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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
304/374

君は黄金よりも価値があります

 遺跡への途中で自分は一度、着地しました。

 カルニアホーンを召喚し、それから夜の森を走っていました。


 【緑の獣の鎧】で距離を稼いだとはいえ、陽はすでに落ちてしまっています。

 哨戒兵に見つかってもいいから、いっそのこと遺跡前まで跳ぼうと思いましたが、やはりアルファスリン君の安全を考えると無茶はできません。


 こんな時に一人が身軽だと思ってしまいますね。


 特にアルファスリン君を前に乗せている今が一番、そう感じます。

 これはアルファスリン君が悪いわけではありません。

 微妙に視野が狭いので、やはり背中に乗せるべきだったと考えているだけです。


 本当は前に乗せるつもりはなかったのです。

 ただ、カルニアホーンを召喚したときにアルファスリン君の一言が原因でした。


「あんな話をしたら騎竜を召喚すると思うじゃろうに……」


 裏切られたみたいな顔をされても困ります。


 騎竜の召喚は非常に高度な技術を使います。

 抗術式力が高い原生生物は難しいんですよ。

 いくらセロ君と一緒にレギィの教本で基礎を学んだとはいえ、結局、できることはそう多くありません。


 そんな経緯もあり、少しでもアルファスリン君の機嫌を直すために前に乗せました。

 馬の視点で前を見るのは慣れないと怖いでしょうが『安全を約束された一定の恐怖』というのはストレス発散になります。


 目論見通りなのか、それとも気分を入れ替えたのかはわかりませんでしたがアルファスリン君は時間と共に回復していきました。


 その結果、目の前でキョロキョロするアルファスリン君です。


「少し急ぎますから、鞍をしっかり握っていてください」


 ちゃんと言うことを聞いてくれるだけでも十分、助かります。


 やがて梢の闇の向こう側で、チラチラと灯火が見えてきました。

 耳を澄ませば奇妙な重低音も聞こえていました。


「……様子が変ですね」


 この空気、この匂い、肺が腐るほど嗅いできたので間違えようがありません。

 懐かしさすら覚える、血のえた匂いと獣油の燃える匂いが混じった――戦場の匂いです。


「何か騒がしいようじゃぞ!」

「わかりませんね。ですがすぐに様子もわかってくるでしょう。今は落ち着いて落ちないように気をつけてください」


 言い終わると同時にカルニア・ホーンの腹を蹴りました。

 風の防護膜を張り、風圧と梢を蹴散らして闇を抜けると、やはりそこは戦場でした。


 調査隊の本営らしき豪華なテントの周囲には負傷兵が寝転がり、うめき声をあげながらグッタリとしています。

 その間をひっきりなしに衛生兵が駆け回り姿が血の匂いを濃く感じさせます。


 しかし、同時に違和感もありました。


 『どうして、彼らは打撲や骨折ばかりで血の匂いだけは濃い』のでしょう?

 基本、打撲の類はここまで香るほどの血の匂いはしません。


 原生生物か魔獣に薙ぎ払われるような、体がミンチになる打撃でも喰らわない限り、ありえません。

 となると巨体が相手と見て間違いないでしょう。


 ある程度の推測を立てておいてなんですが、兵隊に襲いかかる原生生物というのも珍しいですね。

 寝起きの熊くらい獰猛な生物でもない限り、近寄ってきたりしないはずなんですが。


「おぉ……」


 カルニア・ホーンを止めると、アルファスリン君が周囲を見渡し、弱々しい呻きをあげました。


 刺激が強すぎたのでしょうか。

 さすがにこんなことになっているとは自分も予想できませんでした。


 もう手遅れかもしれませんがアルファスリン君の視界を手のひらで覆おうとすると、彼女は苛立つように手のひらを払い除けました。


「これはどうしたことじゃ!」


 その言葉に負傷兵たちは緩やかに顔を向け、しかし、瞳に力と希望が満ちました。


 アルファスリン君がいる、それだけで立ち上がろうとする人もいます。


「否! 手を動かすのじゃ! 妾のために助かる生命が助からないようなことがあってはならん! 礼もいらん! 傷ついた者は休むのじゃ! 看る者は救うのじゃ!」


 衛生兵たちは簡単に頭を下げるとすぐに負傷兵の手当を続け、負傷兵たちの言葉に呻きとは違う言葉が混じり始めました。


 感謝の言葉。

 アルファスリン君の言葉と比べると、その感謝は釣り合いが取れているのでしょうか。詮無いことですね。


「降りますよ」


 カルニア・ホーンから降りて、アルファスリン君を抱き上げて降ろしました。


「とにかく状況を聞きに行きましょう。もっとも――」


 断続的な地響きが近づいているのに気づいて、自分はゆっくりとそちらを振り向きました。


「――状況の方が先に挨拶に来たみたいですね」


 その音に聞き覚えがあったのでしょう。

 兵たちはにわかに慌て始めました。


 すでに剣を持つヴェーア種もいます。


「くそ……! まだ居たのか!」

「負傷兵を動かせ! まだ戦えるものは姫様を守れ!」


 しかし、兵たちは動きこそ素早かったですが、部隊単位での行動はできていませんでした。

 負傷兵の半数は未だに立ち上がれそうにありませんでしたし、衛生兵は何度も後衛へと負傷兵を運んでいっています。

 アルファスリン君と一緒に衛生兵たちと負傷兵たちを守るつもりなのか、命を捨てる情念が瞳の奥に燃えているような気がします。


 ちょうど自分たちが本営の裏手から出てきたのに対して、ソレは左から姿を現しました。


 焦げた木々を押しのけながら、にゅうっと顔を出したのは成人男性の身長くらいある薄蒼色の頭でした。

 樹木のようにシワだらけの顔に深すぎる造形が双眸を隠し、まるで目がないように見えます。

 だらしなく開けた口にはのこぎりのような牙が見え、よだれは流れるままにポタポタと垂れています。

 知性や知能から縁遠そうな顔ですね。


 その口は閉じておいた方が賢く見えると思いますよ?


「アイガリーゼスじゃと!」


 あぁ、アイガリーゼスというみたいですね。


 背中から肩にかけて大小、様々な腕を取りつけた奇っ怪な原生生物は無駄に多い拳を地面に叩きつけながら走ってきます。


 なるほど。腕に比べて足が短いので、あぁした動きなのでしょうね。

 ゴリラに近い形状です。

 木々と同じくらいの大きさのゴリラとか、それだけで暴力じゃないですか。


 まるでドラムでも鳴らしているかのように振動が足元を伝って響いてきます。


「アルファスリン君。少し、目を閉じておきましょうか」

「何を言うとるんじゃ、こんな時に! 暴走する鳥車の前で目を瞑るバカはおらん!」

「大丈夫です。君たちの先生はちょっと最強ですよ?」


 いつまでも退こうとしないアルファスリン君を後ろに押して、自分は腰に連なっている指輪型術式具【つらぬき】を一つ掴み、アイガリーゼスに向けました。


 状況はほぼ把握しました。

 なら必要な行動は一つしかありません。


 すなわち『如何にして周辺への被害を出さずに討伐するか』ですね。


「だから、すぐに終わります」


 【つらぬき】に源素を流しこんだ瞬間、高速回転し、遠心力によって指輪が真円状に広がっていきます。


 術式具のオーバーロードを意図的に引き起こすことで、通常にない出力を可能にした一品です。

 本来なら術式臨界が起きると金属が変形し、臨界を起こさないのですが変形後の形も想定した刻印技術によって、短時間なら術式臨界を再現できます。


 この短時間の間に発生する力場はともかく、『その後の衝撃に備えて』、アルファスリン君を含めて風の防護膜で包みました。

 

 耳に障る高域の音に対してアイガリーゼスはバカ正直に突っこんできました。

 もう撃つ頃合いですね。


発射ファイエル


 術式具を発動させるキーワードと共に【つらぬき】が爆散しました。

 術式臨界における自壊のせいです。


「きゃん!」


 と鳴いたのは突然、弾けた【つらぬき】を見て驚いたアルファスリン君でしょう。


 それよりも本題は、アイガリーゼスの胴をまっすぐに貫く空洞でしょう。

 両腕で抱きしめる程度の範囲ですが、アイガリーゼスを貫き、木々を貫き、真円状の爪痕を残しました。


 誰がどう見ても絶命していますが、アイガリーゼスはまるで空間に縫いつけられたかのようにその場から動きませんでした。

 そのすぐ一拍の後、空洞がキュポっと音を立てて縮まり、空間に小規模な爆発が起きました。


 爆発音や風圧は防護膜が守ってくれましたが、威力が強すぎたせいで熱を伴う風が前髪を乱しました。


 弾け飛んだアイガリーゼスの上半身が空から落ちてきて、周囲を血の匂いに充満させました。

 下半身はいつの間にか森の方まで押し出されていますね。


 遅れてバラバラの腕が雨のように降り注ぎましたが、小雨程度です。


 爆心地が空中だったため、地形の変化はありませんね。

 森も火事になっていないようですし、一安心です。


「さて。詳しい事情を聞きに行きましょうか――アルファスリン君?」


 ひき肉になったアイガリーゼスを呆然と眺めているアルファスリン君がいました。


「体調が優れないというのなら背負っていきましょうか?」

「何を――何を言っておるのじゃ?」


 アルファスリン君の瞳には驚愕の色の他に何故か怒りのようなものが見えました。

 そして、様々な疑いの色も隠れています。

 その全ての感情は移り変わって、混乱していることがよくわかります。


 やはり刺激が強かったのでしょうか。


 いえ、違いますね。

 アルファスリン君は『生命は尊ばれるもの』だと考えていたのでしょう。

 なのに『目の前で容易く死ぬ生命』というものと同時に『躊躇いもなく生命を殺せる者』を見たせいで倫理と現実が矛盾したのでしょう。


 兵に守られることには慣れているでしょう。

 先生である自分が護衛だという認識もあるのでしょう。


 ただ、自分の対応が『あまりにも普通すぎたために』、激しい違和感にも囚われたのでしょう。


 その全てが容易く行われたからこそアルファスリン君は戸惑っています。

 ようするに心の置き場がわからなくなって右往左往して、憤りなんかも感じているようです。


 その気持ちは先生にはどうすることもできません。

 生きているとどこかで折り合わなければならない感情です。


 なので自分は曖昧に困った顔だけしました。


「……うむ。わかったのじゃ」


 まだ納得できないのか、そう呟いて背を向けました。


「……汝は妾と兵を守ったのじゃ。感謝するぞ」


 それはとても正しい感情です。


「先生にとって、君は黄金よりも価値があります」


 先に歩こうとしたアルファスリン君に声をかけるとピタリと止まりました。


「君だけではありません。生徒たちもそうです。守るべきものの重さは天秤では計れません。そのためなら『怖いと思われても』先生は戦うでしょう」


 もう二度と失いたくありませんからね。


「怖くなんぞないのじゃ!」


 下を向いていたアルファスリン君は突然、声を張り上げました。


「怖くないったらないのじゃ! ただ驚いただけじゃ! もう言うな!」

「なら、最後に一つだけ」

「……なんじゃ!」

「アイガリーゼスの指を踏んでいます」


 言われ「ぎゃわー!?」と声を上げたアルファスリン君は姫とは思えませんね。

 ぴょんと飛び跳ね、背中が自分のお腹に当たりました。


 見下ろすと、アルファスリン君は見上げて頬をふくらませました。

 八つ当たりのように思いっきりお腹を押してきて、すぐにおっかなびっくり歩き出しました。


 一方、アルファスリン君の隣に立つために自分は指を踏み潰して歩いていきました。


 しかし、すぐにアルファスリン君は止まり、振り返りました。


「なんじゃ! さっきのは!?」


 今頃、【つらぬき】について驚かれたようです。


「術式具ですが、それがどうかしましたか?」

「あのような技術は法国でもないに決まっておろう! 帝国製のものとはまた違うのじゃ! 何より、なんじゃあの凄まじい威力は! リスリアの新兵器か何かじゃな!」

「いいえ、違います。先生が作った対人用の術式具ですね」

「ヒトに使うような代物じゃなかろう!?」


 本営テントを目の前にして何故、自分は怒られているのでしょうか。


 【つらぬき】にしても『効率良く相手の絶対防御を貫く』ために作ったものですから基本、対人用なんですよね。

 正確には黒色ゴキブリ駆除用です。


 もっともアレは【つらぬき】の直撃に耐えましたし、最終的には無理やり軌道を曲げるような技術まで会得していましたから、効果は薄いんですよね。


 ……帰ったら改良しましょうか。


「他の生徒から聞きませんでしたか? 先生の本職は術式具現師です。そして、兵でもありました。つまり、自分だけの特別な道具くらい作ります」

「うむ。となると汝が法国に来れば、あの兵器も手に入るのじゃな」

「お断りします」

「うー! そんなに妾が嫌いか!」

「前のめりに好きか嫌いか言わなくとも答えは一つです。論点が違います」

「そうやってすぐにはぐらかしおる! 好きか嫌いかと問われたら好きと答えるのじゃ!」

「もちろん愛していますよ。しかし、断ります」

「真顔で言うなー! 恥ずかしいじゃろう!」


 どうしろというんですか、このおませさんは。


「……ん? さりげなくまた断られたような」


 首を捻るアルファスリン君はともかく、声が丸聞こえだったのでしょう。

 アンドレアスさんが本営から飛び出して、アルファスリン君を見つけると慌てて駆けつけて膝をつきました。


「姫様! ご無事で何よりです! ここは危険ですのでどうか本営の中に! 我らがこの身をかけてお守りいたします! あぁ、しかし、姫様の白菊もかくやという肌に傷でもついていないかと心配で、心配で! あぁ、ございませんね。このアンドレアスは安堵で胸が満たされております――」

「状況を弁えんか!」


 アルファスリン君が言えた事ですか。


「――もちろん、先ほど最後の一匹をインガルズ殿が凌いだところです。もう襲撃は終わりました。後は負傷兵の治療に専念するだけですのでご安心ください」

「さきほど、もう一匹、最後の一匹とやらが現れたのじゃが」

「……なんですと?」


 アンドレアスさんが驚き、こちらに目を向けてきました。

 狂信が宿っていて少し怖かったのですが、手を開いて『殺しておいた』と伝えると小さく頭を下げました。


「ヨシュアン先生の活躍で負傷兵たちにも怪我はなかったのじゃ。後日ではあるが謝辞と何かを贈ろうと思うのじゃが、選別はアンドレアスに任せるのじゃ」

「畏まりました。グラム殿。姫様だけならず兵たちまでお守りいただき誠にありがとうございました。簡単ですが、この場で礼を言わせてもらいます」

「同盟国ですし当然のことです。それより、インガルズさんは前線ですか?」


 大体、事情は飲みこめています。

 負傷兵の言葉の中に『まだ居たのか』という言葉がありましたから、襲撃があったこと、そして、『襲撃を一度以上、収めていること』はわかっていました。


「噂をすれば、ではありませんが帰ってきたようです」


 かがり火の向こう側から、重い空気を纏ったインガルズさんが現れました。


「姫様。このような状況で出迎える無礼をお許し下さい」

「うむ。良い。何よりも二人共、コレを詳しく説明するのじゃ」


 インガルズさんが後の指揮を兵に託した後、本営でこうなった経緯を聞きました。


 本営のテントの内部はフェルト生地のような絨毯が敷かれ、分厚い革がいくつか垂れ下がっていました。

 ひそかに冷暖房用の術式具がありますね。

 膝くらいしかないタンスのような形をしていますが、源素の動きがそこだけ違います。微妙に稼働中みたいなので結構、快適です。


「――異変があったのは夕方からでした」


 昼前に遺跡に到着した調査隊はこの周辺を調べていたそうです。

 その時に森の向こうから三匹のアイガリーゼスが現れ、これをインガルズさんが撃破したそうです。


 その姿を見られなかったのは残念ですね。


 仮想敵というわけではありませんがインガルズさんは間違いなく、この調査隊の中で一番の強者です。


 どういった技術を下地にどこまで強いのかを知ることは必然、相手の弱点を知ることに繋がります。

 そういう意味では今、自分はインガルズさん相手に弱点の情報を渡しすぎています。

 抑止力としては必要経費みたいなものなんでしょうが、すこし座りが悪いのも事実です。


「二陣目じゃと?」

「まるで誰かが意図してアイガリーゼスを順次投入したかのような、いえ、確たる証拠はありません。誰かを確認したという報告は受けておりません」


 第一陣を見事撃破したインガルズさんの前に現れたのは、二番備えとして現れたアイガリーゼスでした。

 数は二体。しかし、出現した場所が悪く、左右別方向から現れたそうです。

 どう足掻いても片方にしか向かえないインガルズさんは結果、片方を兵たちに任せたようです。


 インガルズさんは問題なくアイガリーゼスを打ち倒しましたが、兵はそうでもありませんでした。

 被害を出しながら、なんとかアイガリーゼスを倒せたそうです。


「そして、先ほどのアイガリーゼスが三陣目ですか」


 自分は少し眉根を触って、ため息と共に呟きました。


 インガルズさんを前方に引きつけ、後方からもう一匹を強襲させたのでしょう。

 ちょうど自分たちはそこに割りこむ形で到着したみたいですね。


「アイガリーゼスの集団がいるのも不自然ですが、それ以上に今回の件、明らかな作戦行動ですね」

「グラム殿はアイガリーゼスをご存知か?」


 黙ったままだったインガルズさんが重く口を開きました。


「いいえ、知りません。原生生物ということと名前からリーゼス種が関係しているのかと思う程度でしょうか」


 法国、それも北方にはリーゼス種という巨人の種族がいます。

 自分も出会ったことがない種族です。


 ベルリヒンゲン老はリーゼス種の血を引いているので、まったく会ったことがないかと問われると微妙ですね。

 純血のリーゼス種は見たことがない、と言い換えましょうか。


「彼らはリーゼス種の亜種とされた時代もあり、当のリーゼスたちによって僻地に追いやられた原生生物だ。知能は低いが罠を仕掛けるなどの狡猾さも持ち合わせている。一概に策謀を疑うのは結論が早すぎる。それとも心当たりでも――いや、一つ、あったか」

「クリック・クラックという可能性ですね」


 隠す必要もないのでクリック・クラックのことも調査隊に報告しています。

 もっとも『【遺恨児】である』という部分は一身上の都合で伏せさせていただきました。

 もしかしたらエリエス君に絡む問題ですからね。


「原生生物を調教する技術はあります。しかし、アイガリーゼスの調教など初めて聞く技術です。ですがリスリアには魔獣を操った【タクティクス・ブロンド】が居たはずではありませんか」

「内紛でそうした技術があったことは認めましょう。自分もそうした獣と戦った経験があります」

「クリック・クラックなる人物はもしや、その技術を受け継いだ者であるとするのならば……」


 アンドレアスさんは疑うように自分を見ました。

 自分は肩をすくめるしかありませんね。


「推論に推論を重ねても無意味ですよ。偶然という線も消えたわけではありませんが、あえて答えようかと思います。先代緑石位には少々、思うこともありますしね」


 原生生物を利用した戦術というのに心当たりがありますが、その技術は既に失われているはずです。


 何せ先代緑石位【嘲笑う緑石】の技術は、いえ、アレは技術ではありませんでしたね。

 業……、いえ【才覚】というべきでしょうか。

 とにかくあの技術はヤツ以外の誰かが使うことを目的としていなかったはずです。


 キメラ化技術がまだ、どこかに残されていたのでしょうか。

 あるいは【嘲笑う緑石】の【才覚】を継いだ者がいるのでしょうか。


 全てを陰謀論として片付けるつもりはありませんが、少しだけ気になりますね。


 もしもアイガリーゼスにキメラ化技術の跡があったのなら、内紛関係者も調べる必要が出てきそうです。


「先代緑石位は技術を一切、残さなかったと聞きます。所詮は狂人の技術です。その人のために作られた品物はその人にしか使えません。他者が理解できるようなものではなかったのでしょう」

「それでもヒト種であるのなら解読することもできましょう」

「狂人は人間とは言いませんよ」

「……内紛時の混乱に流出した可能性は」


 軽くスルーされました。


「否定しません。ですが調査するのなら王国に任せるのが一番だと思います。それよりもそちらはどうですか?」

「どう、というのは」

「クリック・クラックがキメラ化技術を保有していると考えましょう。その場合、アイガリーゼスをリーングラードまで連れて来たということになります。下手をすると法国に被害が出ているのではありませんか」

「向こうは本隊がいます。もしも被害が出ているのなら彼らが対処しているでしょう。心配かと言われると懸念もありますが……」


 この上滑りのような会話に意味があるかどうかは知りませんが、アンドレアスさんは静かに納得の体だけ見せて口を閉じました。


「そのような話は後にするのじゃ。調査隊の被害はどうなっておる」


 アルファスリン君に言われ、アンドレアスさんが羊皮紙を眺めながら言葉を紡ぎます。


 死亡者五名。重傷者十名。軽傷者三十五名。


 調査隊の総数はおおよそ二百前後ですので、損耗率はそう酷いものではありません。

 もっとも兵よりも調査員が多いので兵の割合だけを見たら、軽く一割を越えてしまいます。


 一時撤退、あるいは兵員の補充を急ぐ数字ですね。


 その事実にアルファスリン君が目に見えて、落ちこんでいました。


「調査に関しては続行可能です。姫様はどうかお気になさらずに。皆一様に、覚悟あって姫様に付き従っております」

「……うむ」


 アルファスリン君の顔色が優れませんね。

 色々あったので疲れてきたのでしょう。そうでなくとも通常授業を受けた後です。

 体力的にもそろそろ厳しくなってくる頃でしょう。


「調査隊だけでまとめたいこともありましょう。自分は一度、ここで失礼させていただきます。調査の段取りや進退については明朝にお話を伺いに来ます」

「そうですか。でしたら、客用のツェルトがあるので案内させましょう」


 アンドレアスさんが手を叩くと兵が顔を見せ、軽く頷きました。

 兵の後をついて本営を出る時に、アルファスリン君の様子を見ると眉根を寄せて目を伏せていました。


 被害を出したくないと思う気持ちと調査隊としての使命感。

 それだけではなく、神務代行候補としての重みや初めての外交、アルファスリン君を取り巻く事情や様々な思惑がここで一気に雪崩こんできたのでしょう。


 自らの選択で多くを死なせるかもしれない、という疑問。


 上に立つ者ならば一度はぶち当たる問題です。


「アルファスリン姫――いえ、アルファスリン君。あるバカのお話をしましょう」


 アルファスリン君は顔をあげて、ぎこちなく聞く姿勢に入りました。


「そのバカは何かを救いたいとか、誰かのために働きたいとか、そうした気持ちは一切、持ち合わせていませんでした」


 そのバカとはつまりバカ王のことです。

 思い起こせば出会った時から最悪でした。


 変なスマイルでにじり寄ってくる大柄の男を笑顔で迎えてあげられるほど、自分は人間ができていませんでした。

 ごくごく普通に気持ち悪かったですしね。


「己の都合だけでヒトに協力を頼むようなバカですから、当然ですね。酒癖は悪く、人の話は聞かず、妻を持ちながらもいたずら小僧のような真似をいつまでも繰り返す落ち着きのない大人です。責任感なんてあったもんじゃありません。殴っても無駄にしぶといのでタチも悪かったですね」

「良いところが一つもないように聞こえるヤツじゃな」

「しかし、誰もそのバカを見捨てませんでした。何故だと思います?」


 実はバカ王は、王になるつもりはありませんでした。

 色々とありましたが言ってしまえばノリでなってしまったんですよね。


「アレはバカですが、自分が楽しければ皆も楽しいだろう、そんなことを本気で考えている脳天気だったのです。皆が一番苦しい時に『おい、もっと楽しいことを皆でやろうぜ』と言い張って、殴られても説得する、そういう人間でした」


 アレは体を張ったギャグじゃないかと思っていますが、どうでしょうね。

 ですが、どんな理由であろうとも、その行為が愚かしくても結果を出したバカ王は賢王と呼ばれました。


「そんなバカの言葉に耳を貸さない者は多くいました。しかし、同じくらい力を貸す者も多かったのです。何故なら、バカは人が死のうとも哀しい時であろうとも、その信条を成し続けたからです。結果、バカは国を救い――おそらく、これからもずっと己と皆を楽しませようとするでしょう。悲しい時に泣き、楽しい時に笑える、そんな当たり前の世の中を作るために」

「何が言いたいのじゃ」

「バカの生態に人の話は聞かないが意見は尊重する、という奇妙なものがあります」

「……そのバカ者は本当に実在しておるのか?」

「先生も時々、首を傾げるので同じ気持ちですね」


 残念ながら実在してしまっています。


「どんなバカにも学ぶべきところはあります。ただ見習えというわけではありません。ですが君の周りには君を想う人がいます。それが重荷に感じることもあるでしょう。だからこそ、耳を傾けなさい。その言葉をよく聞き、よく考えなさい。そして、君のしたいことの力にしなさい」

「……うむ」


 アルファスリン君は鷹揚に頷きました。

 言わんとしていることは大体、理解してくれているものと信用して、話を進めなければ教師はやってられませんからね。


「では手始めにゆっくり休むこと。少しでも眠ることができれば良い案も浮かびます。なんなら眠るまで先生が横にいてあげましょうか」

「本当か!」

「いえ、すみません。嘘です、困ります」

「弄ばれたのじゃ! 者共、ヨシュアン先生を拘束せよ!」


 自分は全力で本営テントの外に出ました。

 まだ騒いでいるようですが追ってこないのはインガルズさんとアンドレアスさんが必死に止めているからでしょう。


 そんな自分の様子を不思議そうな顔で見ている兵ににっこりと愛想笑いして、それから客用テントまで案内されました。


 あのあと、アルファスリン君たちは家臣団を交えて、会議を行うでしょう。


 自分からすれば絶好の機会です。

 調査隊が会議に意識を向けている間にここから抜け出せるからです。


 もうそろそろモフモフが来る頃です。

 その時まで客用テントでゆっくりさせてもらいましょうか。


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