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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
322/374

またもう一度――会えるから

 テノートを愛するという条件を聞いたスィ・ムーランは大きく驚き、一歩、後ろに下がりました。

 

「どうしても最後の条件は愛さなければなりませんか?」

「妾が聞きたいのは愛せるか、愛せぬかじゃ。他の言葉は聞きたくない!」


 プイッと顔を背けてしまうテノートにスィ・ムーランは困りました。


「僕はいつ死ぬかもしれない旅人です。誰かを愛することなど、とてもとても……」

「しかし、汝は出会ったばかりの女のために生命を賭けて旅をした! それは愛ではないのか!」


 その問いにスィ・ムーランは首を振りました。


「いいえ。しかし、一目見た時に僕にはわかった。彼女はさみしいのだ、と。さみしさは本当の孤独には近寄れません。彼女はきっと寂しさとは無縁の生き方をしていたことがあったに違いありません。あの場に居て、寂しさを持つ彼女を救える手段があるのなら旅ができる僕が代わり、その手段を探せるじゃありませんか」

「そんな理由だけで死の氷原に向かい、帰ってきたというのか! その気高き魂こそ妾が欲しいのに何故じゃ! 何故、妾を愛そうとせんのじゃ!」


 憤慨するテノートが両手を広げると、地面の花々が輝きながら舞い始めました。

 ひらひらと落ちてくる花びらは幻想的で、スィ・ムーランも驚きながらその光景に見惚れていました。


「見よ、草花や木々は皆、妾を愛しておるぞ。ここにある花たちも妾たちを祝福しておる」


 スィ・ムーランの表情からテノートは自信がありました。

 綺麗なものや美しいものを手に入れたいと思わない者はいません。


 きっとスィ・ムーランはテノートに愛を捧げるでしょう。


「愛は命令されて与えられるものではありません」


 しかし、スィ・ムーランは静かな顔をして、言い放ちました。


 テノートの髪が怒りに震え、呼応するように花々は警戒するような明滅を繰り返していました。

 彼女も神の一人、その力はひ弱な旅人なんてどうにでもしてしまえるのでしょう。


「ですが見ず知らずの僕に条件付きとはいえ、何かと誰かを救える貴方を尊いと思います。それはきっと敬愛すべきことです」

「敬愛!」


 テノートは生まれて初めて聞いた単語のように驚き、今度はテノートが一歩、後ろに下がりました。

 そして、すっと背中を向けました。


「敬愛もまた愛に代わらないのじゃろうか? それはいつか妾の求めるものに変わるのじゃろうか? そも形の見えないものはどう捧げ、どう受け取れば良いのじゃろうか。それでも妾は物足りなさと同時に満たされておる」


 この独白はスィ・ムーランには聞こえていないようで、彼は不思議そうに首をかしげていました。


「愛すべき友スィ・ムーラン。思ったものとは違うが汝は妾に愛を捧げた。妾も約束を果たそう」


 きっと、その感情はどちらもテノートにとっては同じ重さだったのでしょう。


 愛も敬愛も、心の一部に違いありません。

 それ以上に、愛されることはあっても親しまれることの少ないテノートにとって、逆に親しみの心は何より新鮮に映ったのかもしれません。


「森の少女イルミンシアは【無色の獣】により囚われておる。あの悪評高く醜き獣を討ち滅ぼすにはまず森からヤツを出さねばならんのじゃ。この【花の鍵】を持ってイルミンシアを解き放ち、追いかけてくる【無色の獣】から森の外まで逃げ切るがよい。そこでヤツを絡め取るものを用意し、討ち取るもので滅ぼせば良い」


 狩人は獣の足を止めて、射殺すものです。

 狩人の理に従って、テノートはスィ・ムーランに助言をします。


「絡め取るものなどもっていません」

「ならば、この【絡めとる茨のクローネ】を贈ろう。投げつければありとあらゆるものを拘束する花冠じゃ」


 テノートは花冠を手渡し。スィ・ムーランは恭しく膝をつき、花冠を革袋にしまいこみました。

 そして、同じように【花の鍵】もスィ・ムーランに渡しました。


「じゃが、討ち倒す者についてはわからん。花の強さは力ではないが故に妾は力を知らぬのじゃ」

「ありがとう敬愛すべき友テノート。その優しい魂にこの【枯れないダリア】を贈ります」


 そっと【枯れないダリア】を手渡し、すぐに旅に出てしまうスィ・ムーラン。


 【枯れないダリア】は『大樹の唄』が始まる前にスィ・ムーランがルーカンからもらった勇者の証です。

 勇気を贈る、その意味に気づいたテノートは【枯れないダリア】を胸元で握り締めました。


「どうして彼はあのようにすぐ旅に出てしまうのじゃ。妾の想いすら振りきって往く後ろ姿が憎くてたまらぬ! この花畑で妾と共に在ればよいものを――あぁ、しかし、その背に手を振らずにはいられない。旅の安らぎを祈らずにはいられない。にくかなしの旅人よ。もしも迷うのなら道に咲く花が導こう。どうか花に語りかけておくれ」


 テノートを一人残したまま幕は閉じ、そして、再び、幕が上がっていきます。


 再び、舞台は鎖の森です。

 スィ・ムーランが到着する少し前、樹精の二人が所狭しと走り回っています。

 あまりに慌てすぎて、一人がコケてしまったのはご愛嬌、というべきでしょうか。


「大変だ、大変だ」

「たいへんなのです、たいへんなのです」

「どうしよう、どうしよう」

「誰かっ。誰かいないのですかっ」


 必死な声に走って現れたスィ・ムーランは乱れた息のまま、大きく身を前に乗り出しました。


「どうしたんだい? そんなに慌てて。ここはとても怖い獣がいる森なんだろう? そんなに慌てて獣が起きたらどうするんだ」


 樹精たちはスィ・ムーランの姿を見て、慌てて彼の周囲を回り始めました。


「イルミンシアが森の奥に!」

「森の奥には、こわい、こわーい、ばけものがいるのですっ」

「なんでも食べる大きな口に、何者をも引き裂く毒の爪!」

「誰もその姿を見たことがないのですっ。でも、死のようにそこにいるのですっ」


 樹精たちの言葉は危険を伝えるだけのものでした。

 その言葉を必死に理解したとき、スィ・ムーランにも慌てる仕草が伝染しました。


「あの獣の巣があるのか。どうして森の奥なんかに! 危ないってわかっていたんじゃないのか!」


 急な大声に樹精たちは怯えて木の影に隠れてしまいます。

 しかし、スィ・ムーランに怒りの色がないと知ると、おずおずと顔を出してきました。


「どうしてか今日の【無色の獣】はとても怒っている。朝からずっと遠吠えが鳴り止まない」

「イルミンシアは【無色の獣】のぶりょうをなぐさめるために森の奥にいったのですっ」


 スィ・ムーランが飛び出すように奥への道を進もうとすると樹精たちは彼を必死で止めました。


「旅人さん、どこへいくのですっ」

「これ以上先は危ない。本当に【無色の獣】に食べられてしまう」

「それでもイルミンシアを助けにいくよ」

「今の【無色の獣】に出逢えば食べられてしまうのに?」

「大丈夫、旅人は逃げ足が速いんだ。そうしないと旅の途中で食べられてしまうからね」

「どうして、そこまでイルミンシアを助けようとするのです?」


 樹精たちの疑問にスィ・ムーランは足を止めました。


「多くの人に支えられてきたからこそ、誰かを救いたいと思ってもおかしくないんじゃないかな?」


 樹精たちはその答えに驚き、しかし、得心いったかのようにお互いの顔を見合わせ頷きました。


「こっちっ。森の奥の近道はこっちなのですっ」

「イルミンシアを助けてあげて」


 樹精たちの導きと共にスィ・ムーランは森を駆け抜けていきました。


 幕が閉じ、そして、次は鎖の垂れ下がる森でした。


 暗がりの奥より響く猛獣の声にイルミンシアは肩を震わせていました。

 今にも足を止めそうなのに、イルミンシアは決して止まりませんでした。


 何が彼女をそこまで歩かせているのか、彼女以外、誰もわからないでしょう。


「イルミンシア! ここに居たのか」


 そんなイルミンシアを後ろから来たスィ・ムーランが呼び止めました。


「旅人さん。どうしてこんなところにいるでありますか?」

「君を助けにきた。この【花の鍵】で君を縛るものから解き放つ」

「それは――」


 イルミンシアが何かを言おうとした時にスィ・ムーランは【花の鍵】を空にかざしました。

 しばらくするとゆっくりと輝き始め、振り下ろすと光の軌跡が宙に浮かびます。


 その瞬間、鎖の森のあちこちから何かが壊れる音がします。


「――あぁ、解き放ってしまったであります!」

「さぁ、逃げよう。こうして解き放ってしまえば君はここには居られない」


 イルミンシアの手を握り、スィ・ムーランは一気に駆け出しました。


「行こう! 森の外まで!」


 まだ何かを気にするようにイルミンシアは何度も振り返り、二人は森の奥から出て行きました。


 すぐに幕は閉じ、上がればそこは森の外。

 しかし、最初の時に訪れた森の外とは違い、鬱蒼として不気味な空気を垂れ流しています。

 冷気のような煙が森の外へと流れこみ、地面をうっすらと覆っていました。


「偉大なる友、強きルーカンよ! この鈴の音を聞いてくれ!」


 ルーカンとの友好の証としてもらったものは【枯れないダリア】だけではなく、危なくなったら駆けつけるという約束を刻んだ鈴もでした。


 どんなに距離が離れていても鈴の音はルーカンの耳に入り、あっという間にやってくるという不思議な道具です。


 鈴を掲げると、リーンと高らかな音が鳴り響きました。

 雷の音と共に空から落ちてきたルーカンは、偉丈夫というには小さいような気がしましたが、気のせいでしょう。


「久方ぶりだ、我が友スィ・ムーラン。弱き、しかし、心に柔らかな剣を持つ勇者よ」

「ルーカン! とても巨大で強く、怖い獣が襲ってくるんだ」

「あいわかった!」


 ルーカンがゆっくりと剣を抜き放ち、獣を待っていると突然、ルーカンが吹き飛ばされました。

 驚き、周囲を見渡すスィ・ムーランにイルミンシアはゆっくりと言葉を紡ぎました。


「【無色の獣】の姿は誰にも見えないのであります」


 今更な話にスィ・ムーランとルーカンはイルミンシアを見てしまいました。


「姿が見えなくばこの剣で切り裂くこともできん! なんとかならんのか!」

「……何かないか? 見えないものを見る道具は――ない!」


 革袋をひっくり返すスィ・ムーランでしたが、出てくるものはよくわからない道具ばかり。

 ルーカンも根性で耐えていますが、このままだとジリ貧です。


 何度か堪えているルーカンの横で、イルミンシアは決意を込めるように小さく頷きました。


「光樹の輝きが獣の姿を照らしてくれるであります」


 彼女が生み出した光樹は全てを照らし、瘴気すらも消し飛ばし、獣の影をくっきり浮かびあがらせました。

 突然の光に驚いた獣はたたらを踏み、ルーカンの目の前で踏み止まってしまいました。

 今がチャンスとばかり【絡めとる茨のクローネ】を投げつけると、茨が獣の身体を這い上がり、見事に獣を縛り上げたのです。


 動きが止まった獣の身体をルーカンが切り裂くと、あっけなく獣は地面に倒れました。


「ありがとうルーカン」


 大きく胸を張り、どんと胸を叩くルーカンにスィ・ムーランは微笑みました。

 ですが、この緊張の緩みがいけなかったのでしょう。


「危ないであります!」


 突然、ルーカンを突き飛ばすイルミンシア。

 そのすぐ後にイルミンシアの身体がまるで『影に身体を噛みつかれた』かのように宙に浮き、血の華が咲きました。


「おのれ獣め!」


 まだ【無色の獣】は生きていて、気の緩みを待っていたのでしょう。


 ルーカンは再び、【無色の獣】を切り裂きました。

 今度はより強く、鋭い一刀でした。


 さすがの【無色の獣】もこれには適わなかったのか、二度と起き上がることはありませんでした。


 そして、【無色の獣】と共に倒れたイルミンシアも、また同じです。


「イルミンシア! しっかりしてくれ!」

「あぁ――やさしい、優しい旅人さん。何も知らないけれど私の心を理解してくれた旅人さん。もう私は助からないであります」

「何かあるはずだ! 傷を治すものだってある!」

「でも、死の影に掴まった者を癒すものはないであります」


 これにスィ・ムーランは息を止めました。

 スィ・ムーランが持つ薬は傷を治すものでしたが、死者を蘇らせるものではありません。


 もうすでにイルミンシアは半分、死んでいたのでしょう。


「泣かないでであります旅人さん。またもう一度――会えるから」

「死んでしまえばもう二度と会えないんだ! 君にニサカントリの輝きも、マグルたちの温かさも教えてやれない! 語らうことだってできない!」

「大丈夫だから、大丈夫――」


 腕の中ですっと生命がなくなる瞬間をスィ・ムーランは感じ、声をあげて泣き叫びました。


 大樹の唄の謎の終わり方。

 死んだ者には会えないと知っていながらの再会の約束。


 それは何故か、イルミンシアの心は綴られていないので誰にもわかりません。


 やがて幕が閉じきるまで、スィ・ムーランの慟哭は止むことはなかったのです。


 パチリ、パチリ、と小さな拍手はだんだんと大きくなり、やがては歓声に変わりました。

 それはヨシュアンクラスの演劇が終わった証でした。

キャスト

スィ・ムーラン マッフル

イルミンシア リリーナ

テノート アルファスリン

パルミア クリスティーナ


ルーカン ヨシュアン

無色の獣 モフモフ


樹精 エリエス&セロ

囁くラタトスク アルファスリン&セロ

氷の兵士 エリエス

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