第4話 学園長と会いました
「君がシーアルドくんだね?」
「は、はい……」
ボク――シーアルドはなぜか魔法学園の学園長室にいた。
もちろんボクだけではなくて、アリスティアお嬢さまもいる。
アリスティアお嬢さまがいると侍女さんとメイドのエリンもいる。
ボクとアリスティアお嬢さまが並んでソファに座っていて、その後ろに侍女さんとエリンが立ってる。
……ボクは座ってるけど、なんか場ちがいな感じがする。
とっても胃が痛い。
もはやめんどうくさいを通り越してる気がしてきた。
向かい側のソファには学園長と副学園長が座ってる。
学園長は老紳士って感じのスマートな人で、副学園長は中年太りのおじさんって感じだ。
さっき魔法学園にやってきたばっかりだというのに、いきなり学園長との面談というのは……本当に『なんとか魔術師』というものがすごいのかもしれない。
ボクはまだひとつも魔法を使えないのに。
期待が重い。重すぎる。
「さっそくなんだが……魔法の訓練についてはやっているのかい?」
「……一応は」
「一応?」
「ええと……何か月か訓練は続けましたけど、一度も魔法は使えてませんので」
「魔法が使えない……?」
学園長と話していたのに、学園長ではなく副学園長が反応した。
しかも、渋い顔で。
副学園長に向けて学園長がちらりと視線を送ると、副学園長はほんの少しだけ頭を下げた。
静かにしろ、という意味だったのかもしれない。
「……キミが『なんとか魔術師』のジョブを授けられたという話は聞いているよ。それはまちがいないのだろう?」
「……はい。神殿で神官さまにはそういわれました……」
「ふむ……」
学園長が少し考え込むように視線を下げる。
あの時、神官さまは確かにそういったけど……ボクには水晶玉に出たジョブが見えたわけじゃない。
もちろん、女神さまからジョブを授けられることはとても大切なことなんだから、神官さまが嘘をつくなんてことはないはずだ。
それにいろいろと説明してくれたから……ボクが『なんとか魔術師』だったことだけはまちがいないと思う。
ボクをちらちらと確認しながら、学園長と副学園長が話をはじめた。
「基礎訓練をしていて何も魔法が使えないということは……いろいろな可能性が考えられるが……」
「キイマカリーの『雷撃の魔術師』は基礎訓練で風魔法を使ったという話ではありませんでしたか?」
「ふむ。昔、キイマカリーの宮廷魔術師長に聞いたところ、確かにそういう話はあった。彼がそれと同じとは限らないが……近いうちに『雷撃の魔術師』をこちらに招待するという話もある」
「あの『雷撃の魔術師』を招待するのですか……?」
「ああ。シーアルドくんと顔合わせさせることで何かアドバイスをもらおうかと考えたんだがね」
「なるほど……さすがは学園長ですな……」
うんうん、と副学園長がうなずいてる。
……そういう学園長よいしょみたいな話はできればボクたちがいないところでやってほしい。
でも、学園長はなんだかすごい人みたいだ。
隣国の『雷撃の魔術師』って人を招待できるとか、たぶんすごいことなんじゃないかな。
ひょっとしたら『なんとか魔術師』になったボクのためにいろいろと準備をしてくれていたのかもしれない。
それだけの価値が……『なんとか魔術師』には……うっ。胃が……。
「……しかし、どうしたものでしょうか。基礎訓練でいまだに何も魔法が使えないとなると……誰の担当にするかもなかなか決められませんよ?」
「『なんとか魔術師』がこの魔法学園に入学したこと自体がはじめてなのだから、そこは普通に考えてみてはどうかね?」
「普通に、ですか?」
「基礎訓練が不足している可能性もある。基礎訓練に適した先生に頼むという手があるだろう?」
「なるほど……」
学園長がボクをみる視線は意外なくらい普通なんだけど……。
副学園長からの視線は、魔法が使えないと伝えた時からなんだか見下したものになってる気がする。
これって気のせいかな?
「……基礎を徹底するのであれば、マイギライーフ先生はいかがでしょうか」
「彼は男爵家の出身だったか。さすがに男爵家では後ろ盾にはならないが……」
「では、新任のデレシーロ先生でもよいのかもしれませんな。身分の点でもその方がよいでしょうし」
「……ふむ、彼女ならいいかもしれない。それに、彼女にとってもよい経験となるでしょう。では、そうしてください」
「はい」
そこまで話して、副学園長は立ち上がった。
どうやらボクの担当の先生を決定するためにここにいたらしい。
副学園長はそのまま学園長室から出ていってしまった。
それにしても……身分の点でも、か。
やっぱりボクが孤児院の出身というのは影響が大きいのかもしれない。マイナス方面で。
なんで孤児出身のボクが『なんとか魔術師』になってしまったんだろうか。めんどうくさい。
大貴族出身の人がなればよかったのに……。
「すまないね。いろいろとこちらの話ばかりで」
「い、いえ……」
学園長はあまりボクに厳しい表情を向けていない。
すごくいい人なのだろう。
もちろん、本心はわからない。
それでも、ボクが嫌な感じを受けないようにしてくれてるってだけでも十分すごいことなんだと思う。
それだけでも学園長はいい人の方に入る。
アリスティアお嬢さまと同じ枠だ。
……たぶん副学園長はちがうタイプだけど。
「付き添いのシュタイン伯爵令嬢も、もっと楽にしてくれていいんだよ」
「はい。ありがとう存じます、キャナリー・カーインド学園長」
……学園長ってそんな名前なんだ。キャナリー・カーインド、か。
そういえば領都屋敷でそういう雑学も勉強した気がする。
ボクはまだちゃんと覚えてなかった。気をつけよう。
「では、シーアルドくん」
「はい」
まっすぐ学園長にみつめられて、ボクは緊張してしまう。
「ああ、もっと楽にしてくれたまえ。そして、基礎訓練でもやったと思うが……自分の中の魔力を感じてみてほしい」
「あ、はい……」
それは今までに何度もやってきた。領都屋敷でも、移動中の旅でも、だ。
瞑想というか……自分の中にあるなんだかポカポカする何かを感じて、動かす、みたいな。
シュタイン伯爵家の魔術師さんに『それが魔力です』みたいにいわれた。
瞑想については……ボクはそこそこうまかった、らしい。実感はない。
それから火、水、風、土なんかを想像して魔力を出せっていわれたけど……何もできなかったというのがボクの数カ月の訓練だった。光とか、闇とかもダメで……。
でも、瞑想そのものはうまくできてるってほめられてた。
「……そうだ。いいぞ。魔力がうまく循環している」
そうそう。
学園長みたいな感じで、領都屋敷でもほめてもらった。瞑想だけは。ぐすん。
でも、ここからがダメ。
火も出せないし、水も無理。他のもダメ。
「魔法が使えないということは属性訓練をしたのだろう?」
「……はい」
「魔力の循環は見事だ。魔力量もおそらく……かなりのものだと思うんだが……」
……え? そうなんだ。それはびっくりしたかもしれない。
領都屋敷で教えてくれた伯爵家の魔術師さんにそんなことをいわれたことがなかった。
学園長は魔力量が推測できるってことかもしれない。
「『なんとか魔術師』は強力な魔法を使えるといわれている。だから魔力量が多いのは当然ともいえる」
「……なるほど」
……なんだかボクに向けるアリスティアお嬢さまの視線が強くなったような気がする。気のせいかな? 後ろにいるエリンからの心配そうな視線も気になる。
「だが……属性訓練で魔法が使えないとなると……火、水、風、土、光、闇などではなく、まったく別の魔法ということも考えられる。キイマカリーの『雷撃の魔術師』が使う雷魔法のような」
まったく別の魔法かぁ。どうすればいいんだろう?
雷をイメージするとか……できてしまったら逆に危険な気もするし。雷ってものすごく危険だと思う。怖い。
「私も『なんとか魔術師』の指導などはじめてのことだ。だが……属性が無理だというのなら、シーアルドくんが思うがままに、感じるがままに魔力を放出してみるという手がある」
「思うがまま……感じるがまま……」
それは不思議な感覚だった。
学園長にいわれて、なんとなく魔力を放出してみたのだ。
火などの属性はどれも意識せずに。
するすると魔力が体の中をめぐって、そのままぐんっと体の中から手の先へ魔力を吸い取られていくような感覚がした。
一瞬だけ体が重くなった気がして、すぐに気にならなくなる。
そうすると、ボクの目の前になんだか本みたいなものが突然出てきて、ぱらりと開いた。
「えっ……?」
これが……ボクにとってはじめての、魔法の発動だった。




