第9話 カッコよくチェーン直せる?
【スーパーに寄る】
【部活に行く】
→【まっすぐ家に帰る】
母の招集から解放された俺は、夕食を買うためにスーパーに寄りたかったため、紅月さんに送ってもらう途中で降ろしてもらった。
母の用事とは本当に俺の様子を見たかっただけなようで、あの壁ドン練習の後は軽く話しただけで解散となった。
しかし母に心境の変化を伝えられたのは俺としても好都合だ。バイトもしていない俺が今後それなりのお金を使う……となった時は、母に頼み込むしかない。
まぁ、日々貰っている生活費で十分な気がしないでもないが……彼女にテーマパークでも行きたいとねだられた日には、なんとしてでも連れて行ってやりたい。
「彼女も出来てないのに何を言ってんだ俺は……」
彼女どころか女友達すらいない。最近知り合った女性達や、気になる女性達、俺の変化に目を付けた様子の女性達なんかはいるが、深い関係を築けた女性は一人もいない。
そもそもなぜか分からないが、まだ関係を深めるには早い……といった事を思っている自分がいる。
テーマパークなんてのは彼女が出来てから考えよう。そう思いつつ、夕食や菓子などを買い込んでスーパーを出た。
スーパーを出て、脇にある自転車置き場を通りかかった時だった。
見覚えのある髪色をした女性が、しゃがみこんで自転車の様子を確認しているのが目に入った。
スーパーの電灯に照らされて綺麗に輝く亜麻色の髪。遠目からそっと横顔を覗き込んでみると、それは安曇玲香だった。
なにやら渋い顔をしながら自転車を弄っている安曇。自転車のカゴには買い物袋が入っているため、安曇も同じスーパーで買い物していたようだ。
「どうした安曇、大丈夫か?」
「え……」
驚かせないようにワザと遠目から足音を立て、少し離れた場所から声を掛けてみた。
俺の声に振り向いた安曇と目を合わせ、ゆっくりと近づいて行く。
「……地道だっけ? 進と同じクラスの」
「そうそう。よく俺の名前なんて知ってたな」
自分で言うのも悲しいが、俺の名前を知る女子生徒が何人いる事か。
「今日知ったのよ、あれだけ騒ぎになってればね」
「今日ですか……」
つまり昨日までの俺の事は名前すらも知らなかったと。まあ、もしかするとクラスメイトでも知らない奴がいるかもなレベルだし、仕方ないか。
「それで、どうした? 腹でも痛いのか? 薬ならあるぞ? 腹痛薬に頭痛薬、風邪薬に湿布に包帯……」
「違うわよ! 自転車のチェーンが外れたみたいなのっ! というかアンタなんなのよ!? 薬局かっ!」
強気な口調はツリ目の安曇にはピッタリだった。
これでもアースロード製薬の次期社長だ。鞄の中には教科書の代りに色々な薬品が詰め込まれている。
自分や友達に何かあった時には使えと言われているが、ほとんど使った事はない。
中学時代に宣伝目的で市販薬を友達にばら蒔いていた時は、マッドサイエンティストとか薬漬け小僧があだ名であった。
「冗談だよ、ほれ」
「な、なによこれ? 湿布……?」
「ただのウェットティッシュ。顔に油がついてるぞ? 可愛い顔が台無しだ」
「……アンタ、随分と気障な事を言うのね」
呆れた顔をしつつも安曇はウェットティッシュを受け取り、顔と手を拭き始めた。
可愛いと言われるのには慣れているのか、特に動揺している様子や恥ずかしがっている様子はない。
俺は安曇が手を拭いている間に、自転車の様子を見てやる事にした。
「んだよこれ……薬で治らない障害は苦手だぜ……」
「自転車に薬が効く訳ないじゃない……」
「どっかの先輩はパソコンに薬が効くと信じているぞ?」
「は、はぁ? なに言ってんのよ?」
ここでカッコよく外れたチェーンを直せたのなら良かったのだが、普通に時間が掛かってしまった。
これはやらかした。こういう事が得意な男子に女子は惹かれるのだろう。チェーンの直し方を勉強しておくのだったと後悔した。
「……うし。直ったぞ」
「ありがと。でも時間掛かったわね……ぷっ」
何だコイツ、いくら時間が掛かったからって頑張った俺を笑うなんて。
ふざけんなよ。可愛いじゃねぇかよ、その笑い顔。
「っぷ……あははは! あなた、顔見てみなさいよっ」
安曇が差し出してきた手鏡を見てみると、顔中にチェーンの油を付けたイケメンが眉間に皺を寄せていた。
どうやら安曇はこの顔を見て笑ったようだ。安曇の可愛らしい感じではなく、かなり間抜けな感じで油が付いていた。
「……こりゃあれだろ、名誉の負傷みたいな」
「こんな間抜けな負傷なんて他にないわよ。も~、笑わせないでっ」
どうやら安曇のツボに入ったらしい。そんな安曇から分捕ったウェットティッシュで顔を拭き終えるまで、安曇は笑い続けるのだった。
安曇の笑いも収まり、俺も顔や手を拭き終えた所で、俺達は改めて自己紹介をしていた。
「遅くなったけど、あたしは安曇玲香。知ってるのよね?」
「知ってるよ? そんだけ可愛ければな」
「……ほんっと気障ね! アイツとは大違い」
アイツが誰だかは大体予想がつくが、敢えて指摘しない。
「俺は地道行人だ。知ったんだよな? 今日」
「嫌な言い方をするわね……」
ジトッと睨んでくる安曇だったが、笑われた仕返しだ。
「でもほんとありがとっ! 地道のお陰で助かったわ」
「どういたしまして————もう帰るのか? 送ってくぞ?」
「大丈夫よ、家近いし、ありがと」
「そうか————じゃあ安曇、またな」
「うん。またね、地道」
軽く手を振り合い安曇と別れた。
安曇の姿が曲がり角で見えなくなるまで見続けて、改めて思う。
「やっぱ可愛いな、あいつ」
手が油臭くてどうにも気持ち悪いが、それを上回るほどにいい気持ちになりながら俺も家路についた。
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