第6話 はじめまして、イセリナ先生!
「みなさん、こんにち……わっ!? わわわっ!?」
輝くような銀髪の綺麗な女の人が、講義室の入口でいきなりこてんと転んだ。
特に何もないところで転んだ。
もう、本当に転んだ理由が意味不明なくらいのところで。
珍しくアリスティアお嬢さまが驚いた顔になってる。
親しい者だけの場じゃないのにアリスティアお嬢さまが感情を隠せていないのは本当に珍しい。
つまりこの現象は本来、ものすごく珍しいことなのだろう。
「……だ、大丈夫ですか?」
講義室がシーンと静まり返ってしまったので、そうたずねたボクの声が大きく聞こえた。
「あいたたた……え、ええ。大丈夫です。怪我はしてないので」
ゆっくりと立ち上がった姿は、とても美しいと思う。
ピンと背筋は伸びているし、微笑みはとても優雅にみえる。
その前に転んでなければ、だけど。
……怪我をしてないなら大丈夫という認識でいいのだろうか?
もっと他の部分が大丈夫じゃない気もするけど。
主に人としてというか、運動神経的な部分で?
おそらくこの人がボクたちの先生になる人だ。
確か……デレシーロ先生だったか。
「わたしはイセリナ・デレシーロです。みなさんの担当教師になりますのでこれからよろしくね」
にこりと笑ったデレシーロ先生はとっても美人だった。
それに若い。
ボクの学園生活はこんな感じでスタートしたのだった。
すでに学園都市へとやってきて5日がすぎた。
入寮とか、生活に慣れるとか、いろいろとあるので学園での勉強がはじまる前に学園都市へとやってくるのが普通なのだ。
そして、今日がはじめての講義となる。
デレシーロ先生ともはじめて顔を合わせた。
「わたしのことはイセリナでいいです。デレシーロは家名なのでイセリナと名前で呼んでくださいね」
事前にアリスティアお嬢さまから話は聞いてる。
イセリナ・デレシーロ先生の家名であるデレシーロは侯爵家だ。
先生は未婚なので侯爵令嬢ということになる、みたいだ。
貴族令嬢というのはとにかく美人や美少女が多い。
それが血筋というものらしい。
もちろんイセリナ先生もすっごく美人だ。
イセリナ先生は魔法学園を卒業したばかりの新任教師という話だった。
でも、侯爵家の出身なので先生たちの中ではかなり身分が高い方になる。
学園長が公爵家の人らしいので、イセリナ先生はその次になるとのこと。
新任なのに身分上ではベテラン教師よりもイセリナ先生の方が上という……めんどうくさそうな感じがする。
アリスティアお嬢さまの話では、イセリナ先生が侯爵令嬢であることがボクにとっては重要だという。
……ボクのために。ボクを守るために、というべきか。
「運動はちょっと苦手ですけれど、魔法はいっぱい勉強してきたから安心してください。みなさんの担当としてこれから魔力の基礎訓練について教えていきます。とはいうものの、みなさんの中には十分に基礎訓練を積んでいる人もいるはずなので、復習という形になる人もいるかもしれませんね」
どうやらイセリナ先生は運動がちょっと苦手な人らしい。
……絶対にウソだ。
ちょっとじゃなくてかなり苦手か、めちゃくちゃ苦手か。
とにかく運動神経はダメダメなのでは?
そうじゃないと、あんな何もないとこで転んだりしないと思う。
「アリスティアさん、ナイスクマリーくん、ニーラくん、それと……シーアルドくんね。わたしのクラスはこの4人で学ぶことになります」
「よろしくお願いしますわ、イセリナ先生」
「「「よろしくお願いします」」」
アリスティアお嬢さまに続いて、ボクたち3人も頭を下げてあいさつをした。
ナイスクマリーくんとニーラくんもシュタイン伯爵領からきた人たちだ。
このクラスはシュタイン伯爵領からの生徒でがっちりと固められてる。
ナイスクマリーくんは伯爵家に仕える騎士さんの息子……なんだけど、剣術よりも勉強が好きで『土の魔術師』のジョブを授かった。
父親の騎士さんは残念がってたらしいけど、ナイスクマリーくん本人は納得してるとのこと。
一応、貴族枠の端っこに位置するみたいだ。
ニーラくんは領都シュタインズゲートで3番目から5番目くらいのお金持ちの子だと聞いてる。
確か……ジータベー商会という名前の商会長の息子で、ボクとソードアークに銅貨を払って引馬の世話をさせてた人のうちのひとりだ。
ジョブは『火の魔術師』になったという。
平民枠だけど貴族にかなり近い方なんじゃないかとボクは思ってる。
ナイスクマリーくんとニーラくんは伯爵領の子どもの誰かが『なんとか魔術師』のジョブを授かったことは知っていたけど、それがボクだとは思ってなかった。
アリスティアお嬢さまの騎士見習い偽装作戦がうまくいってたってことだろう。
ボクが『なんとか魔術師』だと知った時にはふたりとも本当にびっくりしていたのだ。
もう説明不要だと思うけど、アリスティアお嬢さまはシュタイン伯爵家の令嬢でジョブは『水の魔術師』になったという。
学園長の配慮でイセリナ先生の担当はボクたち4人だけ。
しかもシュタイン伯爵領からの学園生だけになってる。
これは『なんとか魔術師』であるボクを守るという意味があるみたいだけど、それと同時にアリスティアお嬢さまを守るという意味でも好都合になってるのがいい。
本来なら担当生徒が4人というのは少ないらしい。
でもイセリナ先生が新任教師だという部分でこれも見逃されてる。
他のクラスは少ないところで6人、多くて10人くらいはいるようだ。
出身地もいろいろわかれているらしい。
「3日後に新入生歓迎のパーティーがありますから、それには全員で参加します。それと、自分に必要な講座は必ず申し込むようにしてくださいね。担当の先生に直接申し込むことが基本ですよ。アリスティアさんとシーアルドくんの古代神聖文字の講座はすでにカーインド学園長から話が通っているので大丈夫ですけれど、それでも担当のシェンエント教授にはあいさつをした方がいいでしょうね」
「はい。そうしますわ」
「わかりました。早めにあいさつにいきます」
「ああ、でも……シェンエント教授は隣国でおこなわれている研究会に参加していたはずなので、戻ってくるまではあいさつはできないですね。すみません」
「お戻りになられたらごあいさつにうかがいましょう。いいわね、シーアルド?」
「はい」
これは……シェンエント教授が帰国したかどうか、ボクに確認しろってことだな。
了解です、アリスティアお嬢さま。
このシーアルドにお任せください。
「アリスティアさん、ナイスクマリーくん、ニーラくんはそれぞれの属性魔法の講座を受講するようにしてくださいね」
属性魔法の講座とは火魔法講座、水魔法講座という感じで火、水、風、土、光、闇という6つの講座がある。
残念ながら……ボクはまだどの魔法も使えないので、属性魔法の講座を受講する意味がほとんどない。
受講する意味がゼロではないのは……自分の属性に関係なく、他の属性魔法を使える魔術師もいるからだ。
……ボクがそうなる可能性は今のところものすごーく低いけど。
例えばアリスティアお嬢さまのジョブは『水の魔術師』だけど、アリスティアお嬢さまは水魔法以外に風魔法と土魔法を発動させている。
これが才能のちがいか……それとも伯爵家という貴族の血か。
ただし、水魔法がもっともうまく、もっとも強く使えて……他の属性はそこまで強くは使えないという感じだ。
「それじゃあ、さっそくだけれど……基礎訓練について勉強しましょうね」
そういってにっこりと笑うイセリナ先生をみていると、なんだか心がほっこりとしてくる。
この先生、本当に貴族令嬢なんだろうか……。
すごく親しみやすいんだけど?




