今日の火狐はいつもより踊っています
モフモフの背中はカルニアホーンより座り心地が良いものでした。
座っているはずなのに振動がありません。
ウルクリウスの翼くらいの速度なのに風圧すらありません。
それどころか明らかに直進しているのに、どうして木に当たらないんでしょうね。
今のモフモフは馬車や竜車くらいの大きさなんですよ?
確実にぶつかるものにぶつからない。逆に枝葉が意思を持ってモフモフのために道を空けているかのようにすら思えます。
ですが、それも些細な疑問です。
モフモフが動いて十秒も経たない内に瘴気の壁を突破しました。
つまり、敵は目の前です。
「メルサラ」
「カーッ! さっさと来い来やがれぶっ殺してやるぶち壊してやるぶち焦がし尽くしてやるッ! ベーコンエッグが羨ましくなるくらい香ばしく焼きあがらせてやんからよーぉ! オムツしめて震えてやがれぇえ! どこのどいつか知んねーけどなーッ!」
この人、叩き落としたらダメですかね。
いきなり殺気全開で背中に居られると途方もなく恐ろしいです。
ですが、自分が蹴落とす準備をするより先に森が拓かれました。
月夜のお陰で薄くしかわかりませんが、気配と音から察するに『太い鞭のようなものが一際、暗い木陰に集まっている小さな気配に殺到していく』ような、奇っ怪な状況でした。
「メルサラ!」
「ヒィァハーッ!」
こちらが言葉を放つより先に空へと飛び上がるメルサラ。
モフモフの背を蹴った後に空中で足裏を爆発させ、飛び上がりました。
地味に高い術式技術を見せつけるよりも『太い鞭のようなもの』を断ち切ってください。
アレはおそらく『獲物を食べるために手を伸ばしている格好』なんですから。
『―――ッ!』
モフモフが吠えると『鞭のようなもの』はたわんで空中で解れます。
「ディザ・エス・ランブレド」
自分はメルサラが撒き散らした赤の源素を集め、手のひらから炎の騎士槍を創りました。
ちゃんとモフモフの体格を考慮し、通常の騎士槍よりも長く作ってあります。
たわんだ『鞭』を駆け抜けると共に切り上げて、二つに分断します。
勢い余って通り過ぎたモフモフは器用に前足で急停止し、同時に身体をクルリと翻しました。
たった数秒での出来事でしたが、まだ終わっていません。
「脳みそから喰らいしゃぶってやんぜぇ!」
上空からメルサラが『鞭を繰り出す本体』めがけ、落ちてきました。
【十本指】に吸引された術式が増幅器として働き、炎の塊となって一直線に本体を貫きます。
誰が初撃にぶちかませと言ったんですか。
逆のことを言ったと思いますが聞いてませんねあのクソ女。
「モフモフ」
こっちは、さすがモフモフです。
自分が説明するよりも早く思ったとおりに動いてくれました。
モフモフは『小さな気配たち』をかばうように立ちました。
自分はディザ・エス・ランブレドを解除、源素が散る前にもう一度、赤の源素を回収し、すぐさま赤属性の結界を『小さな気配たち』と自分の前に展開しました。
展開終了と同時に轟音と赤金の炎が、森を、地面を炙りあげました。
熱波が『ハゲた木々』を発火させ、月夜の森は真っ赤な炎が舐め尽くす戦場に変わりました。
「……ずいぶん頑丈ですね」
炎と踊る奇っ怪な影。
そいつはまだ生きているのか『ドブに浸かったキリギリス』のような悲鳴を上げていました。
一方、メルサラはクルクルと空中を舞って、獣のように着地しました。
あっちはもう、放っておきましょう。
獣同士のじゃれあいに首を突っ込むほど狂気に飲まれていません。
自分はモフモフから飛び降りると怯えている気配たちの前でしゃがみました。
「クリスティーナ君……」
呆然と見上げるクリスティーナ君。
その顔は憔悴していて、汗と埃で汚れていました。
後ろの二人を守るように剣を持ったままで、しかし、自分の声を聞いて膝を突きました。
「マッフル君……」
クリスティーナ君の足元にはマッフル君が横たわっています。
頭から血を流している上に足に痛々しい包帯が巻かれています。
その様子に自分は青ざめましたが、浅く呼吸しているとわかると安堵しました。
「セロ君……」
セロ君はクリスティーナ君とマッフル君の間に立って涙を流していました。
緩んで戦慄き開く口元。ボドボドと溢れる涙を袖で拭っていました。
そして、三人の近くに萎れたポルルン・ポッカの姿がいくつかありました。
モフモフが生徒たちを守るために救援を頼んだ【森の子】とやらはポルルン・ポッカのことだったのでしょう。
すでに生命がないことくらい、見ただけでもわかります。
もしかしたら、もっと数がいたのかもしれません。
メルサラが焼き尽くしてしまったので確認はできません。
声には出しませんが、生徒を救ってくれたことに感謝します。
そして再び生徒たちに顔を向けました。
抱きしめるべきか、オシオキすべきか。
その判断はまだです。
「たくさん言いたいことがあります。それでも先に聞かねばならないことがあります」
この中でマトモに話ができるのはクリスティーナ君だけでしょう。
クリスティーナ君は涙を流したままにしながら、頷きました。
「エリエス君はどこです」
三人しかいません。
リリーナ君が今、学園にいるので残りはエリエス君だけです。
しかし、エリエス君の姿は見えません。
「……リリーナさんが救援に呼ぶための囮を買ってでましたの」
瞬間、憔悴と怒りが毛髪まで開き、大地を殴りつけそうになりました。
ですが、それら全てを抑制法と歯を食いしばることで押さえつけます。
「リリーナさんは東、学園に救援を。私たちは南、なんとか逃げるために。エリエスさんは西に……、この子たちが幾人かエリエスさんについて」
「西ですね」
クリスティーナ君のクルクル頭を荒く撫でて、涙と汚れを指で拭いて、それから立ち上がりました。
「よく頑張りました。もう大丈夫ですよ」
ただ、その一言だけを言ってあげたかった。
たとえ、この子たちの不明によって招いた事態だったとしても、この子たちは自分が辿り着くまで耐え切ったのです。
そこだけは何はともかく、褒めてあげたかったのです。
「とりあえずモフモフ。生徒たちを一度、学園に……」
「その毛玉の化物はモフモフでしたの!?」
「はぅっ。もうおウチにいれてあげられないのですっ」
いろんなものをブッ飛ばして君たちは本当にいつも通りですね。
先生、いろんなものを我慢してたんですよ?
色々と台無しです。
この子たちの涙も驚きで引っこみました。
さすが【神話級】。子供の涙もなんのその。
「えー、マッフル君は大丈夫ですか? 怪我をしているようですが」
「私が担いでくくりつけていきますわ」
すぐに誰かのリュックを手繰り寄せ、ロープを取り出しました。
用意周到じゃないですか。
本気で遺跡踏破を考えていたんですね。
マッフル君を背負い、ロープでくくりつけるのを手伝い立ち上がったのを確認してから、まずはセロ君を持ち上げ、モフモフの背中へ。
モフモフの毛を掴んでよじ登ろうとするクリスティーナ君の足に手を添えると、
「きゃっ!」
短い声で悲鳴をあげ、落ちてきました。
ええい、この急いでいる時に。
「先生のスケベ! 急に触らないでくださいまし!」
「先生はわりと普通に怒っているので、あまりピーチク騒ぐと特別なオシオキに変更しますよ」
支えるように膝裏と腰に手を回して、そのままモフモフの上に放り投げました。
「……セロ君、ちゃんと両手でモフモフを掴んでなさい。ダメならマッフル君を掴んでいなさい」
見上げるとセロ君が両手を塞いで、あちら側を見ています。
あちら側は今、メルサラと『敵』が戦っている最中です。
あまり気にしないようにしていましたが、さっきからドカンドカンとうるさいんですよ。
「モフモフ。次はエリエス君ですから降ろしたら戻ってきてください」
『人の世は忙しない』
ぼやくモフモフ。
それでも生徒たちがちゃんと乗ったと判断したら立ち上がりました。
『言っておくことがある』
「なんです?」
『本来、モフモフの背は同胞しか乗せない』
「……お願いします」
『だが、心得た』
聞き分けのいい狼で助かりました。
ちょっと竜車くらい大きいですが。
大きく沈みこんだモフモフは溜めを解き放つように飛び上がりました。
巨体で遮られていた戦場が開け、目に飛びこんだ光景が多くの疑問を浮かばせます。
真っ赤に燃える木々のほとんどに葉がついていません。
燃え落ちたのではなく、初めから茂っていませんでした。
次に、炎の向こう側でメルサラとやりあっている『敵』はあきらかに人外の大きさと姿をしています。
周囲の木々を枯らすほどの瘴気。
先ほどからメルサラが全力で戦っているにも関わらず『これ以上、燃え広がらない森』。
源素が瘴気に食われているせいでしょう。
まちがいなく相手は上級魔獣です。
モフモフが眷属鬼と言っていたのはこいつのことですね。
さて、考えどころです。
リリーナ君の断片的な情報。クリスティーナ君からの情報。
こうして遺跡の外まで出てきている『敵』。
生徒たちの行動を推測すると、生徒たちは遺跡の奥か途中であの上級魔獣と遭遇し、慌てて外に出たに違いありません。
その途中でマッフル君が怪我をし、それでも無理矢理、逃げたのでしょう。
撤退を意識した時点で生徒たちはもう手に負えないと判断したはずです。
空に術式を放つ余裕もなく、また、できても瘴気に阻まれたのでしょう。
自分たちくらいになれば内源素を強化して、短時間だけなら瘴気の中でもマトモに動けるでしょう。
あくまで短時間ですが。
ですが今、短時間以上に動けています。
なんらかの力で自分たちは守られているようですね。
生徒たちが意識と生命を失わずにいたのもこの力が原因です。
おそらくこれはポルルン・ポッカが理由だと思います。
今は調べなくてもいいでしょう。後でモフモフに聞けばいいんですから。
「メルサラ! こっちは残りの生徒を探しに行きます! 殺しても構いませんが被害は抑えろ!」
返事はありませんが聞いているでしょう。
自分はまず、やや北向きの西に向かって走り出しました。
枯れた木々の間を抜け、枯葉を砕きながら進みます。
遺跡から出た生徒たちはまず、どうすれば救援を呼べるか考えたはずです。
ここで正気を保っていたのが誰かまではわかりません。
ですが、すでに夜でマッフル君を抱えたままだと大きく身動きは出来なかったことも考えると、囮という作戦は正確で、非常に人間味から外れています。
もしも仲が良くて未熟でチームで行動しているのなら、分かれて行動するなんて真似はしません。
間違いなくお互いを仲間意識で縛って、共倒れです。
もっとも冴えた嫌な方法は一名を殿に残してチームで撤退です。
なのでクリスティーナ君たちは正解を選んだことになります。
しかし、その解答、この異常事態の中で正確すぎるんですよ。
おそらく作戦を考えたのはエリエス君です。
リリーナ君とエリエス君だけが十全な状態で、リリーナ君が誰よりも早く学園まで帰れるというのなら、必然、囮役はエリエス君です。
クリスティーナ君は反対したでしょうが短く理屈で押し止められたのでしょう。
さて、では今、何故、『逃がすべきクリスティーナ君の前に『敵』がいた』のでしょうか。
簡単な話です。
『敵』が囮になったエリエス君を始末した後にクリスティーナ君を襲ったか、逃がして諦めたから追跡しやすいクリスティーナ君を追ったかのどちらかです。
出た選択肢に視界が真っ赤に染まり、陳腐な信号音が頭を貫きました。
思考停止しそうな頭を振りかぶり正気に戻しました。
ポルルン・ポッカの手助けがあったとして、上級魔獣からエリエス君が逃げ延びれる可能性は限りなく低い。これを認めましょう。
認めたくなくても認めるしかありません。
それでも自分は一縷の希望に縋るしかありません。
エリエス君がどう逃げ延びたか。
また、どこにいるのか探さなければなりません。
自然、強化術式をまといながら突き進んでいました。
ここは遺跡よりも南側に近い位置です。
もっと南に行けばピットラット先生に出会えるかもしれません。
捜索隊に協力を要請――無意味ですね。この瘴気と上級魔獣の圧の中でまともに動ける者は少ないでしょう。
では単身でエリエス君を探す?
最悪の場合、無駄にメルサラに負担をかけるだけです。
「ここは――」
いつの間にか無色の源素が薄くなっていました。
瘴気の範囲から抜け出ていたようです。
足元も暗く、このまま進んでいたら、どこかで躓いていたのでしょう。
どれだけ思考に集中していたかわかる話です。
フロウ・プリムで周囲を照らせば、木々は枯れ木色と緑が混じりあった、たちの悪い病気のような色が見えます。
「……何かエリエス君だけを探せるものは」
探査術式のヨム・トララムは人探しに向きません。アレは金属とか物品が基本です。
視界を移す術式は現状だとリスクが高く、次は右目を犠牲にしてしまうでしょう。
こんな時こそ、生徒発見用の術式具の出番です。
軽く発動させてみて、まったく反応しませんでした。
近くにいるはずなのに反応しないということは『内源素を持つ人間が装着していない』か、壊れているか、落としたかのどれかですが、どれも意味がありません。
肝心な時に役に立ちませんね。
せめてモフモフが残っていたら――
「……それです」
――すぐにローブのポケットから白の属性結晶を砕き、術陣を編みました。
「ウルプールの召喚」
足元に開くバスケットくらいの大きさの陣から出てきたのは、エリエス君のペットにして自分の召喚動物。
ベンジャミン五号ことウルプールです。
現れたウルプールは鼻をヒクつかせ、自分を見上げてきました。
その瞳は『ちょー帰りたい、今、何時なんスか』と訪ねたげでした我慢しろ。
「お前の飼い主を捜しなさい」
というと、じぃ~と固まっていました。
早く探してください。
「あ、いえ。飼い主は自分ですね。では君の世話をしてくれているエリエス君を探すんです」
途端、ウルプールは茂みの中へと潜るように走り出しました。
一応、飼い主と認識されていたことにちょっと驚きましたが、まぁいいでしょう。
自分はウルプールを見失わないようにフロウ・プリムをフロウ・メルカプリムに切り替え、追いかけます。
ウルプールは嗅覚が発達しているわけではありません。
それこそモフモフのような狼、肉食動物の方が優れているでしょう。
しかし、草食動物でも世話をしてくれている相手の匂いくらい覚えているでしょう。
そして、隷属して命令を聞く状態ならウルプールでも十分、自分が探す以上の捜索能力を発揮してくれます。
さすがニートでも野生動物。
すぐに自分の視界から見えなくなってしまいました。
それでも奥から『きゅうんきゅうん』と甲高い鳴き声を上げています。
どうやら見つけたようです。
茂みや枝を蹴散らしながら突き進むと、茂みに隠れるように横倒れている少女の足を遠目で見つけ、自分はさらに速度を早めました。
「……エリエス君」
五体満足なエリエス君を見つけ、自分はすぐさま脈を測りました。
とく、とく、と小さく流れる音。命の音。
気絶しているだけとわかり、自分は腰を落としました。
生きていた。
あの最悪の状況で、どうにかして生きていました。
周囲に死屍累々と積み上がっているポルルン・ポッカの死骸が、何を意味しているのかわからないほど野暮ではありません。
「エリエス君。起きなさい」
頭に怪我や殴打跡がないことを確認した後、肩を揺すり、頬を叩くとうずうずとエリエス君が目覚めました。
「無事でよかった。大丈夫ですか? エリエス君」
エリエス君は自分を見て、そして握られている手首を見て、弾かれたように動きました。
おおよそ人のような動きではありません。
焦り、足掻き、何度か地で足を空回りさせ、一歩動いただけです。
まるで自分が『恐ろしい敵』に見えているみたいに、近くの木にしがみつくと、小さくなって自分を見上げていました。
「どうしたんですか? もう大丈夫ですよ」
「――ッ」
しかし、エリエス君は声にならない声だけあげて、顔を手で隠してしまいました。
「先生です、先生。忘れたわけじゃないでしょう?」
落ち着かせるように声を和らげ、ゆっくりと手のひらを差し出しました。
その手をエリエス君はじっと見ているだけです。
一体、エリエス君に何があったんでしょう。
怖い想いをしたから仕方ないのでしょうが、『エリエス君らしく』ありません。
「助けに来ました――」
そう手を触れる位置まで近づけた瞬間、
「やっ」
パチンと手を、払われました。
息をするのすら、忘れました。
拒絶され、拒絶されました。
ただそれだけのことが、痛い。
虚脱感がハンパないです。
助けに来たのに、とか、まだ怖い想いをしているせいだとか自分にする言い訳すら虚しく感じます。
「――安心してください。大丈夫ですから」
ですが、自分のことよりエリエス君です。
どんな事情があっての行動かわかりませんが、それでも自分は手を差し伸べなければなりません。
差し伸べてやらないと、救わないとなりません。
自分は改めて膝を突き、エリエス君と向かい合いました。
「――先生」
蚊の鳴き声よりも小さな言葉が雷より大きく響きます。
まだ先生と呼んでくれているとわかっただけでも、安心材料になるという不思議な感覚。
「先生にはわかりません」
何を、と聞く前にエリエス君は体育座りして顔を埋めてしまいました。
もう話をしたくない、そんな風に見えました。
『同胞よ』
背後から声をかけられ、振り向くとモフモフがいました。
お座りの体勢をしているところを見ると、一部を見ていたようですね。
モフモフの言いたいことはわかります。
「エリエス君。立ちなさい。まだ終わったわけではありません。事情は後で皆と一緒に聞くことになるでしょう」
無理矢理、その手を取り、立たせてモフモフに押しつけました。
その巨大な毛の塊がモフモフだとわかったエリエス君はモフモフに顔を埋めて動かなくなりました。
早く学園に戻ってもらいたいのですが、いえ、それでいいんです。
「モフモフ。エリエス君をお願いします」
『……さもありなん』
まだ爆発音がしているということはメルサラが戦っているのでしょう。
自分は生徒たち全員を守るために『敵』を始末しないとなりません。
モフモフの脇を通りに抜け、自分はエリエス君から遠ざかりました。
感謝されたかったから助けたわけではありません。
珍しく純粋に生徒を助けたかったからです。
あるいはそれは裏を返したら自分のためだったのでしょう。
生徒たちが助かった姿を見て、自分は守れる人間だと錯覚したかっただけなのでしょう。
そんな気持ちなら拒否されても十分、おかしくない話です。
「あぁ、それでも――」
助けられたのです。
それで良かったじゃないですか。それ以上、何を望むっていうんです。
欲張りしすぎて何か期待しすぎていたんじゃないですか。
本来なら子供に指を差されてもおかしくない自分が、ですよ?
「それで良かったんだ」
夜鷹のような笑い声は聞こえません。
鬼畜生の分際で分を弁えなかったらから痛い目を見た。ただそれだけです。
歩き、走り、瘴気の壁を突き抜けて、戦場に戻りました。
迎えたそいつは醜悪でした。
燃え盛る木枯の森に照らされ、一層、薄気味悪く存在を主張する異様。
全体はまるでタコを逆さまにしたような姿です。
イモムシのような短い足がいくつも円筒状の胴体に張りついており、メキメキと音を立てながらメルサラを追いかけていました。
異常に早く、よく見れば、その前肢は本来にない骨格を生み出しながら歩いているのがわかります。
火傷か膿のようにただれた黒緑の皮膚。
胴に張りついた乱杭歯は骨格を無視しているためか歪んで歪に捻じ曲がっていました。
そして、一番、目に付くのは髪の毛のように伸びている触手。
それぞれが独立して動き、主な攻撃手段なのか、一瞬、目を離した隙に触手は消えてしまいます。
おそらく音速を越えた動きでメルサラを仕留めようとしているのでしょう。
これが逆さまのタコのように見せた原因です。
あるいは枯れた木か、イソギンチャクのような形状のせいでしょうか。
ヌルヌルとテカる体液がメルサラの攻撃を防いでいるのでしょうね。
熱で蒸発した体液はクリームチーズと下水を混ぜたような、鼻につく刺激的な匂いです。
総じて吐き気がする。
その醜悪さも、その形状も、その存在全てが鬱陶しくてなりません。
「よーぅ! サイッコーにイイ表情してんじゃねーか!」
自分の隣に着地したメルサラが直視せずに言い放ちました。
戦いながら自分を見ていたようです。
「殺したくてたまんねーってツラだ! ちょうどもう一匹、そこで待ちぼうけしてんぜ!」
「黙れ」
「オレに黙れってか? 十分、おもしれー台詞だぜ。次の台詞はなんだ? ん? かっ飛ばしたのをほざけよ。一等、頭に来るヤツをなぁ、あぁ?」
メルサラが顎で指す先に、ローブを着た誰かがいました。
醜悪な存在の上に平然と立ち、ソレは口元だけを薄気味悪く歪め、自分を見ていました。
「もろとも消滅したくなければ『巻きこまれる』な」
所持していた結晶の全てを砕き、源素を蓄え、邪魔なローブを投げ捨てました。
アレの目的も動機もどうでもいい。
殺す理由は一つです。
聞かせるつもりもなく、聞こえるように言うつもりもなく、
「――胸糞悪いから死ね」
ただ死を宣告しました。
貴方は異形の生物を目の当たりにしました。
1/1D10でSANチェックどうぞ。




