第106話 柔肌の洪水
「ただいま~。今日は、学園のコンサートだったから、特別に一時帰宅が許可されから帰って来たよ~」
まるで激務の末に、久々に実家に帰省した娘のように、ミーナが我が家の玄関先にへたりこむようにして上がり込む。
手には、旅行用のスーツケースの他に、両手にいくつもの花束を抱えていた。
「なんで、いの一番にユウ様と私の愛の巣に来るのよ。あんたの家は近所の実家でしょうが小娘」
「もはや、年増との定番の掛け合いにすら、少し懐かしみを覚える。わたし、やっぱり働きすぎでしょ……っていうか玄関の靴を見るに、火之浦さんや周防兄妹も来てるみたいね。なに? 学園祭の打ち上げ? 私も混ぜて混ぜて」
ミーナが、少しテンションを上げながらリビングに入ってくる。
「小娘は本当に空気が読めないわね」
「なによ年増。何か学園祭でトラブルでもあったの? ステージから見てる限りじゃ、そんな様子なかったけど」
炬燵に入りながら、ミーナは呑気にミカンに手を伸ばす。
「ちょっと軍事機密絡みだ。今、関係者だけで別室で話をしている」
周防先輩が腕組をして壁に寄りかかりながら答える。
その重苦しい空気に、ミーナも何かを察知したじゃ、ミカンの皮を剝く手を止める。
「そっか……」
寂しそうな目で、ミーナは剥きかけのミカンに目を落とした。
◇◇◇◆◇◇◇
「美鈴ちゃんの能力は人造人間の生成。この認識で間違いない?」
「はい。数は、私の魂装能力者としてのエネルギーが切れるまでが上限」
美鈴ちゃんが、俺のベッドの上へ座って、マグカップに入ったココアを飲みながら質問に答える。
「生成されているのは美鈴ちゃんのコピー、クローンなの?」
「遺伝子上はそうなります。分体は身体能力、記憶も同一だけど、ホムンクルスの生成能力だけは原則オリジナルのみ」
「分体の維持にはエネルギーが必要なの?」
「いいえ。生成時に付与した分のエネルギーで活動するから、本体である私からの継続的なエネルギーの持ち出しはない」
「分体と記憶の共有はされてるの?」
「オンオフはこちらの任意」
「……それで、俺みたいなガキが少将だっていう事をすぐに信じてくれたのか」
「夏の沖縄の海上戦闘と、先日の空間転移術者への阻害補助は重要な作戦だったから、よく覚えています。何せ、一作戦で100単位の分体を消費する大規模なものでしたから」
スラスラと、美鈴は淀みなく俺への幾つかの問いに明確に答える。
その話題が、自身の魂装能力の上限値や高度に秘密にすべき軍事機密にかかわることであっても。
これは故意なのか、それとも美鈴の見た目の通り、思考については幼い面があるのか。
俺にはわからなかった。
「先日、神谷先輩が速水さん救出作戦時に持ち帰ったラックには彼女が入っていたのですよ」
ようやくお兄ちゃん尊死状態から回復した真凛ちゃんが、美鈴ちゃんの話した言葉を補足する。
「それで、一足先に中身を知っていた真凛ちゃんは、美鈴の顔を見て血相を変えてお兄ちゃんに始末するよう命令したわけか」
「あれは、軍人としての指示ではなく妹からのお兄ちゃんへのただのお願いですわ」
階級的に、はるか上の佐官の地位にいる真凛ちゃんだが、大好きなお兄ちゃんとの上下関係ができてしまうのを嫌ってか、あくまで個人的なお願いとしたいようだ。
けど、殺しを依頼する妹の方が、ヤバいのでは?
「バッテリーの自爆装置が上手く発動しなかった筐体があったようですね」
「バッテリーと、むこうの国では呼んでいたのか?」
「ええ。本人同士なので、コピー同士を連結することも容易でしたし、私は低レベルだけど複数の系統の魂装能力が使えた特異体質だったから、文字通り使い勝手が良かったので」
「人間をまるで消耗品の燃料のように扱うなんて……」
事も無げに言う美鈴と、青ざめた顔で嫌悪と怒りを交えた琴美の顔の対比が、ある種、東方連合国とこの国との対比を表すものとなっている。
「しかし、東方連合国がやけに日本に強気にちょっかいを出してくると思ったけど、こういう裏があったんだな」
「当初は、東方連合国が低レベルの魂装能力者を育成するスキームを開発したのかと、日本の軍の上層部も想定していたみたいですわ」
どちらにせよ、生命倫理を蔑ろにした方法でないと達成しえないやり方であることは、想像できた話であった。
「しかし、そうすると美鈴はまさに東方連合国にとっては救世の女神様だよな? よく逃げれたね」
「最初は待遇も良かったです。けれど、戦況が危うくなるにつれて、どんどん生産ノルマが厳しくなっていって……」
金の卵を産むガチョウの腹を割く者を、周りの者は、なんて愚か者なんだと笑う。
子供でも、結果的に損をすることが理解できるからだ。
しかし、人は追い詰められれば、どこまでも愚かになり、誤った選択肢がひどく魅力的に見えてくる。
「ジワジワとノルマが上がるって、なんだかブラック企業の目標という名のノルマみたいで嫌だな」
「だから、私は身動きができなくなる前に逃げました。少々、無茶をしましたが、一時的にコピーを生成できる分体を作り出して、生成された分体たちに紛れて外へ逃れた」
「それで、日本までよく来られたね」
「分体生成時に、特攻ミサイルの操縦士のラインに送られるロットだと聞かされていましたからね。やみくもに外に出ても、バッテリーに入れられて、ただの電池として使い捨てられては、逃げた意味がない。ココア、ごちそうさまでした」
ホウッと美鈴ちゃんが天井に向かって息を吐く。
「しかし、そうなると東方連合国は大騒ぎなんじゃないの?」
「そうだと思います。本国にとっての最後の希望ですから、私は」
「自分で言っちゃうんだ」
「技術力も、資源の豊富さも、経済力も列強に劣る国が一発逆転できる手段が、魂装能力でしょう? たった一人の当たりを引き当てれば、それだけで戦況がひっくり返る。そういう意味では、碌に国民を食わせることもできない癖に、無為に周囲の国を吸収して抱える人口だけ増えた我が祖国にはラッキーな救済制度」
俺の苦笑交じりの感想に、祖国へ嘲りの感情が混じった声で美鈴ちゃんが吐き捨てるように返した。
「そんな、国家の重要人物であるあなたが、私たちの前にいるというのは怪しいですわね」
「真凛ちゃん?」
「話が出来過ぎています。よりにもよって、第一発見者が神谷先輩だなんて、作為的なものを感じるのが自然でしょう?」
真凛ちゃんが、疑念たっぷりというのを隠そうともしない態度で、美鈴を見る。
尊死状態から回復して本格的に、いつものブラック真凛ちゃんのエンジンがかかってきたな。
「正直、私もびっくりした。出会い頭に、いきなり頭部を足で挟まれて、迅速に自身の股間部分を見せつけてきたのも驚いた」
「美鈴! 日本語としては実に正確な状況描写だけど、それ、誤解を招く表現だから!」
「……一体なにしてるんですか? 神谷先輩」
「ユウ、実はそういう趣味が……」
「だから違うって! あれは頸椎保護で、れっきとした応急救護法で!」
侮蔑のこもった真凛ちゃんと琴美の冷たい視線を浴びながら、俺は必死に言い訳する。
「コホンッ! 神谷先輩の疑惑はさておき、話の筋を元に戻します。とにかく、この女の話は信用できません」
話が脱線しかけたのを、真凛ちゃんが強引に軌道修正する。
話題が変わってくれるのは俺としてもありがたいが、俺の疑惑自体は晴れてないのね……
「敵の捕虜の話の信用度が低いのは当然。私の話の裏をとるのは貴方たちの仕事。軍なら、当然」
「ぐ……そもそも、話の内容の真偽は後で精査するとして、今、目の前にいるこの女がオリジナルであるという保証は無いんですよ!」
情報の扱いを生業にしている真凛ちゃんとしては痛いところを突かれた形になり、真凛ちゃんがたじろぎつつ、カウンターで反論する。
「どういう意味? 真凛ちゃん」
「目の前にいる、この個体がオリジナルでなく分体である可能性があります」
「ふむ……」
確かに、さっき東方連合国を脱出する際に、分体の生成能力を持った分体を身代わりに置いてきたと言っていた。
さきほど、生徒会室で幾つかの分体を生成してみせたが、それがブラフの可能性もあると。
「解りました。では、私がオリジナルである証拠をお見せします」
「……? 証拠ってどうやって……って! ぬぉぉおおおおおお⁉」
美鈴がそう言ったのと同時に、瞬く間に俺の部屋の中どころか、家の中が満員電車なみの密度で、美鈴に埋め尽くされた。
無論、分体は一糸まとわぬ裸体だ。
こんなのが家の外にまで雪崩出てしまったら、俺が社会的に終わる!
「わかった! わかったから! 美鈴は本物! 本物だから!」
もはや、どこにオリジナルの美鈴がいるのか分からなかったが、俺たちは柔肌に埋まりながら叫ぶのであった。
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