聞こえたのは一度きり。
靴を履くのを中断し、辺りを見渡しても誰の姿もなかった。
「なんだ? カエルか……?」
「カエルじゃないわよ! 失礼ねっ」
下駄箱の影から急に現れたのは、カエルではなく私服姿の女子生徒だった。
なにやら怒っているようだが、その可愛らしい顔には見覚えがあった。
「安曇じゃないか。なんで隠れてたんだ?」
「……別に。ただ誰にも会いたくなかっただけよ」
どういう事だと思ったが、安曇の恰好を見て言っている意味がわかった。
私服姿と言うのもそうだが、ストレートだったセミロングの髪は結ばれてサイドに流されている。
更に安曇は眼鏡を掛けていた。伊達メガネではなさそうなので、目が悪いのだろうか?
「いいじゃんその髪型。俺は好きだけど」
「あっそ。別にアンタに言われても嬉しくないわよ」
本当に嬉しくなさそうだ。というか何とも思っていなそうな感じで、照れ隠しとか機嫌が悪いとかという訳でもなさそう。
単純に、どうでもいい人にどうでもいい事を言われたから受け流しただけという感じ。受け流し方が結構キツイけど。
「安曇、目悪いのか?」
「う、うるさいわね! コンタクトを付けるのが面倒なのよっ!」
どうやら見られたくなかったのは眼鏡姿のようだ。
私服はちょっとコンビニまで……といった軽い感じだが、安曇のような子が着るだけで随分と様になって見える。
だが眼鏡は、言ってはなんだが少しダサい。もう少しお洒落な眼鏡があると思うのだが、今の安曇は以前の俺以上にダサい眼鏡を付けていた。
「だからこの時間に来たのに……なんでまだいるのよ?」
「色々あってな、もう帰る所だけど」
「だったら早く帰りなさ……ちょっと待って」
どうにも落ち着かない様子の安曇だったが、何かを思い出したような顔をしたと思ったら、予想外の言葉を口にした。
「……ねぇ、暇ならちょっと付き合ってくれない? 聞きたい事があったのよ」
「付き合うって、どこに?」
もう開き直ったのか、安曇は表情を変えて近づいてきた。
随分と真剣な目に変わったが、聞きたい事とはよほど重要な事なのだろうか?
「教室に明日提出の宿題を忘れてきたの。それを取るまで話し相手になってよ」
「明日提出の宿題を忘れるって……馬鹿じゃん」
「ばか言うな! いいから早く来なさいよっ」
それくらいならいいかと、靴を再び履き替えて安曇と一緒に校舎内に戻った。
教室に行く道すがら、聞きたい事とやらの詳細を促すと、安曇はチラチラと俺の顔を見ながら話し始めた。
「地道って、美容に詳しいの?」
「美容……? どういう事だ?」
「この前も思ったんだけど、かなり外見に気を使ってるじゃない?」
「まぁ、最近気合を入れ始めたのは確かだけど」
見てくれていた人はちゃんといたようだ。これなら頑張ったかいが――――
「――――あなたの肌、気持ち悪いのよ」
「気持ち悪い!? なんでイキナリ悪口を言い出した!?」
そんな馬鹿な。肌ケアは念入りに行っているのに、気持ち悪いと言われるとは。
サラリと悪口を言われたが、言った本人には悪口を言ったつもりがないのかケロッとしてた。
「悪口じゃないわ。高校生の男にしちゃ、気持ち悪いぐらいに肌が綺麗って事よ」
「なら言い方を考えなさいよ! ビックリするだろ!」
「はいはいゴメンゴメン。それでどうなのよ? 化粧水とか乳液とか、色々と詳しいんじゃないの?」
「……俺は与えられたものを使っているだけだ」
俺も色々と調べたのだが、結局よく分からなかった。どこを調べてもこの商品はイイあの商品はイイばかりだったのだ。
だから判断材料として値段を重視したのだが……幸いな事に、俺にはアドバイスをくれる美人な姉ちゃんがいたからな。
「与えられたものって、お母さん?」
「いや、お姉ちゃん……みたいな立ち位置の人だ」
「ふ~ん。でも使ってるのはアンタなんだから、色々と知ってるでしょ?」
「……まぁ、一応色々と調べたけどな」
そこまで言うと安曇は、目を明後日の方に向けて何やら考え出した。
その時間、僅か数秒。まるで始めから答えなど決まっていたかのような態度で、安曇は俺に言った。
「今度おススメの化粧水とか教えてよ。というか一緒に買いに行きましょ」
「なんだ? デートのお誘いか?」
「デ、デートな訳ないでしょ!? なんでアンタなんかと!」
初めて見た、安曇が顔を真っ赤にした所。相変わらず目は鋭いが、頬が赤いせいで全く怖くない。
なるほど、安曇は言われた事を否定して恥ずかしさを隠すタイプ……つまりアレか。
「ツンデレか」
「どこにデレの要素があったのよ!? というかツンデレじゃないっ!」
「俺は男だぞ? それでも俺を選ぶって言うのなら、俺は構わないけど」
「なんかアンタって、友達より詳しそうなんだもん」
「そんな事はないと思うけどな。まぁ姉ちゃんにも聞いておくよ」
――――
――
―
安曇の忘れ物回収に付き合った後、一緒に帰ろうと誘ったら当たり前のように拒否られた。
スーパーに寄ると安曇が言うから、俺も同じスーパーに行くと言ったら更に強く拒否られた。
それだけならいいのだが、よほど一緒に買い物をしたくないのか、時間をずらしてからスーパーに来いと言われる始末。
あの目はマジだったので黙って従う事に。少し時間を置いてから、俺は昇降口に戻った。
そして再び靴を履き替え、さあ今日の夕食は何を食べよう? なんて何分か前と同じ事を考えながら、靴紐を結んでいた時だった。
「――――あら、いい所に。ちょっといいかしら?」
背後から綺麗な声が聞こえたが、まぁ自分には関係ない。早く行かないと半額シールがなくなってしまうと思い、一心不乱に靴紐を結ぶ。
「ちょ、ちょっと! あなたに声を掛けたのよ?」
再び声が聞こえてきた。しかし今度は肩に手を置かれてしまっていたため、俺は仕方なしに後ろを振り向いた。
そこには分かってはいたが、キリっとした目をした美人生徒会長がいた。あなたの声は綺麗すぎるんです、一度聴いたら忘れませんもん。
俺が無視してしまったせいなのか、雪永先輩は少しだけ不機嫌そうに口元を歪めている。
「なんで無視するのよ?」
「だって半額シールが……」
「半額シール……? よく分からないけど、少し時間いいかしら?」
「いやだから、半額シールが……」
分かってくれない先輩に半額シールの話をする。一人暮らしなのだから、食費くらいは安く抑えたい所なのだ。
しかし先輩は、その話を聞いても俺を解放してくれる気はなさそうだった。
「それは通常、お客さんが少なくなった時間帯に貼られるんじゃないの?」
「まぁそうなんですかね? 売れ残りを防ぐための措置でしょうから」
「ならまだ早いわ」
「なにがっすか?」
「まだ貼られるまで1時間以上はあるはずよ? 分かったのなら来なさい」
「いやいやいやっ! 俺の行くスーパーはこの時間帯に貼る事が多いんです!」
「なら他のスーパーに行きなさい」
ついには腕を掴まれ強制連行。こんな強引な人だったのかとの思いが頭を過ったが、俺は腕を振り解いたりはしなかった。
だってこの先輩、衝撃的な事を言うのだもの。
「もしダメなら、その時はお弁当でも作ってあげるわよ」
それは卑怯だろ。そんな事を言われたら何処へでも連れて行ってくれと思ってしまうじゃないか。
そんな男を虜にする発言をした先輩の用事とは、新しくするパソコンの選定だった。
人がいない三年生の教室で何種類か候補を見せられ、どれがいいのか選んで欲しいとの事。
「この中から、病気に一番強い子を選んで欲しいの」
「は?」
俺が選ばされているのは電子機器だよな? 説明しようと思ったが、面白そうなので黙ってスペックが良さそうな機器を選んだ。
「この子がいいっすね。多少のウィルスには負けませんぜ」
「分かったわ。確かに見た目がゴツくて健康そうね」
「くくっ」
「……なんで笑うのかしら?」
危ない危ない。バレないように適当に取り繕ったが、雪永先輩は怪しんでいるような表情をしているので、バレたかもしれない。
ちょっと調べれば分かる事だと思うのだが。しかしやはり面白いので、出来ればこのままでいてもらいたい。
「ところで地道君。あなた、携帯電話の事も詳しいのかしら?」
「いや、普通ですね」
「まぁ普通なら構わないわ。今度、すまほ~んにしようと思うのよ」
「スマホはスマートフォンって言うんだし」
と、思わず突っ込んでしまった。
「し、知ってるし……とにかく、それの選定に付き合ってくれないかしら?」
先輩は一瞬だけ涼しげな表情を崩すも、すぐにキリッとした表情に戻した。
「先輩が俺を選んでくれるなら、喜んで付き合いますよ」
「変な言い回しをするわね? だからあなたを選んでいるでしょう?」
その後は軽く話したあと、予定が合えば選定に付き合う事を約束し、雪永先輩と別れた。
どうやらまだ生徒会の用事があるらしく、先輩は生徒会室に、俺は今度こそ家に帰ろうと再び昇降口へと向かった。
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次回選択肢
【ここで先輩を待つ】
【時雨の事を探す】
【もう帰ろう】




