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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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家に帰るまでが遠足です

 明日は参礼日。休日です。

 この二日は瞬く間だったような気がします。


 二日分の仕事は、夢に出る量だったと思います。

 事実、睡眠時間は短かったですね。そろそろ徹夜が足にくる歳です。

 規則正しい生活をさせてくださいお願いします。


 懸案すべき事項も静かなまま、参礼日前の生徒会活動の時間です。


「受けてたぁーつ!」


 気合と共に出された依頼書。

 鉄鉱石採掘の依頼です。


「どちらかというとその台詞は先生のほうですよ」


 受けて立つというより、請け負うというべきでしょうが。


 依頼書には応接間に居たメンバーの名前が書かれています。

 もちろん、目の前にいる生徒たちも同じです。


 マッフル君。クリスティーナ君。フリド君。ティッド君。キースレイト君。

 この五名。クラス混成メンバーに他の生徒は不思議そうな顔をしています。

 何が起こるのか、何をしようとしているのか、どうして自分は参加していないのか。

 参加するにはどうしたらいいのか。そもそも何をやればいいのか。


 様々な憶測が生徒たちの顔から見て取れます。


 一番、見て取れるのはエリエス君でした。うん、だって自分とマッフル君の間に割りこんできて、じっと自分を見つめています。

 目は口ほどに物を語ると言いますが、雄弁すぎて気後れします。ていうかコレはもう、文句とか罵倒の一種ですよね?


 その全て、たった一言で言うなら。


「ずるい」


 目だけじゃなくって口まで出してきましたよ。


「商売の基本は速さってことだよ、エリエス」


 マッフル君がエリエス君の脇から持ち上げて、ぽいっと隣に置きました。

 結構、力がついてきましたね。でも少なくとも女性のやり方じゃないですよ、今の。


「根回しも商売ってね」


 悪びれないですねマッフル君は。


 エリエス君も何も言えないのか、凍土みたいな瞳のまま掲示板へと向かっていきました。

 あぁ、エリエス君のフォローもしないといけないのかぁ、ただでさえ不安要素しかない採掘依頼でなんでこんなに胃を痛めつけられなきゃいけないのでしょうか。


「皆、準備は出来ていますか?」


 一応、確認のために五名に訊ねてみます。


 何か特別なことをするために集まった。

 生徒たちがそう感じるのは仕方ないと思います。


 すでに全員、フル装備です。

 しかも、全員が全員、ピットラット先生特製の野営セットを用意しています。


「当然ですわ」


 クリスティーナ君の張った胸には硬質の輝きがありました。

 多機能型金属軽鎧【シュートルム】に細剣【レピンド】。

 腰には筒型のウェストポーチと軽装……、まぁ、一晩なら十分な量ですね。


 この筒型のウェストポーチがピットラット先生作です。

 確か基本的な身だしなみ道具が入っている唯一のもので、野営に必要な布類が主な内容です。


 身だしなみ道具だけ見て買ったのでしょう。どうしよう、このため息。


「生徒会で稼いだお金がパーだよ……、意外とせこい造りしてるなぁ」

「愚民は小さなお金で騒いで楽しそうですわね。私もそれくらい小さなことで憂いてみたいものですわ」

「……あんたはまだ、この採掘依頼の意味を理解してないの」


 さすがのマッフル君でも、怒るより呆れてしまったようです。


 マッフル君も多関節鎧の【カーファの多殻鎧】、軽装verです。

 胴体はインナーアーマー、左腕だけアームガード、グリーヴは膝までと完全に歩くことを意識していますね。

 左手にアームガードを装着したのは片手剣【ホルニース】の対の盾を固定するためです。

 歩くとき、手に何かを持っていると疲れが増しますからね。

 アームガードに固着して疲労を少なくするつもりでしょう。


 鎧を軽装にした分、野営セットにリュックサックを選んだようです。

 内容は大柄の布に、汚れを落とすための小サイズの溶剤と溶剤入れ、歯磨き塩。

 一人分ではありますが、金属製の飯盒筒が入っているのが特徴ですね。


 飯盒筒は、金属で作られた筒と蓋で構成された携帯用の調理キットです。


 見た感じ水筒のようにも見えますが、水筒にも使えるといったように多機能で実に冒険者向きの道具と言えるでしょう。

 効率を考えた結果という思考が見え隠れしてますね。


「クリスティーナ嬢はそんな軽装で大丈夫か?」


 まずフリド君がその装備で大丈夫かと言いたいですね。


 なんというか古式です。

 革をベースに金属で補強しただけの簡単な全身鎧です。

 マッフル君の多機能鎧みたいに取り外し部分が少ないため、一つの部品、例えばアームガードを装着すると肘部分の装甲までついてきます。


 ようするに部品単位の取り外しが難しい代物です。

 流石に二の腕部分や二の足部分は取り外されていますが、あれだけ着込んでも重さを感じさせないところを見るとさすが全校生徒の中で一番、体格と腕力に優れているだけあります。


 何よりも目につくのは剥き出しのように練磨された、時間という名の歴史でしょう。

 何度も何度も丁寧に手入れされ続けたために、落ちきれない汚れが累積し、黒ずんでしまった金属部品。

 剥げかかった表皮など、一見したら、ただの古臭くボロボロな鎧です。


 ですが、自分にはわかります。

 何度も激戦をくぐり抜けても所有者を守り続けた歴戦の鎧。きっと近しい人からフリド君へと手渡されてきた鎧なのでしょう。


 武具の登録書にも名前はなく、鎧の銘も刻まれていませんでした。

 おそらく傭兵が使っていたものではないかと思っています。


 まだフリド君は着られている感が残っていますが、すぐにでもあの鎧にふさわしい実力を身につけるでしょう。


 大剣もまた鎧と同じ、獣油の染みる匂いがしています。


「野営をしている途中に困ったと言われても我慢してもらうしかないぞ」

「あら? まるで護衛騎士のようなことを言いますのね。たかだか野営ごときで私が遅れを取るとおっしゃるつもり?」

「いや……、そうじゃなくって、その、荷物が少ないな、と」


 クリスティーナ君に睨まれて、しどろもどろに返事を返すフリド君。

 前々から女の子に慣れていない感じはありましたが、まさか睨まれただけでたじろぐとは思いませんでした。


 フリド君もマッフル君と同じタイプの野営セットが足元に置かれています。

 やはり、野営を考えたら最低、飯盒筒くらい必要だと思ったのでしょう。


 だからこそ、軽装すぎる野営セットを選んだクリスティーナ君を心配したわけです。

 でも、届いていませんよその子には。

 野営よりも身だしなみ一式に心動かされた子ですから。


「私も一日とはいえ従者も伴わず、竜車のない旅は初めてだ。フリド、お前の心慮は野営経験から基づくものか?」

「あぁ。故郷でよく狩人のおじさんと獲物を狩るために山中で野営を経験した。夜の山は夏でも意外と冷えることを知っている」

「そうか。なら私の判断は間違いではなかったな」


 キースレイト君もまたリュックサック型の野営セットを選んだようです。

 まぁ、アレが一番、金額と内容のバランスが取れていますからね。

 筒型のセットはリュックサック型を選んだ後、予備のための意味合いがあります。

 

 つまりクリスティーナ君は予備しか持っていないという、本末転倒のような状態です。

 頭は悪くないのに、どうしてこう思慮が足りない子なんでしょうか。


「となると、外套くらいは持ってはどうだハイルハイツ嬢。旅人が外套を羽織る理由は風で体力が減るのを防ぐためであり、夜露を防ぐものと聞く」

「くどいですわアークハイツ子爵。たかが一晩くらいこれで十分ですわ」


 そういえばクリスティーナ君もキースレイト君も子爵でしたね。

 貴族の子供は親の爵位にも影響されますが、概ね、生まれた瞬間から爵位を戴きます。

 ハイルハイツ家もアークハイツ家も伯爵位ですから、子供は子爵ですね。

 後継ぎとして爵位を戴くか、別の功績を得るまで、伯爵から三つ下の爵位が二人の身分に当たります。


「なら無理を言わないでおこうハイルハイツ嬢」


 キースレイト君の装備は術式師のローブに薄いインナーアーマーだけのようです。

 サファイアのような透き通る濃い蒼のローブに、純白のインナーアーマーはキースレイト君の容姿と合わさって、身分通りの品が見えるようです。


 その腰からぶら下がっているのは銘在りのブロードソード【シュバイツェル】。


 ローブとインナーアーマーは全て名のある術式師と鍛冶師の作品で、ローブの銘が神官より祝福された【碧蒼】。インナーアーマーはクリスティーナ君の【シュートルム】同様の作品、【ゴールアーム作・三本祝福剣章付き白獅の軽鎧】です。


「まぁまぁ、本人がイイって言ってんじゃん。気にしない気にしない」


 マッフル君は未来的にクリスティーナが困ると知っているからこそ、余裕を崩しませんね。

 そんなにクリスティーナ君が困るのが好きか。


 まぁ、貴族相手でもこんな意地悪できるのはマッフル君だからでしょうね。

 そして、悪意だけじゃないというのもよくわかっています。


「貴方がそんな態度を取るなんて……、何を考えているのかしら?」

「べっつに~。何事も経験でしょ、先生?」


 こっちに振らないでもらえませんか?

 丸見えな厄介事を放り投げられても投げ返したい――もとい、教師の立場上、投げ返せないんですよ。


「ティッド君。それは練習用の防具でしたね」

「あ、逃げた」


 勝手に言いやがれですよ。


「えっと、ボクは皆みたいに鎧を買うお金がなかったから」


 ティッド君を見てもらってもわかるように、この年頃の少年少女は普通、武器防具なんて持っていません。

 個人なら狩り用の弓、枝切り用のナイフ、村単位なら山賊に対応するための武器くらいでしょうね。


「弓は自前で狩人さんに譲ってもらったんです」


 例に漏れず、ティッド君が登録した武器は狩猟用の弓だけです。


 上背もなく力もない少年ですから、術式や弓などの後衛の練習をしているようです。


 でも、本心はどうでしょうね?


 今は弓しか使えないし、剣を持っても他に勝てる要素はありません。

 セロ君を守りたいと言った純朴な少年です。

 守られる位置にずっといられるとは思いません。


 練習用の防具だけは剣士でありたいと思っているのでしょう。

 弓用の、肩当てのないブレストアーマーではなく、近接を意識した革鎧を装着しています。

 まだまだ着られている感全開ですが、1年後、あるいは2年、3年後と立派に成長したとき、どうなるか見ものです。


 なお練習用の防具は全て無銘です。

 革鎧も新品で、クセのないものばかりですね。


 むしろ、この子たちの持ち込み防具が全てクセの塊のようなものですから。

 普通の鎧が逆に新鮮、いえ、安心感があります。


 野営セットはティッド君も同じリュックサック型ですね。

 これでクリスティーナ君は完全なハミ子になりました。誰かなんとか……、するのは自分ですね、わかりました。


「それじゃ、皆で行きましょうか。今回はインストラクターを用意してます」

「その前に先生、聞いていい?」


 採掘のインストラクターを紹介する前に、マッフル君が手を挙げてきました。


「先生の野営セットは? 途中でログハウスに寄るの?」

「まさか。そんな面倒なことはしませんよ」

「……ならさ、その足元のソレが」


 自分の足元には鍋があります。

 他は何もありません。


 もっと正確に言いましょう。是非、聞いてください。


 鍛鉄製! 匠の職人が丁寧に叩き綺麗な半円形を再現した檜の蓋付の鉄鍋。

 放射する熱を決して逃がさない鉄製に、微妙な返しが中の料理の吹きこぼれを防ぐ一品です。鍋ならばフライパン代わりにもなり、様々な野外料理に対応できる、万能調理具と言えるでしょう。


 包丁? 備えのナイフで十分です。


 あと、鍋の中身をかき混ぜるためのお玉もあります。重要ですね。

 熱を食材に満遍なく通すためにはかき混ぜは必須です。それもかき混ぜても鉄鍋の底を傷つけない檜材を使用。

 ちゃんと水筒も用意してますよ? でも中身が入ってますので水とか容れません。入りません。


 鍋一つ、水筒一つ。

 ある意味、男のロマンを追求した形です。


 もちろん外套も一応、用意してますよ?

 ローブで十分ですが念のためです。


「十分でしょう?」


 マッフル君やフリド君が目をパチパチさせていました。キースレイト君は額に手を当てて深く何かを思案し、ティッド君は全員の様子を見て何が起きたのか理解できてない顔をしています。


「ほら、ご覧なさい。先生は私たち以上に軽装ですわ。なら私も十分だということが証明されましたわね」


 クリスティーナ君は何故か勝ち誇ってます。


「うわ……、一気に不安になってきた」

「き、きっとヨシュアン先生は完璧な予測を元にあの装備に決まっている!」

「それ、あたしの目を見て言える?」

「ぬッ! それは別の意味でも難易度が……、高いぞ」


 もう少し女性に免疫をつけたほうがいいですよフリド君。

 挙動不審じゃないですか。


「さぁ! 鉄鉱石の採掘に出かけるとしますわよ!」


 それ、自分の台詞です。


 意気揚々と先頭にたって【レピンド】を陽に掲げるクリスティーナ君を余所に自分と5名の生徒以外の生徒たちが耳を疑ったような仕草と顔をしています。

 あー、完全装備だから魔獣でも倒すと思っていたのですね。

 それが採掘依頼だったから、面食らっていたのでしょう。


 見送る側と見送られる側、それぞれが不安そうな顔のまま自分たちは学び舎から足を一歩、踏み出しました。


 ただの採掘のはずなんですけどね。

 なんでしょう、このアンニュイな空気は。


 唯一、揺るぎないのはクリスティーナ君だけです。


 無知は鋼のようです。

 叩いて伸ばしても、硬いままですから。


 塩水につけたらボロボロになって理解してもらえますかね?

 それとも柔らかくするなら熱を加える?

 

 どちらにしても手間がかかりそうです。



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