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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第五章
278/374

今度は足で遊ばれますよ?

 『浮きこぼれ』。

 簡単にいうと落ちこぼれの正反対のことです。


 周囲より出来すぎるが故に周囲から浮いてしまう、まるで贅沢な悩みに聞こえますが落ちこぼれに勝るに劣らない難しい悩みです。


 自分の妹がそうでした。

 妹はリリーナ君のような天才型で、しかし、一芸に特化しすぎた故の浮きこぼれでした。

 ちなみに他の成績は軒並みダメでしたがね。


 感情の表現は間違いなく妹の方がストレートでした。

 つまらないから行きたくないと本を読み、駄々をこねては喚き散らし、文句を言う、愚痴も言う、踊りだす、とにかくひたすら構ってオーラを出していました。

 あまりに鬱陶しくなって窓から放り投げたのも良い思い出です。


 さて、妹曰く『浮きこぼれ』でもっとも苦痛なことは友達と話が合わないことだったそうです。

 音楽関係に意味なく多大な才能を持っていた妹。

 音楽教室の授業も退屈だったらしく、わかりきっているのに同じことをしてつまらない、つまらないから態度に出る、しかし、その割に成績は良い、周囲は不思議がって聞いてくるが妹にしてみれば当たり前のことを伝えるとまったく理解されなかったそうです。

 そのうち、周囲は『あの子はあんなに怠けているのに私たちよりできるのは不公平だ』と言い始め、仲が良かった友達を失ったそうです。


 そうしたことがあって妹は音楽を止めてしまいました。


「え? 別に友達なくすくらいなら音楽なんてしなくていいよ。大体、人並みに暮らすのに才能にすがる必要ないし」


 とは最終的に悩みを突破した妹の言葉です。

 個性なんて気にしない、才能を社会に役立てるなどと誰かが言いそうなことも微塵も考えていません。

 故にアレは残念な妹なのでしょう。兄としてどこに出しても恥ずかしい妹です。


 もっとも妹からすれば兄である自分へと何かしら思うのでしょうが、お互い身内ですから言いたい放題です。


 今のリリーナ君は妹よりも複雑な環境に置かれていますが似たような状態と言えるでしょう。


「最近、君たちは自主訓練していますね」

「はぃ、なのです。皆、がんばってるのです」


 遺跡事件をきっかけにヨシュアンクラスは自主訓練に励み、その煽りを受けた他の生徒たちも自主訓練し始めました。

 対抗心や仲間意識、向上心や探究心、様々な要素があったのでしょう。


 遺跡事件自体には色々と肝を冷やしましたが正直、その後は理想的な展開でした。


 学園が始まってから制服を導入したり、合同授業を起こしたり、色々と腐心してきましたがようやく生徒たちは自主的に向上しよう、意欲的に取り組もうと姿勢で示すようになりました。


 自分が会議で今月の学習要綱のノルマを突破できなくてもなんとかなると思ったのは、この自主訓練の結果が授業にも反映され始めたからです。


 わかりやすくいうと学園生徒たちは今、好調の波に乗っています。

 そんな中、調査隊が来たことへの懸念や授業を減らすことへの不安なども先の会議で話し合いました。それはともかく、今はリリーナ君の話です。


「リオ・ラム・シルドをふたつ、つくれるようになったのですっ」


 セロ君はディオの術韻と陣を無詠唱に組みこむことで氷の盾を二つ、作れるようになったようですね。


 よほど嬉しかったのでしょう。

 指を二本、控えめに突き出して笑顔のセロ君でした。


「セロ君もよく頑張りました。しかし、術式は危険な技術だということは覚えていますね? 陣を羊皮紙に描くのは良いですが実演はちゃんと他の子と一緒に行いましょうね」

「せんせぃの言うとおりにしてるのです」


 セロ君は別に落ちこぼれではありません。

 努力もしていますし、年少組でありながら年長組の生徒たちにもついていけています。体育以外は。

 逆転、セロ君は意欲と努力、そして性格で落ちこぼれていないとも言えるでしょう。


 そもそも落ちこぼれ自体、教師が生徒を正しく導けていれば、よほどのことがない限り現れません。

 前提として正しく導くのが非常に難しいことを除けば、ですがコレはワインセラーの中にでも放置しておきましょう。


「とても良いことです。ですが……」


 事、リリーナ君に関してのみこれらが全て逆効果です


「リリーナ君、聞きましょう。君は遺跡事件からこれまで自主訓練をしたことがありますか?」

「何もやってないであります」


 問われリリーナ君はモフモフに顔を埋めてしまいました。

 お腹の柔らかい部分を押され、モフモフは何か言いたげな顔をしていましたがやっぱり何も言いません。


 モフモフもさすがに言えないでしょうね。


「皆が自主訓練し始めたということは自由な時間が減った、とも言い換えられます。自由な時間を自主訓練に当てているのですから当然ですね。ところで前に比べて皆で居る時間は減ったのではありませんか?」

「ぇ? そんなことはないのです?」


 セロ君は首を傾げていましたが、リリーナ君はモフモフにもたれたままピクリと動きました。

 セロ君が不思議に思わない理由も見当がついています。

 そして、リリーナ君が反応した理由もです。


「さて問題です。セロ君は自主訓練で何をしていましたか?」

「術学なのです。他は暦学、錬成、教養なのです。わからないところは皆にきいたのです」

「リリーナ君は自主訓練をするとして何をしますか?」

「ん~、なんでもいいであります」

「あえてやるなら何を選びます? 言わないとすぐにオシオキを始めます」

「むぅ。やるなら体育がいいであります。身体を動かしていると楽しいであります」


 二人とも見事に思ったとおりの言葉を返してきました。

 クリスティーナ君やマッフル君だとこうは行きません。あの二人はセロ君とリリーナ君にはない『ある精神性』がありますからね。


「二人とも成績が良いものを選びましたね」


 その言葉にセロ君は納得したように首を何度も振り、リリーナ君も興味が惹かれたのか顔をあげました。

 ついでにモフモフはホッとしていました。狼は我慢の子ですよ?


 セロ君は術学が一番、成績が良く、次いで暦学、錬成、教養が後に続きます。

 どうやら全体的に向上するつもりだったみたいですね。

 リリーナ君は全教科高い成績を誇りますが性格的に体育が一番、熱心でしたね。だから問いにも体育を選びました。


「普通、自分たちだけで訓練すれば苦手な科目は進んでやりたいとは思いません。ですから、どうしても得意科目に偏ります」

「ぁぅ……、きづかなかったのです」

「別に責めていませんから、そんな顔をしないように」


 セロ君の頭を一撫でしてから、今度はリリーナ君に目を向けます。


「一番、好きな科目をやっているのなら集中していても仕方ありませんね」

「今日の先生はなんだかいやらしいであります」


 遠まわしに攻めすぎましたね。

 リリーナ君は不機嫌な顔をし始めています。


「皆、得意科目はバラバラですからクラスで一緒に勉強するなどのこともあまりなかったのではありませんか?」


 セロ君はようやく気づいたように目を見開き、リリーナ君に顔を向けました。


 生徒たちは自分の力を高めようとした結果、クラス同士での触れ合いが少なくなっていたのです。

 このことに気づけたのは『もっとも集中していなかったリリーナ君』だったのですから、バランスが取れているのか取れていないのかわかりませんね。


 リリーナ君の疎外感はひどかったのでしょう。

 手伝ってあげようにもリリーナ君は教えることができません。

 何故ならリリーナ君は人に物を教えるのを非常に苦手としています。


 戦術、戦略の指揮指導の時の話は自分も聞いています。


 リリーナ君が指揮官になった時、誰一人、リリーナ君の指揮が理解できずにチームが瓦解したというのですから、これで向いているとは言えません。

 大体を感覚で理解しているリリーナ君は理論立てて人に説明するのが苦手です。


 それを自覚しているリリーナ君は生徒たちの自主訓練をただ見ているしかなかったのです。


 ただこれだと一つ、問題があります。


 どうしてリリーナ君も自主訓練に参加しないのか、という疑問です。


「ぁ……、リリーナさん……」


 椅子から降りて、リリーナ君に飛び抱き突きを敢行しました。

 リリーナ君はセロ君を抱きしめようとして両手を広げたようですが、もっと根性を入れて覚悟を決めた方がいいですよ?


 セロ君の突撃力はかなりのものです。


 案の定、リリーナ君はセロ君に押し負け、モフモフを飛び越えソファーまで一緒になって吹き飛んでいきました。

 「ぐぎゃっ」と女の子らしからぬ短い叫びは聞かなかったことにしましょう。


 間一髪で逃げ出したモフモフはサッとテーブルの下でライオン座りを始めます。


「机の下にいると今度は足で遊ばれますよ?」

『もう慣れた』


 あえて何も言いません。いえ、言えませんでした。

 【神話級】原生生物も生徒たちの前だと形無しですね。

 もっとも、リリーナ君を慰めるためだけにその身を為すがままにされていたモフモフを貶めるつもりはありません。


 相変わらず心優しい狼です。


「リリーナ君が下着を盗んだのは皆の注意を引くためでした。同時に注意を引くためとはいえ悪いことをしている自覚がありました。だから簡単に捕まりました」


 リリーナ君が生徒レベルの拘束術式なら簡単に引きちぎれることもモフモフを狼質にしたときに証明されています。

 エリエス君の拘束術式ではリリーナ君を捕まえられません。


 捕まえられるつもりでなければ捕まらなかったんですね。


「リリーナさんはさみしかったのですっ。セロはいっしょにいたのに気づかなかったのですっ」


 リリーナ君は苦しげにセロ君ごとお腹を抱えていました。

 でも至近距離に言われたセロ君の言葉に何とも言えないような顔をしていました。


 リリーナ君がしようとしたことや気づいて欲しかったことは簡単です。


 皆が自主訓練しているところを邪魔はできない。しかし、構って欲しい。そんな子供らしい子供心のせいです。

 ですが、ソレを口にするほどリリーナ君は子供ではありませんでした。

 だから最初は適当に邪魔するだけに留めて満足していたはずです。


 でも、ふとこう思ったのでしょう。


 このまま誰もリリーナ君を見ないようになってしまったら。

 それが一番、近しいヨシュアンクラスの生徒たちだったら。


 今まで気にしていなかったエルフという、皆と違うという部分もやけに心細く感じたに違いありません。

 

「ごめんなさぃ……」

「セロりんのせいじゃないでありますよ?」

「ふぇ?」

「先生のせいであります」


 人のせいにするんじゃありません。


「先生がリリーナのこと良い子良い子しないからであります」

「少なくとも下着を盗む子は悪い子ですよ」


 反省していませんね。

 リリーナ君の頭にゲンコツ大の氷を落としてやりました。

 

「ちゃんと他の子たちに謝っておかないと誤解され続けることになりますよ。少なくとも悪意がなかったことはきっとセロ君も説明してくれます。あぁ、それと」


 今度は立ち上がってリリーナ君のところに歩いていくと強めの一発、お見舞いしました。

 同じ場所への打撃はさすがに痛かったのか、セロ君を離して頭を抱えてソファーに沈みました。


「行為そのものは悪意もなく反省もしているのでしょうが、だからといって先生にクリスティーナ君とマッフル君の下着を渡したのは純然なる悪意しか感じられません」


 リリーナ君はクリスティーナ君とマッフル君が探しに来ることを知っていたはずです。

 どうせ盗んだ時もわざと見つかったのでしょう?


 そこで下着を持っている先生を見たら襲ってくるに決まってるじゃないですか。


 ここまでは大体、自分の想像通りでした。

 ですが、同時に解決を迷っていました。

 正確には解決の手段ですね。


「ぁのあの、今度はセロも一緒に……」

「ダメであります」


 痛みで悶えながらハッキリとした口調でした。


「皆、自主訓練を頑張ってるであります」


 そうなんですよね。

 リリーナ君は自主訓練そのものは大事だと考えています。

 自主訓練の経緯も知っていますし、生徒たちにとって大事なことだという意識もあります。


 ここで何故、リリーナ君が自主訓練に参加しないか、という疑問の答えがあります。


 自分はリリーナ君を成績優秀者と言いましたが、厳密な意味では違います。

 ただの成績優秀者は『浮きこぼれ』とは言い難いからです。


 リリーナ君はかつての妹のように今の授業内容より逸脱してしまっています。

 おそらく今、この場で上級術式を教えたら簡単に覚えてしまいます。そして、うまく扱うでしょうね。

 セロ君が下級術式、それも少し難易度の高いアレンジを加えてできたことに喜ぶレベルです。

 その差は推して知るべし、というのでしょうか。


 そして、差はセロ君だけではありません。

 おそらく他のヨシュアンクラス全員との差でもあります。


 体力的にも肉体的にも技術的にも、精神的にも差がついてしまっています。


 ここでリリーナ君が自主訓練に参加すると差はますます広がります。

 その差が疎外感につながっていると考えると北の湖でリリーナ君が強くなることに戸惑っていた理由もわかります。

 これ以上、力の差がついたら、ますます寂しくなります。最悪、話すら合わなくなると考えると怖がるのも無理ありません。


 リリーナ君の事だけを考えれば、今すぐに色々と教えてあげたいのですが本人が『他の生徒が強くなるまで待っている』あるいは『強くなってまた疎外感を味わいたくない』と考えている以上、どうしたものかと思います。

 教師役に回そうとしても教え下手なので解決策もありません。

 

 その時にふと目に入ったのは今日、絵を描くために持っていた鞄です。


 逆転の発想ですね。

 他の子より差があるのなら寄り道してもらいましょう。


「みんなで自主訓練をやめたら……」

「自主訓練に関しては禁止を出すわけにもいきません」

「それだとリリーナちゃんが可哀想なのです」


 いつの間にかリリーナ『ちゃん』になっていますね。


「君たちの成長の芽を潰すような教師になりたくないんですよ。わかってくれますかセロ君」

「……はぃ」


 セロ君を説得したら次は腰を屈めて、リリーナ君の涙目を覗きこみました。


「リリーナ君はちゃんと皆に謝ること。これは譲れません」

「むぅ……、わかったであります」


 まぁ、これも本人が納得しているのですんなり認めました。


「そして、今日の事は罰として課題を追加しましょう」

「先生の鬼、鬼畜、変態であります!」


 なんとでも言いなさい。

 

「こうなったらリリーナは先生に一生、独身のままの呪いをかけるであります」

「ちょっと待てコラ」


 なんでピンポイントで自分の割とやんわり逼迫している部分を突き刺すような呪いがあるんですか。


「リィティカ先生と結……、は、ともかく先生にも結婚願望くらいあるんですよ」


 ちなみにセロ君が光沢のない瞳を見てきたので慌てて言い淀みました。


 最近だとセロ君の前で下手に結婚やら恋人やら口に出せなくなってきましたね。

 どうしてこうなったのでしょう? 自分、バツイチの子連れでもなんでもないんですよ?


 妙な呪文を呟いているリリーナ君の頬を両方から引っ張って止め、立ち上がりました。


「とにかく、決定事項です。ただし他の子の邪魔をするような余裕がなくなることだけは保証しましょう。寂しくなることもありませんよ」

「むにー……」


 教えるつもりはなかった、とは言いません。

 術式具だって同じでした。でも生徒がソレを望み必要としているのなら例え拙い技術であっても教えるべきでしょう。


 お説教はここまででいいでしょう。


「遅くなりましたね。今日は先生の家でご飯を食べていきなさい。セロ君も手伝ってくれますか?」

「はぃ、なのですっ」

「リリーナ君はどうしますか?」

「だらだらしてるであります」


 手伝えよ、と思わなくもありませんがリリーナ君ですからね。

 妹のせいですっかり手伝わない子への諦め癖がついているような気がします。


 腰を上げて夕飯の準備に取り掛かりました。

 モフモフも待っていましたとばかりにテーブルの下から出てきて定位置に戻ります。


 リリーナ君への個人授業がうまくいくかはわかりません。

 それでもやらざるをえないのが教師の辛いところです。


 いつの間にか外でカサカサとした音はなくなり、日が沈んでいることを教えてくれていました。


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