第65話 京子とケンくん
「早く終わるといいな……」
ラボ内にある打ち合わせスペースの一角で、琴美は慣れぬ場所の居心地の悪さを感じながら、モフッ! とチュウスケの縫いぐるみに顔を埋める。
チュウスケは最早、琴美にとって無くてはならないメンタルコントロールアイテムだ。
チュウスケから香る祐輔の匂いに癒され、気持ちを落ち着かせる。
(バタ~~ン‼)
ノックもなく、けたたましく開いたドアの音に驚いて身体がビクッ!と反応して、折角落ち着いた琴美の心拍が跳ね上がる。
「待たせたでござるな火之浦氏~」
入室要領も何もないガサツな入室は、やはり予想通り桐ケ谷所長であった。
「いえ、そんな事は……って、あれ? 後ろにいる方は名取さんじゃ……」
入室してきた桐ケ谷所長の影に隠れる形で、もう一人がラボに入ってきたが、いつもの事務官の名取さんではないことに琴美が気付いて訊ねた。
「ああ、紹介するでござるよ。同じ歳頃の子だし、仲良くなれるかと思って連れてきたなり~」
そう言って、女性にしては長身な桐ケ谷所長は、背後にいる人物へのブラインドを解いた。
「名瀬家が名代で参りました、名瀬京子と申します。以後、お見知り置きいただきますよう、よろしくお願いいたします」
夏の沖縄なのに、訪問着の着物を着用した女性が恭しくお辞儀をしながら挨拶をしてくる。
夏を思わせる水色の着物に白い帯を一糸の乱れもなく着こなし、銀色の珍しい髪は、美しく結われてかんざしでまとめられている。
「こ、これはご丁寧にどうも。火之浦琴美と申します。こちらこそよろし……」
普段は縁のない着物女性の楚々とした挨拶にあてられて、更に緊張感が増した琴美は、一先ず無難に挨拶をしなければという事で、一先ず頭がいっぱいになっていたのだが、流石に挨拶の途中で相手の名前が自分の既知の人のものであることに気が付いた。
「ことっち⁉」
「名瀬副会長⁉」
沖縄という遠く離れた場所でのまさかの、同じ生徒会メンバーとの対面に、2人は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「いぇ~い、サプライズ成功ぅ~♪」
ダブルピースをしながら、ちょっとしたイタズラを成功させて、桐ケ谷所長が満足気な顔で2人を見やる。
「桐ケ谷様……重要人物を紹介すると仰るので、わたくし、わざわざ沖縄まで馳せ参じたんですよ……」
ヒクヒクとこめかみの辺りをピクつかせながら、名瀬副会長が、丁寧語ながら抗議の言葉を口にする。
「ま、ま、時に落ち着きなされ京子氏。そんな怒らんといて~」
「今回の報告、わたくし一体、どう父上に報告すれば良いのでしょう?」
名瀬副会長は笑顔を貼り付けているが、明らかに怒気を放っている。
「あ、あの……私だけ状況がよく解らないのですが、桐ケ谷所長と名瀬副会長はお知り合いなんですか?」
「わたくしも、なぜ重要人物だと言って、学園の後輩を紹介されたのか説明を求めたいです」
「というか、名瀬副会長、普段の喋り方と違いすぎる……」
「あ、あのキャラは学園限定なの!」
「キャラ……あれ、演じてたんですか? ちょっとショックです……」
「仕事とプライベートは分ける質なの!」
「あ、でもこの間、テスト期間明けのゲームセンターで土門会長とデートしてた時の名瀬副会長は、甘えん坊だったし……いったい、いくつキャラを演じ分けてるんです?」
「ちょっと! ゲームセンターのケンくんとのデート見てたの⁉」
「UFOキャッチャーでぬいぐるみが欲しいって、土門会長に可愛い子ぶってたじゃないですか」
「今すぐ記憶から消せ! ことっちぃぃい‼」
名瀬副会長のお嬢様モードが完全崩壊した。
真っ赤な顔で琴美を追いかける名瀬副会長と、名瀬副会長の百面相っぷりに割とマジで引きつつ逃げまどう琴美、その様を見て爆笑している桐ケ谷所長でラボの空気がカオスの様相を呈する。
「京子! どうした?」
「ケンく~ん」
普段は静かなラボで大きな声で騒いでいたせいか、他の人が様子を見に来たと思ったら、土門会長がラボのドアを開けて、半泣きの京子こと名瀬副会長を抱きしめる。
「やはり、ここでしたか。『女同士、大事な話があるから男子禁制ですぞ~』と言って、我々を撒いたと思ったら……」
「ぐえっ!」
名取さんがウンザリ顔で後から入って来て、後ろから桐ケ谷所長の白衣の襟元を掴んで軽く締め上げる。
「あ、名取さん」
「うちのこれが、迷惑をかけて申し訳ありません」
何か、朝から名取さんは桐ケ谷所長のことで謝ってばかりだな……と琴美は、首が締まって顔色が青くなってようやく大人しくなった桐ケ谷所長を見ながら思った。
◇◇◇◆◇◇◇
「それじゃあ、名瀬副会長は桐ケ谷所長の護衛の役目を担っているんですか?」
「正式な拝命は、わたくしが学園を卒業した後ですけれどね。名瀬家は代々、国家の重要人物の護衛を担ってきた家系なのです」
落ち着きを取り戻してお嬢様モードで、上品に紅茶をすすりながら名瀬副会長が答える。
(婚約者が来て落ち着いたのね……)
琴美は、楚々とした名瀬副会長を見ながら心の中でつっこんだが、今は話の腰を折るので言わないでおいた。
「桐ケ谷所長が国家の重要人物?」
「不勉強ね、ことっちは。桐ケ谷所長の魂装能力のおかげで、我が国のネットワーク通信網の防衛やプログラム電子戦レベルは世界でも随一なのですから」
「現代戦においてネットワーク通信網やデータセンターを敵に奪われることは、そのまま敗北に直結しますからね。こんなのでも国の要なのですよ。こんなのでもね」
締め落とされて魂が抜けかけながら、所長デスクの椅子に座らされている桐ケ谷所長を見やりながら、名取さんがソファ横の丸椅子に座って紅茶をすする。
「相変わらず、陸さんは、主君への敬意という物が欠けておりますわね」
「いや~、名取家は所詮は分家ですし、私はただ軍の人事異動に従ってこの職務に就いているだけですから」
ジトッとした目線を送る名瀬副会長の目線を、名取さんが笑顔で撥ね退ける。
「名瀬副会長と名取さんってお知り合い何ですか?」
バチバチやり合っている2人に気圧されて聞けない質問を、琴美は土門会長に小声でコソッと尋ねる。
「名瀬家と名取家は親族だ。名瀬家の次期当主たる京子が学園を卒業するまで、名取家当主の陸殿が桐ケ谷ドクターの護衛と補助を中継ぎ的に担っている」
琴美の質問に土門会長が小声で答える。
「そうなると、名瀬副会長は学園を卒業したら沖縄に行くんですか?」
「護衛対象である桐ケ谷ドクターが、沖縄魂装研究所の所長である間はそうなるな」
「土門会長はどうするんですか?」
「決まっている。京子についていって、落ち着いたら結婚する」
「キャ~! いいな~」
「婚約者というのは、そういう物だ。これは家の方針でもある」
少し恥ずかしそうに、土門会長はそっぽを向く。
「いやいや、誤魔化しても無駄ですよ。さっきラボに入って来た時に、名瀬副会長と抱き合ってたじゃないですか。っていうか、生徒会室ではお互い、他人行儀にしてたの何なんですか?」
「あれは、学園ではちゃんと一線を引こうという京子の意見でだな……」
土門会長がバツが悪そうに歯切れの悪い回答を返す。
(多分私は、2人きりになった時のスパイスにしてたんだろうな……どうりで、私が生徒会室の隣の魂装研究会に行くことを特に咎めなかったわけね……)
自分が、2人のプレイの出汁にされていたことで、こちらが恥ずかしい気持ちになって来た琴美だったが、そんな仲睦まじい生徒会長と副会長のカップルが羨ましくも感じるのであった。
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