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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
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親が悩めれども子は育つ

 月も終わりに近づくと、今月は何があったかなんて考えてしまうものです。

 今月も色々とありましたね。

 主に懸念ばかり増えたような気もしましたが、生まれたものも確かにありました。


「いかに魔獣が危険なものかわからせるべきだ」


 月末会議も終わり、珍しく自分とアレフレットは応接間で向かい合っていました。


 机の上にはテーブルゲームの『開拓者』の地図があります。


 ある程度、仕事の目処が立ち、一休みしようかと思ったらアレフレットが誘ってきました。

 今回、アレフレットをガチで怒らせたりしましたし快く引き受けました。


 たぶん、目的は一緒に遊ぶことではなく堂々と密談するためでしょうからね。

 

「教会と同じやり方がいい。やっぱり模倣するのが一番、知育に相応しいんだろうさ」


 攻防は一進一退でした。

 アレフレットのスカウトが宝に向かうのを見計らって悪質なトラップで防いでやりました。

 その間に剣士で本隊に強襲をかけてみたら、アレフレットの弓使いに薙ぎ倒されました。

 剣士が殉職するのを眺めつつ罠で止まっているスカウトを暗殺者で一刺しです。


 スカウトを失って傾いた形勢をじわじわと嬲っていきましょう。


「教会の思想をそのまま使うのはまずくないですか。少なくとも義務教育計画は思想の排除を念頭に入れている節があります」

「それはランスバール王が純粋な成果を欲したんだろうさ。それにしても皮肉なもんだな。思想の排除が逆に六訓を生むなんて。いや、まさかそれが目的……? 賢王の手腕はやはり僕でも読めないな」


 大丈夫です。

 革命軍のほとんどが読めませんでしたから。

 完全に読みきれていたのはベルベールさんと軍師だったウィンスラットくらいですよ。

 そのウィンスラットも内紛途中で鬼籍に入ってしまい、今やベルベールさんしかいません。


「教会の思想じゃなくて方法を真似ればいいんだ。魔獣の脅威を教える。そのためには……無色の源素について授業をしたか?」

「いいえ。触り程度ですね。学習要綱に無色の源素についての項目はありませんでした。しかし、教えないのも問題だったので全クラスに教えていますよ」

「一度、無色の源素について徹底的に教えるべきだろ」

「そうしたいのも山々なんですが遺跡の件で少し、授業が遅れていまして」

「……そっちもか。やたら授業が脱線して困っている。いちいち怒るのも疲れるというのに」


 最近、生徒に遺跡のことを聞かれます。

 それどころか北西の太陽や大型の魔獣についてもです。


 特に北西に現れた太陽は七不思議の一つになってしまったようです。

 これで何個目でしたっけ? 順調に数を増やしていますね。


 ヨシュアンクラスが遺跡に入ったのをきっかけに、興味を持った子が増えたんでしょうね。

 自分もフリド君とティッド君に聞かれました。

 もっともティッド君は授業が終わった後に改めて、ですがフリド君は授業のど真ん中で聞いてきましたからね。


 ゲンコツしてから教えました。


「それに無色の源素を教えるのも難しいんですよね。わかっていないことの方が多いじゃないですか」


 無色の源素、と言いますがこれはあくまで冒険者や軍、そして術式師にとっての常識であって、一般常識とは言い難いんですよ。

 どちらかというと専門知識の分野に入ります。


 何より一番、面倒な部分は『観測されないこと』にあります。


「そもそも無色と言い出したのは誰でしたか?」

「お前、本当に術式師か。ウーヴァーンだ、ウーヴァーン・カルナガラン」

「軍隊式文化系でリィティカ教信徒ですからね」

「前と言っていることが違……、リィティカがなんだって?」


 眉を潜めたアレフレットに自分は肩をすくめて、一手動かしました。


 またウーヴァーン・カルナガランですか。

 術式の始祖とはいえ、今回は絡みすぎですね。


 しかし、ウーヴァーン・カルナガランはどうして『観測できない源素』を観測できたのでしょう。

 いえ、そもそも自分の『眼』の術式は何故、無色の源素を見られるのでしょうか。

 特殊なことは自覚しています。

 少なくとも正規の手段でなかったことも。


「まさかウーヴァーンも?」


 まさか【旅人】だったなんて言わないですよね?


 ウーヴァーンと同じ『眼』の術式を自分も刻まれたと考えた方が自然でしょう。

 となると、あのクソジジイは何のつもりでウーヴァーンと同じ『眼』を与えたんでしょうか。

 あるいはウーヴァーンと自分を繋ぐものをクソジジイは何か知っていて、施したとしたら――


「ウーヴァーンがどうかしたのか?」

「いえ、なんでもありません」


 ――あのジジイ、墓の下にいなければ今すぐ拳で事情を聞きに向かうのに。


「無色という概念をどう伝えたらわかりやすいかと思いましてね。魔獣と原生生物の差は無色の源素ですが、わからない者には魔獣と原生生物の見分けがつかないんじゃないかと思いましてね。もしかして、その辺も魔獣信仰に関わっているんじゃないでしょうか」

「暫定的にあるとしておくしかないだろ。無色を感じられる術式師や冒険者もいるんだ。それにどんな素人でも一目でわかるだろ、魔獣は。見えなくてもあるんなら仕方ない」

「剣の作り方を知らなくても使えるということですか。質問されたら自分が窮地に立たされると知っていましたか?」

「教師のはしくれならなんとかすればいいだろう」

「若干名、厳しめの子たちがいますので。足元だけはすくわれたくありません」


 アレフレットの弓使いが泥沼に落ちました。

 今が好機です。動けなくなった弓使いに剣士を向かわせたら、トラバサミに引っかかりました。何それ? 新しいコントですか?


「……弓使いを囮に」

「ふふん。泥沼にわざわざハマる弓使いがいるか。後衛が前進している時点で気づくんだな」


 ここからの攻勢をどうするか。

 戦略を練っていると非常に床に響く足音が近寄ってきました。


「楽しそうなところ悪いんだがヨシュアン先生、アレフレット先生! 少しいいかね?」


 ヘグマントが応接間に顔を出し、ズカズカと自分たちの中央に陣取りました。


「どうかしましたか、ヘグマント先生」

「うむ。判断に苦しむものが舞いこんできてな! これだ!」


 泥沼の弓使いの前に置かれた小瓶です。

 あまり質が良くないのか曇って中身がよく見えません。


「何ですか、これは?」

「ふぅん! 先ほど生徒どもが持ってきてな! 実家から持ってきたものらしい」


 この前のキャラバンで特産品でも届いたんでしょうか?

 ヘグマントも生徒たちに愛されているのでしょう。


「よくわからん! どうも旅立つ者に必ず持たせる習わしだそうだ」


 その言葉を聞いた瞬間、自分とアレフレットはギョッとしました。


「もしかして持ってきた子は僻地の農家出身ですか?」

「うむ! 俺のクラスの三番手だ!」


 あぁ、試練でタンカーをやっていた子ですね。

 最近だとシャワー室の建築を手伝ってくれた、あのタコを食べて感動していた子です。


「リィティカ先生は今、医務室で備品の調整でしたよね」


 先日のキャラバンで医薬品が多く搬入されてきました。

 特に目玉となるものは【魔薬】の検査薬で、無色の源素が使われているものに反応する薬だそうです。


 これで少量でも【魔薬】が残っていれば検査できます。

 使ったという痕跡を知ることができるのです。いえ、使う前に知ることができるのです。


 今までは効果を見ないと【魔薬】だと判断できませんでした。

 少しでもおかしな薬だと感じたら調べられます。対処法がある分だけ余裕がもてますね。


 他にもリィティカ先生が持つ【魔薬中和剤】の材料が運ばれてきたようです。

 【アペリティフ・フランメ】対策に女神の威光が遍くを照らし、技術が明るい未来を作ります。

 これで後手だった【魔薬】関係も光明が出てきました。


 アレフレットと目線を合わせると小さく頷きました。

 小瓶の中身は大体、想像がつきます。


「どうして、これを生徒が?」

「実はな、生徒も訳のわからないことを言っていてな! 困ったぞ!」


 ヘグマントの話は実に大雑把で、ところどころを想像で補完していきました。


「最近の遺跡話も出処は同じですか……」


 始まりはやはり遺跡関係の話からです。

 というのもヨシュアンクラスが遺跡に行ったと言いふらしているようなのです。

 いえ、これは誤謬がありますね。


 正確にはクリスティーナ君とマッフル君でしょう。


 二人のことだから巧妙に自らの罪状を隠しつつ、そこで出会った大型の魔獣のことを語ったのでしょう。

 

「次は必ず私だけで倒してみせますわ!」

「今は無理だけど、絶対にやっつけるし」


 そんなことを言ってそうです。

 実際はどうかわかりませんが、少なくとも今は無理だと認識しているでしょう。


 仲間を犠牲にせずとも戦って勝つ方法。

 必ず皆で生きて帰ってこれる強さを。


 その上で同じ状態になった時に抗える強さを欲しています。

 反省することと向上したいという意思は切っても切れない部分がありますからね。

 言いふらすのも功名心ではなく、自分自身を追い詰めるための逃げ道封じだと信じたいですね。


「それがどうして特産品の話になる?」

「そうですね。これは仮説ですが……」


 さて、遺跡に興味を持った話の他に大型の魔獣――眷属鬼についての質問もありました。

 そのほとんどをはぐらかしていますが、この態度がいけなかったんでしょうね。


 クリスティーナ君たちからは、危険で生徒たちでは勝てない相手として聞き、教師陣は関わってはいけないもののように扱われます。

 好奇心をくすぐられた生徒たちは色んな尾ひれをつけて噂します。


「そして、そもそもの疑問点である魔獣に行き着くわけです」


 自分が教えた魔獣についての話を基点にして【大図書館】や【宿泊施設】で調べたんでしょうね。

 あるいは調べた子から聞きかじったか。


 一番、ありそうなのは実際に出会った子たちの経験談でしょう。


 最近だとヨシュアンクラスにフリド君、ティッド君、マウリィ君にティルレッタ君です。


「悪夢に出てくる怖い怪人よりも、もっとも身近にある脅威として魔獣を認識したんじゃないでしょうか」

「つまり、今まで見たことがなかった魔獣を原生生物のように害のある生物とちゃんと理解し始めたんだろ。そうなると――『魔獣に脅威を感じていなかった生徒』が取り残されるわけだ」


 ヘグマントが少し不思議そうに首を傾げていました。


 アレフレットの過去は自分しか知りませんしね。

 前後の話がわからないとアレフレットの言葉は理解しづらいでしょう。


「そして、疑問に思います。魔獣とはなんなのか。魔獣とは村でたまに採れる獲物ではなかったのか? そんなものから出来ているこの瓶の中身はなんだろう? 想像と疑問が小瓶を得体の知れないものだと思わせ、やがて、持っているのが怖くなったんでしょうね」

「そうなると、誰に処分してもらうか、か。他の生徒には頼れない。魔獣の一部を持っているんだ。最悪の想像に村八分を考えたかもしれないな。なら、誰に頼れば穏便に済ませられるか。一番頼れるのは教師である僕たちだ」

「うむ。なんだか知らんがどういうことだ!」

「これ、おそらく【魔薬】です」

「なんだと!?」


 ヘグマントがのけぞりました。


「飲んでませんよね?」

「生臭い匂いがしたんでな、諦めた!」


 瓶を開けて鼻を近づけるまではやったんですね。

 ある意味では正しい処置です。でも直接は危険ですよ?


「リィティカ先生に頼んで調べてもらいましょう。ちょうど検査薬も届いています」

「うむ! 二人はこれを【魔薬】だと思っているのなら信じよう! 後は罰則だが……」

「今回は無しの方向で。ただし、詳しく話を聞きたいので後日、職員室に顔を出すように伝えておいてください。時間はいつでも。自分かアレフレット先生が担当します」

「うむ! 助かるぞ二人とも!」


 小瓶を持って出て行くヘグマントを見送り、自分とアレフレットはため息をつきました。


「……なんだろうな。さっきまで魔獣のことを生徒たちに教えようと話をした途端、これだ」

「そのために思想教育までしようと考えていた自分たちがバカみたいに思えてきます」


 肩透かしも良いところです。


「どうします? とりあえずの目的は達成しましたよ」


 魔獣の危険性を理解させ、魔獣への思想を変え、魔獣素材を使った何かを止めることが自分たち、特にアレフレットの目的でした。

 特に今のような状況を作るのがベストだと考えていました。

 そのために共通の理念である六訓を生み出し、理想の生徒像も作り、教師陣で認識を共有しました。


 まだ知育は始まったばかりですよ。

 なのにこの結果です。


 親がなくても子は育つだなんて誰が言ったんでしょうね。そのとおりじゃないですか。

 自分たちから職を奪わないでください。


「いや、やろう」


 アレフレットは指を組み、大きく呼吸して、それから前を向きました。


「今回はたまたまこうなっただけだ。それに授業中の質問攻めの問題もまだ終わっちゃいない。疑問にちゃんと答えてやらないと止まらないぞ、生徒たちは。一度、特別授業を組んで改めて魔獣について語ろう。来週、なんとか開けられるだろ」

「来月になりますが一日程度なら。日程から考えると再来週くらいですか」


 もう月末会議は終わってしまっています。

 次の会議は月始めですね


「次は遺跡の件みたいなことがないように僕たちはちゃんと見ておかなければならないんだ。それが反省するってことだ」


 生徒たちが自分たちで調べたものには偏りがあるかもしれません。

 アレフレットの言うとおり、ちゃんと教えて、間違った知識をそのままにしない方がいいでしょう。


「せっかく第一試練までに培った貯金が今月だけで一気になくなりましたね」


 長期休暇と遺跡の件、騎芸もそうですね。

 学習要綱の時間的余裕が、ここに来て一気に削られました。

 もうほとんど余裕なんてありません。


 いつか学園長が言ってましたね。

 貯金を使い続けると後で困る、と。


「まだマイナスじゃない。残り三ヶ月でまた余裕を取り戻してみせるさ」

「来月に何もないといいですけどね」


 最近までキャラバンに届けてもらうために手紙を大量に書き続けたんですから。

 それも同じ内容のものを何度もです。

 ついでに自分なんか【戦略級】の使用許諾書まで書いたんですから。


「そうそう問題なんて起こるわけ……、問題しかないな」


 語尾は力なく、地面に落ちていきました。


「次の会議で提案する。計画書は僕が書く。お前は資料を集めておいてくれ」

「承りましょう。どうせ壇上は二人で交互です。いっそのこと漫談でもしますか? お題は……、手のつけられない生徒なんかどうです」

「それはあのバカ女とやってくれ。僕は今から忙しいんだ。この決着はまた今度だ。次はお前の悪辣な暗殺者を最初に木に吊るしてやる」


 そう言って立ち上がるアレフレット。


「では、代わりと言ってはなんですが、コレを借りても?」


 自分はテーブルの『開拓者』を指差すと、アレフレットは軽く手を振って了解の意を示しました。


「片付けてくれるのならな。秘密特訓は見逃してやるさ」


 トラバサミに引っかかっている剣士を救ってから、『開拓者』を持って自分も応接間を出ました。


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