第119話 裁判官ごっこ
「はい。それでは開廷します。被告人は前へ」
「……これは何? 模擬軍法会議?」
放課後。
話があるとクラス担任教官の速水さんに呼び止められた美鈴は、あれよあれよと魂装研究会の部室に連れ込まれていた。
部室内はさながら裁判所の法廷のように、机と椅子が配置されていた。
「安心しなさい小娘2号。弁護人はつけてあげたわ」
「何の経緯も知らされていないんだが、なんだこれ?」
弁護人である周防先輩は、美鈴と同じく、この場の状況が飲み込めていない様子で、何故か持たされたポケット六法全書を片手に、これまた掛けさせられている伊達メガネ姿で、胸元にはレプリカと思しきバッジを身に着けながら戸惑っている。
「裁判官、私の弁護人には能力的に疑義がある。即刻、本件裁判から解任したい」
「被告人の要望を却下する。これは、お兄ちゃんのインテリ弁護士ぶりを愛でることは、公共の福祉に利するためである」
被告とされた美鈴は、状況が飲み込めておらず、頼りにならなさそうな周防弁護士の解任の意志を示したが、裁判官よろしく黒い法服を着ている真凛に秒で却下される。
法服の黒色は何物にも染まらずに判断するという司法の公正さを象徴するものだが、そもそもこの裁判官は、この状況を利用して、己が欲求を満たそうとしているだけであった。
「しかし、こんなコントをするために、随分と凝ったセットを作る」
「お兄ちゃんのインテリ弁護士写真が撮れるから、コネを使ってテレビドラマ並みのクォリティーを目指しました」
「傍聴席まで作るとは」
「ブラコン裁判官とシスコン弁護士が癒着しているぞ! 弾劾されろ~!」
「傍聴人は黙りなさい。再度、声を発した場合は法廷侮辱罪で退廷させますよ」
傍聴というか、単なる野次を飛ばす役として、ミーナも同席していた。
「祐輔はどこ? 琴美もいない」
「ユウ様と火之浦さんは、任務で休んだ分の演習の補習授業中よ」
「え、何それ! 仲良く2人で放課後補習とか、そっちの方が2人きりでマズいじゃん! 邪魔してこよ!」
美鈴の問いかけに速水さんが答えると、それを聞いていた傍聴人は退廷していった。
ギャラリーはいなくなったが、そのまま裁判は進む。
「それでは検察官は事実関係を述べださい」
「はい。被告人である平作美鈴は、先日の沖縄出張において、一時的に感情を昂らせた私の未来の旦那様兼可愛い赤ちゃんである被害者、神谷祐輔少将の頭をナデナデする赤ちゃんプレイを実施した疑いがある」
「どこから突っ込んでいいのか解らないが、まず、神谷本人の同意が取れてれば問題ないのではないですか?」
検察官の速水先生の頭の悪い論告内容に、頭痛をこらえたようにこめかみを抑えながら、被告弁護人である周防先輩が弁論する。
「きゃ~~! お兄ちゃんカッコいい! がんばって~!」
傍聴人の野次には退廷の警告を出しておきながら、裁判官席から黄色い声援が飛ぶ。
手に持ったスマホからは、連写しているシャッター音がパシャシャシャと響いている。
「神谷祐輔少将は、まだ純真無垢なため、ロリお姉さんという珍奇なお姉さん属性である被告人により、一時的に性的倒錯に陥っているため、正常な判断が出来ていない。故に、この場合での同意は無効と扱うべきである」
「神谷のことを純真無垢というのは無理がないですか?」
「裁判官! いま、弁護人から被害者を侮辱する発言がありました!」
「検察は興奮しないように。今のはただの質問ですし、一々揚げ足を取っていたら裁判が進まないです。私は、お兄ちゃんの弁護士シチュでの写真を撮れたので、後は正直どうでもいいです。早く家に帰って、パソコンで写真を加工したいので」
既に、この茶番に付き合うモチベーションの大部分を喪失した裁判官が飽き始めたようなので、裁判の進行は一気に加速する。
「とにかく、お姉さんポジションは私で間に合っているので、被告人は国外退去処分を求刑します」
「被告人。この場で何か話しておきたいことはありますか?」
「とりあえず、祐輔は色々と難儀な女達に好かれているのだなということが解った」
「「ぶふっ!」」
美鈴の意見に同意だったのか、弁護人と裁判官の兄妹が思わず顔を背けつつ噴き出す。
「祐輔は、私と生い立ちが近い。強大な魂装の力を持ってしまったが故に、幼少の頃から国のために働かされてきた。それ故、彼は私のことを特別視していると考える」
「あ? マウントか? 小娘2号」
「ただの事実分析。けど同時に、近しいが故に、彼と私には決定的な違いがあることも悟った」
興奮して、検察官としてもクラス担当教官としてもアウトな言動をする速水さんの事は無視して、美鈴は言葉を続ける。
「神谷先輩との決定的な違いとは?」
本件裁判への興味の9割を失っていたはずの裁判官の真凛が、興味深そうに美鈴に尋ねる。
「自分が世界に影響を与える規模。私はせいぜい、国の命運が左右される程度の存在だが、彼はおそらくそれよりもずっと大きな物を抱えている」
「……それは東方連合国としての分析ですか?」
美鈴の言葉に、裁判官の真凛は今までのお茶らけモードから一転して、厳しい顔つきになる。
「あくまで、祐輔と接した上での私の私見」
「そう。なら案外、美鈴さんが神谷先輩と接触を持ったことは、そこまで悪手ではなかったのかもしれませんね」
わずかに慈愛がこもった声を裁判官席から被告人へ見下ろす形で、真凛は纏っていた険の雰囲気を脱ぎ落した。
「以上で、閉廷とする」
「裁判官! まだ判決が出ていません!」
「判決ですか? うーん、無罪で。あ、この裁判所セット代は私のポケットマネーなんですが、撤収の際はお手伝いお願いしますね、速水先生。あ、お兄ちゃん。その衣装は買い切りだから、ちゃんと家に持って帰ろ♪ 後で使うから」
「裁判官と弁護士の格好なんて、何に使うんだ? ハロウィンのコスプレには、いささか地味だが」
当初の自身の欲望を満たすための舞台であったが、思わぬ収穫もあったと満足げな真凛は、適当な判決を言い渡し、お兄ちゃんと一緒に退廷していくのであった。




