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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第一章
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マーメイドドレスのお姫様

 少し前、初めて教養の授業を始めた時の話をしよう。

 時系列的には現在、自分はリリーナ君の首根っこを引っ捕まえて、【教養実習室】に向かっている間の話だ。


 その間に思い出話、というにはつい最近すぎるが、何も考えていないよりもマシだろう。あるいはここで次に何が起きるのか考えるより心に優しいからかもしれない。


 教養という授業。

 実際の教養という言葉はその人が持つ学歴や知識、行いを指し示す言葉だ。

 しかし、このリーングラード学園では教養という言葉は、個人の行いを重視する意味で使われる。


 貴族の世界にとって最大の娯楽である、社交界。

 結託。癒着。道楽。野心。快楽。婚礼。自慢。

 同時に多くの思惑が錯綜する場所。

 そういった場所で、相手に失礼がないように振舞う様を教養と呼ぶ。


 正直に言うと、自分はこの社交という行動がどうにも無駄のように思えてならない。大人数を集めて贅の限りを尽くしているようしか見えないからだ。


 だからといって、自分のような立場の人間が社交界に出らずにいられるほど、しきたりというヤツは面倒で強制力もあり、仕方なくベルベールさんにマナーの限りを教わったことがある。


 そんな経験が授業で活かされるハメになるとは神様でも想像できなかっただろう。


「見た目というのは非常に重要な要素です。例えば、薄汚れたボロをかぶった男と綺麗な服を着た青年。どちらに好感を持つかといえば、間違いなく綺麗な服を着た青年です」

「つまり、悪趣味なフリルを着ているのが王族はイケすかないてこと?」

「下品な服を着ているのが平民はめざわりということですわ」

「二人とも、うるさいですよ。自分という存在を一目で他人に理解させる。これが教養の授業の意味です。また社交界の中は、知的で洗練された会話や振る舞いが要求されます。クリスティーナ君に問いましょう。社交デビューは?」

「もちろん、当然ですわ」

「経験者もいるようですし、思う存分、サンプルとして活躍していただきましょうか」

「……へ?」

「ではクリスティーナ君を基本にして着こなし、行動、喋り方、手の動きから目線まで、注意していきますよ」


 クリスティーナ君が口をパクパクしてました。でもなんだか嬉しそうなのはどういうことだろうか? ドMなの?


 この後、みっちりと教養を叩きこんだのは言うまでもない。


 さて、と。

 この授業……、教養だけは、決定的に他の授業とは違う要素を持つ。


 その理由がこの扉の中にある。

 リリーナ君を無理矢理立たせて、即座に逃げようとするのを諦めさせてから扉を開きました。


 ギィ、と音を立てる扉。

 【教養実習室】は社交場などで見かける貴族の部屋をモチーフに作られている。

 豪華なシャンデリアがあり、真っ赤なカーペットがあり、しかし貴族の部屋にはないだろう大鏡が部屋の一面を埋め尽くしている。


 大鏡はアレです。ダンスレッスンに使う用ですね。


 頑張ればここで国民的アイドルを育成できるか……、いや、やめよう。そういうことを考えるともう末期だ。何の末期かどうか知らないが、少なくとも教師生活一ヶ月もしてない内に末期症状はこれからが不安です。


「先生! リリーナ!」


 耳ざとく扉の音を聞いたマッフル君が声をあげる。

 その声に他の生徒たちも自分とリリーナを見やる。


「大丈夫だったか!」


 すぐさま飛びかかるようにリリーナの元にやってくるマッフル君。そして、生徒たち。

 うん。ちょっと良い話じゃないか。まるで不良生徒を心配する心優し……、


「何された? 足の指とか爪とか取られなかったか? 鞭打ちとかされなかった? 大丈夫、たとえ心にひどい怪我があっても私はリリーナを見捨てたりしないからな!」

「自業自得とはいえ……、先生のオシオキを受けたのですから、少しは同情してあげても良くてよ。……ところで、これは高級傷薬なのだけど、余っているのであげるわ。いいえ、偶然、そう偶然持っていたのよ。勘違いしないでちょうだいね」

「身体の各部に異常は見られません。少々、電撃による火傷跡が残っている程度でしょうか。これは僥倖といって差し支えないでしょう」

「うわぁぁぁん!? リリーナさぁん!? もう、もう、会えないかと思ってて……、うわぁぁん!」


 言いたい放題である。四つに折りたたんでやろうか。


「君たちは先生をなんだと思ってるんですか?」

「オシオキ魔」

「暴力先生」

「言葉よりも拳で語る人」

「えろす狩猟区」

「うわぁぁん!?」


 セロ君はリリーナに抱きついて離れないため解答しませんでした。正解です。

 間違った生徒たちは皆、ゲンコツを食らわせました。

 それとリリーナ君は意味が本気でわかりません。


「……いたひ」


 何気に初ゲンコツを受けたエリエス君は涙目です。


 散々な有様ではあるが、リリーナ君を除く生徒たちの服装が違うところがお分かり頂けるだろうか。


 マッフル君の白のチュニックドレスに腰リボン、諸処の飾りものは色彩豊かで華のようです。ボーイッシュな見た目とは裏腹にドレスで胸を強調してるのは……、あぁ、劣等感か。無理して矯正具付けてるんだろうなぁ。パットも入れてるんだろうなぁ。失礼な言い方をするとマッフル君はドレスよりタキシードのほうが似合いますよ? 絶対に言わないけれど。


 クリスティーナ君は……ひどい。黒帽子に花飾り、薔薇のチョーカー、インナーにチュニック系ドレス、アウターに黒い羽をあしらった飾りものに、薄手の足元が隠れるほどのスマートなフリルスカートを合わせた……、どこのラスボスかと思う黒赤構成。フリル増し増し大盛りです。当然、黒手袋完備。


 エリエス君のドレスは無難な子供用のワンピースドレスとベーシックなスタイル。膝までのフリフリミニスカートに小さな足はどこかのお人形みたいに見える。全体的に青を主流にまとめあげているため、夜会ではさぞ青く映えるだろうなぁ。というより肌の露出を隠さないあたり、自分の魅力というのに興味があったり、自覚があったりするのだろうか?


 セロ君もエリエス君と同じ子供用ワンピースドレス。相違点はセロ君のスカートは長めに処理されている。黄色っぽいのは夜会の照明で白く見せるためか? エリエス君と違い露出を抑えたってことはまだまだ男性に興味とかない、のか? それとも単純に恥ずかしかったのか。どちらにしろまだまだ魅力というのに戸惑いがあるのだろうな。


 まさに完全装備である。


 教養の授業で他にない特色があるのなら、間違いなくこれ。

 女の子も男の子も、ここぞとばかりにおめかしできるのだ。


 さて、これらのドレス。

 実は持ち込みを除けば、完全な貸出仕様だ。

 ウチの生徒の中で持ち込みはクリスティーナ君とマッフル君だけ。

 マッフル君が持ち込みだったのが意外だったが、たぶんグランハザードが嬉々として用意したんだろうなぁ……、しかめっ面しながら口元だけで微笑むあの姿が思い出せる。


 義務教育が施行されれば、当然、お金のない貧民層の子供たちも訪れるわけで。

 そんな子供たちにドレスを買うお金なんてあろうはずがない。

 貸出ドレスの全てはピットラット先生が管理しているうえに、毎回のお手入れは全てピットラット先生にお任せしているのだ。


 手入れの難しいドレスの管理までこなすとか、さすがの執事スキルである。


「しかし、皆さん、ずいぶんと垢抜けましたね」

「それって褒め言葉なの?」


 マッフル君のジト目を華麗にスルーする。


 ピットラット先生に軽く謝罪し、それから授業の進捗を聞くと始まっていたと言えるほど進んでいなかったみたいだ。


「ずいぶん、クラス仲が良いようですな」


 とはピットラット先生の感想。

 おそらく、いや、きっとリリーナの心配をして授業に身が入ってなかったんだろう。

 それを見越したピットラット先生は、まず着付けから始めた。

 着付けが終わり、諸処の注意点と今回の授業内容を説明、完全に時間稼ぎです。すんませんでした!


 とまれ、これ以上、時間を取らせるわけにはいかない。

 無事だと確認したセロ君はようやくリリーナ君を離したのを見計らい、そのままリリーナ君を更衣室に放りこみました。さっさと着替えさせないと授業が始まりません。

 その間、自分はまんじりとしない時間を味わうことになる。


 だって皆、ドレスとかタキシードじゃん?

 ピットラット先生は常に執事服を着てるし、完全に実習室はプチ夜会みたいな有様です。なのに自分は普段着の上に術式師の身分を示すローブだけである。


 なんというかチョー場違いである。


 今回の授業テーマはお茶会である。

 五名ずつにテーブルに座り、お茶会でのマナー、決まり事を実体験してもらう運びだ。


 お茶会なんて出たことありませんよ? どうやって生徒に説明したものやら。そもそもミント風味のきついあのハーブティーを楽しむ気になれない。自分の舌は繊細なんですよ、えぇ。好きな食べ物は魚ですが何か?


 ぎこちない「ウフフ」「アハハ」としているお茶会を尻目に、更衣室の扉が開く。


 現れたのは長身のエルフに似合う、マーメイドドレスのお姫様。

 森の樹木をあしらったアクセサリーに、身体のラインがくっきりと映るマーメイドドレスはさすがヨシュアンクラスでのトップの身長を誇ります。エリエス君と1歳しか違わないのに……、15歳にして大人の色気が見えているような気がします。長い髪をアップにあげてるからか?

 どちらにしても自分から見れば子供ですが、場所によっては結婚適齢期なんだよなぁ。


 このリスリアではだいたい15~20歳までが結婚適齢期。26歳の自分はまさしく結婚を逃してしまった典型です……ハッ!?


 ちょっと待て。リィティカ先生は何故、結婚していない? あんなに愛らしい人が結婚してないなんておかしいじゃないか。世の男性は見る目がないのか? いや、それはそれで好都合なわけだが……くそう! なんで自分はもっとちゃんと調べておかなかったんだ!!

 激しく苦悶しました。


 結婚してないはず、そう、してないのに何故だ。

 今日は眠れない日になりそうです。


 そういえばシャルティア先生も……、いや、あの人は相手を高望みしそうだからなぁ。わかる気がする。


 だってヘグマントもアレフレットも結婚済なんだもんなぁ。

 ピットラット先生は……、聞いたことないな。


「見惚れてるでありますね?」


 え? 何言っちゃってんの? この謎生物。

 見れば周囲も、リリーナ君の変わりっぷりにため息とか桃色の吐息を吐いている。


「いえ、なんで自分は結婚してないのかなぁ、と自問自答しているところでした」

「そういうところがダメなんだと思うであります」


 リリーナ君から謎のジト目が送られました。解せぬ。


 言い訳しておきますが結婚適齢期を逃した理由は、内紛のせいですからね?

 結婚なんてしてる場合じゃなかったし、そんなのするくらいなら一人でも多くの貴族を殺してましたし。


「ヨシュアン先生。エスコートして差し上げなければ」


 と、いつの間にか背後に回ったピットラット先生の言葉に、冷や汗が流れました。

 自分の後ろを取ったということもそうですが、リリーナ君をエスコートしなきゃいけないのも冷や汗ものです。


 ため息をつきたいが授業中です。我慢我慢。


 リリーナ君の前に軽く跪き、


「御手を」


 短く、お決まりの台詞を……、て、コラ! 頭に手をのせるな! そっちの『おて』じゃありません。


「教えたでしょうに。エスコートのされ方」

「知ってるであります」


 よし。このあとで殴ろう。


 少年少女からすれば、その光景はどう映っただろうか。

 感嘆の吐息、それはいずれ自分もあぁされたいと思う気持ちからだろうか。

 それとも、あぁなりたいと願う、前向きなものだろうか。


 差し出された手を掴み、お茶会のテーブルまで歩く。

 わずか十数歩の距離だが、気合の入った十数歩。


 これがリィティカ先生だったらなぁ、と思わなくもないが。


「先生はこうしていると、女衒みたいでありますね」


 ほっとけ。


「つまらないと思っていたでありますが……。なかなか、教養の授業も楽しそうであります」


 必要がないからしない。

 意欲があるからこそ、底が見えた授業がイヤになったわけか。


 残念ながら、そんなに甘いものではありませんよ。


「実際にやってみたらままある話ですよ。授業をサボろうとしたことについて、何か言うことは?」

「……もうちょっとだけなら、やってみてもいいであります。次は先生も正装するであります」


 その言葉でエスコートはおしまい。

 無事に椅子に座らせ、ヨシュアンクラスが全員そろいました。


「気が向いたら、着てあげますよ」


 小さくリリーナ君に応えて、自分はピットラット先生の隣に移動する。


 万事は難事というか。こうも面倒事が多いと一年が果てしない道のように見えます。

 それでもまぁ、思った以上にヨシュアンクラス全員がそろったことに安心してしまった。


 いつの間にか、仕事以上の感情移入してしまいそうだ。


 イヤイヤやってたはずなんだけれど……、どこでどう間違ったのやら。

 ぎこちないお茶会はまだ後一時間も残してあった。


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