心で転がしておけ
その様子は文化祭というよりも、まるで食事会のようでした。
「本日は我ら一同、法国の方々の御来園を誠に喜ばしく感じております」
【室内運動場】の舞台の上で学園長が来園と文化祭参加の謝辞を述べている、その下で自分たち教師陣は並んで立っていました。
生徒たちは壁に並び、中央には貴賓となるインガルズさんとアンドレアスさんを始めとする家臣団、そして、調査隊の中でも位の高い者たちがテーブルについていました。
上座は誰も座っていません。
本来、そこに座るべきアルファスリン君が生徒側に並んでいるという不思議な事態に家臣団の何人かは戸惑っていたように見えたのは気のせいでしょうか。
まさか本当に生徒側に回るとは考えなかったのでしょう。その焦りはわかります。
あと、何故か犬の特徴を持つ家臣団の幾名かが自分をジロジロと観察していました。
なんでしょうね、あの視線は。
好奇や興味、あと一部からは粘着くものを感じます。
流石にもう歓待の場で妙な真似はしないはずですし、放置しておきましょうか。
他にも同じく貴賓席にエドと薔薇色の異形どもが犇めいている空間がありましたが、そこは触らないようにしましょう。
あそこはこの世のものならざる異次元です。
「三十年前に発案、そして、しばらく後に制定された魔獣対策案。三国協定の重大事が正しく遂行されたことはこの地に生きる生命にとっても、そして、後に暮らす生命にとっても、健やかに生きるための礎となりましょう」
この会場風景を誰も不思議に思わないのは、自分が知る文化祭の形式を誰も知らないからでしょう。
文化祭の来賓に机は必要ないのですが、歓待相手を机のないイスに座らせるわけにはいかない、そうした文化がリスリア王国にはあります。
王国のマナーを基本に文化祭という歓待を構築すれば、この光景も不思議ではないのかもしれません。
「その祝事を祝い、またご足労いただいた法国の皆様には慰労と感謝を込めて、我々よりささやかな歓迎の催しを行わせていただきます」
学園長の話の途中ですが、ピットラット先生が音もなくキースレイト君の後ろに移動しました。
あらかじめ知っていなければ動いていることすら気づかなかったでしょう。
現にキースレイト君は話しかけられてビクリとしていました。
「これは我々が等しく隣り合う友人であるための試みの一つであり、また隣人の生活や文化を互いに理解し合うための一助として、より深く手を握り合うこともできるでしょう」
ピットラット先生に連れられ、キースレイト君たちは用具室へと入っていきました。
催事の一番手はピットラットクラスですからね。
今のうちに準備しておかねば、すぐに出番が来ます。
「誰かとの繋がり、国家の絆は言い換えれば文化とも言えましょう。ただ生きる。それだけに込められた意味はとても深いものです。故にこの喜ばしき歓迎の場を我々は文化祭と呼び、生きることへの感謝と祈りを捧げとし、法国の方々に楽しんでもらいたいと思います」
学園長が一歩、壇上から下がり、礼をすると家臣団の方々より拍手が鳴りました。
この辺は予定調和みたいなものですね。
家臣団も心得たものです。
さて、学園長が舞台を降りるとすぐに幕が降りました。
生徒たちも教師陣も大忙しとなる合図です。
まず幕の開いた舞台の上に譜面台が並べられ、『薄い台座のようなもの』に立ったキースレイト君たちが現れました。
手にはそれぞれの楽器を持っています。
キースレイト君はバイオリンですね。
あとはリコーダーにバグパイプ、ホルン、最後の女の子は何も持っていません。ということは歌うのでしょうね。
やっぱり一番手は緊張するようで、キースレイト君を除いた全員はやや顔が強張っているように見えます。
しかし、キースレイト君が指先をすっと横に動かすと一瞬にして生徒たちの顔色が真面目なものに変わります。
ちゃんと生徒たちの心を掴んでいないと、あぁした指揮はできませんね。
お手本のようなリーダーっぷりです。
舞台の下ではピットラット先生が家臣団たちを見てから、キースレイト君に首を動かしました。
相手の心の準備を計ってから開始の合図ですね。
これは人の心の機微に敏いピットラット先生だからできるサポートです。
「―――」
それは静かなリコーダーの音から始まりました。
続いてバグパイプも加わり、徐々に盛り上がるように音が絡み合っていきます。
全体的に穏やかな音色、まるで牧草の中を歩いているような気分になります。
「ほう。『越えぬ墓碑銘』か」
相変わらず隣にいるシャルティア先生が小さく題名を口にしました。
「どういう曲ですか?」
「元は法国から伝わった様式で作られた音楽だな。当時の法国は教会の権威強化を図っていた。その一端に文化や娯楽面の支配がなかったわけではない。教会の聖歌隊によって瞬く間に広まったのだが、時の王により普及を断つ政策が施行された。そのせめぎ合いの中で生まれた一曲だ」
抑声法で聞く限りだと、弾圧の中で生まれた一曲のようですね。
教会を追い出された教会員が牧草地帯を歩いている時に、彼ら自身を奮い立たせるために奏でた曲だそうです。
「あの古ぼけた墓碑を越えて、私たちは再びこの地に帰ってこよう。神の祈りは途絶えることなく、彼の地を経て再び戻るのだ。そうすれば我々はあの墓碑を越えても信仰は未だあの地に残り続けるだろう――そうした意味があった」
法国に亡命した王国民の心は、王国に残り続けているということでしょうね。
「で、話はどういう風に片付くんですか?」
「……なんでもオチを求めるな。とはいえ、結局、その教会員は墓碑を越えられなかった。当時の騎士に追いつかれて殺されてしまったのだが、その楽譜だけは残り、今も歌われ続けている。彼らの祈りは果たされたことになるな」
だとしたら法国の彼らにとって、この曲はどう聞こえるのでしょう。
憐憫でしょうか? それとも同胞を失う寂しさでしょうか?
曲を聞いている法国の人々に変化はありません。
若干、平原に住んでそうなヴェーア種が目を閉じて感じ入っています。
やがて、全ての楽器が加わり、曲は佳境に入りました。
穏やかな曲調なのに楽器が増えるとテンポやリズムが激しくなったように感じられます。
さらに曲に歌が加わり、一種、心地よい音色に変わりました。
自分は音楽について、よくわからないのですが全体的にまとまっているように感じられます。
しかし、それはプロと比べるとやはり劣るのでしょう。
「盛り上げ方はともかく、魅力が足りないな」
シャルティア先生の手厳しい意見こそが全体の評価なのでしょう。
そのことをキースレイト君は理解しているでしょう。
付け焼刃の音楽隊では教養のない人々を喜ばせられても、家臣団のような高い位置にいる人々を喜ばせられない、ということを。
このままで終わるでしょうか?
それも一つです。
最優良を狙わなくとも良を狙うことができるのなら、そちらを狙うべきです。
ですが、そんな志の低い彼ではありません。
変化は如実に表れました。
ダンッと舞台を叩く音が全員の目を覚ましました。
弦楽器、吹奏楽器、声楽、その三つで構成された音楽の中に打楽器が加わった瞬間でした。
比較的、余裕があるバグパイプの子が懸命に足を踏み鳴らしています。
あの子は以前の試練の時に、レギィに突貫した子ですね。
「……足、いや、踏み台に仕掛けがあるな」
やけに響く足音だと思ったら、台座が太鼓のように中が空洞になっているのでしょう。
それを叩くことで楽器に変えているのです。
キースレイト君が材木を欲したのはこの仕組みを作るためでしたか。
突然、加わった打楽器は曲にメリハリをつけて小気味よいテンポを生み出しました。
牧草を歩いている足が軽やかになったかのような、そんなイメージが浮かびます。
十分、驚きに値する仕組みですが、キースレイト君の仕掛けはまだ終わりません。
「風か……?」
ポツリとアレフレットの呟き声が聞こえてきました。
術式によって発生した柔らかい風が舞台から貴賓席に向かって流れ込んできます。
うっすらと光る珠は極限まで光を薄めたフロウ・プリムのアレンジですね。
風に乗ってシャボン玉のように浮かぶフロウ・プリムと音楽は一つの儚さや幻想さを生み出していました。
曲と相まって、当時の風景を呼び覚ますのに十分だったのでしょう。
家臣団の一人が信じられない、というような顔をしていました。
何か見えているのでしょうか?
音と感覚、そして光の三つによる刺激はさぞ心地よかったのでしょう。
最後の音が奏で終わる、その時まで誰も身動きしませんでした。
キースレイト君が頭を下げると、貴賓席から拍手が鳴り響きました。
中には立ち上がっているヒトもいます。
「一つ、お聞きしてもよろしいか」
拍手が鳴りやんだ時に、まだ立っていた初老に近い家臣が席から離れて一歩、前に出ました。
何事かと降りようとしていた幕が止まり、予定になかった出来事にキースレイト君たちは緩やかに顔を見合わせていました。
「どうして木箱を蹴ろうとしたのか。そして、このフロウ・プリムをどうして使おうと思ったのか。答えてもらえるだろうか」
家臣の言葉を聞き、キースレイト君が答えるために前に出て、相手の目を見つめています。
やがて、何らかの決意をしたのか小さく息を吸い、キースレイト君は口を開きました。
「この曲を奏でていた当時の教会員は着るものしか持ち合わせず、楽器は逃亡中に得た木材で作ったものだと言われています。この箱は当時の彼らが作ったであろうものを私なりに分析し、再現したものです。この台座は『越えぬ墓碑銘』にとって正当に加わるべき楽器だと私は認識しています」
ただ奏でるでなく、過去を知って、どうすれば曲を最大限に感じさせるかを考えないとたどり着かない発想です。
よく調べましたね。
「私が過去と現在の楽器を曲に組み入れようと考えたのは、我々の関係に過去は切っても切れないからです。法国と我々の間にはいくつもの亀裂があり、同時にいくつもの繋がりがあると教えられました。以前の私なら法国との関係を現在が基準として考えていたでしょう。きっと過去のことは知らぬと目を背けていたでしょう。しかし、この学園に来て、学び、知り、そして、その繋がりを教える教師に出会いました。そして、報いることを大事にせよと言う教師がおります」
これはアレフレットとピットラット先生のことでしょうか。
「報いるということは、過去も含めてそのものを知り、過去に欠けたもの、欠いてしまったものを埋めていくことなのでしょう。ならば、私はこの演奏において過去にあったものもまた加えて奏でたいと強く想い、実現させました」
ここまで聞いて、自分はちょっとした意外性を感じていました。
「フロウ・プリムですが、実は私の考えではなく仲間の考えです。聞かれた通り、私たちの演奏は拙いものです。仲間の二名は楽器に触れるのも初めてだったのです。そんな私たちが最大限にもてなそうとした時に、やはり音楽だけでは足りないという結論に達しました」
キースレイト君の変化ではなく、『音楽というものをどう捉えるか』ということについてですね。
自分にはなかった考え方だったのにどこか感じる部分があるのは、術式具作りにも似たところがあるからでしょうか。
「私の考えを補佐してくれる仲間がいなければ、私に正面からぶつかる相手がいなければ、この演奏は完成しなかったでしょう」
そういえばキースレイト君とフリド君は材木関係で喧嘩したんでしたね。
自分の知らない間に青春していますねキースレイト君。
「よく知っておられる。当時の彼らは逃亡中であっても音楽を忘れなかった。曲が祈りであると知っていたのだ」
そして、キースレイト君の話を聞いた家臣は小さく頷き、返答しました。
「そして、奇しくも君たちの考えが彼らの音と同じだったことに私は深く感銘を受けた。彼らの音楽は術式でもあった。暗闇の牧草帯を照らす光明であり、心の支えでもあった。それを知り、再現し、しかし、新しい試みを求め、そこに辿りついた」
キースレイト君だけではなく、ピットラットクラス全員が驚き、目を見開いていました。
それは驚くでしょうね。
何せ皆で考えたものが、先人の在り方に近しいと知ったのですから。
「ありがとう若き識者よ。時代を越えてなお過去を知り、現在に活かすことができたのなら我が曽祖父もまた満足だろう」
関係者がいたようです。
これにキースレイト君は醒めやらぬ驚きを隠しながら、頭を下げました。
家臣も満足気に頷き、席につきました。
何やら言い表せられない吐息が満ちる中、応答が終わったと判断した裏方ことヘグマントが幕を降ろし始めました。
自分もこんなこともあるものかとシャルティア先生を見ましたが、彼女は小さく首を振っていました。
「大体、百五十年前くらいの話だからな」
ありえなくはないのでしょうが、驚かされますね。
「しかし、あの家臣殿の――曽祖父は騎士の追撃から逃げ切れたのでしょうか? そうなると文献や言い伝えとは少し違う結末になりますね」
「歴史だけが正しいわけではない、と言いたいが、どうなんだろうな」
シャルティア先生が薄い瞳で、閉じた舞台を見上げていました。
「こういうものは心で転がしておけ。そのうち芳醇な酒になる」
そう言って、シャルティア先生は自らの生徒たちの元へと足を向けました。
次の出番はシャルティアクラスですからね。
ピットラット先生がそうであったように準備を手伝わなければなりません。
「面白い演奏だったわねぇ」
『やっと気を緩められる』と考えた矢先に、耳元から声がしました。
見ればエドが遠くからウィンクしています。
声を伝播させる術式ですね。
わざわざ耳元で使ったのはエドの趣味でしょう。
「ところでヨシュアン。何か話したいことがあるんじゃないかしらん?」
相変わらず察しの良いことです。
朝は忙しくて話ができませんでしたしね。
この機会に腕のことを話してしまいましょう。




