第63話 結婚ごっこと心中ごっこ
今日はカレンダーでは3連休の真ん中の日なためか、沖縄国際通りから1本入った裏路地であっても、人がそこそこ行き交っていた。
そのため、抜き身の日本刀を持って若い男女を追い回す輩は非常に目立つ。
不運にも居合わせてしまった通行人からは悲鳴が上がる。
不審者から逃走する際は、人通りの多い所を目指すのが一番だが、男たちは明らかに殺傷能力の高い武器を所持している。
(周りの無関係の人たちを巻き込まない所へ移動するか……)
そう、周防大樹は当座の行動の方針を決めた。
これは、別に短絡的な危険回避の思考によるものではなく、相手の輩の様子を見ての判断だった。
相手は、自分と同じ刀剣魂装能力者であることは、襲撃時の初撃で、通常の人間の限界を超えた動作の速さから解っていた。
ただ、逃走中の現在は、男たちは魂装能力加護による速度アップの術式をほとんど自身の身体に作用させていない。
身体能力的に並みの人間と大差はない妹を引っ張って走っている自分たちと、輩たちがつかず離れずの位置取りをして追跡してきていることがその論拠だ。
(相手も人気のない場所へ移動したいと思っているのか)
周防大樹はチラリと後方の追跡してくる男たちを背中越しに見やる。
男たちには抜き身の日本刀が握られている。
今のところ、目的に向かって統率された行動様式からはそのような素振りは見えないが、男たちの刀が一般人に向けられる可能性もゼロではない。
人は、追い詰められれば何をしでかすか解らない。
(相手の意図に乗るのは癪だが……)
それが、自分にとっても利益となることは解っていた。
「真凛」
「はい、お兄ちゃ……キャッ!」
突如、兄の大樹にお姫様抱っこされた妹の真凛は、思わず短めの悲鳴を上げる。
まるで縫いぐるみを抱き上げるように、一切の重さを感じていないような様で、大樹は疾走しながら軽々と真凛を手元に置く。
「このまま、人気のないところまで移動するぞ」
「はい♪」
暴漢に追われているというのに、まるで遊園地のアトラクションを楽しむかのように、自身の命や安否については心配していないといった真凛の表情と返答に、兄の大樹は無言で頷くと、後ろの男たちが追跡できる程度の速さで、魂装の力により加速した。
◇◇◇◆◇◇◇
(バタンッ!)
重厚なオーク材で出来たチャペルドアが閉まる音を背中に聞き、大樹はようやく魂装術式をアイドリング状態にする。
「ふぅ……」
「ああん、終わっちゃった……」
チャペル内の木製ベンチに、お姫様抱っこから降ろされた真凛は、名残惜しそうに離れていく兄の大樹の方を熱のこもった目で見つめる。
「場所の当たりがついた所で、加速して一気に距離を取ったから、直ぐには奴らも来ないはずだ……」
海辺の芝生の丘にポツンと立つこのチャペルに大樹たちが逃げ込んだのは、別に追い詰められたからではない。
このチャペルは、宗教施設というよりは、ウェディング用にホテルの敷地内に建てられた物のようで、壁面の全面がガラス張りとなっている。
ちょうど今日のような、晴天という幸運に恵まれれば、青い海と空で彩られる最高の景色をバックにして、永遠の愛を誓うことが出来るという寸法だ。
「このチャペル素敵だね~」
ウットリとした顔で真凛はチャペルの中とその景色を眺める。
「そうだな。建物周りが開けた芝生で、全面ガラス張りなら、奴らがどの方向から襲撃してきても感知できる」
「ちょっと、こっち来てお兄ちゃん」
朴念仁な兄の言葉は無視して、真凛はチャペルの祭壇の方で手招きをする。
この辺りは、やはり兄妹と言うべきなのか、程よい雑さである。
「なんだ、真凛? 何か不審な点でも見つけたか?」
真凛の手招きに誘われて、大樹が急いで祭壇の方に向かう。
「ちょっと練習しよ、お兄ちゃん」
「練習? 何のだ?」
「こんな素敵なチャペルだよ。誓いのキスに決まってるじゃない」
「真凛、こんな時にそういうゴッコ遊びは……」
「そう、ゴッコ遊びだよ。子供の頃、よくおままごとで結婚ゴッコしたでしょ? あれと一緒だよ。遊びだから良いでしょ? お願い!お願~い! お兄ちゃあん」
甘ったるい声で兄に甘えつつ、あくまで遊びであるという事を真凛が強調する。
「はぁ……こんな時に全く……」
こうなると、この妹はこちらの言う事を聞かないことを兄の大樹は経験から、よく知っていた。
ため息をつきながら、祭壇の前に大樹が立った。
「へへへ……」
いつの間にか、真凛は持っていたバッグから薄手のストールを花嫁のベールに見立てて、頭に掛けていた。
顔を隠すようにストールを被っているというのは、こういう事だろうと思い当たった大樹は、向かい合って妹のベールを持ち上げる。
頬を染めた真凛が、兄の大樹の方を真っすぐと見上げる。
「綺麗だ……」
無意識に大樹が呟く。
それは、チャペルという非日常のシチュエーションがなせる効果だったのだろうか……
「お兄ちゃん……」
真凛は、ゆっくりと目をつぶり、わずかに唇を前に突き出す。
何かを期待するように。
一瞬の逡巡の後、大樹は祭壇で一歩前へ出て、真凛の両肩に優しく手を伸ばした。
(カシャーーンッ‼)
けたたましい音と共に、チャペルの両側壁面のガラスが割れて、男たちが2名、チャペル内に突入してきた。
男達はチャペルから少し離れた場所から、魂装術式により身体を加速させた勢いのままガラスを突き破り、初速をほぼ維持したままこちらに突っ込んでくる。
2方向から斬りかかってくる男たちの斬撃を、先ほど祭壇に手を伸ばして掴んだ燭台で大樹が迎え撃つ。
「お前たち、何者だ?」
手に持ったアンティーク調の銀の燭台で見事に相手の斬撃を斬り払いながら、大樹が男たちに誰何する。
命のやり取りをしている真っ最中なので、質問を投げた大樹自身、返答は期待してはいなかったのだが、意外な事に相手の男から返答があった。
「我々は、お前のせいで崩壊した民間企業体派閥の残党だ」
「そうか、ウソだな」
男の返答に、大樹は即座に否定の言を投げる。
「な……」
即座にウソが看破されるとは男たちも思っていなかったのか、思わず動揺の言葉を口から漏らしてしまう。
「俺は、暗殺者を仕向けられるほど、派閥の中での地位は高くなかったしな。それに、最初にカフェで俺の名前を呼んだ時のイントネーションが、わずかにおかしかった」
「…………」
「貴様ら、アジア系外国人の魂装特殊部隊だな? 外国に特殊部隊を送り込むなんて、今の国際情勢では即時休戦停止、侵攻の口実にされるのに、何故そんなリスクを冒す?」
「「…………」」
男たちは大樹の問いに沈黙で答える。
「神谷絡みか」
大樹が一言呟いた瞬間、男たちの纏っていた殺気が最大レベルまで上がった。
向かって右側の男が、刃を立てたまま、魂装能力により底上げされたスピードで体当たりをしかけてくる。
剣術の美しさも何もない愚鈍な動きに見えるが、こと実戦においては有効だ。
今の1対他の場合には特にだ。
おまけに、大樹は真凛を庇いながら戦わなければならないため、相手の体当たりを回避する選択肢は取れない。そのため、大樹は真正面から相手の体当たりを受け止めることとなる。
つばぜり合いをしている大樹の側面を、もう一人の男が突いて……
という所で、側面から挟撃をしかけた男に、無数の細かい見えない斬撃が降り注ぎ、防刃対応が成された衣服を容易く切り刻む。
一つ一つの傷は致命傷になり得ないが、全身の各所に負った傷の痛みと、何もない空間から無数の斬撃を受けた動揺により、側面の男の突きが鈍くなる。
側面の男の弱々しい突きを同様に見えない斬撃で男の身体ごと容易く弾き飛ばしたと同時に、同じく見えない斬撃に驚愕した鍔迫り合いをしていた男の刀を、銀の燭台でかち上げ気味に弾き飛ばし、前蹴りをみぞおちにぶち込み、くの字に曲がった男を吹き飛ばす。
(カシャーーン!)
文字通りの息つく暇なく、大樹が蹴りを繰り出して片足のみを地につけている瞬間を狙って、天井のステンドグラスが割れて、最後の1人が直上より躍りかかる。
上段に構えて振り下ろしの体勢で落下してきた男のタイミングは完璧であったが、
瞬間、男は空中の何もない空間に激突した。
加速術式により自由落下以上のスピードが出ていたため、あえなく男の意識は打撲のダメージにより意識を刈り取られる。
「悪いな。苦い経験があるから、自分の直上には常に気を払っているんだ」
そう言って、大樹は銀の燭台から天井に向かって伸びた光の刃を鎮めながら言った。
◇◇◇◆◇◇◇
「これはちょっとマズいな……」
ガラスが割れてすっかり風通しが良くなった海辺のチャペルの中から、外を窺い見た大樹がボヤく。
前方の芝生に、銃を構えた戦闘員が複数名こちらに向かってくるのが見えたからだ。
「後方には、敵の展開はまだ無し。後方と言っても、断崖絶壁だが」
最早、逃げ場はなかった。
「お兄ちゃんの新技の光の刃で、敵をなぎ払ったら?」
「あれはまだ未完成の技でな。射程を長くすると、上手く振り回せない」
先程、天井から襲って来た相手を撃退した光の刃について真凛が提案するが、大樹は即座に自身の技のウィークポイントを述べて、その策を否定する。
妹という身内とは言え、自身の魂装能力の弱点を晒すのはいささか不用意な行いであるのだが、やはり大樹は妹の真凛には甘いと言えた。
(ガガッピ~)
この場をどう切り抜けるか思案していると、今回の大立ち回りの中でも唯一残っていた、天井に設置されたウエディングBGM用のスピーカーから音が鳴る。
『あ~あ~、聞こえますかどうぞ~? って、そっちからのマイク入力なんて無いから返答されても聞こえる訳ありませんでしたな~ こりゃ、失敬、失敬~』
思わず大樹と真凛は顔を見合わせる。
チャペルのスピーカーから聞こえてきた、ウザったい喋り方の女性の声に2人共聞き覚えがあったからだ。
『それでは、一方的に用件を伝えるぞなもし~ 迅速に崖から飛び降りんしゃ~い。安全は保障するなり~』
そう一方的に伝えると、スピーカーはまた沈黙した。
話し方はこんな時でもウザったいが、まさに渡りに船だ。
それに、敵の包囲網は着実に狭まってきている。
迷っている暇は無かった。
「真凛……怖いか?」
「うん、ちょっと……でも、お兄ちゃんを信じる」
「下を見るなよ。行くぞ!」
崖のふちに箸って辿り着いた2人は、お互いが離れないようにガッチリと抱き合って、身体を空中に投げ出す。
(ガガッピ~)
『あ、言い忘れてたで御座候。着地の衝撃の減速はそちらでヨロ~』
「「言うのが遅い! あのウザドクター‼」」
すでに自由落下を始めていた2人は思わず大声で、スピーカーの声の主の桐ケ谷所長へ悪態をついた。
「素延べ刀!」
大樹が崖地へ向けて銀の燭台を突き出す。
燭台から発せられた光の刃が崖地に食い込んで、ガガガッ! と崖地の岩肌を削りながら、人2人分の自由落下の勢いを殺す。
真凛は飛び降りる際の大樹の言いつけを守り、ギュッと目をつぶって大樹の首に両腕を絡めて必死に抱き着いている。
みるみる地面が眼下に近づいて来る。
(いざという時は、真凛だけでも……)
そう思った大樹は、地面に激突した際に自身がクッションになろうと身を捩ろうとするが……
「死ぬ時は一緒だよ、お兄ちゃん……」
兄の意図を知ってか、真凛が顔を大樹の顔に埋めて抵抗する。
「なら、意地でも止め切るしかないな!」
大樹が燭台の光の刃に力を籠める。
掘削される崖地から、より激しく礫と土埃が舞う。
「と、止まった……」
結果、地につくギリギリの所で、落下が完全に止まった。
「ん? これは……」
崖地に突き立てた光の刃だけを頼りに垂れ下がっている足先に、何か人工物のような物が触れていることに、大樹は一拍して気付く。
『周防先輩、真凛ちゃん。御無事で何よりです』
「火之浦か⁉」
大樹の足元にあったのは、軍用の水陸両用の無人小型高速戦闘艇の船首部分だった。
浅瀬の崖地ギリギリの箇所まで、船底部分にあるキャタピラで寄せていた艇の操舵部分に取り付けられた拡声器から、またしても聞き慣れた声が聞こえる。
『お~、無事で何よりぞなもし~。あ、この艇にはちゃんと入力マイクがあるから、そちらの声も届きますぞ~』
「桐ケ谷ドクターも⁉ というか、段取りの説明はちゃんとしてください!」
「まぁ、私は身投げ心中のシチュが体験出来て、結果オーライでしたが」
艇に乗り込みながら、早速、桐ケ谷ドクターへの苦情を述べる大樹と、少々破滅的な感想を述べる真凛だったが、
『話は後です! 今はここからの離脱を優先します。うるさいので、耳塞いでてくださいね!』
「そう言えば、火之浦がこの軍用の無人艇を操作しているのか? 一体どうやって……って、ウオッ!」
大樹の問いかけは、高速艇に備え付けられた機銃の崖上の敵兵への掃射と、水中で艇のジェット推進エンジンを起動した音にかき消された。
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