The worst is not, So long as we can say, ‘This is the worst.’
会議が終わり赤ん坊を回収した後、社宅に戻るとヴィリーが突っ伏していました。
白い毛でグルグル巻きにされたヴィリーは何故か上目遣いでモフモフとにらめっこしていたので、スルーして赤ん坊を二階に置いてきました。
赤ん坊もぐっすり寝ていましたからね。
邪魔というわけではありませんが、これから騒ぐかもしれませんし、起こさないように二階に避難させただけです。
何かあったらモフモフが教えてくれるでしょう。
さて、そろそろ拷問――質問に入りましょうか。
「さて、キリキリ吐いてもらいましょうか」
「吐けと言われても……、何をッスか? いや、そもそもオレ様も滅茶苦茶聞きたいことが山盛りっつーか特盛っつーか、さしあたってこの狼、どうやって手懐けたんスか? 狼避けが通用しないならまだしも術式も短剣も通用しないとかタダの狼通り越して化物じゃないスか。オレ様にだけ手懐け方、教えてくんねぇッスか?」
手懐けたのはどっちかというとフィヨです。
自分はおまけみたいなものなんですが、何の因果か同胞と呼ばれています。
そういえばモフモフが自分を同胞と呼ぶ意味は今のところ、聞いていません。
フィヨ繋がりという意味以外もありそうなんですが深く考えてはなかったので、日々の多忙に任せて保留が続いていました。
優先順位が低い話題ですしね。
今度、御飯時にでも軽く聞いてみますか。
「モフモフに聞いてみたらどうです?」
「モフモフ!? ははっ、変な名前――」
有無を言わさず鳩尾に足先をめり込ませました。
「言っておきますがモフモフの名前への侮辱は自分への侮辱と見做します」
「……この暴力、懐かしすぎてっ! 吐けるぜぇ」
ヴィリーはひとしきり咳き込ん後で吐き出すように呟きました。
「さて、どうしてお前がグランハザードと一緒に居るんです。またグランハザードに何を言われて一緒にやってきたのか、全て話してください。なお嘘だと感じたらミカンのように爪を剥いでいきます」
「それを語ると長くなるんスよね……、あれはそう、四年前――」
「二分以内に収めない場合、足から行きます」
「容赦ねぇッスね。隊長も一応、聞いておいた方がいいんでもうちょっと時間、伸ばしてもらっていいッスか?」
無駄に誇張溢れるヴィリーの説明に矛盾点がないかどうか確かめながら聞いていました。
内紛後、奴隷から解放されたリスリアンエルフ――要するにリスリアに住むエルフ――の一部が行方不明だと判明したそうです。
多くは拷問や玩具同然に死んでいきましたが生き残ったはずの少数、その更に一部の足取りが途絶えていたので不審に思い、捜索を続けていたそうです。
バカ王やベルベールさんにも協力を頼み、首尾よく追跡できたところまでは良かったみたいですね。
ちなみにリスリア側も今後の特区政策のためにエルフとの確執はなるべく避けていたかったのでしょう。
なのでヴィリーに協力をして得た真実は――
「そしたら帝国と縁のある貴族が売ったっていうんスよね。もう、アホかと。そんで本人らは特区政策に乗っかかろうとしてたんだからタチが悪いッスわ」
――相変わらずどうしようもない話でした。
ヴィリーの目的がエルフの回収、あるいは安否を知ることならヴィリーは帝国まで行って、その生存を確認しなければならなかったのでしょう。
ご苦労様です。
経験者から言わせてもらうと地獄のような行脚だったでしょう。
「それで首尾はどうでしたか」
「さらりと自分だけ紅茶を入れて楽しまないでもらえないッスかね。オレ様の分は?」
「お前が今後、どんな扱いを受けるかは素直さと誠実さ、そして、自分の機嫌次第です」
「ほんっと口調以外は昔のまんまッスよね、特にオレ様に対しては」
「それで帝国にエルフを助けに行って帰ってきたその後の話が一番、重要なのでさっさと話してくださいね」
「え? いや、そういうクソ貴族を必ずぶっ殺すのが隊長の趣味っつーか、生き甲斐っつーか、機織りみたいに折りたたむ感じだったじゃないッスか。なんスか、そのやる気のなさげな姿勢。こういう話、好きっしょ?」
「否定はしませんが優先順位を設けているつもりです。やるべき最重要課題はこの計画を正しく終わらせることです。それにそいつの処理は終わったんでしょう?」
「王国側がなんとかするってんでオレ様はまっすぐ帝国に行ったッスよっと」
すでに終わった話をされたところでトピック以外の何物でもないんですよ。
「ま、あっちの方が大変だったわけなんスけど……、【キルヒア・ライン】、マジこえぇッスわ」
極めつけは女のような鬼騎士ですけどね。
「なんだかんだあって奴隷になっていたエルフとド・ヴェルグやヴェーア種と、ついでに巨人種と一緒に国境を抜けてきたんスけど」
もうそれは解放とか回収じゃなくて亡命ですよね?
誰がどうやって彼らを受け入れて、資金援助やら土地を割り当てていくんですか。
そのうえ、リスリア王国に逃げたと分かれば、また帝国が何かしら言ってきますね。
国際問題、まっしぐらです。
ものすごくツッコミたいのですが口に出すのだけは我慢しました。
その辺はもう自分たちではなくバカ王やベルベールさんの仕事です。
「オレ様も最後まで付き添ってやりたかったんスけどね、行方不明者ってのがまだ居て暇じゃなかったんスよ。とりあえずベルベールに丸投げして途中でグランハザードの商隊を見つけたんで、こっちに厄介になってたとこなんスけど」
「そのときのグランハザードの様子はどうでしたか?」
「渋っちゃーいたッスけど見知らぬ仲でもなかったわけッスし、了解もらえたってことはなんか腹の中で考えてたんじゃねーッスかね」
グランハザードにとってヴィリーは予期せぬ客だったわけですか。
となるとヴィリーを乗せたままリーングラードに向かっても予定に影響はなかった、と考えるべきですね。
大勢に影響しない不確定要素のように見せかけて、こうやって接触するのも予定通りでしょう。
なおかつ自分がヴィリーから得た情報で何を想像し、どう対処を取るかも想定済みとなると極めて厄介です。
何せ現状の自分は『情報を与えられている』身ですから。
「そういえばグランハザードから行き先は聞いていましたね? リーングラードで何をやっているかは知っていたようですが、まさかリーングラードに来たかったわけじゃないでしょう。どこに向かう予定だったんですか」
「そりゃ法国ッスわ」
方向性だけ見たら納得の行く話ですがヴィリーの動機から法国に行く理由は薄いように感じられます。
しかし、それもピンと思いつきました。
「まさか『行方不明者』というのは――」
「法国方面に連れて行かれたってぇーとこッスわ」
「それもありますがヴィリー、ちょっとそこで待っていなさい。絶対に逃げないように。モフモフ、この男がピクリとも動いたら噛み殺してでも止めてください」
「ちょ――すげぇ怖ぇんスけど、その留め方! 物理的にも心的にも! どこまで追い詰めたいんスか!」
二階にあがり、赤ん坊を連れて降りました。
何を持ってきたのかワクワク顔のヴィリーですら赤ん坊を見て、大きく口を開きました。
「え……、た、隊長?」
「実はヴィリーに聞きたいことが」
「隊長、いつの間に結婚したんスか!? 独身同盟はどうしたんスかー!? 女は居ても結婚なんてしないって寒空の下で誓い合ったじゃないスかー! それなぶちゃ!?」
とりあえず五月蝿いので顎を蹴りました。
どうやら狙い通り舌を噛んだようでイモムシみたいに床に転がり呻いていました。
「ぢぐじょう……、隊長だけは、隊長だけは結婚じないもんだど……ッ!」
マジ泣きしないでください、鬱陶しい。
「自分の子供じゃありませんよ。ぐだぐだ抜かす前に赤ん坊をよく見てください。主に耳のところ」
泣きながら赤ん坊を覗きこむヴィリーが目を開いて背を仰け反らせました。
「マジッスか……、どういう星の下で生まれたら隊長みたいな変な運命とか宿業に見舞われるんスか。エルフの赤ん坊がどういうもんか知ってるんスか? 誰かから奪われない限りエルフが赤ん坊を捨てることだけはねぇんスよ」
「あぁ、それはリリーナ君に聞きましたよ。『陰月期』というエルフ特有の周期によって五年単位に一度しか生まれない、故に貴重だと」
「いやいや、確かにそれはそのとおりッスけど……、あ、リリーナ! あぁ……、そうか義務教育計画、ちょうどいい年っつったらリリーナしかいねぇじゃん。くっそ、ぬかった!」
リリーナ君が義務教育計画にいる理由は大体、察したみたいです。
というかリリーナ君の故郷、リリーナ君以外だと五歳年上か年下しかいないんですか?
「なぁ、隊長。さすがのオレ様も『そんな状態の赤ん坊』を見せられたら聞かざるをえないっつーか正直、そういうところだけは疑うつもりはねぇから聞くんスけど」
「一応、弁明だけしておきましょうか。社宅の前に置かれたのを拾っただけです」
その答えを聞いてなおヴィリーの目から真剣さは消えてなくなりませんでした。
「……エルフのなんたるかを知らない『どこぞのバカが赤ん坊を置いた』っつーのは間違いないっぽいッスね。となると行方不明者の子を奪った? 奪ったのに置いてくってのはよくわかんない行動すぎてワケわかんねぇ。いや、そっちは隊長にも相談するんで後回しにするッスわ」
それどころかより険しい顔つきになっていきました。
いえ、これは――かなり珍しいことに怒っているように見えますね。
「隊長にも一回、教えたことがあったと思うんスけどエルフは生まれた時に木を植えるんスよ。あの時は縁起担ぎのためと教えたんスけど、実はもう一つ理由があってッスね」
ヴィリーがイモムシのように身をよじり、より赤ん坊を見ようと蠢いていました。
「まだ時間はあるッスね」
「いい加減、主旨を話さないとその部品単位で取れそうな髪を引っこ抜きますよ」
「容赦ねぇッスな。いや、この赤ん坊――」
『なおも大人しい赤ん坊』を前にヴィリーは静かに口を開きました。
「――死ぬかもしれねぇんスよ」
赤ん坊を見て、その顔色をまじまじ見ても『大人しい』という感想しか浮かびませんでした。
死相も見られませんし、鼻も出ていません。
「見た感じ、健康そうに見えますが」
「今はまだッスよ。泣かなくなってからどれくらいッスか?」
「大体、半日くらいですね」
朝に学園長に抱かせて大泣きしたのに、昼にヘグマントへ抱かせても泣きもしませんでした。
その後、学園長が抱いていても大人しいままだったのは――体調が悪かったからですか。
いえ、その前のお昼に生徒たちが赤ん坊を抱こうとした時から、もう既に体調不良は始まっていたということですか。
人慣れしたと楽観視していたのが問題だったということですか。
「それで何をどう判断して赤ん坊が死ぬと考えたのか、話してもらいましょうか。話しぶりだとエルフの木が何か問題になっているように感じますが、まさかそこまで話しておいて治療法がないとは言いませんね?」
「治療法にもなるんスけど……、エルフが生誕と同時に木を植える理由は病を移すためにあるんスよ」
いきなり民間伝承的な話をされても困りますが、黙っていました。
「エルフの赤ん坊ってのはとにかく色々あって死にやすいんスよね。だから死なないように身代わりとして木を植えるんス。木が病理の肩代わりをしてくれるように」
ちょっとしたシャーマニズムかアニミズム、と言ったところでしょうか。
少しでも生命を死から遠ざけようと、謎の理屈と経験則を下に編み出された医学の芽です。
今回のコレは原始的な幼児学と例えるとそれなりに聞こえますね。
「そう爺婆から教わって、まぁ、こっちも言われたことばっかり信じ込むのもアレだったんでそういうのの専門のマグルに聞いたことがあるんスよ」
マグルというのは細工事が得意な人のような兎人ですが、樹木医のような職業も営んでいます。
そのためマグルと木と共にあるエルフの相性は良かったはずです。
交友もあり、交易もあったのでしょう。
付き合い自体は不自然ではありません。
「そしたらそのマグル、数えてやがったんスよ。オレ様たちが『木のある子』と『木のない子』、それぞれがどれくらい生きて死んでいたか――まるでオレ様が聞きに来るのを知っていたみたいに羊皮紙を持って『貴方の先々代は開明的な人物だったみたいで自分の子供に木を植えなかった。結果、その子は十ヶ月と二十五日目で呼吸がうまくできなくて死にました』って! 他にも『貴方の十代前の先祖の弟さんは天候不順の影響でマタイの木を植えられず、三ヶ月と十三日に幼児熱で死にました』とか、つらつらと言ってきやがったんスよ」
しかし、エルフの情報を刻銘に記録しているとは思いませんでした。
そうした役目をマグルたちは担っているんでしょうか?
「ただの迷信や言い伝えなら無視するッスわ。でも、こいつぁ『エルフっつー種族にかけられた呪い』みたいに『木を植えなきゃ死んじまう』んスよ!」
「そのマグルは信用に値しますか?」
「樹木医としても長い付き合いッスからね。逆にそいつを信用せずにして何が人付き合いって感じッスかね」
何もかも斜めを向いているようなヤツが言うには、少しばかり重い言葉でした。
「理由も聞いたッスよ。エルフは赤ん坊の時、木と同調することで病に強くなるんだそうっスわ」
「同調ですか。効果の如何はともかく、ありえなくもありません」
この同調というのは術式師にとって基礎中の基礎です。
初めて術式を生徒たちに教える時も同じように教えていました。
そもそも源素の操作自体がある種、『世界との同調』と言っても過言ではありません。
同調が引き起こす効果は様々ですが一番、極端な例を出すと『ザ・プール』です。
メルサラが常に熱を撒いているにも拘らず、熱中症で倒れることはありません。
というよりも汗すらかきません。
熱に対して強い抵抗力がついているお陰ですね。
同じように自分が『断凍台』を使っている時は寒さを少ししか感じません。
これは単一の源素と高い同調を引き起こす『ザ・プール』に起きる副次効果です。
これと同じ現象としてエルフは木の内部にある緑の源素に同調することで病気に対して一時的に強くなる効果があるのかもしれません。
通常、緑の源素と同調すれば風の影響を受けづらいと考えると、いえ、あえて木の内部の源素なのは別の効果が発揮され病に強くなるからですか?
確かに木は殺菌力を持つ揮発性物質を出しますね。
その辺と何か関係があるのかはわかりませんが、原理に関しては解明する気はありません。
ただエド向きの話でもあるので情報提供して協力してもらいましょう。
「大人になれば関係ないんスけど赤ん坊だけは別ッス。至急、この子のための木を植えないといけないッスね」
ヒトの赤ん坊は強い免疫力があるとは聞きますがエルフの赤ん坊は色々と違うんでしょうね。
少なくとも同じエルフのヴィリーがこう言っている以上、赤ん坊を急いで木と同調させてやる必要がありそうです。
「そこらに生えている木じゃダメなんですか?」
「その子に合った木じゃなきゃダメなんスよ。赤ん坊は同調できないッスから木の方からやってもらわなきゃなんないんスよ。爺婆なら相性がわかるんスけどね……、後は樹木医のマグルたちッスわ。あぁ! そういやあのマグルが商隊にいたッス」
なら善は急げ、でしょうね。
いくら育てる気がなくともむざむざ赤ん坊を見殺しにする趣味はありません。
『いや、待て』
すぐさま赤ん坊を抱えたまま出ていこうとした自分に、今まで成り行きを見守っていたモフモフが声をかけてきました。
『木ならある』
ある? ちょっと待ってください。
その一言は色んな意味を含みますよ。
この赤ん坊のことを知っていたのか。
あるいは赤ん坊について何か気づいたことがあったのか。
『モフモフはエルフの赤ん坊に対して自分の知らない情報を握っている』ことに他なりません。
「モフモフ、それはどういうことですか」
含みを持たせたまま聞いてみました。
しかし、相変わらずモフモフの瞳は深く澄んでいて後ろめたさなんてものはありませんでした。
『それそのものが子のためのものかはわからんが相性は保証できる』
モフモフも確証はない、そんな風に見えますね。
『ついてくるがいい』
モフモフは丁寧にもヴィリーから毛の拘束を外し、玄関に座りました。
今から行くつもりなんでしょう。
いや、構いませんよ。
現状、一番の解決法をモフモフが知っており、次善の策にキャラバンのマグルが居ます。
加えて明日は授業参観、今日中に片付けられる仕事であれば問題はありません。
「た――隊長が狼と会話するようになっちまった……。無慈悲で冷血で何も語らず貴族ばっかり殺してたあの隊長が、これがこの世の末か!」
部屋の中心で嘆いていたのでとりあえず蹴っておきました。
「何をしているんですヴィリー。お前も来るんですよ」
「小さい同胞を助けるためなんで行くッスけど晩飯くらい奢ってくださいッスよ」
ちゃっかりしていますね。
玄関を開け放つとのっぺりとした暗い闇が待ち構えていました。
闇の冷えた空気にさらされても赤子の声は聞こえません。
生徒と違い、言葉による自己主張なんてできません。
ですが逆にこれが自己主張なんでしょう。
泣くしかできないからこそ泣けないことが自己主張なんです。
それを汲み取れるほど自分はまだ――赤ん坊のことをよく理解していませんでした。




