第26話 ふにょん!
「ユウ様、こっち向いて~! はい、かわいい~♪」
(カシャカシャカシャ!)
魂装研の部室内に、シャッター音が鳴り響く。
「ちょっと、速水さん早くして……」
俺は消え入りそうな声で、速水さんに懇願する。
「ユウ様。貴方は今、歳はいくつでちゅか?」
ごつい一眼レフカメラをかまえ、シャッターを切りまくってはしゃいでいた速水さんが急にカメラから顔を上げ、真顔で俺に問いかける。
「え? もうすぐ16歳に……」
「ちーがーうーでーしょ‼ 1ちゃいでしょ‼ 1ちゃい‼ 1ちゃいはそんな事言わない! はい、復唱!」
「1ちゃい……でしゅ」
「デュフフフッ! よく言えました~! ユウ様すごいね~! あ、やばヨダレ垂れちゃった」
シンプルに死にたい。
俺がなんで、少将という高い地位にいるにも関わらず、こんな戦場よりも心が今にも死んでしまいそうな辛い状況に追い込まれているかと言うと、ちゃんと理由がある。
『マスター。部室に誰か来ますよ』
「 ⁉ 」
コンの声が聞こえたその瞬間、俺は直ぐに赤ちゃん帽子とよだれかけを引きちぎらんばかりのスピードで剥ぎ取り、畳の上に転がっているガラガラや縫いぐるみと合わせて段ボールへ投げつけるように放り込んだ。
先ほどまで、これらのアイテムで何をしていたかを語るのは勘弁願いたい。
「失礼しま……あ」
琴美が、仮眠をとるために魂装研の部室に入ると、顧問の速水先生がいたので困惑したようだ。
「大丈夫よ火之浦さん。神谷君から話は聞いているから。生徒会はご近所さんで、色々と助け合うから、この部室にもよく出入りするって」
「あ、はい」
琴美が俺の方をチラリと視線を向けてきたので、俺は大きく頷いて見せて、話をつけておいてあるから安心しろと目で伝える。
「じゃあ、神谷君、戸締りだけはよろしくね」
「はい」
速水さんはホクホク顔で一眼レフカメラを持って、部室から出て行った。
あのカメラの写真データをどうにか完全消去は出来ないものだろうか。
「ありがと、ユウ。私のために顧問の速水先生にも話を通してくれて……けど、速水先生はなんで、本来ルール違反なのに目をつむってくれたんだろう?」
「ああ、そこは俺の尊厳を犠牲にしてな……」
当初、速水さんは琴美がこの部室に出入りするのに猛反対した。
俺の軍での秘密を守るためにリスクが~と割ともっともな理由を並べ立てていたが、代わりに速水さんのリクエスト通りの写真を撮らせてあげると言ったら、秒で陥落した。
なお、俺の10歳に強制徴兵された直後の軍服を着なれていない、あどけない写真を交渉カードに使おうかと思ったのだが、アルバムを漁っても見つからなかった。
今度、誰か戦友に会えたら持っていないか、聞いてみよう。
「犠牲?」
「いや、なんでもない。速水先生が理解のある良い先生なだけだよー(棒)」
今度上層部に、士官を対象にした『収賄ダメ絶対!』の研修を企画・強化するように進言しておこう。
「じゃ、じゃあ早速寝ようかな……」
「おう。じゃあ、部室のカギ閉めておいてな」
俺は、座っていた畳から立ち上がって上履きを履いた。
「あ……あの」
「ん、どうした? 今日は生徒会のマスターキー持ってないのか?」
「そうじゃなくて、あの……ユウはこの後、予定あるの?」
「いや、別に」
「じゃ、じゃあさ……」
琴美は、おずおずと背後からブランケットを取り出して、
「一緒に寝よ?」
と、恥ずかしそうに顔を隠しながら俺の方を期待したような目で見つめながら、お願いしてきた。
「お、ブランケットもあるの? やった、寝よう寝よう」
朝は結局寝そびれてたから眠いんだよな。
俺はいそいそと、再度上履きを脱いで畳の小上がりに上り、寝っ転がる。
今朝は抱き枕になっていたので、それと比べれば全然余裕だ。
「いや、ブランケットは1枚しかなくて……だから……その……」
琴美は何か言いたげに、ブランケットを掴んでモジモジしている。
「俺は別にブランケット無しでもいいけど」
「だから、そういう意味じゃなくて! いいから、これは貴方が使って!」
そう言って琴美は俺に手元にあるブランケットを押し付けるが、なぜか真っ赤な顔をしている。
あ、琴美って結構暑がりだから、ブランケットは要らないって意味か?
「あ、そういうことか。じゃあ、これ使ってくれ」
そう言って、俺は自分の制服の上着を脱いで琴美に渡す。
「ふぇ⁉」
「これならブランケットよりは薄手でちょうどいいだろ? 安心しろ。週末にクリーニングに出したばっかりだから」
「え……ええと……まぁいいか。これはこれで」
「ん? なんか言ったか? 寝るなら早く寝ようぜ琴美。昼休みが終わっちまう」
「う、うん」
「じゃあ、ブランケットありがとな」
そう言って、俺はゴロンと畳の上に横になってブランケットに包まる。
新品のブランケットはフカフカで心地良いのと、野営時に仮眠がしっかり取れるタイプの俺は、すぐに眠りにつける。
寝入りばなに、
「えへへ……」
という声がした気がしたが、夢か現かは解らず、眠りの沼に意識がおちて行った。
◇◇◇◆◇◇◇
「だぁああああぁぁああ‼ 何しとんじゃ、ゴラアァァァ‼」
大声が響き、俺は瞬時に眠りの底から意識が浮上する。
戦場でも寝入り中に敵襲が合って飛び起きたりするが、そういう危機が迫っている時には、コンからの呼びかけがあったりするのだが……
「状況……は」
俺は、瞬時に目の前の状況を理解させられた。
「ユウ君の服から手を放しなさい! この!」
「触らないで! 匂いが混じって台無しになる!」
俺の制服の上着を、ミーナと琴美が奪い合っていた。
モテモテだな、俺の上着。
「2人ともストップ。それ以上ひっぱると俺の上着が裂けちゃいそうだ」
俺は2人に声をかけたが、興奮状態の2人は上着を掴むのはそのままに、起床した俺に気付いてまくし立てる。
「ユウ君! この生徒会の女、寝ている隙にユウくんの上着でいかがわしい事をしていたのよ!」
「いかがわしい事なんてしていません! この上着はユウが貸してくれたの!」
「ユウ⁉ なに、慣れなれしく呼んでるのよ!」
「同級生なんだから別にいいでしょ。それとも、ユウの呼び方について、一々、虎咆先輩の許可が要るんですか?」
さらにヒートアップする2人に制服はなおも引っ張られて、ミチミチッ! という音を発していた。
袖のあたりの縫製部分が逝ったかな……後で縫物しておかないと。
「ミーナ。この上着は、昼寝用に俺が琴美に貸したんだよ」
ミーナは俺の制服の上着を琴美が勝手に触っていたと、誤解しているのだろうから、これで納得してくれるはずだ。
「そ、そうです」
俺の説明に琴美が同意するが、その弁明は何故か弱々しかった。
「へぇ~、昼寝用に借りた……ね。じゃあ、なんで私が部室に入った時に、火之浦さんはユウくんの制服の上着を着てはしゃいでいたのかしら?」
「ん?」
あれ? 昼寝の掛け布団替わりに使ってたんじゃないの?
琴美の方を見ると、茹でだこのように顔を赤くしている。
「ユウ君の制服の上着を着て、恍惚の顔をしてたわよ」
「ち、ちが……」
「大方、彼シャツみたいに、『やっぱり男の子って大きいな……』とか『まるでユウ君に抱きしめられてるみたい……』とか、独りで呟いてたんでしょ」
「ふにょん!」
どうやら図星だったらしい。
琴美が叫びとも悲鳴ともつかぬ声を上げて、頭を抱えてしゃがみ込む。
「ミーナ、見事な思考トレースだね」
「ふっ、所詮はこの間まで中学生だった小娘だから、男子の制服を前に何をしていたかなんて手に取るように解るわ。もし、時間があったらもっとアレなことをしていたでしょうね」
勝ち誇った顔で琴美を見下ろしながら、ミーナがドヤ顔で答える。
「へぇ、こういう時の女の子の行動原理にミーナは詳しいんだ」
「ええ、そうよ」
「……ミーナも同じことしたことあるの?」
「ふにょん!」
どうやら図星だったらしい。
ミーナも奇声を上げて頭を抱え込み、その場にしゃがみ込んだ。
「とりあえず、この上着はまたクリーニングに出そうかな」
「待って違うのユウくん! 私はユウくんの上着を汚しちゃうようなことはしてなくて!」
汚すようなことって何だよ。
俺の上着を着て、カレーうどんを紙エプロンなしで食べるとかか?
ミーナは「誤解なの!」と焦って俺に縋りついてくるし、琴美はまだ地面で頭を抱え込んでダンゴ虫のままだしで、混沌とした中、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
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