第124話 傭兵は男の子の夢
「ほ~ら、お客様が土足で人の家にお出ましだ! 招待状のない礼儀のなっていないお客様には、たっぷり鉛玉をくれてやりな野郎共!」
「「「「おおおおおおお!」」」」
とでも、小箱司令が兵たちに檄を飛ばしたんだろうなということが、ハオ族の言葉をまるで解さない俺でも理解が出来た。
先ほどまでの穏やかなトシにぃのお姉ちゃんが、一気に難攻不落の要塞の主の顔つきになり、色々な指示を兵たちに矢継ぎ早に飛ばす。
「ああ、失礼。本来のお客人を忘れていた」
「いえ、戦闘が優先ですからお気になさらず。こういう侵攻は定期的にあるんですか?」
ある程度、初期対応時の指示が終わったのか、小箱司令がこちらを気にかけてくれる。
「ええ。へっぴり腰の敵兵がね。突撃少女にばかり頼り過ぎたツケですよ」
双眼鏡で、戦線を確認する小箱司令が敵側を嘲笑う。
「片やこちらは、地雷原と機銃掃射の中を死を恐れずに突撃してくる少女兵を相手に、戦闘経験を積みに積んでいる。突撃少女を相手にするのと比べれば、動きが遅すぎて折角上げた兵の練度が下がってしまうのが、目下の悩みですよ」
「私としては少し複雑……結局、私を投入しても、相手国の兵の練度を上げる結果になったとは……」
戦場特有のハイな状態の小箱司令のバーサーカーみたいな悩みに、美鈴が複雑そうな顔をする。
東方連合の腰が引けているのには、ちゃんと理由がある。
要塞の背面と側面は激流の川が流れていて、当該の川はユーロとの国境も兼ねているため、東方連合国の軍は川向からの迫撃砲部隊の展開も、兵の渡河も不可だ。
ユンカー要塞側から丸見えの正面から、地雷がたっぷり埋まっていて、機銃掃射で薙ぎ払われる中を正面突破をかけるしかない戦場なんて、素人でも無謀な作戦だと解るからだ。
そんな死が確約された戦場であるが故に、美鈴の分体という、戦死しても文字通りに補充が効き、戦死しても遺族年金を払わなくて済む存在は、東方連合国軍の上層部にとっても、現場の兵としても救世主だったのだろう。
前線の兵は無駄死にしたくないし、上官も突撃を部下に命じて後ろからうっかり誤射される心配も無くなる訳だ。
故にこのユンカー要塞の戦場は、美鈴の分体に依存しきるしかなかったのだ。
「で、美鈴が国外逃亡して美鈴の分体の兵の供給が完全に潰えた結果、後には前線を人任せにしてきた兵が残ったと」
「私の存在が、結果的に兵の戦う勇気を奪っていた。痛恨」
美鈴が珍しく凹んでいる。
美鈴的には、自分が活躍できる戦場という事で、思い入れもあったのかもしれないな。
「とはいえ、こちらも無傷のままとは行かないんですがね。って言ってたら来ました!」
(シュポンッ!)
「速水さん!」
まるで花火を打ち上げた時のような音が聞こえたと同時に、俺は横にいる速水さんを地面に引き倒した。
「キャッ! ユウ様、ついに私の溢れるママみに辛抱ができなくなって、公衆の面前で授にゅ」
「言ってる場合か! 迫撃砲だよ!」
(ズガァンッ!)
着弾の音と衝撃がユンカー要塞を揺らす。
横を見ると、トシにぃと美鈴は地面に猫のようにくるまって、身体を曝す表面積を最小限にして伏せていた。
さすがは、前線経験が豊富な2人だから、反応が速い。
「迫撃砲だけは如何ともしがたいですね。ここからは迫撃砲のターンですから、塹壕に入りましょう」
同じ体勢で伏せていた小箱司令が、塹壕へ降りる階段を指さす。
傍らにいたハオ族の副官が、頭を抱きかかえるようにして地面に伏せさせているようだ。
性癖をこじらせたうちの副官と違って、小箱司令の副官は優秀だ。
「迫撃砲を要塞に撃ちこみまくった後に、突撃してくるって感じですか?」
匍匐前進で塹壕の入口へ進みながら、小箱司令に話しかける。
「ええ。敵はいつも攻撃がワンパターンなので、しばらくすると迫撃砲はおさまると思います。ニャラン、彼らを迫撃砲の届かないキャンプ地まで案内してあげて」
小箱司令が傍らにいる副官の男性兵士に声を掛ける。
どうやら、副官の兵はニャランという名前らしい。
なお、可愛らしい名前とは裏腹に、ニャランは男性の屈強な体躯のハオ族の兵士だ。
「わかった」
「あれ? 日本語」
「ニャランは、私の右腕でね。日本語が話せます」
そう言えば、小箱司令に日本への帰投の意志を確認した時も、この副官は反応してたんだよな。
あれは、日本語が解ったからなのか。
「では、安全な場所まで行ったら空間転移で一時帰投させていただきます。明日、また伺わせていただきますので」
「はい。明日まで命があればですが」
「縁起でもない事言うなよ姉貴……」
「戦場ジョークだよ。また明日な」
カラカラと笑って見せて、再び前線の指揮に戻った小箱司令の後ろ姿を、トシにぃは切なげに見つめていた。
◇◇◇◆◇◇◇
「ここがキャンプ地ですか」
野戦ジープに乗ってニャランに連れて来られたのは、要塞の後方を歩いて2km後方に位置する難民キャンプだった。
ジャングルを切り開いた貴重な平野部に、所狭しと掘っ立て小屋のような住居が並んでいる。
「迫撃砲が届く距離ではないけど、ユンカー要塞と目と鼻の先ですね」
ユンカー要塞と目と鼻の先という事は、前線から程近いという事だ。
つまり、ユンカー要塞が陥落すれば、この難民キャンプは敵の手に落ちることを意味する。
「ユウ。前見えないから手握ってて」
「おう」
キャンプ地にたどり着く手前で、美鈴は副官のニャランに渡されたフード付きのマントを頭から被らされていて、足元がよく見えないのだ。
「ぐ……小娘2号め。ここぞとばかりに」
「しょうがないだろ、速水さん。ここで美鈴の顔を曝すのはよろしくないんだから」
「ここには、肉親や友人を突撃少女との戦闘で亡くした者がたくさんいる」
副官のニャランが、流ちょうな日本語で俺の言葉の補足をする。
「このキャンプ地には、子供もいるんですね」
「ああ。ユンカー要塞の兵も、普段はここで家族と暮らしている」
外国人の俺たち一団が珍しいのか、迫撃砲の音がこだましてくる中で、ハオ族の子供たちは興味津々とばかりにこちらに近づいてきて、何やら話しかけてくる。
「「「「ワーキャー! ワーキャー!!」」」」
子供たちに囲まれて何やら語り掛けられているが、ハオ族語なので何を言っているのかさっぱり解らない。
表情や雰囲気から見て、別に敵意を向けられている訳ではないようだが。
「この子たちは何て言ってるの? ニャランさん」
「軍服を着ているのに要塞に行かなくていいの? と言っている」
俺を見上げる、7歳くらいの女の子が不思議そうな目で見ている。
「ゴメンな。兄ちゃんたちは別の国の、日本って国の軍の人間なんだ。けど、敵じゃなくて、君たちのリーダーのお姉さんと知り合いで、会いに来たんだ」
俺はしゃがんで、女の子と目線を合わせながら答えると、後ろでニャランさんが通訳をしてくれている。
すると、子供たちの顔がパァッと明るくなって、何やら興奮しながら俺たちに語り掛けてきた。
辛うじて「紗良」という小箱司令のファーストネームと、「日本」、「日本人」という単語が連呼されているのは聞き取れた。
「この子たち、急にテンション上がってるけど、どうしたんだろ?」
「みな、小箱司令の事が大好きだからな」
副官のニャランさんは、基本強面有能軍人さんという感じの喋り方なのだが、この時はわずかに口がほころんでいた。
上官が子供たちから慕われているのが嬉しいのだろう。
何やら大きな身振り手振りつきで、子供たちが口々に喋りかけてくる。
相変わらず何を言っているのかは解らないが、
「小箱司令はすごいんだぜ!」
と俺たちに、数々の武勇伝を説明してくれてるんだろうなという事が、子供たちの活き活きとした表情や目から伝わり、思わずこちらも顔がほころぶ。
「良かったねトシにぃ。お姉さんが皆に愛されてて」
「ああ。もし、こちらの現地軍にいいように利用されているだけなら、強引にでも連れて帰ろうかと思っていたが、その心配は杞憂みたいだな」
トシにぃも、屈託のない子供たちの表情を見て、ひと先ずは安心といった様子だ。
(ズガァッ!!)
そんな牧歌的に和んでいた時を文字通りぶち壊す爆裂音が響き、その場にいた全員が、子供たちも含めて地面に身体を伏せさせる。
「これ、着弾近いぞ!」
地面から起き上がって状況確認のために、音のした方を見ると、黒煙が上がっていた。
黒煙の上がった地点は、先ほど俺たちがジープで要塞から来た際に通った道の辺りだった。
「おかしい……敵の迫撃砲は、ここまでの射程はないはず」
ニャランが呟いた通り、迫撃砲の着弾による音響程度では動じていなかった子供たちも、不安な顔でその場にうずくまっている。
「今までにない攻撃ってことですか?」
「解らない。とにかく要塞に至急戻らなくては」
ニャランは屈強な軍人で司令の副官という立場上、平静を装っているが、どうやら戦況がまずい状態だという事が窺い知れた。
敵が未だかつてない兵力を投入しているのか、或いは前線がかなり押し込まれているのか。
いずれにせよ、ハオ族側としては窮地な状況だと考えられる。
「あなた達は、早く離脱を。私が紗良から受けた命は、あなた達が無事に本国へ一時帰投するのを見届けることだ。早くこの場から退避を……ちょっと失礼」
俺たちの帰投を急かしつつ、かかってきた無線通信機に、ニャランは慌ただしく応答しだした。
「退避か……けど、ここの人たちには逃げる場所なんて無いよな」
俺は思わず、キャンプ地を眺めらながら呟いた。
このキャンプ地は、後方にユーロとの境界の川があるだけで、国境的にも、子供たちの体力的にも、渡河するのは不可能な、背水の陣が敷かれた場所だ。
そんな状況で、自分たちだけが安全な日本に帰投するのは、何とも心苦しかった。
「あれ? 君はさっきの……」
ふと自分に向けられた視線を感じて、そちらを見やると、俺に最初に話しかけてきた女の子がポツンと立っていた。
他の子供たちは、そのほとんどが親たちに呼び寄せられたのか、家に避難していて他には誰もいない。
「君も避難した方がいいよ」
日本語なので伝わるか解らないが、俺は再度しゃがみこんで少女の目線になって話しかける。
すると、
「ん……」
女の子が、肩に掛けたカバンから取り出したのは、どこかの国の戦闘糧食の入った銀色のパックだった。
それを、女の子が俺に渡してくる。
「え、俺にくれるの?」
何でこんな時に? と困惑しつつ思わず受け取ると、そのまま少女はピューッ! と自分の家の方と思われる方へ走って行ってしまった。
「それは他国の横流し戦闘糧食だな。品名的にチョコバーか」
「へぇ……」
トシにぃが、覗き込みながら戦闘糧食のパックに書かれた品名を読んでくれる。
「それなら私も東方連合にいた頃に食べた」
「あ、美鈴は食べたことあるんだ」
「ちなみに、クソまずい」
「マズいのかよ!」
何だそりゃとズッコケた俺たちに、目深に被ったフードを少し上げて、美鈴が情報を付け加える。
「でも、ここはジャングルの奥地にある難民キャンプ。こんな物でも、おそらくお菓子と呼べる代物を、彼女たちは年に1回程度しか口にできない」
それを聞いて、俺は先ほどの少女が俺にお菓子をくれた様子を思い出していた。
カバンに入れて、いつも肌身離さず持ち歩いていたのだろうか。
「……そんな大事な物を、あの子は俺にくれたのか」
お菓子を渡す時に、迷ったり逡巡している様子は、少女には見受けられなかった。
戦場の前線が目と鼻の先で生きる子供たち。
だからこそ、いざという時に命を張って自分たちを守ってくれる軍人に、彼女なりに最大限の敬意を払ったのだろう。
その心意気に、俺は迷いを捨てた。
「ユウ様?」
「どれどれ……うぇ! たしかに美鈴の言う通りクソまじぃ!」
少女の大事な大事なお菓子は、たしかに美鈴の言う通り、粉っぽくて、でも甘さだけは脳を貫くぐらいドギツくて食えたもんじゃなかったが、俺は無理やり腹に全部おさめた。
「報酬受け取っちゃったから、これで、あの子の依頼を受けない訳にはいかなくなったな」
手についたお菓子のカスを掃いながら、俺はわざとらしく呟いた。
「フフッ。報酬で動くなんて、祐輔はいつ少将から傭兵業に転職した?」
すぐに、俺の意図が読めた美鈴が俺をからかうように笑う。
いいね傭兵。
男の子は一度は、無頼の傭兵を夢見るもんだし。
「ユウ様。軍属が命令も無く、他国で戦闘行為に参加するのは……」
「そんなの、邦人救出任務時に戦闘に巻き込まれたので、自衛のために止む無く反撃しましたとでも誤魔化すよ」
速水さんの懸念を、俺は一笑に付した。
「こういう時だけは、本当に悪知恵が働くガキだな」
「戦場で色々教えこんでくれた兄貴分が優秀だったからって、尋問受けたら証言しておくからねトシにぃ」
「俺に飛び火させるな。今の俺はお前の部下なんだから、俺は少将の命令に従っただけだって証言してやるからな」
フフッ。トシにぃは、軍規違反すること自体には反対しないんだね。
さすが、俺が憧れる兄貴分だ。
かっくぃい!
「じゃあ、行きますか」
腹が決まった所で、俺たちは忙しそうに無線機でやり取りしている副官のニャランに声をかけた。
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