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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
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それは言わぬが花

 文化祭の概要をシャルティア先生に話した次の日。

 朝の会議でシャルティア先生は文化祭を学園に即した形で発表しました。


「以上が文化祭――リーングラード学園祭の概要だ」


 溌剌と発表するシャルティア先生の顔は少し疲れているようにも見えました。

 リィティカ先生も同じように見えたのか眉を八の字にして、心配そうです。ですがその心配そうな顔にこそ博愛の真理が詰まっていると考えると、神々しさに胸が苦しくなります。


「うむ、つまり、どういうことだ?」


 ヘグマントがまた首を傾げていました。

 いい加減、説明する二度手間を省いて欲しいのですが、理解してもらわないと困ります。

 シャルティア先生が口を開こうとしたので、自分はあえて口を挟みました。


「我々の文化を用いて、相手をもてなそうということです。そして、学園の特色である生徒たちが歓待に参加することで調査隊に『生徒たちがリスリアの次代であること』、『文化を引き継ぐ者であること』、そして『生徒たちが培っているものを発表する場』とすることです。要するに文化版武術大会みたいなものです」

「なるほど! 奇妙な祭りだな!」


 ヘグマントは納得してくれましたが、シャルティア先生の眉は「もっとマシな例えはなかったのか」と言うように小さく歪んでいました。

 それでも、説明する労力を省いたことに気づいてもらえたようで吐息のようなため息で許してもらえました。


「で、だ。実際に生徒たちに何を行ってもらうか、という部分だが――」


 それぞれに配られた羊皮紙は人数分、あります。

 これを昨日、帰った後に書いていたのならほとんど寝てないことになります。

 歓待の突破口を見出してテンションが上がっていた……、わけではないですね。


 これはシャルティア先生の意欲の表れです。

 

 今回の件で教師が失敗しないようにマニュアルとして渡したのでしょう。


 なんというか失敗は許さないと言われているようにも感じられ、シャルティア先生のためにも失敗できないとも感じられます。


 シャルティア先生の説明を聞きながら文面をなぞり、思考を組み立てていきました。


 会議が終わればすぐに教本と合わせて会議資料を持ち、授業に向けて部屋を出ます。


 歩きながら先の説明を思い返します。


 今回の文化祭、いえ学園祭は自分が知る『祭りとしての側面』よりも『歓待としての側面』の方が強く、好き勝手やっていいというわけにも行きません。

 故に生徒たちに任せたとしても中途半端な出来は見過ごせません。


 できれば高いレベルで、それこそ『文化』として見て分かるものを目指さなければなりません。


 それなら教師が文化祭の内容を決めてもいいのですが、生徒たちに全てを考えさせたいというのが本音です。

 学園六訓にあるように創造性もまた生徒たちへと伝えたい思想です。


 実際に生徒たちの発案に教師が手直し、あるいは助言する形を取れとも言われています。


「他はともかく、自分のクラスは……」


 創造性よりも厄介な何かを持っているので苦労しそうなんですよ。


 教室に入ればいつも通り、ヨシュアンクラスの面々がこちらを眺めてきます。

 もう見慣れた光景ですね。


「では朝の学活を始めます。今日は君たちに通常授業とは異なる通達があります。わからなかった場合は何度でも説明しますが、なるべく覚えてくださいね」


 いつもとは違う始まり方に生徒たちは「何かあったのか」と身構えました。


 ここまで言って、少し迷いました。

 遺跡事件が原因で調査隊が来る、と言ってしまえば簡単ですが、犯人はこの子たちでした。

 妙な自罰意識を持たれても困ります。


「えー、今から五日後に法国から調査隊が訪れます。これは君たちもよく知るあの遺跡に関係することです」


 遺跡と聞いて、クリスティーナ君は小さく眉を潜め、マッフル君は小さな驚きを形にしました。

 セロ君はきょとんとしていましたが、これは大事だと考えていないからでしょう。

 エリエス君はいつものように無表情、リリーナ君は頭に疑問符を浮かべているだけでした。


 それぞれがそれぞれ、興味とする場所が違う証拠ですね。


 クリスティーナ君とマッフル君は遺跡でのことを思い出し、セロ君は調査隊が何故来るのかということに疑問を覚え、エリエス君はまだ情報が出揃っていないから様子見の態勢、リリーナ君は何故、今更になって遺跡の話を持ち出してきたのかと思ったのでしょう。


「君たちが遺跡に行ったことを殊更、責めるものではありません。問題は今回、遺跡から出てきた魔獣が上級魔獣だったことです」


 上級魔獣だったとハッキリと知らされていなかった生徒たちはここで全員、一斉に驚いていました。


「はいはい、騒がない。上級かどうかを判断する基準は曖昧な部分が多く、詳細をまとめて国の指示を待ったところ、めでたく今回の魔獣は上級と認定されましたが……」

「いや、めでたくないし」


 いち早くマッフル君が驚愕から回復し、ジト目でツッコミを入れてきました。

 君たちが自罰の念を持たないようとわざとおどけたフリをしたんですよ。ちょっと不謹慎ですが。


「上級魔獣が出現し、その対処が出現国でなされた場合、国は三国協定に基づき各国が調査隊を派遣します」


 帝国は上級魔獣が出ても時々、隠したりしますが、まぁ蛇足でしょう。

 夏に出たと言う上級魔獣の一件も王国の調査隊が出発したという話を聞いていますので、この前の一件は隠さなかったようですね。


「三国協定は皆、覚えていますね?」


 これに生徒たちは鷹揚に頷きました。

 三国協定は近年の国際事情の中で重要な事柄でしたから、暦学の授業で最初にやりましたからね。

 これで忘れられていたら、また説明しないといけません。


「で、今回は法国が一番乗りだったようです。彼らは正式な調査隊であり、我々は彼らを歓待しなければなりません。これも義務の一つです」

「それは先生方の役割ではありませんの」


 クリスティーナ君がちょっと憮然としているのは『歓待という大仕事に関われない』と取ったから、と考えるべきでしょうか。


「この歓待に君たちも参加してもらいます」


 今度は声を出して驚きましたね。

 リリーナ君なんか目を丸くしています。レアですね。


「まさか五日で用意しろとおっしゃってはいませんわね!」


 一番、歓待の重さを知っているクリスティーナ君は両手を机に叩きつけて、身を乗り出しました。

 すでに五日で用意するつもりで先生たちは動いていますよ? なので大忙しです。


「いいえ。どうせなら王国の調査隊が訪れる十二日後にまとめて歓待することになりました。法国の調査隊が訪れてから一週間は実際の調査に時間を取られると考え、法国側には落ち着いた態勢で歓待を受けてもらう予定です」


 つまり、生徒たちはこの十二日間で学園祭の準備をしなければなりません。


「この歓待を学園祭と呼ぶことになりました。君たちは学園祭を通じて『両国の調査隊を歓待すること』と『リスリア王国の文化にちなんだ催し』を実際にやってもらいます」

「まぁ、当然ですわね。これほどの大舞台にむしろ私たちが出ないほうがおかしくてよ」

「よし! 他国とツテができる! 最高の獲物だし!」


 おぉ、おぉ、手放しで喜んでいていいんでしょうかね?


「言い忘れていましたが調査隊の顔は第三王女――ようするにお姫様です」


 言い切った瞬間、クリスティーナ君とマッフル君が固まりました。

 第三王女の人柄を知っているか知っていないかは今回、重要ではありません。


 他国の姫、という部分に固まったのでしょう。


「お姫さまなのですっ」


 逆に珍しくテンションが上がったのはウチの小動物ことセロ君です。

 目の中に星なんて入れて、まぁ。

 その人柄を知った時にセロ君がどんな顔をするのでしょう。なるべく真実を知らさないようにしたいですが、無理でしょうね。

 あとでこっそり、姫のことを教えておいてあげましょう。


「先生、質問です」

「はい、エリエス君」

「リスリア王国の文化とはなんですか?」


 ずいぶん広範囲な質問が飛んできましたね。なので自分はにっこりと微笑みました。


 とたん、固まっていたクリスティーナ君とマッフル君の表情が青ざめ、エリエス君が瞳を揺らして動揺していました。

 ちなみに瞳の文字は『質問の仕方を間違えた?』でした。


 セロ君はポケッとした顔、そしてリリーナ君は窓から逃げようと――待ちなさい。まだ何も言ってません。

 とりあえずリリーナ君を拘束術式で座らせて、生徒たちに向き直りました。


「エリエス君の質問ですが、逆に問いましょう。君が知るリスリアの文化とはなんでしょう?」

「もしかして、それを調べるのも学園祭の一環ですか?」

「もちろんです」

「そういうのは先生が教えてくださるのではなかったのですの!?」

「先生が催事の内容を指示するんじゃなくて!?」


 もう絶叫ですよ。楽しいですね。


「君たちが君たちなりにリスリア文化を理解し、再現し、歓待の催しとすること。これが学園祭の主旨です」

「後十二日しかないのに調べるところから始めろというのですの!?」

「え! マジで!? どうすんのさ!」


 途端、あたふたし始めたクリス&マッフルは置いておきましょう。

 ここで一つ、言わなければならないことがあります。


「さて、リリーナ君も他人事ではないですよ?」

「およ? 他人事のつもりはないであります」

「リスリアの文化と聞いて『じゃぁエルフは関係ないや』とか思いませんでしたか?」


 拘束されたままギクリと肩を震わせました。


「近年からですね。リリーナ君の住んでいたエルフの集落もリスリアの一部と見做されているのです。半分、自治に近い形で特区に組みこまれていますが大きな枠ではリスリア王国ということです」

「そうなのでありますか?」

 

 だからというわけではありませんが、君にも参加する権利がある、とは言いません。

 少なくとも現状、引き気味のリリーナ君にエルフであるからという言い訳を潰しておいただけに過ぎません。


 何より、皆と一緒に同じことがやれるでしょう?


「先生は時々、変なことを言うであります」


 不満を言いながら、ぷいっと顔を背けてしまいました。

 不満ならその横顔はちゃんと隠しておきなさい。


 少し緩んでいますよ?


「というわけで今から次の授業が始まるまでの間、相談時間を設けます。わからないことがあったらいつでも質問を受けつけます」


 その瞬間、生徒たちは机を固め始めました。

 あれ? なんだか手馴れた行動ですね。


「第五七回、クラス会議を始めますわ!」


 クリスティーナ君の音頭で始まる会議を自分は少し呆然とした気持ちで眺めていました。


 いつの間にか五七回もやってたんですか。ほぼ三日に一回、やってる計算なんですよ。

 クラス仲が初期から異常に進展していたのはこのせいですか。


「今回は初期に拙速が尊ばれると言っても過言ではありませんわ」


 過言です。

 急ぎ決める課題であっても慎重を期してください。

 不手際があれば他国との国際的な問題に繋がるかもしれないんですよ?


 もっとも、そうならないように生徒たちを誘導するのは自分たち教師ですが。


「エリエスさん。問題点を」

「リスリア王国の文化様式を調べるところから始めないとダメ。他国に通用するもの、他国より優れているもの、それぞれに焦点を当てて考えるべき。その後、再現できるかどうかも私たちの技術力と照らし合わせて考えないと意味がない」

「これを聞いて、他に意見はありますの」

「お姫さまとあえるの、楽しみなのです」

「セロらしいんだけどさ、今回は結構、重要なことじゃん」


 何が悲しいってセロ君の発言が微妙に軽い扱いされていることです。

 意外というか、当たり前というかセロ君も結構マイペースですよね。


 ……そうなるように教育した自分が突っ込むべきではないとわかっています。


「セロさん。あまりに無様な歓待をすれば学園のみならず王国そのものまで卑下されるのですわよ。私たちの責任は重いですわ」


 責任が重いと言いながら、何故に嬉しそうなんでしょうかこのフリルは。

 失敗するとは思っていないからですね。


「でも五ヶ月前ならいざ知らず、今の私たちなら十分に十全にこなせる能力があると自負していますわ。セロさんもそのつもりでお考えなさい」

「は、はぃ、なのです」


 無駄な自信だったはずの言葉もいつの間にか根拠が見え隠れしてきましたね。


「先生、質問!」


 マッフル君が元気よく手を挙げてきます。


「予算っていくらまで?」

「冒険者を五、六人くらい雇って隣の地方都市まで往復できるくらい予定しています」

「わぁ、曖昧。それ以上って足が出ても大丈夫?」

「それ以上となると予算の番人に頭を下げないといけませんね。ただ、わかっているとは思いますが」

「やり方次第で竜車をもう一台までつけられる、ってことでしょ。とりあえず予算は気にしなくていいってさ」


 この会話を聞いていた全員は『本当なの?』という顔をしていましたが、当のマッフル君は余裕の態度で指を二度ほど振りました。


「ようするにさ、枠自体が曖昧だから全部決まってから枠を測ったらいいんだって。ただし、可能な限りの値下げさえすればシャルティア先生は許してくれるってこと」

「そんなこと、先生は一言も言っていませんわ」

「だから言外を読まなきゃ。そういうところ、疎いよね。顔と違って」

「どこからどう見ても美少女ですわ」


 頭の上に『残念な』が抜けていますよクリスティーナ君。

 マッフル君もグレーゾーンを走るのに抵抗がなくなってきましたね。他人をどこまで信用していいかわかっているからできる行為なのでしょう。


「なんとなくわかったけど何をするでありますか?」

「それはこれから決める」

「ん~、あんまり時間がない的なことを先生が言ってたであります。そうなると最初から文化のことを調べるよりも、『皆が何をやりたい』かを決めてからの方が楽であります」

「大まかな方向性を決めておく、というわけですわね。たまには良いことを言いますわねリリーナさん」

「クリクリも良いこと言わないとダメでありますよ?」

「私はいつも良いことしか言いませんわ」

「リリーナ、それは言わぬが花」

「何かおっしゃいまして?」

「あまり無駄話している暇はない。皆がやりたいことは何?」


 脱線してもエリエス君が元に戻していきますね。

 元が丁寧だったのもありますが、前はもっと無機質だったのが人肌の温度を持ったように感じます。

 どこが、とは言い難いですがなんとなくです。


「そうですわね。文化的な催しといえば舞踊なんてどうですの」

「あたしはお金が稼げる系がいいかな」

「術式具です」

「えーっと、絵本なのです?」

「ん~、木を植えたいであります」


 それぞれの求めを口にした途端、生徒たちはお互いに顔を見合わせました。


 全員、方向性がバラバラですね。

 しかも最後のリリーナ君、今から木を植えても育ちませんからね。


 無残にも予鈴が鳴り始め、最初の会議はまとまらなかったようです。

 まぁ、もっともこれらを組み合わせると面白いものができますが、それは生徒たちが求めるまで待ちましょうか。

 それとも、こっそり助言すべきか。


 自分の方でも少し迷いますね。


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