第104話 異国の少女
「お待たせユウ。美鈴ちゃんの着替え終わったから入っても……って、どうしたの?」
生徒会室の扉を開けた琴美が、廊下でダンゴムシのように丸まっている俺に声をかける。
「静かに、火之浦さん。ユウ様は、今、心に深い傷ついてらっしゃいます。ここは、私が赤ちゃんとして慰めて、ユウ様の胎内回帰願望を満たしてあげて」
「いや、だから赤ちゃんプレイなんて特殊遊戯でユウは癒されないんですよ速水先生。ユウは、私とのぬいぐるみロールプレイングによってこそ、内面をさらけ出して」
いや、それ俺じゃなくて君らの欲望のための奴じゃん。
と、突っ込みたいところだが、あいにく心に傷を負った俺には、そんな元気はなかった。
(クイッ クイッ)
ん? 何だか頭を撫でられているような感覚が。
「いい子いい子」
そう言って俺の頭を撫でて慰めてくれたのは美鈴ちゃんだった。
「ああ、ごめんね美鈴ちゃん。心配してくれてありがとう」
自分より小さな子に気を使わせてしまった。
いつまでもいじけている訳にもいかないので、俺は顔を上げた。
「おお。美鈴ちゃん可愛いね。良い所の小学生みたいだ」
俺が思わず感嘆の声を上げる。
美鈴が着ていたのは、某有名私立小学校の制服だった。
ご丁寧に制帽も被って、ランドセルまで背負っている。
「なんで、こんな服があったの?」
「クラスのコスプレ喫茶の衣装として、皆が私に着せようと用意してたのよ……わざわざネットオークションで落札してまで」
琴美が、苦笑いしながら答える。
大事な給料をこんな事に使うとは、よっぽど琴美の小学生姿が見たい野郎がクラスにいたのだろう。
「なんですか、この子は?」
「それが迷子みたいで。ただ、色々と理由ありみたいで」
見慣れぬ小学生女児が生徒会室にいることを訝しく思った速水さんに対し、俺たちは演習林でのいきさつを説明する。
「ふむ……発見時の状況からして、単純に迷子対応係に任せれば良いという感じじゃないですね」
「ですよね」
話を聞いた速水さんが、難しい顔をしながら考え込む。
色んな事件性が絡んでいる可能性について、考えているようだ。
その点については俺たちも同意見だった。
故に、まずは顧問の速水さんにお伺いを立てたのだ。
「「「「う~~ん……」」」」
極度にデリケートな問題となるため、その場に居る皆が
「あの……」
「大丈夫だよ美鈴ちゃん」
今度は、俺が慈愛に満ちた顔で美鈴ちゃんの頭を撫でる。
そうだよな。
知らない人たちに囲まれて、一番不安なのは美鈴ちゃんだよな。
彼女にとって、一番良い対応が何なのかを考える必要があった。
「いえ。おそらく私が裸体でそちらの敷地内を徘徊していた事で、私が性犯罪、ないしはそれに類する事件の被害者であると皆さまが誤解されているかと思いますので、まずは明確に否定の言を述べさせていただきたいと思います」
「「「「…………へ?」」」」
「ここは、日本国が実質運営する特務魂装学園ですよね? 至急、学園の責任者か、一番階級の高い方にお目通り願いたいのですが」
小学生女児が喋るにしては、儀礼にのっとりすぎた言い回しに、思わず皆が反応できずに呆けてしまう。
「身体の発育上、よく誤解されやすいのですが、私は18歳で元服しております」
俺達の反応を見てすぐに察したのか、美鈴ちゃんが言葉を重ねる。
「年上⁉」
琴美が素っ頓狂な声を上げる。
美鈴ちゃんの見た目からして、俄かには信じがたい話である。
「私は隣国の東亜連合国所属の魂装兵です」
その瞬間、目の前の少女が言っていることは本当なのか、それとも子供のただの虚言なのか半信半疑という感じで、どこか緩み戸惑っていた空気が、一挙にピリッ! と引き絞られるように緊張感を帯びる。
「美鈴ちゃん。子供とは言え、そういう冗談は洒落にならないから、即刻取り消してね」
今にも美鈴ちゃんに飛び掛かりそうな速水さんを背後に抑えながら、俺の方も最大限の警戒レベルで美鈴ちゃんを見る。
「軍の認識票も何もないので無理はないかと思います。けど、これなら信じてくれますよね?」
そう言うと、美鈴ちゃんは何の準備やモーションもなく5人になった。
これは、表現のミスでも誤字でもなく、まごうこと無き美鈴ちゃんが5人に増えたのだ。
とは言っても、中央にいる美鈴ちゃんだけが、先ほど琴美たちに着せられた服を着ていて、ほかの4人はまたもや全裸だったが。
「火之浦様、お下がりください!」
名瀬会長が前面に出て、障壁フィールドを俺たちと美鈴ちゃんたちの間に展開しつつ、そのまま障壁で美鈴ちゃんたちを囲む。
「無駄」
その呟きは、俺の目の前に現れた、新たな美鈴ちゃんによって発せられた。
「なるほど。確かに、これは魂装能力者じゃなきゃ無理だ。能力はホムンクルスの生成ってところか?」
「私の国では、この能力は苗床と呼ばれている」
「そうか。速水さん、銃を下ろして。どうやら敵意は無いみたいだし」
「フー! フーッ‼ なぜです⁉ ユウ様!」
ハンドガンのセーフティーを外して、美鈴ちゃんの頭蓋に狙いを定めて、今にもぶっぱなしそうな速水さんをなだめる。
「美鈴ちゃんがこちらに攻撃するつもりなら、さっき幾らでもやれてたよ。能力の発動スピードがこれだけ段違いなんだし」
あと、コンが何も反応を示していない。
この子は無害だということなのだろう。
「それで、用件は何なの? 美鈴……さん?」
「高度に政治的な話なので、子供には話せません。もう一度言いますが、学園で階級の高い方を」
「俺がそうだから問題ないよ。はい証拠」
制服の胸ポケットに入れた少将の階級章を見せつつ、マスケット銃を瞬時に複数丁空中に展開させて、美鈴たちへ向ける。
「……なるほど。では、お話します。ええと……神谷少将」
「どうぞ」
俺みたいなガキが少将だということに、少しだけ動揺したのか言葉が詰まったが、美鈴はそのまま話を続ける。
「私は日本国への亡命を希望します」
小さな身体を震わせることもなく、目の前の少女は俺の目を見ながら言った。
生徒会室の外は、そろそろ日が落ちてきたのか影ってきていた。
学園祭という夢の1日が終わろうとしていた。




