接触事故多発によりスピードを落としましょう
学び舎の窓から運動場あたりを眺めると、警備の冒険者が二人、歩いていました。
ジルさんとアニーさんです。
メルサラは警備をスリーマンセルに替えるという話を聞いていなかったはずです。
しかし、スリーマンセルに移行しているということはメルサラが決めたのでしょう。
あいかわらず無意識的に選ぶ選択が無駄に優秀すぎます。
それでも『ナハティガル』たちを固めてしまうあたり、杜撰でズボラとしか言い様がありません。
もっとも自分の勘では『ナハティガル』全体が帝国と協力しているように見受けられません。
『チームぐるみの言い訳』のようなものが見られないのが勘の出処ですかね。
もしもチームで暗殺依頼を受けていたというのなら、昨日、メルサラに拐われたシェスタさんをそのまま見送ってしまうのはチーム全体の不利益になるからです。
拐われた理由がどんなものかチーム全体の共通認識に暗殺という項目があれば、疑心に囚われ、悪い発想をしがちなものです。
つまり、バレたのかという疑心ですね。
なのに『ナハティガル』は助けに来ず、拐われたことにも気づいていなかった。
いや、誰か一人くらい気づいていたかもしれません。派手なメルサラが『ナハティガル』に気づかれずにシェスタさんを拐ってこれるとは思っていません。
気づいていた可能性は高いでしょう。
でも、それすらも勘を補強する理由になってしまいます。
メルサラがシェスタさんを殺したりしないという、ある程度の信頼がなければ拐われたままにしないからです。
どうにか助け出そうとメルサラを追いかけてくるでしょう。
チームであるからこそ、見殺しにできない。
しかし、現在、ジルさんやアニーさんにそのような様子は見られません。
あくまでシェスタさんが個人で受けた依頼である、という証左になります。別にシェスタさんかどうかはわからないのですけれどね。
ただ、どこかに仮定を置かなければ推測なんて出来やしませんし。
シェスタさんは依然、真っ黒に近いままです。
さて、ジルさんとアニーさんは誰かを探しているようにきょろきょろしています。
えー、スリーマンセルなのに二人しかいませんし、明らかに誰かを探しています。
その誰かは間違いなく「愛……、いずくんぞ愛……ッ!」と呟きながら悶えているシェスタさんでしょう。うわ、残念美少女だ。
まぁ、この子も適齢期切れ前なので、結婚を焦ってるのかもしれませんね。
自分のように適齢期を突き抜けたら、もう余裕しかないですよ、よゆー。ちくしょう。
「先生さ、なんでそんな眉寄せて嫌そうな顔してるわけ?」
「なんでもありませんよ」
マッフル君の的確なツッコミはさておき、手を振ってジルさんとアニーさんに気づいてもらいます。
さすがに現役の上級冒険者。
すぐに自分に気づき、指を何度も下に指すだけでなんのことか理解したようです。
「シェスタ! あんた何やってんの! 冒険者家業が仕事サボるって意味わかってる!」
「あ、アニー? どうしてここに……」
「あんたを捕まえに来たに決まってんでしょ。昨日から変よ。妙に浮かれてるっていうか」
「つまり愛」
「よし。さっさと仕事するわよ」
「あーん」
アニーさんにズルズルとローブを引っ張られていくシェスタさん。
安堵のため息をついていると下からの視線と目がぶつかります。
「先生さん」
クイクイと指を動かして、呼んでいます。
仕方ありませんね。
窓から飛び降りて、ちゃんと両足で着地します。墓石にぶつかるような真似はしません。不謹慎ですしね。
もちろん、衝撃を緩和するための術式は使っていますよ。
足首を挫くわけにはいきません。
「アレがここに居るのは偶然じゃないな。先生さんは昨日、アレに何をしたんだ」
「あー……、邪悪な魔の手から救ってしまいました」
「それであの浮かれっぷりか」
どうやら仲間内ではそうとわかるくらいにおかしい様子だったようです。
自分からすれば言うこと以上に感情の幅が狭い彼女の様子はよくわかりませんでしたが、見る人が見たらわかるのでしょう。
「悪い奴じゃない。仲間に入ってからは一番若いのもあって妹のような扱いを受けていた。そのせいか突飛な行動に出る。許してやってくれ」
「いえ、アレはたぶん彼女の本性です」
絶対に人生の何かに培われて出来たものではありません。
生まれ持って授かった真性のものです。
「それでも、ここまで浮いた話もなく一心に金を集めてるような奴だ。そのあいつが先生さんを、ね」
感慨深そうに言われても。
「模擬戦の後で先生さんのことを『尊敬に値する術式師』と言っていた。ある程度、下地もあったんだろう。受け止めてやれるか?」
「無理ですね」
あっさりとぶった切ってあげたら、ジルさんも驚きに目を開きました。
でも、すぐに納得したように目を閉じました。
「そうか。無理を言うわけにもいかないな。本人には」
「朝にぶっちゃけました」
「……諦めきれないってことか」
今度は苦虫を潰したような顔をされました。
この人も感情幅が小さいし表情も少ないけれど、じっくり見ると結構、わかりますね。
「ノーチャンスっていうなら、そうだ。さっきの話は忘れてくれ」
そう言って、ジルさんも二人を追いかけて去っていきました。
なんというかジルさんはハードですね。厳しいというよりも固い、という意味のハードです。
しかし、さっくり言いすぎましたか?
ちゃんと言わないとズルズル行きますし、こればかりは仕方ありません。
想いが一方通行だと何時だって誰かが傷つくものです。
その相手がいなくても、同じです。例えるなら生き別れや死に別れ。
まったく心というものはとても厄介ですね。
個人的な都合でいつまでも授業を停滞しているわけにもいきません。
足元に緑と黄属性の術式を編んで、そのまま壁を走って登ります。
階段を走るより速いですし、効率的ですね。
「さぁ、授業を始めま……、どうしました?」
窓枠に足をかけて言い放ったら、マッフル君に呆れたような顔をされました。
「いや、先生さ。非常識だから壁を登ってこないでよ」
同じような顔をしたクリスティーナ君なんか、額に手を添えてため息までしました。
そのため息、自分の真似ですか?
「それよりも窓から飛び降りる必要があったのかどうかという問題も見過ごせませんわね。いくら私が品行方正で礼儀正しく、勉学に努めていても先生の素行で台無しになることもありますのよ」
非常識の顕現みたいなクリスティーナ君とマッフル君に言われても。
「まずはその台詞を鏡に向かって言ってから改めて聞きましょう。では授業を再開しますよ」
ぶーたれてる二人の頭を押さえて、そのまま抜けていきました。
これで終わりな予感は全然しませんね。しかし、切り替えていきましょう。
貴族院の試練も近いのですから授業の続きに集中しましょう。
「先生。質問です」
「はい。エリエス君。なんでしょう」
「探知の術式の術韻、緑と黄属性の混合術韻『ヨム』についてです。放射拡散を意味する『トララム』の韻を合わせた術式だけで探知の術式を起動させるのは難しいのではないですか?」
「いいところに気づきました。『ヨム・トララム』の術式は確かにこのままだと探査、探知の術式とは言えません」
ヨム・トララムだけではただ源素を操って、周囲にバラまくだけの術式ですね。
「君たちは術式のもう一段階先をそろそろ覚えていくべきでしょう。武術の次の段階が【支配】であったように、ね」
とはいえ、実践の授業ではないので実際にやってみせるわけにはいきません。
概要だけ説明して理解できるものか否か、ちょっと考えどころですね。
「これより君たちに教えるのは新しい概念です。【源素融合】。二色以上の源素を組み合わせた術式と、その基礎ともなる【ザ・プール】」
貴族院の試練に向けて、自分も生徒たちを本気で仕上げていかねばなりません。
【支配】【源素融合】そして【ザ・プール】。
この三つを完全でなくても覚えさせ、たどたどしくても使えるようにすることが貴族院の試練までにしておきたいことでした。
まぁ、その前に予算の穴埋め案がちゃんと機能しているか確認する作業があります。
さらにソレと平行して暗殺者――シェスタさんに暗殺を辞めさせるか。
あるいは最悪の可能性を想定して厄介な可能性潰しをするか。
特に最後のはこっちも本気を出さないといけないかもしれません。色んな意味で。
「『ヨム・トララム』をちゃんとした形で使うためには【源素融合】をちゃんと理解していないといけません」
しかし、その前に復習がてら聞いてみるとしましょう。
「黄属性の特性について答えられる人はいますか?」
クリスティーナ君とエリエス君は即、手をあげましたね。
で、ソレを見て対抗意識を燃やして手をあげたのはマッフル君。
そしてセロ君は、以前の授業の羊皮紙を探したりしてます。カンニングですか?
そして、ガン無視を決めこんでるのはリリーナ君。
お前、わかっていて手をあげてないでしょう? よし、それならこっちにも考えがあります。
「ではリリーナ君」
「手をあげてないのに当てられたであります。これは遠まわしな告白と受け取っていいでありますか?」
「生徒に告白する趣味も、その発想のデタラメさ加減も自分にはありませんね」
この野郎、面白そうな問題ばっかり手をあげてきましたからね。
あと、さっきのシェスタさんあたりの問題に首を突っこもうとしてますね。
告白の件も自分を刺激するために、わざわざ口にしたのです。
「リリーナ君。くだらないことしたら捻りますよ?」
「胸を……、なんでもないであります」
殺気に気づいたようです。
それとも顔面に添えられた手も一役、買ったのでしょうか?
「黄色の源素なら【接色】でありますなー」
「特性、効果をそれぞれ言いなさい」
「えー、答えたでありま……、特性は人工物、加工物、冬の髪の毛とかに潜んでたりしてるであります。効果は同じ黄色の源素同士で繋がることであります」
「よろしい。あまり手を煩わせないように」
「先生の手は手と書いてアイアンクローと読むであります」
手、斬新なルビですね。
「黄色の属性は自然現象でいう稲妻や雷などが使われます。もっとも多く使われるのは地面に関係するものでしょうね。施工業で使う術式と言えばコレだからです。土工なんかは土工専用の術式があるくらいですよ。ちなみに土工専門の術式は土工のギルドに術式師として登録して覚える必要があります」
軍用なら簡易土豪、大掛かりなもので一夜城なんかあったりします。
一方、攻性軍用式となれば扱いの難しいものが多いですね。
自分もよく使うウル・ウォルルム、黄属性の強化術式ですが使った後の筋肉痛はひどいものです。
「ということは専門の術式は先生でも知らないの?」
マッフル君は職業柄、というか商人の側面があるのでそのあたりに興味があるのでしょう。
さらっと聞いてきましたよ。
「えぇ。といっても、さすがにギルドの専門術式を見て、勝手に解析してしまうと怒られるどころではすみませんからね」
最悪、村八分ですよ。
ギルドの連盟はそういうとこ、厳しいのです。
もっとも、以前、王都の実家を改装した時に見たことがあるので、根性入れたら解析、再現くらい出来るかもしれませんね。
「あー、でも内紛の時に土濠の作り方は覚えましたので、穴掘るくらいならできますよ」
「穴掘っても役に立たないじゃん」
言ったな? 意外と役に立つんだぞ、穴掘り術式。
「シューペ・マウラフを倒す時に穴掘りの術式があったら、別のやり方があったかもしれませんね」
マッフル君が声を詰まらせてしまいました。
「【接色】というのは文字通り、黄色の源素同士はくっつきやすく、固まりやすい性質があります」
両手を広げて、手のひらを向かい合わせにします。
そして、両手の先に黄の源素を集めると、とたんに両手の間で火花が飛び出します。
「このように、黄色の源素は少し離れていてもくっつき合うので【接色】です」
「先生ももう少し黄色の属性を見習うべきでありますな」
「何か言いましたか?」
ものすごい笑顔で睨んであげたら、リリーナ君はそっぽ向き始めました。
彼女ができないことを遠まわしに言いたいのかコラ。
ちょっとオシオキしてやろうと思ったら鐘の音が鳴り響いてしまいました。
オシオキするにはキリが悪いので持ち越しですね。命拾いしたな。
「では、次は実践をしながら【源素融合】と【ザ・プール】の解説をします。一朝一夕にできるほど簡単なものではありませんが、概念だけは知っておくと術式の世界がより深くなること請け合いです」
起立・礼をして、ダッシュしていくのはマッフル君とクリスティーナ君。
目的地はもちろん、生徒会の掲示板ですね。
あの二人は競い合うようにポイント稼ぎをしています。
対抗心もあるでしょうが、純粋にお金に惹かれているマッフル君。
クリスティーナ君はヨシュアンクラスを月間優秀にするという目的があります。
このあたりの向上意欲は凄まじいものですが、反発し合う二人が手を取り合って生徒会に挑むことはありません。
チームを組めるようになれば、もっと依頼の幅も広がるのに。
しかし、アドバイスしようにも言うこと聞きませんからね、この二人は。
どうせ嫌の一言で片付けられます。にゃろうどもめ……。
そして、彼氏、彼女ですか。
そういう意味ではシェスタさんの申し出は一つの選択なのかもしれません。
片手に黄属性を集めても、【接色】は起きません。
いつまでも黄属性は在り続けて、やがて固まり始めます。
結婚云々よりもまず、このくっつかない黄属性をどうにかしないと進めないのかもしれません、ね。
それこそそんなもの吹き飛ばしてくれるような素晴らしさを持つリィティカ先生くらいでないと。
なんてアホらしいことを考えてしまうのは、間近で恋愛テンションを見てしまったせいでしょうか。
こんなものは一人でどうこうしたって始まりません。
さっさと切り替えて、職員室に向かいましょう。
と、思っていてもそうは問屋が下ろさないのがウチの生徒です。
「先生!」
「廊下を走らない」
掲示板から帰ってきたマッフル君を名簿で殴ると、ピタリと止まりました。
正確には頭を抱えて動きを止めただけですが。
いい音しましたもの。
スパコ~ン、て、感じです。
「~ったぁ! いや、そんなことより先生!」
グイっと近づくマッフル君をさらに名簿で押しこめました。
「なんです。やたら近いですよ」
「なんでさ!」
「何がです」
マッフル君の後ろからクリスティーナ君も走ってきましたね。
ただ、マッフル君と違い、困惑しているような顔をしています。
「何があったのです?」
未だ答えがでないマッフル君の奇行にクリスティーナ君も首を振るだけです。
「なんで鉄鉱石の採掘依頼がないわけ!」
……と、言われましても。
またぞろ、何か起きてしまったようですね。
忙しないかぎりです。




