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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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無粋な詮索には附子の花を

 「そういえば明日、キャラバンが到着します」


 教員会議というほどではないが、朝の報告会での出来事。

 学園長が各教師に報告をした後で、ポンっと出てきた言葉だ。


 キャラバン。


 ひと昔前なら個人の輸送商が村々を回ることは珍しくない話だった。


 しかし内紛の影響が抜けきれない昨今、傭兵団や正規兵の脱走者が盗賊まがいとなって商隊を襲うことは珍しい話ではない。

 こんなご時勢、ほとんどの商人たちは商隊を作って行動するようになった。

 そんな現状でも王都の近隣では個人輸送商はあることはある。まぁ、キャラバンが多くなってきたという程度だろう。


 さて、王都から程遠い、リーングラードの土地。

 このリーングラード学園にもキャラバンはやってくるようだ。


「もちろん予定では、となります。何かあったという話も聞きませんので予定通りの到着でしょう」


 義務教育計画自体が国政のテスト計画だ。

 他国には秘密にしていることだろう。

 口が軽いキャラバンなんかを呼べば、たちまち計画が世界に知られてしまう。


 もともと、貴族社会と義務教育は噛み合わない。

 貴族からすれば国民や領民はバカなほうがいい。

 無知であれば操りやすく、人心をつかみやすいからだ。

 なのに、無知に知識を詰めこむようなマネをすれば、国民は貴族の思惑から外れ独自の道を歩もうとするだろう。

 下手をすれば知識をもって自らの地位を脅かしにくるかもしれない。


 義務教育の危険性を知らしめるのはいただけないな。


 現在、貴族院はチビ、デブ、ヘビの三匹によって支配されている。

 彼らを取り巻く貴族は全部、根こそぎ叩き潰したが頭が残っている状態だ。

 しかし、他にも貴族院に所属しない貴族は多い。

 もしも、このキャラバン経由で間違った情報が中立派の貴族連中に聞こえるようなことがあれば、手足の復活もありえるのだ。


 そして、そんな状況を見た他国はこれが好機と自らの派閥にいるスパイ貴族を貴族院に組みこもうとするだろう。


 うわ、厄介だ。

 現状をさらに複雑化させる要因になります。


「一ヶ月に一回、王国ご用達に選ばれたキャラバンが学園を訪れる手筈となっています」


 懸念を察した学園長が、キャラバンは害がないと伝えてくれる。


 う~む。それなら別に問題ないのだが……、商人はとにかく口が軽いからな。

 情報を横に流すことに長けているというかなんというか。

 信用こそしても信頼性に欠けているのだ。


「この学園は生産性が著しく欠けています。錬成の授業で使う薬や羊皮紙、新しい教材や資料はキャラバンを通してでしか手に入りません。洗剤などの工業製品もですね。学園施設に使うものは全てシャルティア先生が予算を組んで、あらかじめ納品書を手配してますので物資の搬送や倉庫への誘導など初日にお願いします」


 もしかしたら自給自足を続けるのかと、ひっそりと懸念していたのだがそんなことはなかったようだ。

 確かに学園長の言うとおり、この学園を一年続けようとすれば確実に物資不足になる。


 キャラバンは生命線、というわけか。

 さすがにキャラバンを襲うように仕向けたりはしないだろうが……、不安だ。


「三日の滞在を予定されているようですので、自由時間のうちに欲しいものがあれば各自の判断で」


 教師としての仕事が割り当てられていく。

 教師は搬送の手伝いの他、キャラバンでの売買を監視する役割もあった。

 これは生徒たちが妙なものを買わないように……、キャラバン側でも配慮されているだろうが、もしも術式の性能を上げるような杖や短剣、魔法薬が売られている場合、注意しなければならない。


 生徒たちの能力を道具で底上げされても、生徒たち自身のためにならないのが一つ。

 もう一つは義務教育計画のテストにおいて貴族院に難癖つけさせないためだ。


 アイテムブーストがあったからテストをクリアできた、ということになれば義務教育の必要性自体が問われてしまう。


 バカなことをしないように注意しますが、それも絶対ではない。

 力は甘い誘惑で、生徒たちから見れば抗いがたい誘いだ。

 ゲンコツ奮って止めてみせましょう。


 さて、さてさてさて。

 それ以外にも自分には仕事がある。


 このキャラバンは外との唯一、繋がる線のようなものだ。


 手紙の運搬や人員の補充、予定されていた医務室の人員も到着される。

 その中に紛れて、貴族院の人間が入りこんでいないか。

 あるいは指示書のようなものはないか確認する必要がある。


 学園の人員は生徒・教員の他、食堂の人間や清掃員、未だに新しい施設を作ろうとしている大工の人、身の回りを整えてくれる人や狩人、冒険者組合から派遣された警備員等々、総勢四百名強とかなり多い。

 都市よりは圧倒的に少ないが村や集落に比べれば圧倒的に多い。

 小都市、と言えるレベルの人員だ。

 あまり人がいないように感じられるのは、敷地が広すぎるのと自分たちが学び舎を中心に動いているせいでもあるが、宿泊施設なんかに行けば、のどかな村のような光景は珍しくない。


 おそらく貴族院はこうした在野の人間にも息をかけているだろう。

 しかし、影響力は微々たるもの、中核となる人物の特定さえ出来れば気にするようなレベルではない。


 さすがに手紙は難しいかもしれないが、人員に関しては目を光らせてもらおう。


 そして、翌日。


 朝からやってきたキャラバン。


 数百人の一ヶ月の物資は途方もない量だった。

 それを裏付けるようにキャラバンは馬車数十台とちょっとした軍隊を思わせる行軍だった。


 唖然とします。


 学舎の三階に登ってみて、最後列を確認してみると森の中まで続いている。


 ちょっと想像してみよう。

 きっとどこかの村にも立ち寄ってきただろうこのキャラバン。世間話にキャラバンの行き先を聞く村人。答えるキャラバンの人。そして首を傾げる村人。僻地へ向かっていく大所帯のキャラバン。その背中に砂煙をあげて一路はリーングラードへ。そんな光景を見せつけられた村人は一体何が始まるのかと戦々恐々としたに決まってる。ごめんよ名も無き村人。意味なく不安にさせちゃって。


「これ、もう隠密とかそういう系統じゃないよね?」


 ここに何かありますって宣伝しているようなものだ。

 こっちの思惑は見事に外してくれます。ありがとうございました死ね。

 せめて数回に分けてこれなかったものか。


「おや、ヨシュアン先生。こんなところに」


 学園長がゆっくりと、穏やかに歩いてくる。

 自分の見ていた光景を一瞥する、変わらない好々爺の顔付き。


「学園長。この計画は世間の明るみに出ても良かったのですか?」

「あまりよろしくもないでしょうが下手な隠し方にも問題がありますね。他国に知られる下手さえしなければ大きな事にはならないでしょう」

「で、世間的にはどういう説明に?」

「新しい開拓村ということにしています。冒険者組合が開拓に対してゴネるかと思いましたが、まぁ、そちらは上手く働いたようですね」


 冒険者はお金を貰って誰かの依頼を解決する、何でも屋のような人々だ。

 国の兵たちでは届かない部分や斥候代わりとして働くのが彼らの仕事ではあるが、実は彼らの目的は新しい土地の開拓にある。


 元々、従来の仕事、家の仕事、畑仕事や傭兵などの職業に馴染めないくせに能力はあるという『はぐれ者』たちだ。

 そんな彼らをまとめあげて、国境付近の危険な地区、まだ開拓されていなくて厳しい土地に送りこみ、これを開拓するのと引き換えに金銭や土地をもらうことで生計が成り立っている。


 いわゆる冒険者のイメージ、なんでも屋という面は開拓からあぶれた仕事なのだ。

 今日、三国協定制定で領土の拡大などがない現在、開拓する場所がなくなって治安維持のほうへと方向性を変えたせいで『なんでも屋』のイメージが強くなってしまった。


 そんな彼らの立場からすれば、国が勝手に開拓を仕切るのはいい顔しないだろうな。


「ヨシュアン先生は色々と考えを張り巡らせているのでしょうが、今の私たちの仕事は彼らと生徒の管理です。怠らないように。そういえば、ちょうど彼らの代表と顔を合わせようと思っています。ヨシュアン先生にもご同行してもらいましょうか」

「……自分も?」

「えぇ」


 なんで?

 短い疑問が全ての答えのように見えるが、そんなことはなかった。

 絶対、何かあるに決まってる。


「護衛なら隠れているメイドさんがいるのではないですか?」

「あら。やはりテーレのことをご存知なのね」


 とたん、後ろから濃密な気配がする。

 振り向かなくてもわかる。初めて学園長にあった時から今まで、薄い気配のようなものは感じていた。

 メイドだと認識したのは、なんてことはない。

 彼女……、テーレという人は普通に自分たちの目の前で給仕係のようなマネをしていて、書類仕事しているとそっとお茶を煎れてくれていた。


 ただ誰一人、そのことに疑問を感じていなかっただけのこと。


 それがどんなにおかしなことが、理解できたのは自分だけだ。


 あるいは、知っていて黙っていたか。

 なんにせよ、普通に暮らしてるとこの人の存在は印象に残らない。


 存在を限りなく薄めた、認識阻害すら利用した気配殺しのプロフェッショナル。

 そして、今、この首筋にチリチリと押しつけられる殺意は、自分が知る職業暗殺者と同じものだ。


 振り向くと同時に、術韻を省略した術式を発動する。

 自分の指先から伸びた赤い波動の剣。

 エス・ブレドと呼ばれる術式は熱量を固定することで相手を斬る近接術式だ。


 瞬間、お互いの首筋に刃を突きつける。


 メイドさんの白く短い髪がハラリと揺れ、その薄い首筋に赤い波動の刃が紙一重で止まる。

 彼女の手に持つ無骨で分厚いブレードナイフは自分の首筋で止まり、お互い身じろぎするだけで皮膚が傷つくレベルの近接域。


 テーレさんは無言。

 剣呑すぎる目は個性というものを徹底的になくした無感動なものだ。

 無感情無表情なわりに顔付きは若く、20代……、むしろ10代と言ってもいいくらいだ。


「鼻の奥を刺激する、トリカブトの匂いですか」

「………」


 ここまで接近しなければ気づかないほど、薄い匂い。

 女の子独特の甘い匂いの代わりに、無味無臭の奥から匂う刺激臭。

 むしろ、この匂いがナイフのほうからするということを考えれば、彼女の持つナイフには毒が塗られているのだろう。


 やばい。この子、殺す気マンマンだ。


 と、思ったらすぐに力を抜いてナイフを収める。

 ナイフをどこに隠したのかわからなかったところを見ると暗殺者としては優秀なんだろうな。


「失礼しました」

「失礼されました」


 小さく一礼して、また消えてしまうテーレさん。


 この学園に来て、初めての生命の危機でした。

 普段の生徒たちが戯れで術式を向けてくるのとは違う、明らかに一線を越えた殺意。


 なんでこんな、なんでもない学舎の中で殺し殺されしなきゃならんのだよ?


「ところでどうして、襲われたのですか?」

「テーレからすれば疑問があったのでしょう。見破られたということについて」

「真面目な話をしますが、そんな理由で殺そうとしたんですか? 危なくないですか?」


 何が危ないって人間として危ない。

 なに、そのシリアルキラー。


「あるいは貴方を試したかったのではないでしょうか。どちらにしろ納得して引いたのであれば、これ以上、危害は加えないでしょう。あの子のお眼鏡に適ったようですよ」

「うわぁ」


 まさに、うわぁ、だった。

 あんなメイドを率いてる老婆もアレなんですよ、怖いです。


「それと護衛、というわけではありません。貴方に会いたいという方が向こうにいらっしゃるようで」


 む? ベルベールさんへの手紙はまだ出していない。

 このキャラバンに送ってもらう予定なのだ。

 なのに、向こうからアプローチしてくるとなると……、事態に変化があった? あるいは追加の仕事……、バカ王なんて死ねばいいのに。

 ともかく、追加でやってもらいたいことがあるのだろうか?


 実際問題、今回までに収集した情報のレスポンスがこの2ヶ月後というのは、あまりよろしくない状況だ。

 至急で送れるような方法も考えてもらわないと……、あ、なんだろ。

 今、ものすごいスイッチを押してしまったような気分。


 イヤな予感しかしないが……、背に腹は変えられない。


「ヨシュアン先生? 行きますよ」

「あ、あぁ、えぇ、はい。すぐに」


 薄い気配を感じながらも学園長の後に続く。


 しかし、自分に会いたい人、ねぇ?

 何かあってもいいように、気だけ構えておくことにした。


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