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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
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暮れなずむ牧場の影

 あの会議から一週間。

 思想教育は本当に知育という名前に決まり、正直、やらかした感に悩まされました。

 ですが寝て起きたら、気にならなくなりました。


 考え直し、違う観点から受け止める努力をしてみたからです。

 シャルティア先生の言う通り知識と常識を学ばせるという意味で知育と呼んでもギリギリ大丈夫だと思うんですよね。きっと大丈夫です。不安で仕方ないですが大丈夫です。大丈夫なんでしょうか……?

 願わくば後世で定義を変えてもらうこと祈るばかりです。


 自分の力足らずをお許し下さい女神リィティカ。


「牛車の許可が出ましたよ、ジルさん」

「本当は騎竜だったら良かったんだが、贅沢も言ってられないか」

「日程中に騎竜を使わなければ貸しても良かったのでしょうが、ヨシュアンクラスの授業が入っていますからね」


 牧場まで足を運んだ『自分たち』とジルさんは借受証の木札を取りに来ました。

 今しがた牧場主さんから借受証をもらったばかりです。


 以前の暴走事件で責任を感じているのか荷台まで快く貸出してもらえました。

 

 手に持つ木札をジルさんに投げると、片手で軽く受け取りました。


「遺跡潜りは久しぶりだ」


 ジルさんは木板を胸のポケットにしまいながらそう呟きました。

 柵を越えた目線の先にはのんきな顔で鼻を広げているヤグーしかいませんが、ジルさんの目には発見した遺跡が見えているんでしょうね。


 北西の森のやや南、学園から見て西北西の方角です。

 その一番、森の深い場所にあるとのことです。

 そこはちょうど、入れない森の近くだったらしいのですが、何故か今回は森は開かれていたそうです。


 森の意思、というよりも森の守護者とやらの意思めいたものを感じます。

 今になって森を開放した……、いえ、もしかしたら自分が【語り部】と遭遇したから開放したのかもしれません。


 真実はわかりませんが、わかっていることもあります。


「自分たち教師からすれば面倒事ですよ」


 面倒が増えたという事実です。


 遺跡。

 特に誰の手もついていない新規に見つけた遺跡は冒険者にとっては金貨が詰まった宝箱みたいなものです。

 何せ宝箱の中身は【未読経典みどくけいてん】や【薔薇園おとめ鉄騎兵ろまん】に代表されるような強力な遺跡兵器ですからね。

 

 そうした術式具はその使用難易度から持ち手を選びますが、うまく適合すれば冒険者の強い味方になります。

 

 さらに使いこなすことができれば、ギルドの看板を背負うくらいにはなれるんじゃないでしょうか?

 そうなれば危険度の高い、しかし、見合った高額依頼を受けることもできますし、成功すれば知名度もあがり、貴族のお抱えや王族と顔を合わせたりできるかもしれません。

 バカ王と知り合って何が嬉しいのか、まったく理解できませんがね。


 冒険者にとって遺跡兵器を得られることは己の欲望や夢を叶える近道であり、同時に足がかりでもあるのです。


 冒険者にも色々と力がいる理由があります。

 そのことにとやかく言うつもりはありません。


「ジルさんは力を手に入れられたら何がしたいんですか?」

「天上大陸にでも挑んでみるか」


 本気で言っている口調ではなかったので冗談なのでしょう。


「失われたカルナバベルを見つけて、登って?」

「できるできないじゃない。必要なのさ」


 バカげた目標が人間には必要だと。

 そうと続けて言いませんでした。


 そうした大目標ゆめはきっと、行き詰まった人に娯楽を与えるように必要なんでしょうね。


「実際はどうだろうな。首尾よくいけばメルサラさんの退屈くらい紛らわせてやれるんじゃないか?」

「その場合、生命を狙われますよ」

「先生さんみたいにか」


 ジルさんは低く、短く笑いました。

 笑い事じゃないですよ? 自分からすれば仕事を強制的に休まされるんですから。

 以前、ここではない別の場所で遺跡が発見され、冒険者がこぞって術式具を買いに来た日に唐突に現れやがったんですよね。


 当然、撃退しましたが身の危険を感じた冒険者たちはレミングスのように逃げていきましたよ。

 営業妨害もいいところです。


 さて、何故、遺跡が面倒なのかというお話です。

 遺跡は基本、自治領以外は領主の持ち物になります。

 土地を持っている者の物になるのは当然でしょう。庭に桃が成ったら、その桃は庭の所有者の物ですからね。


 ですが、ただ遺跡を持っていても意味がありません。


 遺跡にどんなものがあり、何が記されているのか。

 どれだけの富があり、どれだけの技術を吸収できるのか。

 神代の情報や歴史の情報が詰まった遺跡も、調べなければ、ただの謎生物たちの蔓延る遊楽園です。

 出迎えてくれるのはお腹が減った原生生物、遺跡の罠による生命すら奪われかねない催し物、そして、奇っ怪な骨のオブジェクトが花開いた素敵な楽園ですね。反吐が出ます。


 そんな遊楽園を闊歩するために雇われるのは冒険者です。

 軍による蹂躙は悪戯に被害を増やすだけで、外からの解体は何が残っているかわからないため利益にならず、少数精鋭による突破が理想的な局面となれば軍よりも冒険者の方が優秀です。


 では、このリーングラードで遺跡が見つかったら一体、誰のものになるのか。


 王国所有なのは間違いありません。

 ここの領地は近くの地方都市に在住のくたびれ領主です。

 ですが、学園の敷地は現在、人の出入りを限定的にしか認められていません。たとえ領主であったとしても許可証がないと出入りできません。

 領主なのに学園内には手を出せないのです。


 正式な手段ならば義務教育計画後、学園をどうするかの話の後に自治を認めるのかくたびれ領主の物になるのか二つに一つです。

 実はこれも義務教育計画の成否に関わっています。


 失敗すれば学園の敷地が領地に戻ります。くたびれ領主からすれば、こっちの方が得でしょう。

 一方、計画が成功すれば自治に任せる流れになると思います。免税処置が外され、税を収めなくてはならなくなります。まぁ、どちらかというと領主は失敗してもらった方が得です。


 ここでは、まだ本決まりでないことがポイントです。


 領主からすれば箱を開けていない状態です。

 領主に『教育機関を任せても大丈夫』だという信用性があれば、計画が成功しても領地に戻される可能性もあります。

 うまく働きかければ可能性も増えます。


 しかし、遺跡が見つかったとなれば話は変わります。


 遺跡という美味しい餌を手に入れるためなら、領主の元に領地が戻りやすい選択を取るでしょう。

 つまり、計画の否定派に流れやすいのです。


 意欲のある領主なら否定派になるでしょうね。

 ですが、くたびれ領主は文字通り、権力争いに疲れてしまった人です。


 悪巧みを嫌い、ただ領民を治めてのんびり暮らしていたい、派手な権力争いなんて他でやってくれというような人です。

 そんな、心が折れた領主に遺跡の話は再び地獄へと連れて行かれる切符に見えるでしょう。


 聞くところによると話に流されやすい人らしいんですよね。

 北部のいろんな貴族にそそのかされ、利用されるでしょう。

 これを水際で止めるために学園長とシャルティア先生、アレフレット、そして自分が方々に手紙を出しました。


 主に学園長とシャルティア先生が止める役、アレフレットが味方を増やす役。

 自分はバカ王とベルベールさんに報告し、同時に革命の流れで領を得た知己に連絡を取りました。


 驚くでしょうね。

 嫌い、怖がっている相手から手紙が来たら。

 しかも、その実力を味方の位置から知っている者からすれば敵に回したくないでしょう。


 ベルゼルガ・リオフラムの直撃を受けた人間がどうなるか。

 彼らは生き残って目の前で見ています。


 南部は怖くて味方になるしかありません。

 まぁ、南部は北部への影響が低いので焼け石に水でしょうけれど。


 ともあれ、お陰でこの一週間は大忙しでした。

 模範生徒像も共通認識にしていかなければならない初動時期に面倒事を増やして、まぁ。


「ジルさんも見つけたくて見つけたわけではないんでしょうが」

「こっちからすれば退屈な守衛業務に舞いこんだ刺激みたいなものさ。二週間後が楽しみだ」

「ついでに周辺を探索して魔獣退治もお願いします」

「ついででできるのは先生さんかメルサラさんくらいなもんさ」


 今回、領主云々問わず、遺跡に生徒が近づかないように場所の特定と初期捜査だけはこっちが勝手にやっておくという意見が飛び出しました。

 義務教育計画には『生徒の危険になるような場所の特定』も広義の役目に含まれています。

 生徒会システムはこの役目に抵触していますが『生徒たちの成長を促す教育方法の発見』もまた義務教育計画の一部なので、グレーゾーンだったりするんですよね。


 幸い、学園経済に貢献しているという事実が生徒会を後押ししている形です。


 とまれ初期捜査に『ナハティガル』が選ばれたのは必然でした。


 何せ発見者で、しかも守衛たちの中では実力者です。


 メルサラ? アイツは討伐専門バカです。

 遺跡なんて潜らせたら次の日に遺跡が蒸発します。


「持って帰ってきた術式具や術陣、石版、その他の資料はこちらが相場で買い取るそうです」

「ここで高値と言ってもらえればやる気も出るんだがな」

「シャルティア先生に直接交渉してもらえますか?」

「あの美人先生か。お近づきついでに試してみるか」

「経験者の立場から言います。邪神を相手にしている気持ちで臨んでください。でないと報酬を減らされます」

「……先生さんが言うほどの猛者か」


 潜るのは二週間後です。

 ジルさんたちは魔獣とやりあったばかりですからね。

 刻術武器の調整もありますし、何より、遺跡潜りに必要な道具を揃える時間もいります。

 ちょうどキャラバンが来る時期なので最悪、『ナハティガル』が警備に回れないという問題もありますが、そこは自分たちでも対処できます。

 ジーニさんはもしかしたら娼婦関係で嫌がるかもしれませんが涙を呑んでもらいましょう。


「そうそう。守衛さんは知らないと思うけどさ。シャルティア先生って美人だけど、すっごい鋭いからさ。下手なこと言わないほうがいいよ。足元掬って肘を叩きこむって感じ」


 柵に体重をかけて大人の会話に入りこんできたのは、世間の荒波にも沈没しそうにないマッフル君です。

 その隣には柵の隙間からヤグーに枯れ草をやっているエリエス君がいました。


 何故かウルプールがエリエス君の背中に乗っている以外は牧歌的な雰囲気です。


 この二人が何故、自分とジルさんの牧場見学もとい牛車の貸出についてきたのかですが謎です。

 ついてくる時に『確かめたいことがある』とはマッフル君が言った言葉です。


 エリエス君は牧場と聞いて瞳でついてくると語っていました。

 本当に動物が好きですね、この子は。

 でも直接言うと『興味深い』としか言わないんですよね。


「そりゃ、いい技だ。今度、四バカたちに試してみよう」


 あ、ジルさんたちにも四バカは四バカで認識されていたんですね。


 ジルさんの軽口がマッフル君的に面白かったのか、シシッと笑いました。


「そういえばさ先生。さっき守衛さんに何か渡してたけど、アレって何?」


 相変わらず目聡いというか、抜け目無いというか。

 ちゃっかり見ていましたね。ヤグーのあの小憎たらしい顔でも見ていればいいのに。


「牛車の貸出ですよ。事前に牧場主さんに言っておかないと貸してくれないんですよ。牧場主さんもヤグーの適地検証が仕事ですからね。そうそうヤグーを貸出してもいられません。唯一の例外は学園側からの依頼の時くらいですね。それも緊急の場合でしょう。そうでない場合は大抵、予定通りに貸出を前もって行っていますから当日貸出をする必要もありません」

「ふーん。でさ、それって私たちにもできる?」


 おっと、さすがにマッフル君は気づいていましたね。


「生徒会の依頼で遠出する必要がある場合にのみ、当日貸出を受けてくれますよ。返すときはちゃんと牧場主さんからサインをもらってくださいね」

「そっかそっか。それじゃ、この前みたく鉄鉱石運びでヒーヒー言わなくて良くなるってことじゃん」


 一瞬、違和感がありました。

 嘘をついている感じではなく、むしろ話を終わらせたがっている感じですね。

 話を振ってきておいて終わらせたいというのは興味がなくなったからか、あるいは……。


「エリエスはどうよ。質問とかってある?」

「……馬と騎竜も借りられるのですか?」


 エリエス君の瞳には『期待』の二文字が輝いています。


「えぇ、もちろんです。二人とも、ちょうど騎芸の授業で乗れるようになったでしょう?」

「セロは全然、だけどね」

「慣れるまでの問題ですよ。そのうち、早足だってできるようになります」

「……本当かなぁ?」


 マッフル君は授業内容を思い出して、そう言っているのでしょう。


 セロ君はまだ乗馬もとい乗竜の段階で苦労しています。

 ここまで来ると実演の影響が悪い方向に向かったのではないかと心配になってきます。


 必要な事柄ではありましたが、だからといってセロ君の成長を妨げるつもりはありませんでした。

 

「大丈夫」


 ヤグーに枯れ草を食べさせた格好のまま、エリエス君がぽつりと呟きました。


「教えるから」


 これは『セロ君に騎芸を教えながら先生に教わるから大丈夫』と言いたいんでしょうね。


 わずか一週間でリリーナ君と並ぶほどの騎芸成績を誇るエリエス君。

 逆にリリーナ君は『ヤグーでないとダメであります』と言っているくらいですからね。そのうち、騎芸技術だけならクラスでトップになるかもしれません。


 前もって乗竜経験のあったクリスティーナ君ややっぱり乗馬経験を隠していたマッフル君を追い抜くとは、予想外の成長速度です。

 どこまで規格外な動物好きなんですか。


「できれば、なんとか一ヶ月以内にセロ君にも騎芸の試合ができるようになって欲しいですね」

「……頑張ります」


 この場合、頑張るのはセロ君なんですが、エリエス君も頑張るハメになるんでしょうね。


「期待していますよ。もしもダメなら先生に言ってくれるだけでいいので」

「……はい」


 いつもと変わらない口調。

 いつもと変わらない、自分にとって雄弁な瞳。


 しかし、気づくべきでした。

 自分はまだ生徒たちが何を目指して今に学びを求めているのか。

 何になりたいのか、その望みと今の心を知りませんでした。


 この時の自分の言葉は、たしかにエリエス君への信用から出た言葉です。

 エリエス君ならできると信じ、それでダメでも教師がいます。自分がいます。

 当たり前の形であり、当たり前の体制でした。


 教えるのは自分の仕事ですからね。

 『当たり前』でした。


 何を気づくべきだったか。

 シャルティア先生も似たことを言っていたはずです。

 アレフレットの魔獣食いの話でも散々、頭を悩ましていたはずでした。


 『当たり前の重さを測る道具はない』という意味を。

 

 事はこの日からおよそ一週間後。

 参礼日に起こりました。


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