第103話 壁に手をついて大人しく壁を眺めていろ
「そうですか。先日、隣国で神谷少将と速水少尉が敵国から鹵獲してきた物の中身は、そんな物が入っていたのですか」
『フォッフォ。周防第五席は芯が太いのぅ。てっきり、思春期の少女らしい潔癖さを以って。口汚く隣国の者共をなじるかと思ったわい』
「事前に予想はついていましたから。わざわざ先んじてのご連絡、恐縮の至りです。安座名第4席」
生徒会室の部屋の窓から、校舎に反響して響くミーナの歌声を遠くに聞きながら、周防真凛は、スマホの先に居る安座名第4席のおだてに対し、無機質な声音で返答した。
それは、どこか平静さを意識して装っているようにも見えた。
『なに、礼には及ばぬよ。どうせ、ヌシの魂装能力ならば、隠匿したところで無駄じゃからな』
「それで、この件は公表されるのですか?」
『真実は捻じ曲げてな』
「……という事は、隣国が人間を燃料に使った兵器を使用していること自体は公表すると」
安座名第4席の短い返答から、真凛が裏に潜ませた国家として利益衡量の計算をして、どこまでの範囲を情報公開するのかということを読み取る。
『ヌシも賛同するか?』
「すべてを民衆に公開する必要は無いかと。アレの全てを明かせば、嫌悪感情よりむしろ同情を引き出してしまうかもしれませんから」
『その通りじゃ。しかし、その歳で大したものじゃな。ヌシのような逸材がいてくれれば、じぃじも安心して隠居できるわい』
「いえ、ご老公にはまだ、この国のために、むこう10年は働いていただきませんと」
『フォッフォ。ジジイづかいが荒いのう』
「それが、少数派である魂装能力者の生きる道ですから……」
『ふむ。では、またな周防殿』
「はい。失礼いたします」
通話が切れて、真凛はソファに深く腰を下ろして、生徒会室の天井を仰ぎ見る。
「ほんと……真実って何でこう、いつも汚いんだろう……」
緊張からの解放からか、つい独り言が口をついて出る。
『マリちゃん疲れてるね』
『ああ、エスピオ。いえ、大丈夫よ』
内心に語り掛けてきたエスピオに、真凛が何でもないという風に答える。
『マリちゃん。私みたいなのに憑かれて後悔してる?』
『なんですエスピオ、藪から棒に』
『だって、マリちゃんの抱える秘密はどんどん大きくなるばかりじゃない。それじゃ、いずれその重さで動けなくなるよ』
『ああ……まぁ、以前のただ他人の秘密を興味本位で覗き見るイタズラ少女の頃には戻れないわね。こうして、力を世に示してしまった以上、これは避けられない事』
『……じゃあ』
『勘違いしないでエスピオ。私は諜報の能力をエスピオから与えて貰って感謝しているの。この力があったからこそ、お兄ちゃんを救えたのだし』
『そうなの?』
『ええ。だから、これからも苦労をかけるだろうけど、よろしくねエスピオ』
『うん、解ったよマリちゃん! それで、お兄ちゃんのストーキングについてなんだけど、そっちのリソースを他の諜報に回せると、私もっと楽に』
『それは却下よ。むしろ、今回の学園祭でお兄ちゃんの株が上がって、良からぬことを考えるメスがすり寄ってくるリスクがあるから、今以上にリソースを注ぎ込まないと』
『うへぇ~~』
「あ、お兄ちゃんと言えば、もうすぐ虎咆先輩のコンサートの終演時刻じゃない。撤収まで無事に終えてこその成功なんだから、私もコンサート会場へ行って、お兄ちゃんの補佐をしないと」
まだ神谷たちが戻ってきていないので、生徒会室を一時的に空けることになるが、何よりお兄ちゃんのことが最優先な真凛は、生徒会室に不在の札を立てて、生徒会室を後にした。
◇◇◇◆◇◇◇
「きゃ~、可愛いぃぃ!」
何やら生徒会室の扉越しに、琴美と名瀬会長のはしゃいだ声が聞こえるのを、俺は廊下で待ちぼうけながら聞いていた。
美鈴ちゃんの傷の手当と、着替えをするという事で男の俺は追い出されたのだ。
「あれ? ユウ様、何されてるんですか?」
手持ち無沙汰に廊下で立っていると、向こうから速水さんが通りかかった。
「速水さんこそ。クラスの出し物の焼きそばの出店の方は良いの? っていうか、その格好……」
「あ……! これは……」
速水さんが、慌てて胸元を隠すが、俺の鋭い視線は獲物を見逃さなかった。
「速水少尉。そのまま、90度壁側へ身体ごと回頭の後、壁に手をつけ」
「ユウ様……それは……」
「上官の命令が聞けないのか! 壁に手をついて大人しく壁を眺めていろ」
「は……はい」
俺は職権を濫用して、パワハラまがいな態度で速水さんを従わせる。
速水さんはおずおずと、俺に言われた通りに壁に両手を置き、俺の方に向かって下半身を恐る恐る差し出す。
「やっぱり、それクラスTシャツじゃん!」
速水さんのTシャツの背面は、
『1-A団結』、『速水組!』の言葉がお洒落なフォントデザインで彩られていた。
「ユウ様落ち着いてください……」
「落ち着けだって⁉ こんな仕打ちを受けて平静でいられるかよ! 文化祭のクラスTシャツを俺だけ貰ってないとか、酷い虐めじゃないか!」
どんだけ俺はクラスの皆から嫌われてるんだ⁉
そりゃ、クラスの出し物に俺は全然関われなかったけどさ。
別に俺だって遊んでた訳じゃなくて、連日の生徒会デスマーチで頑張って来たってのに……
折れた……もう完全に折れた……心が……
俺は、完全にイジケモードに入る。
「ちゃんとユウ様の分のクラスTシャツもありますから!」
「ホント……?」
イジケつつも、それでもやはり希望を捨て去り切れない俺は、速水さんの必死の釈明の言葉に耳を傾ける。
「ホントです。クラスの皆も、ユウ様にどうやって渡そうかって悩んでて渡しそびれていただけですから!」
俺が忙しそうにしてたから、クラスのみんなは気を回してくれたのかな……
そう言えば、昔見せられた士官用の研修資料に、上官が忙しそうにしていると部下は声を掛けづらいものだから、意識してゆったりしている時間を作りましょうって書いてあったな。
そうか。
これは俺の落ち度か。じゃあ仕方ないな!
イジメじゃなくて本当に良かった!
「しょうがない。ちょうど今ヒマだし、クラスの出し物の方を手伝いましょうかね」
「あ……ユウ様。今、あの子たち学園祭の後の打上げの話で盛り上がってて、今ユウ様が行くと、その……場が凍ってしまうかも……」
「やっぱりイジメだよ! ちくしょぉぉぉぉおおお‼」
言いにくそうに、けれどバッサリとぶった切ってくる速水さんの言葉に、俺はまたもや深く傷つきふさぎ込むのであった。




