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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
265/374

無感動メイドは動物嫌い

 生徒たちが学園にいる以上、教師が全て帰るわけにはいきません。


 宿直は自分が担当すると告げ、教師陣を見送りました。


「さて」


 誰一人、いなくなった職員室。

 中央テーブルがなくなった正常な職員室はどこか物寂しさすら感じます。

 祭りが終わった後の広場を見るような気分で、しかし、気を引き締め直しました。


 まだ終わっていません。


 つま先は自然、学園長室のドアに向きました。


「入りなさい」


 ノックをすると、思ったとおりの答えが返ってきました。


「失礼します」


 いつも通りの姿の学園長。

 いつもの通りに脇に控えるテーレさん。

 事件の後でも決して動じない姿は、安心よりも先に異常すら感じます。


 しかし、異常であっても学園長だからで納得してしまえるのも凄まじい話です。


「お待たせしました学園長」

「死は眠りに近く、眠りは死の予行練習だと言いますね。この歳になると眠りが浅く、断続的に目が覚めてしまう」


 何があっても死にそうに見えませんが、学園長もお歳です。

 いつか人は死ぬ。

 そして二度とは目覚めない。

 それは絶対に避けられない宿命です。


「だからといって、この先に眠っていられない事情があるのなら、なおのこと。今、眠るのも仕事の内ですよ」

「心得ています」


 手短に、ということでしょう。


「『遺恨児』が現れました」

「そのようですね。ここからでもよく見えましたよ。北西の太陽――あんなものを使わなければならない相手のことも」

「偶然ですか」


 学園長は身じろぎ一つしませんでした。

 学園長がどんな情報力を持っていたとしても、あまりに先を見たようなことを言い過ぎています。

 思想教育――知育に関して苦言を漏らした時にした『遺恨児』の話題はあまりに露骨です。


「必然でしょう。何せ学園は『遺恨児』にとって母の形見のようなものです」

「学園長。この学園にあった施設は一体、何を目的としていたのです」

「それはヨシュアン先生がよく知っているのでは?」


 そう返されるとグウの音も出ません。

 

 アルベルタの目的を否定し、なおかつもっとも欲しているのはおそらく自分です。

 ですが、だからこそ唾棄すべきです。


「――【死者蘇生よみがえり】」


 学園長の目つきが深くなりました。


 思えば、皮肉が効きすぎて嫌になります。

 アルベルタが狂った理由は自分と同じ、愛しい者の死です。


 アルベルタの場合、娘を生き返らせる。

 ただそのためにこの世の全てを実験場とし、ありもしない目的を手探りで望み、結果、多くの非人道な悪夢を生みました。


 『遺恨児』も【魔薬】も、おそらく【原初のヒト】に関するところも全てはそのためにありました。


「そんなものはありはしません。熱した鋼は冷えるのが道理です」


 正しさに吐き気を催しながら言い切りました。


 それでも自分はアルベルタの渇望を理解できてしまうのです。


 フィヨが死んでしまった日から、そう望まなかったことがないとは言いません。

 むしろ手段があったのなら、この世の全てを捨ててでも食らいついたでしょう。

 そのために親しい者全ての死を必要としたのなら捧げていたでしょう。


 だけど、それはフィヨを否定することです。


 死を否定すれば、フィヨの生き様を否定したことになります。


 彼女が守ろうとしたものまで否定して、どうやって顔向けしろというのですか。

 しかし、心は生き返って欲しいと求めるのです。

 彼女が生きていたら、生き返ってくれたらと望んでしまいます。


 狂ったように渦巻く二つの渇望。

 望みと求め。


 自分はフィヨの望みを求め、アルベルタは求めを望んだのです。


 認めたくはありませんがアルベルタを否定することは自分にとって、嫌でも彼女の死を受け入れるための手段だったのでしょう。


「命を鋼と例えますか。アレは木と例えたものです」


 つい、無意識に一歩を踏み出していました。

 それを妨げるようにテーレさんも一歩、前に出ました。


「長い人生、そうした出会いもあるという話です。少なくとも彼女は政界の裏に通じすぎています。私に会うこともあるでしょう」


 本当に何者ですか、学園長は。

 正直、深入りしたくはありません。

 必要でなければこんな話すらしたくありません。


「この施設に関しては不明瞭なことが多く、目的しかわかっていません。それでも良いのなら聞きますか?」

「……是非」


 自分は無意識に出した一歩を戻しました。

 その様子に何故か、小さく頷く学園長。


 ところでテーレさんは何故、ゆっくりと自分の背後に回っているんですか?


「何もしませんよ」


 そういうとピタリと止まり、再び学園長の傍に戻りました。

 ぞっとしませんね。


「目的はヨシュアン先生も知っての通り。いえ、アルベルタの関わった施設、全てが同じ目的ですね。すなわち【死者蘇生】。道返しの禁術、禁法を探すためでした。そのために延命なんてものまで手を出していたようですが、それがあの時代の貴族に受けたのでしょう。彼女の元には大きな富が流れ通り、私は一度、彼女に出会う必要がありました」


 何故、富が集結したら学園長がアルベルタに会わなければならないのか。

 あえて疑問を口に出しませんでした。怖すぎます。


「そのとき、会話にリーングラードに関する事柄……、いいえ、示唆でしょうか。ほんの小さな言の葉でした」


 学園長は当時のことを思い出しているのか、組んだ指、親指で人差し指を緩慢に撫でていました。


「彼女はこの森に否定されたようなのです」


 また謎の言葉が飛んできました。

 学園長も人外の仲間ですか? うっかり否定できないところが恐ろしいですね。


「森に嫌われているので手が出せない、そう受け取れましたね」

「そんな訳のわからない理由であの狂人が撤退したんですか?」

「少なくともバッサリと施設建造は諦め、同時に構築した流通も破棄したのですから信用性は高いと見るべきでしょう」


 流通の破棄って、そこまでしてアルベルタはリーングラードに関わりたくなかったということですか?


 流通の根元を牛耳っていれば、それだけで金が流れこんできます。

 リーングラードに研究施設を作るために流通を作るのも滅茶苦茶な話ですが、破棄してしまうのも滅茶苦茶です。

 言ってしまえば大金叩いて作り出した橋を自らの手で壊すような真似です。商人が聞けば正気の沙汰ではないと青ざめるでしょう。

 相変わらず理解しがたい相手です。


「では『遺恨児』は? どうして今更」

「何もなくとも母の面影があるのなら追いかけてしまうのが子供ですよ」


 理由がないのか、それとも理由を知らないのか判断しきれません。

 学園長にとって『遺恨児』の動機はあまり気にならないのでしょう。


「強いて言うのなら興味本位と何らかの実験でしょう。帝国で帝王が暗殺されそうになった、という話はご存知ですか?」

「ご存知ありません。なんですかその大事件」


 まさか自分が帝国にカチこんだせいで雪だるま式に大事件に発展した、なんてことはありませんよね?

 ないと言ってください、でないと心と胃が痛いです。


「ヨシュアン先生なら知っているとは思いましたが、まだ聞かされていないようですね」

「特に。もしかしたら今月のキャラバンで聞けたかもしれませんが」


 無駄な抵抗でしょうがベルベールさんから情報を受け取っていることは隠しておきました。


「王もおそらく気づいているでしょうね。あの事件を起こした犯人がこの学園を襲った『遺恨児』と同じである、と。もっとも今回の事件はまだ王の耳に入っていませんが、聞けば必ずそう考えるでしょう」

「ちょっと待ってください。整理させてください」


 つまり、なんですか?


 あのクソガキは帝国で大事件を起こした後、わざわざ国境を抜けてリーングラードまでやってきて遺跡で奇妙な儀式をして上級魔獣を生徒にけしかけ、そして、意味不明な理由で逃亡したということですか。

 少年の冒険譚にしては暗黒すぎやしませんか。


 理由は? いえ、理由は大体、想像がつきます。

 正確には理由らしき言葉は『遺恨児』がそのまま口にしています。


 母を引き継ぐという言葉。

 アレが本心なら、理由は間違いなく【死者蘇生】に関するものです。


 ただアルベルタですら成功しなかった【死者蘇生】を『遺恨児』が引き継いだ程度で完成させられるかは疑問ですね。


 結局、行動に目的と手段を繋げる一本線が見えてこないんです。


「出たそうですよ。今回のように上級魔獣が帝王の目の前で」

「……あぁ、つまり、怖いお兄さん方に叩きのめされたというわけですか」


 さすがに帝王が死んだとなったら、バカ王も今頃、義務教育計画に関わっている暇はなくなるでしょう。

 失敗したのは間違いなさそうです。


 もっとも『何を成功とみなしたか』で成否は分かれるでしょうが。


 これはわかりますね。

 遺跡で眠っていたという卵を孵化させるために帝国で実験をしたのでしょう。


 その鍵になるのは【魔薬】です。


「帝王暗殺未遂についてはわかりました。追って何かしらの情報が入るので詳細は後で聞きます。他に何かありませんか?」

「関係ない話かもしれませんが最近、各地で幾人か行方不明者が出ているそうです」


 本当に関係なさそうな話ですね。

 そんな話は主婦が井戸端会議でも話題にしますよ。


「決まって近くで何かしらのミートソースが散らばっていたとしても?」


 息が止まりそうになりました。

 それこそ珍しい話ではなく、そうした手段を持った殺人鬼がうろついているだけで留まるような話です。


 ですが自分からすれば、邪推してしまいます。


 『遺恨児』の生き残りが他にもいて、誰かがその『遺恨児』を殺して回っている、と。

 死ぬと爆発するのは『遺恨児』の特徴ですからね。

 クリック・クラックも殺してくれたら、生徒たちも怪我せずに済んだんですけどね。


「何かしらの関連がある、ということですか」

「さて。寝物語にしては少々、締まらない話でしょう」


 これ以上は学園長から出せる情報はない、というわけですか。


「夜分にお騒がせしました。まだ仕事が残っているのでここで失礼させていただきます」

「あぁ、ヨシュアン先生。一つ、言っておくことがあります」

「なんでしょう?」


 ニッコリと微笑む老婆に薄ら寒いものを感じました。


「ペットにちゃんと首輪をつけてくださいね」


 モフモフのことを感づかれました。

 教師陣にすら見つからなかったモフモフの隠密をなんで学園長は知っているんですか?

 アレフレットあたりから聞いた、と考えるのが無難ですね、そうですね。

 断じて巨大モフモフを目撃した、わけではありません、きっと。


「社宅で飼ってはいけないという規則はありませんが狼を見て驚く者もいます。特にテーレが」


 テーレさんがゴホン、と咳をしました。

 どうやらバッチリ、巨大モフモフを見られていたようです。


 少女のようにクスリと笑う老婆。

 テーレさんをからかっていたのか、自分をからかったのか判断しづらいですね。


「……失礼します」


 逃げよう。これ以上、この場にいるといらない懐まで探られます。


「ヨシュアン先生」


 逃亡を阻止するようにまた背後から声をかけられました。


「長く世を留まるとまるで光と影があるように見えるでしょう。ましてやヨシュアン先生なら、ついそう見がちになるでしょう。ですが、それは錯覚です」


 ドアノブを掴みかけて、止まりました。

 振り向くといつもの学園長と、少し顔の赤いテーレさんがいました。


「物事は何一つ、変わりません」


 学園長の言わんとしていることが何を意味しているかはわかりません。

 ただ傾聴を続けるために学園長の次の言葉を待ちました。


「変えられるのは見るべき者の心がけですよ」

「自分は自分にできることしかできません。何かを変えたいと思ってしたことはありません」


 結局、学園長は何も返してきませんでした。

 自分の説得力のなさは自分でもわかっています。

 

 本当に変えたかったわけではありません。

 今まで作ってきた生徒会やシャワー室もそうです。

 学習要綱や術式具作りもそうです。


 しかし、変わってほしいと願ったこともあったのかもしれません。

 覚えていませんが、それでもそうした一瞬がなかったとは言い切れません。


 あるいは自分でも変えられる何かがあるのでしょうか。


 学園長室から隣の宿直室に向かうだけの、ほんの些細な道を歩くだけで実感のなさだけが手のひらをすり抜けていきました。


 応接間のような、眠るだけの小さな部屋に入ると自分はベッドの上に寝転がりました。


「モフモフ」


 ぼそりと呟くとまるで最初から居たかのようにモフモフが部屋の真ん中でお座りしていました。


「遺跡の卵はなんだ? 眷属鬼はなんだ? 楔の木とはなんだ? ポルルン・ポッカは? 【森の子】、森の意思、【語り部】もだ。何をさせたい。何をして欲しいんだ。『俺』に何を求めている」


 モフモフは答えず、ふんふんと鼻を近づけてきました。

 無造作に手を出すと頭を擦りつけてきます。


「何を変えさせたい?」

『運命を』

「誰の」

『運命を切り裂く者も、運命を変える者も、運命を繋ぐ者もここにはいない』


 誰かという返答は帰ってこないところを見ると、禁止されているようですね。

 しかし、何故、モフモフは森の意思に従順なんでしょうか。

 理由を聞いていますが、言ってしまえば『言える答え』でしかありません。


 餌で首輪を繋がれているだけとは思えません。


『同胞だけがまだ手に入れていない』

「わかるように説明しろ」

『今は手にしていないようだが、どうして持っていない?』

「何がだ」

『隕鉄の剣』


 とっさに飛び起きてしまいました。

 どうしてモフモフが【愚剣】を知っているんですか?


『……かつて空より落ちたる種より生まれた王がいた』


 突然、何か始まりましたよ。


『それらは災厄の種と呼ばれ、飛来したものは三つ。北の世界の果て。水の中で燃えさかる地。そして、大陸の中の大陸――』


 大体、予想がつきそうな場所ですね。

 つまり、北極と海の活火山の中と、このユーグニスタニアですね。


「それが『無色の獣』で落ちた場所がリーングラードとか言いませんよね」

『否』


 最悪の想像だけは回避できました。


『あの【嵐の魔獣王】は鎖の森の封印を解き放ち、『無色の獣』は森の外に出てしまった。そして、間違いなく闘神が屠り裂いた』


 概ね神話の流れと似通っています。


『だが、その時に全ての眷属鬼が滅びたわけではない。アレらは卵の形となって世界各地で眠っている』


 嫌な話を聞いてしまいました。


『特にここは多くの卵が眠っている』

「そんな大問題、どうして黙っていた」

『否。子らやあの輩が何をしようとも眠りより醒めることはありえない。少なくとも表層の森があるかぎり、アレらは眠りながら滅びてゆく』


 大体、理解しました。

 リーングラードを過剰なまでに守っている理由や【神話級】術式を使ってまで安定に保とうとする理由です。


 自分が行った浄化術式を広範囲に、リーングラード全域に張り巡らせ、無数の眷属鬼をゆっくり溶かしていたんですね。

 むしろ浄化していたからリーングラードは安定していたのでしょう。


 神代から続いていると考えると超長期的プランですね。

 人間には不可能な発想です。


 もっとも不可解な部分が【神話級】の干渉を跳ね除けてまでクリック・クラックは眷属鬼を復活させたことです。

 なんらかの手段をアルベルタの施設から手に入れたと見るべきでしょう。


 となると、アルベルタはリーングラードから完全に撤退したわけではなく、いつかこの地で研究するために、森をどうにかする研究自体は続けられていたのでしょう。

 つまり、目算できるほど【死者蘇生】に関する何かがこの土地にあるということですか。


 一番、ありそうなのは遺跡ですね。

 それも土砂の中だと考えると憂鬱です。


「遺跡に残っていた卵は最後か?」

『否。だがそう多くはない。中には土中に埋もれているものもある』


 モフモフも完全に把握していないのでしょう。

 把握しているのは【守護者】だけと考えれば一度、会う必要がありそうです。


「モフモフ。【守護者】に会えるか?」

『無理だ』

「どうしてだ」


 これにも無言。

 となると、やはり【守護者】関連は禁則事項のようです。


「なら【愚剣】を持って何をさせるつもりだ」

『否。隕鉄の剣は神々のためにあるのではない。すべからく人間のためにある』

「……【愚剣】があれば、何ができる」

『少なくとも卵を滅ぼすことは可能だ』


 でしょうね。

 【愚剣】を使えば広範囲浄化も可能です。

 もっともブリット・ユニットがないので作らないといけな――いや、作れますね。


 ブリット・ユニット分の隕鉄を社宅に置いてあります。

 鍵をつけて、誰にも盗まれないように、何故か拷問部屋と呼ばれてしまった二階にです。


『モフモフも第四の剣を作る者がいるとは思わなかった。まだ森の外が騒がしかった時に確かに産声を聞いた。名付けられ、産み落とされたにも関わらずアレにはまだ役目がない』

「役目なら決まっている」


 あの黒色ゴキブリ野郎を殺すためだけに作ったものですからね。

 隕鉄で作りたかったわけではありません。『望み通りの結果』を実現する金属が隕鉄しかなかったせいです。


『それは本当の役目ではない』

「剣にできることなんて殺す以外、ありえないだろ」

『それが役目なら、そうなのだろう』


 結局、モフモフから得られた情報は確信を避けるものだけでした。

 モフモフから直接的な情報を得たければ【守護者】をどうにか説得しなければなりません。しかし、相手の実体が掴めません。

 なんとなく答えに辿りついていても手法が問題です。


 どうすれば、の部分が今一つ、ピンと来ないのです。


 また色々と考えなければならないようです。

 特に【愚剣】――場合によっては誰かに持ってきてもらわないといけませんね。

 最悪、二、三日休みをもらって取りに行きましょう。


 上半身を寝床に預けるとさすがに疲れが出てきたのか、目蓋が重たくなってきました。

 モフモフが床に腹をつける気配を感じながら、まどろみに身を委ねました。

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