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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第二章
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ぐるぐるまわる ぐるぐるまわる

 リィティカ先生を丁重にお部屋まで連れて帰って、宴はポツポツと終わりを迎えました。

 

 しかし、参加者にとって宴は終れば終わりでしょうが主催者はそうでもありません。

 皆が帰っても後片付けがあります。


 竈の熱が下がりきる間に油汚れがしつこい食器類を全て温水に放りこんで、まずは湯洗い。油が浮ききるまで放っておいて一番、面倒な金網から始めましょう。


 金タワシを片手に、ホースを片手に金網の洗濯のスタンバイ。


 さぁ、こびりついた炭汚れとの勝負。

 そんな時でした。


 恐怖の強制怪談イベントより立ち直ったシャルティア先生が、自分の元へと現れて、自信満々な顔でこう告げました。


「しかし、ずいぶん用意周到だな」


 これが反撃の言葉でした。

 もちろん、それが炭汚れへの意気込みについて感嘆する言葉でなかったことくらい、理解しています。


「何のことでしょう?」

「まるで思いつきのような、このパーティー。14人の食費を計算すれば、ずいぶん太っ腹な計算だ。この場にいる全員で割り勘して銀貨何枚分だろうな」

「15人ですよ」

「それはもういい!」


 本気で怒らなくてもいいじゃないですか。


「一人頭の食費は半銀貨一枚かそこらでしょうね」

「夕食にしては豪華な金額だ。貴族ならともかく、一般市民がするには贅沢すぎる」

「シャルティア先生だって貴族でしょうに」

「私は食費に金をかけるような真似はしない。メイドも最低限、それも家の管理を任せているだけだ。元下級貴族だった頃を忘れるような傲慢はあの頃の自分への裏切りだ。もっとも、本邸に家族がいるせいで維持費はそれなりだ。滑稽な見栄も張らねばならん」


 会話しながらも、自分は焦げついた金網を洗っています。

 しかし、どうもイヤな予感がするので金網を水につけて、術式を発動させます。

 水の中で強烈な水流を起こして、汚れを削っていく代物です。

 この中に衣服でも入れてしまえばズタズタになるでしょうが物が物ですしね。


 大丈夫でしょう。


 洗い終わったコップに果実酒を汲んで、シャルティア先生に手渡します。


「そういえば学園は節制中でしたね。本格的な節制を始める前にいい余興になったと思うのですが」

「サービス精神旺盛なのは結構だが、豪勢すぎる。過剰すぎる、と言ってもいい。お前がいくら金を持っているからと言っても、少々、奮発しすぎだろう」

「払いが良いことは良いことじゃないですか。現金払いは流通の基本ですよ」

「その思いっきりの良さが今回の事態を引き起こしたことを忘れるな」


 手厳しい。

 が、どうやら今回も自分の狙いはバレバレだったようで。


 最近、自分は犯人役に向いてないと思っています。

 そんなにわかりやすいですかね?


 というわけで、あっさり種明かしといきますか。


「いつから、なんて犯人ちっくな言葉は言いません。目的は金流の増加です」

「やはりか」


 人の生活と経済は切っても切れません。

 たとえ、どんな劣悪な環境であっても衣食住とあり、それを得られる行動があるのなら立派な経済活動と言えます。


 物の流れ、金の動き、人材のやりくり、必要な生産活動の流れ、これらを統括して流通といいます。


 その中で金の動きだけの流通を『金的流通』といいます。

 まちがっても女の人が男の人に使う必殺技ではありません。


「キャラバンという通路以外、貨幣が外に出ることはないこの学園は、極めて閉ざされた流通が成り立っている。国に例えてしまえばわかりやすかもしれんな。周辺国との商取引のない国。貨幣は国の内側だけを循環する。そんな環境の中で、ひょんなことに大金が手に入ったとする。誰かさんが肉屋に大量の金を落としたりしてな。しかし、肉屋からすれば金を持っていても買うものがなければ意味がない。貯めるだろうな。ところが金の価値は貯めることではない。使うことだ。持っているだけの無用の長物など使ってしまうに限る。そして内側で金が循環している以上、内側以外に溶け出す場所はない」


 シャルティア先生の推測は的確すぎました。

 自分が考え、そうなるように作りあげた流れとほぼ合致します。


「お前の目的、このバーベキューパーティーで散財した理由。それは学園の中で流通する貨幣の量を増やすことだ。いや、最終的には物流を増やすことか」

「世間に出回る金の量はすなわち、物が動く最大数を増やすことです」


 お金と物の関係。


 それは金の数を物によって増やし、物の数を金によって増やす関係です。

 そして、自分は今、ちょっとした実験をしていました。


 一時的に金を多く持ちすぎた人物がどういう行動を取るかというところです。


 流通は金がありすぎても、物がありすぎても、うまく回らない。

 しかし、条件がいくつかあれば、その限りではない。


 限られた流通、閉ざされた世界でどちらか一方が肥大したとき、解決方法は至って簡単だ。

 肥大した片方を消費するか。


 肥大に負けないものを作るかです。


「すでに学園長が【宿泊施設】の人たちにお願いをしたらしいので、これでチェックメイトです」


 きっと肉屋の主人は狙ったように動いてくれるはずです。

 もっともその答えが出るのは、次の次の参礼日ですけれど。


「詰めまで仕込んでいたとはな。さしずめ消費の制限、か。逆理×逆理は正道とでも言いたそうな案だな。節制中に贅沢、消費を促すつもりで制限」


 狙った消費に持っていかないと崩れてしまう作戦ですので。


「キャラバンでの買い物を必需品以外に絞ってもらうだけです。今回限りですが買うものを生産に回せるようなものだけとかありますよ。それ以外は例の案件で消費してもらう予定です」


 この案件を最初からちゃんと動かすためだけに、肉屋さんで大人買いしました。

 何故なら、肉屋さんが一番、依頼してくれると信じているからです。


「キャラバンの旨みはなんだ?」

「一回目以降の売買を成功させた後は、生徒の作る作品の優先的販売権」

「なるほどな。我々のネームバリューも利用か。あるものあるものなんでも使う。容赦のない話だ。知らぬ者が見れば天災とかわりない」

「それは貴方のことです」


 シャルティア先生も予算復活のために動いてることは知っています。

 たしか、キャラバンから素材を得て、生産、販売のルートを作ろうとしているようです。こうなると自分の案と一部、かぶってしまうため共同歩調がとりやすかったりします。


「やれやれ、少しくらいはほろ酔いのまま、いい気分で居たかったものだ」

「どんな話題がお好みで」

「脳までとろけるような甘い猥談だ」

「猥談から離れてください」


 言いながら動きもしませんね、この人は。

 まだ片付けてないテーブルにしなだれかかって、だらしない酔っ払いです。


「実際、この学園で一番、節制してはいけないのは自分たち教師陣だと思うのですけれどね」


 シャルティア先生が動いてくれなかったので、もしもの話になってしまうことを先に記しておきましょう。


「シャルティア先生、その果実酒は奢りではありませんよ」

「ケチなことを言うな。酒を振る舞えない男なぞテクのない男娼に劣るぞ」

「食器の片付けくらい、手伝ってください」


 自分がシャルティア先生に手渡した果実酒をお金に例えてみましょう。


 この果実酒をもらったシャルティア先生は食器の片付けという仕事をします。

 飲んでしまってはそれまでですが、もしもシャルティア先生が果実酒をもらったまま飲まずにいたとしましょう。


 そして、次の機会にシャルティア先生が自分に果実酒/お金を渡して、シャルティア先生の家の炊事をするとします。


 果実酒/お金は減ってもいないのにこの場の食器が片付けられ、シャルティア先生の炊事が完了しました。不思議ですね。


 ただ自分とシャルティア先生の間で『果実酒/お金』が動いただけです。

 ですが、ここに『果実酒/お金』と同等の価値のある仕事が二つ片付いたということは、『炊事or食器の片付け=果実酒/お金』の方程式が成り立ちます。


「我々が消費するものはほとんど日常のものばかりなのに対して、もらうものは王国予算から特別配給された高額給与だ。この二ヶ月、個人がもらう割りには良い報酬対効果と言わざるをえんな。もっとも報酬よりも苦労してそうなのもいるがな」


 なんの皮肉ですか、それ。

 完全に自分のことですよ、精神的な苦痛はプライスレスです。


「そう。我々には相応に消費したいという物品がここにないのが一つの悪循環とも言える」


 『炊事or食器の片付け=果実酒/お金』。

 言い換えれば『仕事=報酬』です。


 つまり、例え通りに話が進めば、果実酒/お金は一つしかないのに果実酒/お金の価値を持つ仕事が二つが発生します。

 これは果実酒/お金が三つあるのと同じだとは思いませんか?


 増えましたね。

 ただ受け渡ししただけの行為でポルルン・ポッカみたいに。


「自分たちと同じ想いを他の人にも味わってもらおうと思いましてね」

「性格の悪い話だ」


 単純な流通の話です。

 ですが、単純な理屈ほど優秀であることが多いのです。


 これらを簡単に例えてしまうならば、リーングラード学園の現状そのものでしょう。

 予算の赤字云々は気にしなくてよいのです。

 リーングラード学園が今現在持つ金額、予算という実態のない数値よりも手に持つ金貨、銀貨、銅貨、そういったものが多く動くことこそが狙いなのです。


「金という無用の長物をもたらされた肉屋は価値ある物を探そうとし、同等の価値を他の誰かに押し付ける。お前が流した7銀貨は同等の何かと交換され続けるたびに価値を増す、と」

「金額が大きいほど動かしたときの利益は大きい。でしょう?」

「とはいえ、それが限度だ。一人が流通に影響させられる金額などいくらあっても足りん。そこで考えたのがあの案か」

「えぇ、生徒たちと【宿泊施設】の住人、全てを巻きこんで倍々ゲームに洒落こむつもりです」


 予算の穴埋めは将来的になんとかなるでしょう。


 そして、この限定的な箱庭だからこそできる手です。


「ですが困ったことに一つ、問題がありまして」

「ほう? 流通を活性化させるだけなら問題などなさそうではあるがな。どうせそのあたりもキャラバンと話をつけているのだろう」

「まぁ、キャラバンは別の形で利益を得てもらいますし、キャラバンまでの利益までは正直、自分の考えの外側ですよ。問題は簡単です」


 そうこうしている間に、黒焦げた金網は元の鋼色の綺麗な網へとロンダリングされたというわけです。


「相談に乗ってやろう。最低教師」

「まだ引きずってるんですか。『果実酒/お金分の妙案』を期待しましょうか」

「あまり良い酒ではないゆえに付加価値はないと思え」

「もらっておいてなんて言い様ですか」

「報酬対効果だ」


 酔っ払いに何か求めるのはどうかと思いますが、まぁ、持て余していたことです。


「名前ですね。自分の案をそのまま言うと長いので」

「規定のシステムでありながら独自性を保った新たなる形に別の名称を与えることで、独自性をより強固にしようとする企みか」


 なんで意味なく難しい言い回しにするんですかね。


 簡単な話、テーレさんの隠蔽能力【デッドリー・リー・サイン】と同じです。

 実態のない形だからこそ、名前をつけてわかりやすいようにする。


 言いようのない存在を表そうとすると、それこそ怪談のように長くなってしまいがちですからね。


「『生徒たちによる学園周囲の経済循環の促進、ならびに実働力としての周辺難事の解決、擬似的な自治組織の運営を学業の一部として組みいれた実践授業会』だったな、お前の案は」


 つらつらと口走るシャルティア先生。


「『生徒自治会』、いや、もっと簡略化して『生徒会』なんてどうだ」

「『生徒会』ですか。でしたら、さしずめシステムのほうは『生徒会システム』ですかね」


 そのうち生徒が生徒を取り締まるような武力組織になってしまいそうな予感こそありますが、始まりとしては申し分ないと思います。


 何より生徒が生徒自身で解決できる出来事があるのなら、教師の仕事は減る。


 それに義務教育計画自体、即戦力を育成する、という面もあります。

 そちら側から見ても生徒の自治組織というのは悪くない話ではないでしょうか。


 反面、生徒自身の危険度は跳ね上がりますが、いつかは通らなければならない道です。


 経験を積んでもらいましょう。

 なるべく危険を排除して、危険を味わってもらいます。


 その結果がお金儲けにつながれば、それこそ『一つの釣り針で魚が二つ釣れる』というわけです。


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