第84話 新生徒会 始動!
「景色が変わったな……」
少し肌寒くなり、生徒たちの通学の服装もブレザーに衣替えした事で、また景色がかわったなと窓から見下ろしつつ、俺は独り言を呟いた。
「ユウ、こっちの書類また間違ってる。赤字の部分、修正して」
「うへぇ~い」
俺は今、生徒会室の執務机の上で事務仕事に追われていた。
琴美からびっしり赤ボールペンで修正や指摘事項が書かれた書類を受け取り、俺は思わず目まいがしそうになった。
「神谷く~ん。火之浦“副会長”様の指示はちゃんと聞いてくださいね~。 書類のリテイク何回目ですか~?」
「名瀬“会長”が琴美のことを副会長様って言うの、未だに慣れないっすね。執務机も琴美が一番上席の席だし」
「生徒会活動中はちゃんと火之浦副会長とお呼びしなさい。あと、これが私の譲れるギリギリのラインだったんです」
名瀬会長が甚だ不本意という風に言い放つ。
「主従の関係と、学校での関係は分けてくれと言ってるんだけどね……何気に名瀬先輩はこの点は頑なで」
琴美も決裁の終わった書類を整理しながら、苦笑いする。
名瀬会長は名家の生まれだから、主従や守護する相手方への想いというのは、長年刷り込まれてきたものだろうから、命令されたからと言って、そうそう態度をあらためたりは出来ないのだろう。
「けど、案外順調だね後期生徒会は。まぁ、前期の副会長と生徒会役員もいるからだろうけど」
「生徒会選挙も結局、名瀬会長しか立候補しなかったから信任投票になったしね」
「副会長が翌期にそのまま会長に持ち上がるのが通常ですから。それに今回は、唯一の対抗馬たりうる、前期の2学年筆頭が立候補しませんでしたからね~」
前期の試験を何とか赤点スレスレで回避した俺に飛び込んできたのは、後期生徒会への加入打診だった。
本来は、選挙で当選した会長が副会長以下の役職を指名するそうなのだが、俺は副会長になった琴美から、一緒に生徒会に入ってくれと懇願されたのだ。
琴美が特記戦力に選ばれて大変な事は痛いほど解っているので、俺は2つ返事で引き受けることにした。
しかし、この生徒会室は歪な状態だ。
軍では階級や役職が絶対なのだが、何故か今の生徒会室は色々と捻じ曲がってしまっている。
役職上は当然、名瀬副会長がトップのはずだが、琴美につき従う立場であり、またその主君たる琴美から、俺の事も丁重に扱うようにと命令されているので、この生徒会室での立場は名瀬会長が一番下だ。
なお、神谷様呼びは、俺が嫌だったので神谷くん呼びに落ち着かせた。
そして実質的なトップは副会長の琴美ということになる訳だ。
で、実務上は一番下っ端の俺が、軍の階級的にはトップという、どの基準の物差しで測っても、この席次はおかしいという状態になってしまっている。
「ミーナは元気かな……」
「後期の2学年筆頭の指名についても、予め辞退する旨を学校側に申し出てたみたいですから。まぁ、兼務することになった音楽隊の仕事は、遠方への遠征も多くなるでしょうしね」
「音楽隊に合流して、虎咆先輩は2週間程向こうの業務なんでしたっけ?」
「そうだね。ボイストレーニングとかを短期集中で仕上げるみたい」
ミーナは前期の期末試験が終わると、すぐに兼務している音楽隊からの招集案内が来た。
短期集中合宿のようで、そのまま市ヶ谷の宿舎で寝泊まりさせられているようだ。
なお、音楽隊での短期手中合宿も立派な業務なので、学園の出席日数的にはちゃんと公欠扱いになっているようだ。
「まったく……実力不足認定されて、とっとと帰ってくればいいのに」
名瀬会長が悪態をつきつつも、表情はミーナの事を心配しているように呟く。
「お、名瀬会長、ツンデレですか?」
「違うわよ! 実習授業のパートナーがしょっちゅう居ないから、迷惑だって言ってるのよ」
「言い訳が余計にツンデレっぽいですよ」
「だから違うってば!」
ミーナと名瀬会長は、ずっと同学年のライバルだったみたいだからな。
そのライバルが不在で、張り合いがないんだろうな。
「失礼します」
名瀬会長をからかっていると、生徒会室のドアがコンコンッ! とノックされる。
「入れ」
一応、表向きはこの部屋のトップである名瀬会長が、ノックに応対する。
「2学年筆頭 周防 大樹 入ります」
「1学年風紀委員 周防 真凛 入ります」
扉の前で一礼して、周防兄妹が入ってくる。
それぞれ、周防先輩は2学年筆頭の徽章を、真凛ちゃんは俺が前期に着けていた「風紀委員」の腕章を身に着けている。
「会長。本日の学内パトロールの結果の報告に参りました。本日の放課後のトラブル件数は2件です。詳細はこちらの日報になります」
「は~い、ご苦労様。しかし、良かったわね周防くん。念願の学年筆頭になれて~」
ニヤニヤとしながら名瀬会長が、『まぁ私は会長だけど』とでも言いたげにニヤつきながら周防先輩に絡む。
「何なら代わってやってもいいですよ、名瀬会長」
「あ、そう言えば周防君は神谷君の奴隷だったわね。なら、生徒会長の私の命令も聞かなきゃじゃな~い。ほら、お手」
眉間にシワを寄せている周防先輩に、名瀬会長は楽しそうにパワハラする。
名瀬会長としては、唯一この生徒会周りで文字通り会長として振舞える対象として周防先輩をむしろ気に入っているのだろう。
こうして、会う度に周防先輩と名瀬会長は絡むのである。
「火之浦副会長。従者の躾がなってないのではないですか?」
「ひいっ……ご、ゴメンね真凛ちゃん。止めなさい名瀬会長!」
隣で、笑顔で殺気のオーラを放つ真凛ちゃんに恐れをなした琴美が、名瀬会長を止めにかかる。
「なぜです? この負け犬は別に火之浦様が恐れるような……」
「貴女のために言ってるの! このまま周防先輩をイジメたら、社会的に抹殺されるような恥ずかしい写真やらが世に出たり、名瀬家ごと没落したりと破滅するわよ!」
琴美は真凛ちゃんの魂装能力と、今までの実績を知っているので、絶対に敵に回したくないのだろう。
「どういう事で……」
「私でも庇いきれない事がある……それで察しなさい」
琴美がそう言うと、名瀬会長も解ったのかシオシオと小さくなる。
この人、生徒会の最高責任者である会長なんだよね?
「けど、良かったね周防先輩。2学年の春の頃は、学年筆頭になりたすぎてミーナに絡んだりしてたもんね」
「その頃のことを思い出させるな……」
周防先輩が苦い顔をするのは、民間派閥の走狗としてミーナに絡んだあげく、俺に決闘で瞬殺された記憶がセットで想起させられる話題だからだろう。
「何度も言いますが、私はあの頃のことは許した訳では無いですからね、神谷先輩」
「あ……はい」
隣で、剣呑なオーラを発する、お兄ちゃん大好きな真凛ちゃんは怖すぎる。
ここは話題を変えよう。
「けど、今期はトラブル件数が少ないね。統計ファイルの前年同月比だと軒並み下がってるね」
生徒会の役職的には一番下っ端の俺が、周防先輩が提出してきた日報の数字を集計用のエクセルファイルに入力しながら、問いかける。
「たしかに今年はいやに大人しい印象ね」
名瀬会長も、去年の今頃のことを思い起こしているようで、腕組みしながら考え込む。
「きっと、お兄ちゃんが2学年筆頭をやってるからだよ」
「それを言うなら、真凛も飛び級入学早々、風紀委員なんて皆の嫌われ役を担ってくれているおかげだな」
「私は、お兄ちゃんと放課後も一緒に校内をデートできるから最高だよ」
「ただの風紀パトロールだろ。それに、兄妹でデートとは呼ばんだろ」
「別にいいじゃない、兄妹でもデートってするものだし。ね? 神谷先輩」
「俺は一人っ子なんで解らんです……」
ラブラブ周防兄妹に周囲はゲンナリしているが、実際に目に見えて成果は上げている2人なので、こちらも強く注意は出来ない。
きっと、他の生徒たちが大人しいのも、真凛ちゃんが裏からトラブルの芽を事前に摘んでいるのだろう。
前期では肩で風を切っていたような生徒が、見る影もなくしょぼくれて学内でコソコソとするようになったという声が聞こえて来てたし。
まぁ、学園内が平和というのは良い事だ。
うん、そういう事にしておこう。
こうして、1学年後期は、平和な幕開けとなった。




