机とカラスの共通点は?
『キタヨ』
ポルルン・ポッカに導かれて、夜とは思えないくらい妙に明るい森の中をどれだけ彷徨ったでしょうか。
一時間のような気もしますし、もう一日くらい経ったような気もします。
なんて、まるで時間感覚がなくなってしまったような言い方をしましたが、実際はおそらく十分も歩いていないでしょう。
歩数を数えていましたからね。
『――キタヨ』
さて、この不思議な状況。
時間感覚が怪しくなり、周囲に対する認識が甘くなっています。
夢現のように現実感がおかしい。足元を踏む草と腐葉土がまるで天鵞絨の絨毯みたく、ふわふわしています。
おまけに歩いている周辺は普通な癖に、遠くに見える木々はありえない速度で真後ろへ流れていってます。
まさかとは思いますが、この現象。
空間圧縮か何かですか? 明らかに歩数と移動距離が噛み合っていない空気がします。
たぶん、実際歩く距離なんか飛び出すくらいの距離を移動しているのでしょう。
例えるなら、高速移動する物体の上で歩いているような感じでしょう。
外から見ればきっと、自分はありえない速度で歩いているという謎生物認定されてもおかしくない非常識に見えるでしょうね。
『ハヤク――』
ポルルン・ポッカが目指す位置まで自分を連れて行くためだけに【神話級】ですか。
何度も言いますが【神話級】は人が出来ない、人を超えた術式です。
そして、人間が術式を操作できる許容量は神話級生物、バカ王が探そうとしたドラゴンとかですね。超大型の魔獣など、元々生命として人間を超えている、そんなのを除けば優秀なのです。総合的なバランスが取れているというかなんというか。
一方、ポルルン・ポッカが謎生物だと言っても、簡単に召喚してしまえる以上、術式能力は人間より下ということになります。
そもそも召喚自体、対象が人間よりも術式への適応力が弱くなければ成り立ちませんしね。
つまり、人に【神話級】が使えないなら、ポルルン・ポッカにも使えない。
【神話級】術式は断じてポルルン・ポッカが使えるような術式ではありません。
謎生物だからって、この世の法則を無視していい道理はありません。
常識はどこへ行ったのでしょうね? 海外旅行中ですか。見つけたら殺してでも連れ帰してやります。
『コッチダヨ』
人間至上主義ではありませんが、魔獣なんて化け物がいるような世の中で曲がりなりにも人間が文明を築こうと思ったら、他の種族よりそれなりに術式との適応率が高いからに決まっているでしょうに。
例えそうでなくっても、知恵とか知識とか、人間ちっくな尊厳を駆使して追い詰められた勇者が覚醒したみたいな底力で生存競争、勝ち抜いてきたっていいじゃないですか。そういうサーガ、皆、好物でしょうに。
御伽噺にしたってよくある王道パターンでしょうに。
「よし。とりあえず原因を殺りましょう」
リューム・フラムセンでポルルン・ポッカを狙い撃ちました。
撃とうとした、のではなく、過去形です。
何百回も狙い撃ってきた狙撃能力は確かでした。
ですが、空気圧縮による空気の槍はポルルン・ポッカに当たる前に消滅してしまいました。
いきなり掻き消えたのではなく、徐々に減速するような感じの消滅の仕方。
これは射程距離を越えすぎたせいで術式が消える現象と同じです。
ポルルン・ポッカとの距離は見た目以上に開いているようですね。それこそ術式の影響範囲を越えるくらいに。
これもおそらく、この状況が原因でしょう。
もしもポルルン・ポッカに術式を届かそうとするなら。
自分の中でもっとも射程距離がある術式はやっぱり、ベルゼルガ・リオフラムでしょうか。
『ランボー』
『キョーボー』
さっきから頭の中でうるさいと思ったら、やっぱり声の主はポルルン・ポッカでしたか。
しかも一匹増えてるし。増殖するなんて面妖な。やっぱり殺しておくべきですね。
『アトチョット』
『ガマンシテ』
『コワイヨー』
「あえて言いましょう。増えるな」
三匹になりました。
もうヤダなー、帰ろう。
こんな理不尽で不条理なのは御伽噺だけで十分です。
変な好奇心からこんな場所に来るべきではなかったかもしれません。
そもそもですよ、こんなことになったのは誰のせいでしょうね。
バカ王だ。だから貴族なんて信用ならないのです。その最たる王族なんてそんなもんですよ。いつも自分の都合だけで物事を、人を、簡単に動かそうとしやがって。
なんで教師なんかやらなきゃいけない。
子供のお守りなんて誰がやっても一緒だろ。
苦労ばっかり背負わせやがって、面倒なのはいつも自分に放りこめばいいと思ってやがる。
貴族院のスパイ? ぶち殺してやればその小賢しい頭も動かないだろうに。あぁいっそバカ王含めて全部ぶちころして――
「ッ!」
――唇を噛み千切りました。
つーっ、と顎を伝う懐かしい滑り気。
「……何、考えさせてくれやがる」
鋭利な刃物の痛みよりも染みる唇の痛みが思考をフラットにさせてくれます。
こっちの思考に割りこまれた。
理性で蓋をしている、押し殺した不満や不安を理性を溶かすことで表に出させた。
せっかく隠してたっていうのに、なんてことをするんだ。
そのうえ、自分が隠したいと思ってる気持ちの芯まで丁寧に表まで出してきやがって。
決めた。
ぶち殺すだけじゃ済ませません。
ポルルン・ポッカ。絶滅させてやる。
一瞬にして特大の術陣を構築する。
容赦も躊躇も遠慮もない、最大威力のベルゼルガ・リオフラムです。
『ツイタヨー』
『ゴメンネー』
『ユルシテネー』
許す? 謝罪? そんなものはどうでもいいのです。
とりあえず一発、数百人が一斉に死ぬような術式くらってから受け付けます。
返品不可、クーリングオフはまず法律を作ってから訴えてください。
『イラッシャイ』
解き放たれたベルゼルガ・リオフラム。
巨大な蒼光が一直線にポルルン・ポッカたちを飲みこみます。
『スィムラン』
それは自分が撃った術式の光だったのだろうか。
それともポルルン・ポッカの向こう側から漏れた、奇妙な光が原因だったのでしょうか。
きつい光源に目を細め、全てが真っ白な闇に覆われた瞬間。
そこは奇妙な宴の席でした。
自分はベルゼルガ・リオフラムを撃った態勢のまま、目の前で踊る複数のポルルン・ポッカたちを見ているだけでした。
ベルゼルガ・リオフラムの痕跡は一体、どこに消えたのだろうか。
『イラッシャイ』『ヨウコソー』『オヒサー』『キター』『スィムラン キター』『コレデカツルー』
様々な葉っぱの形をした仮面をかぶるポルルン・ポッカたち。
それぞれが別個体なのでしょう。
森の形状もおかしい。
リーングラードの森は針葉樹林群です。奥地は人の手が入っていない天然の森とはいえ、学園創立のために何度か人が踏み入ったという記録も残されてありました。
そのためか学園周辺の森なんかは、足元に敷き詰められた苔は剥がれ、歩くために切り開いた藪なんかが散逸されて見えます。
一度、人間が入りこんだ森というのはどことなく生のままの自然とは違う趣があるものです。
しかし、ここは違う。
広葉樹ばかりの植生。足元全体に誰一人、足をつけなかった苔の絨毯。巨大な樹木に抱かれた自然の懐は人間一人なんかちっぽけと思える時間を思い知らせる。
ポルルン・ポッカが踊るたびに、周囲が呼応して不思議な空気をまきちらす。
マイナスイオンたっぷりな健康に良さそうな空気です。
『スィムラン ハヤク』『イルミン マダネテル』『スィムラン イナイト ハジマラナイ』『スィムラン チコクー』
非常にうるさい種族ですね。
寡黙そうに見えたファーストコンタクトはなんだったのでしょうか?
「さっきからスィムラン、スィムラン、うるさいですね」
手短なポルルン・ポッカを鷲掴みにして持ち上げる。
『スィムラン』
指差すな。
「名前を間違っていますよ」
生徒が断末魔の声をあげることで有名な伝家の宝刀アイアンクローを炸裂させてやりました。
『イターイ』
余裕あるなー。
『オスノスィムラン キョーボー』
『オスノスィムラン ランボー』
『フジツ ハ カミカー?』『フリン ハ ブンカー』『ソンナコトヨリ クニ ヲ アイシテ ワタシモアイシテー』『イットウヘイハトツゲキシロヨー』
こいつら、真正のアホです。
支離滅裂すぎてわかりませんが、わかることもある。
スィムラン。
これは自分のことだと思っていましたが、『男の』という枕詞がついている以上、固有名詞ではないようです。
ヨシュアン・グラムという個人ではなく、人間という大分類に属する言葉なのでしょう。
仮にスィムランという言葉を『人間』という文字に当てはめてみるとわかるでしょう。
『男の人間』という意味はヨシュアン・グラムを差す言葉ではない、というわけです。
「なんの用で自分を呼んだのです。あまり時間が取れないのですから手短に」
『ヨユウノナイ オス ハ キラワレルー』
ほっとけ。
『メスノスィムラン ガ イッテター』
誰ですか、雌のスィムランって。
今一つ、要領の得ない問答も疲れてきます。
「いいからさっさと話をしなさい。何かを言いたくて呼んだ、ちがいませんね?」
『イルミン ネテル』
イルミン? また変な単語が飛んできましたよ。
こいつらは説明する気がないでしょう。
しかし、説明されるよりも早く、イルミンなるものを見つけてしまいました。
大樹に抱かれて眠る白いワンピースの少女がいました。
さっきまでそこには何もいなかったはずなのに。
歳の頃は13、そこらでしょうか。セロ君より少しだけ大人びている感じがします。
長い金色の髪を体中に茨のように巻きつけて、ひたすら眠る少女。
近づき、触ろうとしたら、スーッと手を透き通っていきました。
なにこれ、幽霊?
初めて見た、というより寝ている幽霊を初めて見た。幽霊って眠るのか。何のためでしょう?
20歳までに幽霊を見なかったらもう見ないというジンクスはなんだったのでしょうか。
『スィムラン マッテタ』
『ズット マッテタ』
『イルミン トノ ヤクソク』
『ダイジ ナ ヤクソク』
『デモ スィムラン マニアワナカッタ』
『ダカラ スィムラン 二 キテモラッタ』
話を要約すると、自分ではないスィムランと何かの約束をしたのでしょう。
おそらくこの少女がイルミン、とかいうのでしょうね。
この少女イルミンが眠ってしまった原因は知りませんが、これだけのファクターが揃えば物語の一つくらい作れそうです。
これは妄想。想像。ただの創造。
何かの都合で眠ってしまったイルミンと再会の約束でもしてたのでしょう、スィムランという誰かと。
しかし、スィムランは死んだか、もうここに訪れなくなってしまって、それでもイルミンは眠り続けて約束は叶わなかった。
つまり、どう足掻いたって約束なんか守れないじゃないですか。
これが正しい物語かどうかは知りませんが、約束が果たされなかったっぽいのはよくわかりました。
「もしかして自分にその約束を果たさせようという心積もりですか」
『マオトコ ボシューチュー』
待て待て。バカ、そんな泥沼みたいな話に自分を巻きこむな。
『エジャナイカー』
「勝手に間男にされたら堪ったもんじゃないんですよ、お互いに」
スィムラン(仮)氏、涙目です。
しかし、自分と彼らの言うイルミンの知り合いっぽいスィムラン(仮)氏は似ているのですかね?
わざわざ約束の代行をさせようってハラなのですから、似てるのでしょうね。
『ゼンゼン?』
「先生、そろそろ本気で君らを根絶やしたくなってきましたね」
術式でロックオンしていくと『キャー』『キャー』言いながら逃げ惑い始めました。
アホは放っておいて、再びイルミンを見やるとその姿が消えていきます。
そして、気づいたら何かを握っていました。
茶色いドングリっぽい木の実。
質感も質量も軽いながらも確かにある現実。
しかし、触っているだけで奇妙な鼓動を感じます。
『眼』を開いてみて驚愕しました。
この小さな木の実の中に巨大で精密な術陣が圧縮されて、渦巻いているのです。
なんだ、これ。戦略級なんてレベルじゃない。
【神話級】の術陣、なのでしょうか?
こんなもの、起動させることはおろか、解体すらできない。
試しに操作してみようとしても牢屋の格子のようにビクともしない。
自分よりも凄まじい操作力によって編まれた、内容すら理解できない術陣。
『オミヤゲー』
「なんなんですか、これは」
『クサリー』
クサリ? 鎖? 意味がわからない。
便宜上、木の鎖の術式、なんて呼んでみましょうか。
『トーメイ ノ ケモノ イルカラー』
『トーメイ ノ ケモノ アブナイナー』
『トーメイ ノ ケモノ キヲツケロー』
『コノ ケダモノー』
最後のヤツ、文句言いたかっただけですね?
いつの間にか自分の周りに戻ってきたポルルン・ポッカは言いたい放題です。
ニューワードまで引っさげて、まぁ……。
「透明の獣とはなんです?」
『シラン』
一匹掴んで、放り投げてやりました。
「帰ります。話になりません」
『オカエリ ハ アッチー』
『バダイ ハラッテー』
『キンイロ ノ オカシ デ エエデー』
もう一匹、行方不明になりたいヤツがいるようです。
面白そうな情報を求めてやってきましたが、ここには何もなかったようです。
『スィムラン オウチ カエルー』
『オソラ ノ オウチ カエルー』
その一言は自分を振り向かせるに十分すぎる言葉でした。
驚き、振り返り、しかし、そこは針葉樹林が満ちる暗い森。
突然すぎて心の整理もつかないまま、あの不思議な森を探してしまいました。
お空のお家。自分にとってその言葉の意味はかなりの重さがあります。
その意味を知ってるのもバカ王とベルベールさんだけ。
自分が術式具元師になったのも、王都で研究を繰り返していたのも、全てはそのため。
暗闇の空には何もない。
確かにそこにあるのに見えない。
誰もが生まれてからずっと、そこにあると知っているもの。
天上大陸。
かつて故ウルクリウスは天の翼を持って天上大陸に向かい、その不敬で地面にたたき落とされたという、夢追い人の夢の果て。
夢物語の枕物語。
子供に聞かせる、夢のような御伽噺。
そんなものに自分が挑んでいるなんて、やっぱり知るのはバカ王とベルベールさんだけ。
何故、ポルルン・ポッカが自分のことを知っていたのか。
スィムラン。イルミン。透明の獣。
一体、何の情報を自分に渡したのだろうか。
そして、この手の中にある夢でなかった証。
【神話級】の術式が込められた、鎖と呼ばれた木の実。
しばらく考えてみても、何も浮かばない。
自分の知らない何かが多すぎて、想像もつかない。
ただ、遠くでドンチャン騒ぎの音がしていて。
ここはあの突発性バーベキュー会場のすぐ傍だということだけがよくわかりました。
変な課題が増えた気分で、自分は条理あふれる不条理な教師生活に戻るのでした。




