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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
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這い忍び寄る異変

 『その事件』が起きる前日まで特に何もなかったと思います。


 いえ、すでに事件は進んでいて自分は気づけませんでした。

 本当なら一番最初に気づくべき自分がまったく意識していなかったのです。


 今、この瞬間において自分は何をしていたのか。

 明日の参礼日に何人の生徒が来るのか推測して、夕食の量をどれくらいにするのか。

 そんな益体のないことを職員室で考えていたはずです。


 逆に手は別人のように動き、並行思考で生徒個別で術式適性を鑑み、伸ばすべき術式の属性と学習要綱で要求される術式をうまく調整できないか、羊皮紙に書き出していました。


 極端な成績のクラスは一番、やりやすいですね。

 特にヘグマントクラスは術式が苦手すぎて、最低限の目標に最大限を最適化しながらでしたから。


 逆に適性がバラけているヨシュアンクラス、成績優秀なキースレイト君には困りました。

 特に自分のクラスは共通点が少ないせいで基礎から見直ししたり、共通するような術陣、術韻探しが困難を極めました。

 毎回、自クラスで躓くのですが今日はその限りでもありません。


 筆が乗る。

 羽ペンが踊る。


 これはひょっとすると定時退勤も夢ではないのかもしれません。


 そんな絶好調さで三十名の教育方針を決め終わった瞬間を見越したように、自分の目の前に一枚の紙が映し出されました。


 『依頼承諾書』です。


「……ヨシュアン様。生徒の依頼承諾にサインをください」


 見ればシェスタさんがもじもじしながら受諾書を差し出していました。


 どうやら自分が一息つく瞬間を狙って、受諾書を回してきたようです。


 こうした気配りを平然とできるシェスタさんは意外と事務向きの性格なのかもしれませんね。


「えぇ、もちろんです」


 シェスタさん――事務の導入によって生徒会システムは色々と変わりました。

 特に受諾証と承諾証の二つは一番、変わった部分です。


 以前は受諾、承諾、そして達成のそれぞれに教師のサインを必要とし、しかも各クラスは担当教師からしか承諾サインを得られませんでした。

 生徒は必ず教師からサインをもらわないといけないのなら、当然、教師の自分たちは生徒が知っている場所に必ずいなければなりませんでした。


 つまり、職員室に教師が絶対にいないといけない状態だったんですよ。


 それもシェスタさんに受諾と承諾の許可権利が移ると、シェスタさんが教師の代わりに職員室に残り、自分たちは好きなタイミングで資料集めができるようになりました。


 代わりに導入された手順がダブルチェックです。


 シェスタさんが受諾した依頼はそのままにしておかず、必ず教師が目を通すようにしています。

 いわばシェスタさんのサインは仮サイン、自分たち教師のサインは本サインというべきでしょうか?

 本サインを入れることで書類的には完全です。


 本サインを急ぐ必要はありませんから、シェスタさんは好きな時間に教師を見つけ、承諾証にサインを入れられるようになりました。


 手順は複雑化しましたが仮サインでも依頼を進められるので、人的には効率良く進むようになりました。


「えー、クリスティーナ君とマッフル君? ヨシュアンクラス全員で北の森まで採取ですか?」


 早速、『騎竜』の貸出にチェックが入っているあたり、微笑ましく感じました。

 これは絶対、エリエス君の意見ですね。


 三枚ある採取依頼にツィーゲン・シュトライフェンの討伐依頼。

 さらに野営の項目にもチェックが入っているということは、この参礼日でガッツリ生徒会ポイントを稼ぐつもりですね。


 今のエリエス君とマッフル君なら『依頼にない採取』も予め記憶して、帰ってきたと同時に複数の依頼を完遂するという裏技も思いつくでしょう。

 これはあえて規則で取り締まっていない部分です。


 実際、冒険者ギルドでも同じような手法が取られており、この『後出し受諾』を行わせることで膨大な依頼の数を少なくするという効率が得られます。

 冒険者からすれば道の途中で見つけた薬草や山菜を無駄にしなくて済みますからね。

 ギルドからすれば依頼を素早く回転させ、利益もあげられます。

 問題がないかと言われると厳しいですが、学園ではまだ問題になっていません。

 今の形で十分でしょう。


 ヨシュアンクラスによるポイント大量獲得作戦。

 クリスティーナ君が『行きますわよ!』と叫び、マッフル君が『実際、何すんの』と尋ね、意味不明な言語を要約したエリエス君が『これがいい』と最適化した依頼を選抜し、セロ君が巻きこまれ、リリーナ君が一番、後ろでのんびり着いていく形でしょうね。


 目に浮かぶようです。


「これで最後」


 サッと出された資料にサインを入れようとして、手を止めました。


「……シェスタさん。これはなんですか?」

「依頼?」

「誰のですか」


 突き出す書類の一番上にこう書かれていました。


 婚姻届。


「私からの愛の依頼……、二人で一緒の白い家に住も?」


 無言で婚姻届を焼き尽くしました。

 紙の燃えた匂いでシャルティア先生が一瞥してきました。

 あの一瞬で『またか』という意味ある顔にしたのがすごいですよね。


 ちなみに自分は『ふざけんな』という顔です。


「最近、静かにしていると思ったらコレですよ。いい加減、諦めませんか?」

「愛は見返りを求めない。だから諦めない」


 その理屈の繋がりはおかしいです。


「愛を諦めたら、人じゃない」


 十秒前まで依頼承諾書に婚姻届を紛れさせた人とは思えない、無駄にかっこいいセリフでした。


 依頼の時点で見返りを求めているというツッコミは野暮でしょうか?


「シェスタさん。正直、自分はあまり良い物件とは言えませんよ?」

「二人で住めば欠陥住宅もたちまち愛の巣……」


 自分で自分のことを貶めましたが、シェスタさんも否定しませんでしたね。

 ついでに欠陥住宅呼ばわりです。

 まぁ、会話の流れで深い意味はないんでしょう。


 シェスタさんは折れないどころか否定する度に喜びやがりますね。

 正直、理解に苦しみますね。

 レギィもそうですが、一体、どうしてそこまで執着するんでしょうか。


 レギィの場合、もう引くに引けなくなった部分もあるのでしょうがシェスタさんは十分、他の男性と幸せに暮らせると思うんですよね。

 足の怪我こそありますが、器量も術式の腕も良し、子供に術式を無料で教えられると考えれば子供の将来性もありますし、悪くないはずです。


 自分にこだわらなければ、の話ですが。


「とにかく仕事してください」

「これでおしまい」


 事務仕事も慣れたみたいですね。

 婚姻届を紛れさせるくらいには。


「明日は生徒もいないから二人でゆっくりできる」

「一人でゆっくりするという選択肢はないんですか?」


 二ヶ月くらい参礼日に生徒たちの世話をし続けているんですよ。

 料理作ったり、宿題を見たり、問題を解決したり、問題が起きたり……、もしかして参礼日ってロクなことがありませんか?

 国民の休日という国民の部分に自分は含まれませんか?


「たまの休日、のんびりすることに忙しいのでまた今度ということで」

「つまり、二人で居たい?」

「シェスタさんの発言が痛いです」


 適当にあしらって追い払うと、シュンとしながらも嬉しそうでした。

 わりと真面目に蒸発したいと思いました。


 しかし、予定が狂いましたね。


 どうせ生徒が何かの問題を抱えてくるか、質問と言いながらモフモフを触りに来るだけだろうと予測していました。

 そのためにご飯の用意するのも当たり前になっていました。

 だからこそ、このポツンと空いた穴のような参礼日をどう過ごすか。

 

 一瞬、迷い、しかし思い出しました。


 自分はまだ調べないといけないことがあります。


 模範生徒の条件割り出しはほぼ完了し、第二試練はまだ遠く、生徒に手を焼くこともない時間だからこそ、調べるべきでしょう。


 アルベルタとこのリーングラードの関係。

 森と守護者の関係。

 遺跡もおそらく関係しているでしょう。

 【語り部】が隠す何かしらの情報。


 リーングラードに隠された秘密。


 【旅人】に関する情報はきっとスィ・ムーラン伝承にあります。


 すでにスィ・ムーラン伝承に関する資料はベルベールさんに頼んでいます。

 何人かの暦学者が複数の資料をまとめてくれているようです。

 おそらく重要らしき部分だけを抜き取ってくれているでしょう。


 ベルベールさんだけに任せておくわけにもいきません。


 ここは自分でも【大図書館】で調べてみましょう。

 スィ・ムーラン伝承自体、何回か読みましたし、あとは何か決定的な単語さえあれば――


「……いえ、ありましたね」


 ポツリと呟いたらリィティカ先生が首をかしげて、こちらを見てきました。もっと見てください。

 でも心臓が痛いです。これが愛ですかなるほど。確かに女神と一緒なら欠陥住宅でも余裕で住めますね。

 ですが、それだと女神に申し訳が立たないので作り直しますけどね。


 御殿です、御殿を作りましょう。

 女神リィティカに相応しいくらい、荘厳で豪華で、全ての者に癒しを与える光のような家です。


 術式ランプの基本理論を利用したらいけますかね?


「いえ、そうではなく」


 術式による光り輝く家について考えるべきではありません。

 それはまた別の機会に。


 彼ら人外は何によって繋がれているか、です。

 旅神スィ・ムーランなのは間違いないのですが、この旅神と何があったのか。


 答えの手助けとなる言葉は【語り部】とモフモフの言葉にありました。


『我はただ一人、旅神との約束のためにこの森に残った』

『モフモフや父祖たる大狼を差し置いて旅神と約束があるとのたまう』


 彼らは旅神との約束を重要視しています。

 約束の結果、【語り部】は森の外を住処にし、モフモフは自分という新しい【旅人】を同胞と認めました。


 結果が存在している以上、始まりも存在しています。


 ここを重点的に調べれば取っ掛りくらい見つけられるのではないでしょうか。

 基本方針さえ決まれば、あとは簡単です。

 時間を使うだけですからね。


 珍しく職員室を一抜けすると、めげずにシェスタさんもついてきます。

 自分の一歩後ろをついてくるのは良妻を演じているというよりも、足の怪我のせいです。


 仕方ないので歩く速さを合わせると、力なく微笑まれました。


「別に面倒とは思っていませんよ」

「……うん」


 ただ配慮しただけです。

 足の悪い同僚を置いて行くほど鬼ではありません。


 それに学び舎を抜けるまで一緒ですしね。


 シェスタさんのために玄関のドアを開け、後を追うように外に出ればまだ強い日差しが顔にかかりました。

 基本、陽が沈んでから帰ることを考えると、この時間に帰宅するのも久しぶりです。


「なんかいる」


 シェスタさんが足元を見て呟いたので自分も見てみると、人が死んでいました。


「お、俺はここまでなのか……」


 えー、名前なんでしたっけ?

 リャナシーンのバカ息子の、なんちゃらが地面に伏し、プルプルと震えて、意味なく虚空を掴もうとしていました。


 よく見るとズタボロです。

 そして、他のバカも転がっています。


「歩行者の邪魔になるので玄関前に寝そべらないでもらえますか」

「怪我をした俺たちを見て冷たい言葉! それに容赦すらしない突き放した口調は……殺人教師! 出たー!?」


 這いながらも四バカが塊り、こちらを伺うように見上げてきました。


「くっ! 卑怯な男めぇ! 俺たちに敵わないと思って怪我をしたところを狙うとは――あ、グリグリしないで、内臓が、内臓がくるしい……、身が出るぅ……」

「あ、兄貴ぃ!?」


 くだらないことを言わせるつもりもなく、何度か蹴り、腹を足で押さえてやりました。


「こっちには足を怪我した人がいるんですよ。つまずいたりしたらどうするんですか」

「俺たちだって怪我人だぜ! 怪我人なんです!?」


 踏まれて呼吸ができないバカ息子の代わりに骸骨っぽいバカが返答しました。


「何か問題でも?」

「大問題だろぉ! 兄貴に何かあったら世界の損失なんだぞ!」


 すでに紫色に染まった顔で泡を吹き始めたバカ息子が世界の損失なら、世界なんて滅びてもいいとさえ思えます。


「どうせメルサラのしごきに耐えかねて逃げてきたんでしょう」

「メルサラさんはなぁ……、俺たちを殺す気なんだよぉ……」


 泣くんじゃありません。

 大体、メルサラに殺す気はありませんよ。

 今、生きてるのがその証拠です。

 本気で殺す気があったら今頃、墓の下にすら居られませんからね。


「大体、これはメルサラさんじゃねぇ! てめぇんとこの生徒にやられたんだよ!」

「ははっ。面白い冗談ですね。生徒たちは今頃、依頼の準備に追われていますよ」


 シェスタさんが今日、『依頼承諾書』を持ってきたということは、生徒たちは今日の放課後、依頼を受けたということです。

 傷口の感じから先ほどつけられたものだとわかるのも一つの理由です。


「もしも本当にクリスティーナ君たちがやったのなら、貴方たちは瞬殺されたということですよ」


 つまり、依頼を受けてすぐ四バカをしばき倒し、依頼のための騎竜を取りに行ったか。

 あるいは騎竜を取りに行ってから四バカを倒したか。


 そのどちらかです。


「うぐ……」

「……本当」


 ヴェーア男が朴訥な瞳で訴えてきました。


「本当だとしたら、まず生徒に負けたことを気にしてください。冒険者でしょうに。弱い守衛が学園を守っているとわかったら盗賊が襲ってきますよ」


 もしも襲ってきたらご愁傷様ですがね。

 メルサラに駆逐され、自分に消されますから。


 その時はこう言ってあげましょう。

 灰になるか、彫像になるか、好きな方を選ばしてあげましょう、と。


 仮に本当だとしてクリスティーナ君たちが四バカをいじめる理由がわかりません。

 依頼の前にどうしてもいじめなければならない理由というのは、ちょっと想像できませんね。


 そろそろ本当に死にそうなバカ息子を蹴って、解放してあげました。


「元冒険者のシェスタさんからも一言、どうぞ」

「……ん?」


 本当に一言でした。というか一文字です。

 感想がないくらいどうでもいい、と。


 でも、さりげなく二の腕あたりに組みつかないでください。


「くぉらー! この四バカどもー!」


 アニーさんとジーニさんが遠くで叫ぶと、四バカたちの肩が震えました。


「やべぇ! 兄貴ぃ! 鬼女オーガが来ましたぜ! あ、兄貴ぃ! 兄貴ぃがぁあ……ッ!」


 すでに失神しています。

 ちゃんと呼吸できるようにしておきましたから生命だけは無事です。


 バカ息子を三人が担いで去っていきました。

 そして、指をまっすぐ立てて、前傾姿勢で走るアニーさんが通り過ぎたと思ったら、すぐ後ろで重く、くぐもったスタンピングの音が聞こえてきました。


「……ったく! 世話ぁ焼かせるんじゃないわよ。交代の時間になってもちっとも姿を見せないんだから。あら、シェスタに先生さんじゃない」


 アニーさんはにこやかながらも視線が自分の二の腕あたりに向いています。


「まぁ、人の色恋に口を出すのもアレだけど」


 アニーさんもとうとう、シェスタさんの頑固さに折れましたか。

 シェスタさんも少し嬉しそうな、小さな笑みを浮かべていました。


 今までは理解して、そのうえで反対していた仲間がわかってくれた。

 それだけで嬉しいんでしょう。


 その理解者の両手にバカの襟首がなければ、とても良い光景なんでしょうけれど。


「まだ、なわけ?」

「……うん」

「そう、難儀ね。そう思わない先生さん」


 意味不明のやり取りの後、アニーさんのジト眼がこちらに向いていました。


「さて。難儀な人生を歩んでいまして。何が難儀やら」

「それに人を巻き込むのは止めたら?」

「巻きこんでいませんよ。むしろ巻きこむつもりはありません」

「……あ、そう。こりゃ真性の難儀だわ」


 ため息をつかれました。


「正直、恩人じゃなかったら応援もしなかったわ。でも、逆に考えると先生さんにはシェスタが必要だと思うわ」


 アニーさんが自分をどう考えたかまでは知りませんが、肩だけすくめておきました。


「がんばんなさい。今の仕事も、恋も。応援してあげるから」

「うん」


 シェスタさんにそう言って、アニーさんは四バカを連れていきました。


 アニーさんの筋肉のつき方はアマゾネスもかくやですが、すこし男性に比べて小さい程度であの膂力。

 男四人を引っ張っていけるくらいの腕力……、【支配】も使えましたし、内源素操作ができるのかもしれませんね。


 しかし、驚いたというのなら、どちらかというとシェスタさんです。


 ジルさんとアニーさんはシェスタさんの恋に反対だったはずです。

 『その気がないなら気を持たせるな』と自分に言うほどですからね。

 二人の意見はシェスタさんの未来を考えた上で、当然の意見です。


 誰が好き好んで、敗れる恋を応援するというのですか。


 ですが、そんな二人の意見をシェスタさんは変えてみせた。

 どんな形になるにしろ、二人を否定して欲しくないと考え、シェスタさんなりの方法で考えを変えさせたのです。


 仲間を大事だと思うから否定すること。

 仲間が大事だからわかってほしいと努力すること。


 そして、最後には応援してもらう。


 自分が関わっていなければ、良い話だと言うところです。

 

「シェスタさん。自分なんか、やっぱり諦めたほうがいいです。もったいないですよ」

「なんかって言うなら、やっぱり諦めない」


 アダマンタイト製は折れませんね。


 これは自分も努力しなければなりませんかね。

 諦めさせる努力をしない限り、いえ、ちゃんと言って態度で示さないといけないんでしょう。


「エスコートはここまでです」


 二の腕の手を外し、手で帰り道を差しました。

 その手を見て、こっちを見て……、物欲しそうな顔をしないでください。


「明日は夕食を作りに行く」

「断っても作るんでしょう。勝手にしてください」


 時々、シェスタさんを見ているとフィヨを思い出しそうになります。

 辛いから直視できないわけではありませんが、比べるとやはり、どうしても嫌な気持ちにしかなりません。


 この道が幸せに続いているだなんて誰も保証できないんですよ。

 そして、自分は女性を必ず幸せにできるとは言えません。


 必ず怖い目に合わせてしまうでしょう。


 結局、シェスタさん以上の覚悟がないから拒めないんです。

 くだらない、とてもくだらない理由にズルズルと引きずらせるつもりもありません。


 ですが、もしもそれすらも覚悟の上なら。


「無理ですね」


 社宅への道はシェスタさんとは反対の道です。


「ヨシュアン様……」


 小さく呟いた声は風に乗って聞こえてきましたが、自分は何も答えませんでした。


 好きな人を守れなかったという事実はどう足掻いても消せやしません。

 もう何かを失うのは御免です。


 守りきれると言い切れないのなら、それなら手に入れるべきではありません。


 手に入れて失って、また何かをにくみ、憎しむんです。

 それが自分で、どこまで行っても変えられません。


「軽くしないとリィティカ先生にマトモなアプローチもできやしない……」


 今までリィティカ先生とうまくいっていないのはきっと、こうした自分のダメなところが原因なんでしょう。


 一人、出来もしないことを呟いて、帰路につきました。

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