第66話 青い海と火之浦
「それで結局、私が桐ケ谷所長から協力要請を受けた件についてなんですが」
「お~、そうですな~ いい加減本題に入りましょうぞ」
名瀬副会長と土門会長の思いがけない登場により、すっかり本来の用事を忘れてしまっていることに気付いた琴美が、気絶から復活した桐ケ谷所長へ促す。
「それは私も是非伺いたいですわ。沖縄くんだりまで、わざわざ呼び出した、桐ケ谷ドクターの知見を」
名瀬副会長も、言い方は丁寧であるがトゲのある言い方である。
やはり、自身の恥部を生徒会の後輩である琴美に晒す羽目になった事について、護衛対象とは言え、言いたいことがあるようであった。
「単刀直入に言います。私とバディを組んで欲しいのです、火之浦琴美さん」
普段のウザったいオタク言葉が鳴りを潜めて、真剣な眼差しで桐ケ谷所長が切り出す。
これは相当珍しいことであろうことは、普段はビジネス用の笑顔を顔に貼り付けている事務官の名取さんが、驚きを隠せないという表情を晒していることからも読み取れる。
「バディ……?」
「本気ですか⁉ 桐ケ谷ドクター! この子は、たしかに有望株の生徒ですが、まだ学園に入学して数か月の1学年ですよ⁉」
「これは驚きましたね……今まで、政府や軍からバディ候補の推薦を受けても、書面だけで全て拒否してきた桐ケ谷所長が自らとは……」
驚愕の反応を見せる名瀬副会長と名取さんの反応をよそに、当の琴美はいまいちピンと来ていない。
「ビビった? ビビった? でも、マジなんだな~これが」
再びウザいオタク言葉に戻ってしまった桐ケ谷所長だが、先ほどの琴美へのバディへの誘いは冗談ではないようだ。
「あの……バディって何なんでしょうか?」
「ここで言うバディとは、魂装能力者として作戦行動を共にするという意味だ」
「ああ、ユウと速水先生みたいな」
おずおずと聞くと、土門会長が琴美の質問に答えてくれる。
「作戦ごとにチームを組むのとは訳が違う。バディというのは、魂装能力同士の組み合わせによる相乗効果により、悪魔的な性能向上や結果をもたらす組み合わせを意味する」
「え? でも私の魂装能力は毒ガスやスタンガスの生成で、電子戦をする桐ケ谷所長の役に立たなそうですが……」
「ヌルフフッ! 普通はそういう発想になるでしょうな~。鍵はズバリ、縫いぐるみのチュウスケ氏ですぞ!」
そう言って、桐ケ谷所長が気持ち悪いポーズでビシッと、琴美が抱えているチュウスケを指さす。
その場にいる全員の目線がチュウスケへ集中する。
皆の視線を独り占めにするチュウスケだったが、ぬいぐるみのチュウスケは当然ながら、いつもの微笑みを口元にたたえたままであった。
◇◇◇◆◇◇◇
「ここが、吾輩の城ですぞ~ 如何かな? 火之浦氏」
所長室の奥にある重厚な扉の先にある階段を地下に進んで行くと、そこにはいくつもの巨大液晶モニターが並んだ無機質な部屋があった。
「すごい設備ですね」
「でしょでしょ~? ここでFPSゲームすると最高ですぞ。今度、お近づきのしるしに一緒にやりましょうぞ」
「はぁ……」
いまいち、今の事態についていけていない琴美に、桐ケ谷所長が笑いかける。
「何度か研究所には訪問させていただいておりますが、この部屋はわたくしも初めて入りました」
「この部屋まで通すということは、火之浦さんをバディにする件は本気なんですね……」
キョロキョロと部屋を見渡す名瀬副会長も名取さんも、桐ケ谷所長のFPSゲーム云々の不真面目発言をついスルーしてしまっているのは、それだけ琴美をバディにする件の驚きが大きいという事だろう。
「それじゃあ、早速やってみせましょうぞ。魂装発動 電子ブルーオーシャン」
そう言うと、マルチモニターの前に立つ桐ケ谷所長の前に、バーチャルキーボードとバーチャルトラックボールが浮かび上がる。
「吾輩の魂装能力 電子ブルーオーシャンは、コンピューターの大海原を自分の海に変える能力ですぞ。あ、こうやって能力を自分から説明すると、すげぇやられ役キャラ臭がプンプンしますな」
メタな事を言いながら、桐ケ谷所長の指は忙しく、バーチャルキーボードとバーチャルトラックボールを操作している。
「ほいほいほいっとな。一丁上がりですぞ」
一際大きな正面のメインモニターに、パソコンのデスクトップ画面が映し出される。
「なんですか? この画面」
一見すると、ただのパソコンのデスクトップ画面だが……
「ん? リアタイの橘元帥のパソコン画面ですぞ」
「「「「ぶふっ!」」」」
「デスクトップにファイルは置いてないし、ショートカットも無いですな。流石は几帳面な橘元帥、情報セキュリティポリシーをキッチリ守っておりますな。しかし、こういう時はデスクトップがファイルでグチャグチャだったり、壁紙が意外にも可愛いネコの画像とか、そういう萌えを期待しておりましたのに、つまらんですな。どれ、ギャラリーの期待に応えて、ちょっくら統合幕僚本部の機密サーバでも覗いて」
「「「「望んでない! 望んでないです‼」」」」
軍のトップのパソコンに、いとも容易く侵入してみせた桐ケ谷所長に、琴美たちは慌てて否定する。
不正アクセスがバレてしまっては、退学やクビで済む話では無い。
「いや~失敬失敬。つい、魂装能力の初お披露目でした故、はしゃいでしまったで候」
名取さんに、ゲンコツを落とされた頭をさすりつつ、桐ケ谷所長が再びコンソールを操作する。
「知りたくもない機密を知るのは御免ですよ」
桐ケ谷所長の横では、仏頂面の名取さんがすぐに止められるように立っている。
「今回は大丈夫でござるよ~。何せ、敵軍の中枢のサーバーなんで何してもOKでござる」
「それはそれで、OKと言えるですか?」
「これが吾輩の日常業務なんでござるよ~ 敵国のサーバーから情報を抜き取って参謀本部にそのまま転送する簡単なお仕事でござる」
バーチャルキーボード上で指をカチャカチャと動かしながら、桐ケ谷所長は慣れた手つきで情報を抜き取っていく。
「情報の抜き取りに気付いて、ダミーのドライブを増やしたり、有線通信や外部記録媒体でデータのやり取りをしとりますが、吾輩の能力の前では意味無いでござるな~」
どうやら、桐ケ谷所長の魂装能力 電子ブルーオーシャンは、ネットワークにつながらずとも、概念的に作用範囲と認められれば、オンラインオフライン、一時記憶領域にデータが残る残らないは問わず、無尽蔵に能力の対象となるようだ。
「さて、じゃあここからが今回の目玉ですぞ。はい、火之浦氏。このケーブルをチュウスケ氏に接続してほしいでござる」
「え、え? 接続ってどうやって……」
桐ケ谷所長から渡されたLANケーブルを手に、琴美が戸惑う。
「そこは、火之浦氏にお任せするでござるよ~」
「はぁ……」
何だかよく解らないという感じで、少しだけ考えた琴美は、チュウスケの口にLANケーブルの先を咥えさせる。
「これで良いんですか?」
「OK。では、チュウスケ氏を仲介するイメージで毒ガスを生成してくれぞなもし」
「え⁉ この場所でですか?」
琴美の能力を知る名瀬副会長が、思わず不安な声を上げつつ、後ずさりする。
「大丈夫ですぞ~琴美氏やっちゃってくださいやし~」
「はい。魂装術式発動します」
「ちょ! ことっち!」
何故か素直に桐ケ谷所長に言われた通りに、琴美は逡巡もせずに、自身の毒ガス生成の術式を発動させる。
『あ……』
瞬間、琴美は青い海の上にいた。
足元は干潟のようで水位はごく浅く、靴も濡れない程度だ。
海は地平線の彼方まで続いていた。
『ようこそ電脳の世界の海へ』
声のした方へ振り返ると、桐ケ谷所長が手を広げて待っていた。
『ここはどこです?』
『吾輩のブルーオーシャンにより生み出される仮想の世界ですな。海の姿なのは能力名ゆえで御座候』
そう言って、桐ケ谷所長は足を軽く蹴り上げ、ピチャンピチャンと音を立てる。
『こんな風にイメージ世界を構築する魂装能力もあるんですね。凄く綺麗』
水面がまるで鏡面のように映る透明度に、青い空と青い海の境界もよく解らない現実離れした景色に、琴美はちょっとはしゃぎつつ自分の姿を海面に映してみせたりする。
『そうなりね~ 綺麗なりね~。けど、これから君が破壊する景色なんですよね~』
『へ?』
桐ケ谷所長が何気ないように言った言葉の意味が解らず、思わず琴美は聞き返したが、
瞬間。
青い綺麗な海と空が反転し、一瞬で世界の全てが赤く染まる。
『え? え? 一体、何が……』
『いや~、名は体を表すとはこのことですな火之浦氏。火の海、さながら、吾輩の電脳ブルーオーシャンの対をなすレッドオーシャンですな。いやはや、見事見事』
そう言って、フムフムと興味深げに観察している桐ケ谷所長を茫然として琴美が眺めていると、火の海はすぐに目の前の世界の全てを飲み込んだ。
「ぶはっ! はぁ……」
チュウスケを抱えたまま、その場に座り込んだ琴美は、目の前が研究所の床であることに気付き、現実世界へ戻ってきたことを悟る。
「どうしたの、ことっち! 大丈夫⁉」
名瀬副会長が心配そうに、琴美のもとに駆け寄る。
「桐ケ谷所長、今のは?」
「あれが火之浦氏の能力ですぞ。敵の電脳世界に毒を打ち込み、侵し、破壊する。吾輩の事前予想では毒の海になるから、てっきり紫色や緑色の毒沼みたいになるのかと思っておったのですが、やはり実証してみる物ですな。赤い炎の海になるとは予想外でしたで御座候」
「敵の電脳世界に毒?」
「簡単に言えば、敵国の軍事ネットワークとデータを焼き尽くしたのですぞ。いやはや、敵軍は今日から、飛脚を使って情報のやりとりですな。ざまぁ!」
デュフフと笑いながら、桐ケ谷所長はコンソールを動かして戦果を確認する。
どうやら、敵軍のネットワークは、従系やコールドスリープ分まで根こそぎ焼き切れ、重要データはバックアップ分まで完全消去状態で、大混乱しているようだ。
その様子を、わざと残しておいた相手軍施設の防犯カメラ回線の映像を眺めて、桐ケ谷所長はデュフフと笑っている。
「私の毒ガス生成にまさか、そんな使い道があるなんて……」
「やはり、吾輩の見立てに間違いは無かったでござるな。火之浦氏とチュウスケ氏を見た時にビビッ! と来たでござるよ。まさに、吾輩と火之浦氏の魂装能力はシンデレラフィット! 運命の相手なんですな~ 相棒よ!」
「あの……正直、あまり嬉しくないんですけど」
「なぜに⁉ 吾輩がオタクだからですかな? けど、所長命令ですぅ~ 吾輩の相棒は火之浦氏とチュウスケ氏で決定ですぅ~」
身体を撫でまわされたファーストインプレッションが強烈なため、琴美はちょっと抵抗して見せるが、ここぞとばかりに桐ケ谷所長が職権を振りかざしてくる。
琴美は、桐ケ谷所長の手綱役の名取さんの方へ助けを求めるような視線を送るが、
「あの一瞬で、敵軍にここまで壊滅的なダメージを与えるなんて……今まで、桐ケ谷所長単独ではプログラム改編での限定的な電子戦ダメージしか与えられなかったのに……そうなると桐ケ谷所長、彼女も……」
琴美と桐ケ谷所長のペアによる多大な戦果に圧倒されて、あの気遣いの鬼の名取さんが、まるで琴美の助けを求める視線に気づかない。
「そうですな。火之浦氏とチュウスケ氏は吾輩と同じく、軍略上特記魂装能力者に指定されるでしょうな。先ほど、橘元帥に推薦文を送っておいたら、即OKの返事が来たなり~ あの人、マジで仕事速くてウケますな~」
「え⁉」
「じゃあ、ことっちは……」
「吾輩と同じく、国の重要人物の1人になったということですな」
琴美と、その胸に抱かれたチュウスケにその場の全員の視線が集中して、思わず琴美は視線を泳がせる。
「火之浦様。身辺警護については、是非、名瀬家に御用命ください」
「さ……様⁉ 名瀬副会長、何で急に敬語になるんです⁉」
いきなり、その場に膝をついてかしづく名瀬副会長に、琴美は困惑しきった顔になる。
「軍略上特記魂装能力者になるというのは、そういう事だからな。そこはもう諦めなさい」
「そんな……」
土門会長は、諦めろとのありがたい助言を琴美に残す。
今日が、人生において重要な選択をする日になるだなんて考えもしていなかった琴美は、沖縄に来て、桐ケ谷ドクターに出会ってしまったことを後悔したが、そもそも魂装研究会の合宿旅行について言い出したのは自分自身であることを想い出し、誰のせいでもなく自分が招いた事であることを察して、項垂れてしまう。
「お、そう言えばレッドオーシャンで相手の電脳世界を破壊する前に、興味深い情報をゲットしましたぞ。どうやら周防兄妹に危機が迫っている様子。折角なので、空挺団所有の最新鋭の無人水陸両用小型高速艇をパク……お借りして救出に向かいましょうぞ。琴美殿、ほら、早く」
色々な事が一気に起こりすぎて、完全にキャパオーバーしている琴美は、桐ケ谷所長の言うがままに、桐ケ谷所長がコントロールを乗っ取った無人水陸両用小型高速艇を操作し、周防兄妹の救出に向かうのであった。
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