第114話 家計が赤字の時の絶望感は異常
「まずい……どうしたらいいんだ……」
「どうかしましたかユウ様?」
「なにか悩み? ユウくん」
休日の朝っぱらからダイニングテーブルで頭を抱える俺に、同居している速水さんと、いつも通りの押しかけ幼馴染ムーブのミーナが俺の顔を覗き込んでくる。
「この家を売らないといけないかもしれない……」
「「なんですってーー⁉」」
俺の沈痛な独白に、2人は素っ頓狂な声を上げる。
「どこの地上げ屋なのユウ君? ちょっと会社の名前教えて。会社の前でゲリラライブを開催して、声量を誤って吹き飛ばすから」
「どこの金融機関ですかユウ様? ちょっと金庫の中に入って全てを奪い去ってきます」
「2人とも、私利私欲のために魂装能力を使ったら重罪だからやめてね。まだ借金はしてないし」
「まだって事は、借金する寸前という事じゃないですか!」
結構鋭いな速水さん。
「うん。借金は生理的に嫌だから、家を売って資金を作ろうかと」
「それって、ユウ君がご近所さんじゃなくなっちゃうって事⁉ そんなの絶対に嫌! お金なら私が出すから! 特別手当も出てるし!」
なんで、ちょっと嬉しそうに財布出すの? ミーナ。
ミーナは、中々に男を駄目にする素質がありそうだ。
「けど、これは俺が解決しなきゃいけない問題なんだ。そして、このまま解決を先延ばしにしても意味がない。今回の案件では、時間は俺の味方をしてくれない」
「一体、どんな問題が? ユウ様」
真剣な顔で、俺の答えを待つ速水さん。
エプロンの裾を掴みながら、ミーナも心配そうな顔を向ける。
真剣に俺の事を心配してくれている2人には話しておいた方がいいな。
「食費で、家計が完全に赤字なんだ……」
「……はい?」
「美鈴の食費が月に数十万円かかっている。そして計算の結果、年2回のボーナスの補填でも足が出る事が発覚しました」
我ながら、何とも情けない話なのだが、これは残酷な現実なのだ。
計算してこの事態を把握した時の戦慄は筆舌に尽くしがたく、すぐそこまで死神のカマが迫ってきている死を実感した。
「解りました。今すぐ、あの小娘2号を東方連合国へ送り届けます」
「待って速水さん! だから、それは利敵行為になって軍法会議にかけられるから駄目だって、この間言ったじゃん!」
美鈴が寝ている部屋に行こうとする速水さんを、俺は背後から羽交い絞めにして慌てて止める。
「そりゃ、この量じゃね」
料理を作るのを手伝ってくれるミーナは、そう言って、今日の仕込みが終わったキッチンに目線を送る。
キッチンには、おおよそ一般家庭には不似合いな大きな鍋やら土鍋やら、宴会用の大皿、すり鉢なんかが並んでいた。
「私も最初に見た時は、ユウ様が相撲部屋でも始めるのかと思いました」
「料理を作ってる時は、気分は相撲部屋の女将さんか、強豪野球部の寮母さんの気持ちで作ってたわ」
「手伝ってくれて本当にありがとうミーナ」
何せ、美鈴はどえらい量を食べる。
なので、本来は飲食店で使うであろう業務用の調理器具や容器を買い求めて、効率アップを図ったのだ。
なぜなら、自炊にしないと、あっという間に破産するから。
「取り合えず、諸悪の根源を連れてきました」
拾われた子猫のように速水さんに首根っこを掴まれて、まだ夢の中の美鈴が連れてこられた。
着ているパジャマは身体のサイズ的な問題で、これまた小学生女児用である。
「眠い……」
まだ開き切らない目をこすりながら、美鈴が抗議する。
だが、この家での重要案件なため、美鈴にも参加してもらう必要がある。
「まず疑問なのですが、この小娘2号にも給料が支払われているのですよね? それを食費に充てれば良いのではないですか?」
「無論使ってるよ。美鈴の給料は、主に昼食代金用だね」
当初は、お弁当を持たせたのだが、まったく量が足りないと美鈴から抗議を受けた。
以後は美鈴に、これも社会勉強だからと、自分のお金で購買でパンや学生食堂で食べさせている。
「けど、前に購買の安いパンを全部買い占めたら、怒られた」
特務魂装学園は、普通の高校とは違い演習などの身体を使う授業も多い。
故に、カロリーを欲するのは美鈴だけではないのだ。
「学生食堂はあまり使わないの?」
「あまりに多くのメニューを一気に頼むと迷惑だし。あ、でも一つお財布の痛まない方法がある」
「マジか⁉ なに美鈴?」
ひょっとしたら、妙案があるのか?
「食堂に居ると、何人かの男子生徒が、『ご飯おごってあげるよ』と言い寄ってきてるから、それに乗っかって」
「はい却下!」
そいつら色んな意味でアウトだ。
幼い学園への編入者に探りを入れようとしているか、単純に小っちゃい女の子が大好きなのか。
どちらにせよ碌なものではない。
「となると、外食はどう? この間の焼肉食べ放題のお店に毎食連れていくとか」
「近隣の食べ放題のお店は、どこも1回行っただけで出禁になりました……」
ミーナの案に対し、俺は眉間をつまみながら、既に残念な結果となったことを報告する。
「あ……まぁそうよね」
中には、店長が泣きながら、これ以上食べるのを懇願されたお店もあったんだよ。
美鈴は小っちゃいナリであれだけの量を食うんだから、一発で顔を覚えられちゃうから、変装しての入店も無理だし。
「そうすると、支出が減らせないなら収入を増やしては?」
「俺たちは特別職国家公務員だから、副業が相当限られる。認められるのはせいぜい、兼業農家だったり、後は小説等の執筆活動くらいかな」
今から田畑をたがやそうが、小説を書こうが、収入になるのは大分先の話になる。
副業が軌道に乗る前に、やっぱり破産だろう。
「本当に詰んでるね」
ミーナの諦念の混じった声に、俺は再度頭を抱える。
支出も減らせないし、収入も増やせない。
となると、自転車操業になり、いずれ崖から落ちることになる。
(ピンポ~ン)
「はーい」
八方ふさがりの重苦しい空気が場を支配する中、玄関からチャイムが鳴る。
何だろう? こんな休日の朝に訪問者なんて。何かの飛び込み営業か?
そう思いながら、ドアを開ける。
この時、来客の顔を確かめずにドアを開けたのは、後から考えてみたら軽率な行いだった。
「おはようさんです神谷殿ぉ~ 吾輩が来ましたですぞぉ~ アポなしで御免つかまつるぅ~」
ドアを開けると、そこには予想外の人物が立っていた。
重苦しい場の空気を吹き飛ばす……というか空気が単に読めないでお馴染みの残念お姉さん2号、沖縄の国立魂装研究所所長 桐ケ谷ドクターだった。




