ケンちゃん 03
マックの奥まったあたりでホットコーヒーを抱えて、ずっと入口あたりを見張り続け、二〇分近く経った頃だろうか、ドアを大きく開いて、黒づくめの姿が大股で入ってきた。
端正な顔立ちとルックスがかなり人目を惹いたようで、女性が何人か、姿をじっと見上げている。
蓬髪がグレイかかっており、片目が隠れている。
それに、ギターケースを背負っているので、ミワはてっきり人違いかと思っていったん目線を外した。
しかし彼はきょろきょろとあたりを見回してから、つかつかとミワの近くにやって来た。
「よぉ」
連れが女性だと気づき、目で追っていた連中はつまらなそうに手元に目を落とす。
ようやく店内が元のざわめきを取り戻した感じだった。
やってきたケンイチはそんな変遷もまるっきり意に介していないようだった。
「お待たせ、先に朝マック買ってきていい?」
真剣な表情のままそう問う。
更に待たせる気だ。
しかし、ミワは顔を見るなり急に力が抜けて、
「うん、いいよ」
と答えていた。
彼はギターケースを壁にあずけ、カウンターに向かって、間もなくトレイを片手に戻ってきた。
「朝飯がまだでさぁ、炊飯器開けたら水と米。ふわふわの飯じゃなくて、ひんやりしててさぁ、昼に炊きあがるようにセットしてあったんだってさ。喰いながらでいい?」
「ギターは何」
「この近くの連れ、つうかセンパイに借りててさぁ、年末までに返せよ、って言われてたんだけど、いいかげん返さないと、腐ったトマトぶつけるぞ、っていつも脅すんだソイツが」
声は低くなったが、イントネーションやトーンは昔のままだった。
前髪の間からのぞく目も相変わらず切れ長な割に優しそうだ。
懐かしさについ流されそうになり、ミワはぶるりと首を振る。
彼にどこまで話したらいいのか、力加減が分らなくなってきた。
水と米とかギターとか腐ったトマトとか、今の自分には全く関係のないシーンばかり、脳内をぐるぐる廻ってしまっている。
確かに数年ぶりに会う割に、あまり堅苦しい感じがしないのだが、それでも、急に流血沙汰の話を持ち出してもいいのだろうか。
「ねえ」
ミワは遠慮がちに口に出した。
「食べている所悪いんだけど、あまり気分のいい話じゃない、としたら?」
「たとえばどんな?」
「う……ん」
ミワはちょっと方向を変えて、まず聞いてみた。
「なぜ元白鳥行きに乗っちゃだめ、って言ったの? さっき」
「ミワ、おまえさぁ」
ケンイチはバンズの間から落ちそうになっていたベーコンを器用に長い指でひっかけ、口に運んで咀嚼しながら言った。
「団地に越したんだって?」
「うん、誰かに聞いたの?」
「すぐにそんなの村中に広まるしさぁ。あと、目玉ババアに会ったんだろ?」
「え、」
ミワが固まる。
「何で知ってんの?」
「うちのじいさんがさ、おまえがあの家の裏から出てくのをたまたま見て」
「ヤベじいが?」
ケンイチの祖父は、ミワもよく知っていた。ミワだけでなく、元白鳥の子どもたちにとっても、ヤベじいはかなり人気者だった。
それにしても、裏から出たと言えば、初めて彼女の家に入った時のことだろう。
あの時訪ねてきたひとりは、ヤベじいだったのだろうか。
しかしそこを尋ねようとした時、意外なひとことにミワは口を丸く開けたまま絶句した。
「目玉ババアに、呪われてないかと思ってさぁ」




