Education is not the training . Be creative .
自分は以前、武装商隊のことをマフィアと例えたことがありました。
特にグランハザード商会は典型的な部類と言えるでしょう。
発祥は南部自治区。
時は内紛よりも前――二百年以上前の話です。
その頃、南部は完全な未開拓地域であり、王国や帝国との流通はほとんどなく、南部にほど近い住人たちから長い間、『砂の民』と呼ばれていました。
そこは降雨が少ないせいで乾燥し、砂漠や岩石、荒野の多い土地では農作物もまともに育たず、加え赤の源素に適応した原生生物たちによって『彼らは環境に殺されてきた』のです。
ですが、そんな土地であっても恵みがないわけではありません。
例えどんな僻地であっても、か細い糸でも人は生きていけます。
それどころかか細い糸を束ねて、布地にし、土台にして文化を立ち上げる程度、やってのけます。
事実、天然の鎖国を突破したのは王国でも帝国でもなく『砂の民』でした。
いえ、二百年以上前からチラホラと彼らは大陸中央部に姿を現していました。
時には流れの武術家として。
時には南部の不思議な食糧を運ぶ商人として。
過酷な環境が生み出した技術【我地】を携え、その文化は王国や帝国に影響を与えてきました。
さて、そんな彼らが南部に閉じこもっていた間、何をしていたのか。
自らや隣人、愛する人を環境から守るために武器を手に取ったのは自然なことでした。
そして、『そのお隣でも同じように武器を持つ者たち』がいるのもまた必然でした。
「南端から王国の北部まで縦断だ」
四聖団が拓いた居留地に多くの竜車が向かう中、一台だけは学園に向かってくる『懐かしい竜車』がありました。
目の前に止まった竜車は相変わらず年季が入っていました。
しかし、それがどれだけ強固な盾となるか知っています。
ハードウッドと薄い鉄に覆われた動く要塞ですからね。
さらには鉄には刻印が刻まれていて、守りの術式具としても働きます。
「七年前までは考えられなかったよな」
男は降りるなり、まるで昨日の話を続けるように自分に語りかけてきました。
そいつのしてやったりとした顔に自分は内心で眉根を寄せていました。
「その紳士気取りは大出世したからですか。それとも『イタズラ』が成功したからですか」
「相変わらず弄れているようで何よりだ、学園教師のヨシュアン・グラム殿」
「人の性格を非難する前にまず己の不手際を責めたらどうです? 盗賊の一件、ここに来る前に潰せたでしょうに」
「そう無茶を言わんでくれ。自分がどれだけ規格外なのかわかっているのか」
「己の商会がどれだけ規格外なのか、まずは自覚した方がいいですよ」
戦隊を連れた商人なんて普通はいないんですよ。
良くて護衛です、護衛。
「わざわざこんなところまで貸しに来て、そのうち倒産しますよ」
「なら内紛の時に作った多関節鎧の材料費と修繕費でチャラだな。後何回分、残ってたかなぁ……」
「自分の使っていた道具類は全て、革命軍が支払ったはずですよ。出世払いで。王都の一等地だけでは足りませんか」
「そいつは正当なる報酬ってヤツだろう。大体、修繕なんかは別だろ、個人の装備なんだからよ」
「ベルベールさんに聞いてみましょうか、支払いが残っているかどうか。ただし、修繕費の余りがなかった場合、どれだけ絞られるか見ものですね」
男は手で両目を覆い、大げさに『しまった』と口にしました。
相変わらず油断をすると、すぐこれです。
それにしたってこんなところで出会うことになるとは思いもしませんでしたよ。
このマッフル君によく似た赤髪に、伸ばしたい放題の顎鬚。
なのに不清潔という印象よりもワイルドという感想が浮かぶ、この男の名前はバラカス・グランハザード。
グランハザード商会の商会長でマッフル君の父親です。
ついでに言うと内紛の時、武器防具の破損が多かった自分の修繕物資から費用に至るまで全て賄っていた相手でもあります。
恩やら感謝は山ほどありますが、真正面から伝えたくない相手です。
「さて、と。挨拶も終わったところでまずは許可証だったな」
グランハザードは腰の道具袋から羊皮紙を取り出すと、こちらに手渡してきました。
いくつもの小さな植物紙が挟まっていたので、その全てをチェックします。
「こっちの紙は行路証明書、時期も行路も問題なし、と。滞在期間は一週間ですか」
「そんなに穴が空きそうなくらい見つめたって偽造じゃないさ。それにしてもずいぶんと堂の入ったことだな。手馴れてやがる」
「もう半年はこの仕事をしていますからね。それに名のある商人を警戒しない門番はいませんよ」
そういうとグランハザードはニヤリと口元を歪めました。
「許可は個人じゃなかったよな」
「えぇ、『個人』ではなく『商隊』です。ただし通常のキャラバンと違い、学園で販売する許可はありませんので売買するなら居留地でお願いします。宿泊も同義ですね。とはいえそれだけではグランハザードにも利益がなさそうですし【宿泊施設】の住人には伝えておきますよ。宣伝ってヤツです。それでグランハザード。何が目的です」
「そりゃぁ、もちろんオレの大友人にして大恩人ヨシュアン・グラムの顔を見に――」
「冗談はそのヒゲだけにしてください。商売人が目的もなく、意味もなく、意義も用意もせずに商談の場に乗りこむわけないじゃないですか」
「あぁ、あぁ、そりゃぁ当然だ。ところで義務教育ってぇヤツについて聞きたいんだがな」
「知らなかったんですか? たしか義務教育についての説明は各家庭に送られているはずですよ」
「商売に関わることならともかく、あぁも難解に書かれるとわからんヤツも多いだろう」
グランハザードなら内容を理解して利益に繋げそうなものをわからないというのは不自然ですが、仮にも真にもマッフル君の親です。
義務教育を理解してもらわなければならない相手の一人として考えれば、ちゃんと説明しておく必要がありますね。
「ガキに勉強を教えるのまではいい。読み書き計算できるヤツが増えるのは大歓迎だ。国が国民の知能の底上げをしたいというのもわかっている。腕前も必要だろう。必要なものを数えたらキリがない。人手不足だからな。それでもオレは思うんだが」
証明証にサインをして、羊皮紙の上端と下端を掴んだらリューム・フラムセンで真っ二つにします。半分は自分の懐に、もう半分はグランハザードに返しました。
「商人になりたいと言っている子供に商人以外の知識を与えるってのは無駄なんじゃないか」
これはマッフル君を想っての言葉でしょうか?
商人にさせたいというのはわかりますし、マッフル君自体も商人になることに抵抗はありません。
しかし、それにしたって狭い了見すぎやしませんか?
何を考えているかはわかりませんが、教師が親にできることなんてそう多くはありませんね。
「ではせっかくですし、説明しましょう」
義務教育と聞いて親が考えるのはまず『感謝』と『不安』でしょう。
学園卒業者ということで平民ですら貴族のお抱えになる可能性があります。
王の肝煎りという言葉は貴族にとっては喉から手が出るほど欲しいものでしょう。
その結果、平民の子でも就職の幅が広がり、収入が大きくなる可能性があります。
そうでなくとも読み書きできるだけで商人や兵へ就職しやすくなるのですから、単純に子供が良いところへと就職するのは誉れでしょう。
一方で不安もあります。
自分たちで育てられない、あるいは自分たちの思想とは違う思想を持つ子に育ってしまう可能性と、そうなった場合に親の言うことをちゃんと聞くのか――御すことができるのかという不安です。
自分は親になったことがないのでこの不安について、どこがどうなのか、細かいところまではわかりません。
しかし、『自分も一度は親になろうとした身』です。
想像はできるはず――なのに、どうしてでしょう?
突発性の喧嘩に雪崩こんだり、ぷるぷる震えていたり、謎の好奇心で暴走したり、呑気に木の上で昼寝する姿が思い浮かびます。
不安より先に怒りを覚えるのは何故でしょうね。
というよりもコレを社会に放出すると考えたほうが非常に不安です。
「勘違いされがちですが義務教育は本来、大人が課せられる義務なんですよ」
「言うことは立派なのに、なんで額に指を添えているんだ」
無駄な不安を抱いても仕方ありません。
気持ちを改め、自分はグランハザードに向き直りました。
「子供に与えられるのは学ぶ権利です。学ぶ義務ではありません。現状は試験運用なので勉強を生徒に義務付けさせていますが、それ以上に教師が『子供を教育する義務』を背負っています。当然、それは親にも当てはまります。親は『教育を受けさせる義務』ですね」
「明文化して公表されていたか?」
「えぇ。難解な文字で、ですがね。義務教育が実施された時にはコレが我々の義務に――親の義務の一つになります」
ゆくゆくは生徒たちの義務はなくなり、学ぶ権利のみになるでしょう。
しかし、一方で親や教師の義務は残り続けます。
「そして試験運用中はこの義務が有効です」
小さく頷くと目で続きを促してきました。
「しばらくは様々な事情も考慮して教育を受ける義務のままですが、一つ質問しましょう」
さて、ここからはグランハザードにも親として考えてもらいましょうか。
「己の子供に将来必要とされるものを本当に把握していますか」
「そいつはどういう……」
「才能ややる気、そういうものも影響しますので一概に言えません。しかし商売人に剣術の腕が必要ないとは言い切れないでしょう。少なくとも『武装商隊』を率いていたグランハザードに武力の是非を問う必要はありませんね。将来的に何が必要なのかわかっているものだけを教えるのは果たして教育と言えるでしょうか」
グランハザードは腕を組み、眉を顰めました。
「子供の教育に口出しされる不快感はわからなくはありませんが、教育の一部を自分たち教師も担っているわけですから、拝聴してもらいますよ」
「……義務だしな。それは仕方ない」
「今、国で求められている人材は専門的な人材だけではなく多局面な人材も求められています。言ってしまえば『社会を生き抜く力』でしょうか。そうしたものを視野に含めたらやはり、専門だけを教えるのは非常に危険としか言い様がありません。頭でっかちは転びやすいものです」
「それは学園の教師の共通認識で間違いないか」
「えぇ、少なくともこちらは何度も話し合って、認識を深めているつもりです」
これは何度も話し合ったことです。
血縁を除けば能力が社会的地位に結びつきやすい世の中で生徒たちに良い将来を、と考えれば避けては通れない道です。
教師陣が共通認識として、生徒たちにどのような技能を身につけさせるかを考えなければなりませんでした。
そのための基礎として学園六訓は非常に有用でした。
「なるほどなぁ、親にも『教育を受けさせる義務』があるのか」
グランハザードは何度も頷き、そして、顔をあげました。
「だ、そうだ、諸君」
振り向くと幾人かの男女が竜車から降りてきました。
そのそれぞれ、どこかで見たことがあるような顔でした。
服装は商人風の者も居れば小奇麗にした農民、身なりの良さそうな者まで様々です。
そのうち、身なりの良さそうな一人が自分の前に立ちました。
「初めまして。私はシェーヴァーン領領主のクレティアスという」
「ティルレッタ君の父兄ですね。初めまして、学園教師、術式担当のヨシュアン・グラムです。彼女は同僚のシャルティアの受け持ちですが、術学は自分が担当していますのでご挨拶させていただきます」
「結構。それより先の話を聞かせてもらったのだが……」
胸を張り、睥睨する顔面に拳を入れたい気持ちになりましたが父兄を殴るわけにもいきません。
不快感や怒りは腹部に貯めたまま、自分は真正面からクレティアスを見上げました。
「もしも貴方の言うとおりなら、私たちは貴方たちが施す教育を認めるわけにはいきません」
その一言にショックがなかったわけではありません。
「……ここで立ち話するべき内容ではありませんね。職員室までご案内いたします」
良かれとした教育を真正面から否定されてはこっちも黙っていられませんね。
徹底的に話し合うことにしましょう。
場合によっては徹底的に武力行使です。
特にグランハザードには武力行使決定です。
「睨むなよ。こっちにも事情があってな。それに可愛いイタズラだろう」
グランハザードの胸ぐらを掴んで引きずり回したい気持ちを抑え、自分は保護者たちの案内人になりました。
これは後で迂闊だったと怒られそうですね。
学園長かシャルティア先生か、少なくとも――ただでは済みそうにありません。
引越しの準備のため9/20までお休みさせていただきます。
私的な理由ではありますがご理解いただけたら幸いです。
ネット開通の問題で少し長くなりますが、ツイッターや活動報告は携帯より書き込みができますので、現在状況などをご報告するときは率先して使わせていただきます。




