第126話 無限を相手にする覚悟
「あ、トシにぃ。俺の背嚢取って来て。コーヒー飲みたい」
「自分で取ってこい」
寝っ転がりながら、昭和の亭主関白ばりにコーヒーをおねだりするが、トシにぃにあえなく却下される。
「いや、俺イーゲルレーゲンの術式発動中で手が離せないから」
「それくらい自分で出来るだろ」
「利明。お前、何を上官の命令に背いてるんだ」
俺とトシにぃの様子を見ていた小箱司令が、腕組み仁王立ちしていた。
「ね、姉ちゃん! いや……こいつの魂装術式はオート発動だから、その……」
「神谷少将はユンカー要塞の恩人だぞ。そんな大恩人を無下に扱うのは、実の弟とて許さんぞ」
身長的には姉の小箱司令の方が、トシにぃより小さいのだが、迫力満点だ。
この迫力は、要塞の司令という重責や威厳から発せられているというのではなく、お姉ちゃんとしての迫力だな。
「ほら、利明。神谷少将に紅茶をお出ししろ」
「ちっ……はいはい」
「はいは1回! 子供の頃からいつも注意してただろ!」
「いってぇ!」
トシにぃが小箱司令に後頭部をどつかれながら、渋々背嚢から携帯ガスバーナーセットを取り出してお湯を沸かしだす。
姉ちゃんにタジタジなトシにぃとか眼福なんだけど。
これからも、定期的にトシにぃをユンカー要塞に連れ回したい。
「そう言えば、美鈴たち戻って来ませんね」
「ああ。あれは、ちょっと時間がかかりますからね。折角なので、少し凝ってるのかも」
美鈴と速水さんはニャランさんに案内してもらう形で、司令室を離れているのだが、すでに数時間になる。
「凝ってる?」
「あ、そう言ってたら戻ってきましたね」
「ん? うお⁉」
空間転移で表れた美鈴たちの姿に、俺は驚かされた。
「お待たせ、祐輔。似合う?」
「ハハハッ。こりゃまた可愛いな」
着替えた美鈴の姿を見て、俺は美鈴たちの考えていることを直ぐに理解した。
「この服、借り物だから出来るだけ汚したくない。いざとなったら祐輔が護って」
「オーケー。で、確認だけど、美鈴はかつての故国に弓引くことになるけど、良いんだな?」
「別に、私は日本軍になったわけではない。ただ、この要塞に住まう人たちの突撃少女のトラウマ解消のために手を貸すだけ」
「なるほど。これは、ハオ族の人たちの戦時PTSD解消のカウンセリング活動の一環ってわけね」
随分と荒療治だけど。
「じゃあ、前線へ移動するか。速水さん、この人数でも空間転移いけそうなの?」
「流石にこの数はしんどいですがね」
苦笑いしながら速水さんが答える。
でも、後方のキャンプ地から要塞まで転移してきているのだから、大丈夫なのだろう。
以前は、自分ともう一人しか空間転移出来なかったというのに。
成長著しいな。
「じゃあ、行こうか美鈴たち」
「「「「「「「うん」」」」」」
オリジナルの美鈴の後ろにいる無数の美鈴たちの同意の声が、まるでこだまのように要塞内に響いた。
◇◇◇◆◇◇◇
戦況は、圧倒的にハオ族民族解放軍有利。
頼みの綱の、迫撃砲による制圧射撃も、俺の対空射撃術式イーゲルレーゲンが展開している間は、ただの弾の無駄遣いでしかない。
敵の東方連合軍は俺の切れ目ない対空射撃術式イーゲルレーゲンで一歩も近づけず、折角占拠したトーチカも明け渡さざるを得なかった。
折角、圧倒的な物量投入で、不動要塞のユンカー要塞を陥落させると息巻いていた東方連合国軍も、あっという間に戦況をひっくり返されて、さぞかし士気が落ちている所だろう。
さて、東方連合国軍の最前線に挨拶に行こうか。
「って、俺の対空射撃の音がうるさくて話が出来ないな。コン、射撃音OFFにして」
『解りました』
今までは、威嚇の意味もあるので射撃音は通常のガトリング砲の射撃音を発していたのだが、敵軍と話し合いをする上では、このままでは差し障る。
コンへの指示の直後、耳がいかれてしまいそうな程に戦場の最前線に鳴り響いていた対空射撃のガトリング砲門から一切の音がミュートになった。
変らず、かすめれば人体が蒸発したかと見まがうほどに吹き飛ぶ、死の針を上空に撒き散らかすのは変わらずに。
この物理法則を無視した融通が利くのが、魂装術式であるが故のメリットだ。
「あのー、聞こえますか? そちらに日本語解る人います?」
急に無音になった戦場で、前方に積み上げれられた土嚢の向こう側に、声をかける。
先ほどまで爆音の銃撃音の只中であった前線が突然無音になるという異常な事態に、敵兵は思わず土嚢の影から顔を出す。
「おーい、この前線で一番階級の高い人は?」
「くぁwせdrftgyふじ!」
いきなり俺に話しかけられて気が動転した敵兵が、携行小型ミサイルをぶっ放してきたが、当然ながらガトリング砲の弾幕で敵の攻撃は霧散する。
「危ないな~。前線で監視させられてるのは1個小隊っぽいね」
身を隠すための土嚢が積みあがっているので、敵の規模と位置は丸わかりだった。
彼らも、上空に向いているガトリング砲が、いつ地面に伏せている自分たちに向けられるかという恐怖と戦いながらここに留め置かれて、色々と精神的に限界だったのだろう。
『コン。バリケードを展開している範囲をイーゲルレーゲンで水平方向に包囲して。射撃は待機状態で』
ようやく射撃音が止んで、攻撃がおさまったのかと期待して顔を覗かせて見れば、無尽蔵に弾を吐き出しまくるガトリング砲門はちっとも変わらずに、音だけが消失しているという、本来ありえない状況。
目の前のおかしな状況に目を剥いた刹那、魂装能力者と思しき姿の俺が間近にいて、慌てて退却しようとしたら、宙に浮くガトリング砲たちに包囲されていることに気付く。
「っ……!!」
敵兵たちから、声にならない悲鳴が上がる。
一般の兵士にとって、魂装能力者は恐怖の対象だ。
魂装能力者のレベルや能力の系統にもよるが、機甲師団をぶつけても、たった一人の魂装能力者にあっけなく全滅させられることさえあるこの世界において、魂装能力者に戦場で出くわした場合、大概の場合は己の不運を嘆き、自分の命を諦めなくてはならない。
即座に敵兵たちは手に持った銃を捨てて両手を上げて降伏モードだ。
おそらく、嫌々最前線に配置された部隊だ。
いざとなったら、即時降伏することを最初から決めていたのだろう。
狙撃手も木の上に潜んではいるだろうが、どうせイーゲルレーゲンの掃射で弾なんてこっちに当たりっこないので捨て置く。
「私は、日本軍統合幕僚本部付 少将 神谷祐輔です。大丈夫、命は取らない。君たちの仕事は、自分たちの存在を本国に伝えてもらう事だから」
冷静さを取り戻してもらうために、俺はまずは命は取らないことをすぐに伝える。
俺の言葉を、背後に立つ美鈴が通訳して、降伏している東方連合国の兵たちに伝えられる。
ん? 女の子一人の声量で部隊全員に届くかって?
そこは安心してほしい。
何せ、俺の後ろには美鈴が100人くらい居て、通訳の大合唱だから。
「見ての通り、我々とハオ族は友好関係を結んでいる」
努めて事務的に伝えてみるが、今目の前にいる東方連合の兵は、俺の言葉よりも美鈴の方に目が釘付けになっていた。
絵的に俺が地味だからという意味じゃないぞ。
彼らからしてみれば、かつてこのユンカー要塞の最前線へ自軍が大量に投入した、見慣れた少女兵がずらりと敵側に、ハオ族の民族衣装を着て並んでいるのだから、衝撃度合いで言ったら、こちらが断トツに上だろう。
という訳で、急遽路線変更だ。
「君たちの切り札は敵に寝返った。この意味が解るか?」
俺の悪乗りの意図を察したのか、美鈴の分体たちが通訳しつつ、敵兵に恨んでいると分かるようにガンを飛ばすように首をかしげて見上げるといった、アドリブ演技を加える。
「今まで君たちが、我が身可愛さに少女に押し付けていた責任や痛みを、今度は君たちが果たす番だということだ」
100名の少女たちが敵兵たちを指さす。
「君たちに、無限を相手にする覚悟はあるか?」
敵兵たちがガクガクと震える。
その表情は、不条理を相手に押し付けて高みの見物を決め込んでいた者が、地面に引きずり降ろされた時の絶望に似ていた。
この辺りで、東方連合兵の精神は限界のようだったので、最後にダメ押しの口上だ。
「この地から去れ。そして伝えろ。悪夢が起きたと」
その言葉を合図に、俺は東方連合兵の周りのガトリング砲を消失させた。
俺と美鈴の怪談口調による交渉寸劇が見事成功したことを物語るように、敵兵たちは尻尾を巻いて逃げ出していった。




