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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
246/374

今日から始まるお風呂会議?

 会議も終わり、明日から再開する授業のために教師も鋭気を養わなければなりません。


 完成したシャワー室はまさにうってつけの娯楽でした。


「まだ続いているのかね?」


 ヘグマントがうんざりするほどシャルティア先生とアレフレットの口論は続いていました。

 自分も途中まで聞いていたのですが、もはや相手に使わせたくない一心になってしまっているので、どうにも仲裁できません。

 六訓でまとまった教育方針と心は一体、どこへ旅立ったのでしょうか。


「仕方ありません。リィティカ先生から先に入ってもらって、それから自分たちで入ってしまいましょう」

「いいんですかぁ?」


 リィティカ先生がチラリと喧嘩している二人を見ましたが問題ありません。


「待ち続けて時間を無駄にするのも難です。社宅に生徒たちを待たせていますし」

「ヨシュアン先生の家は本当にぃ、賑やかですねぇ。いつも声が聞こえてきますよぅ」

「お恥ずかしい限りです。ところでお隣さんは何か言ってませんでしたか?」

「前にシャルティア先生がお泊りに来た時にぃ、何やら呟いていましたがぁ、たぶん、大丈夫ですよぅ」


 そのお泊まり会になんで自分は呼ばれていないんですか!

 シャルティア先生ばっかりずるくないですか!


「シャルティア先生もぉ、ヨシュアン先生の……、なんで泣いてるんですかぁっ!」

「いえ、なんでもありません。ちょっと辛いことがあっただけです」

「生徒がお家に来るのがそんなに苦しかったんですかぁっ!」


 家の前で竜巻とかボヤ騒ぎとか起こさない限り大丈夫ですよ。


「待てぃ、リィティカ先生。これは男の涙だ……」

「意味がわかりませぇんっ!」


 誤解を解いてくれようとしたヘグマントですが、余計にリィティカ先生が混乱しました。


「では、使い方を説明しますので着いてきてください」


 リィティカ先生が口の中にでっかい骨でも刺さっているような曖昧な顔をしていましたが、素敵ですね。

 その骨はきっと聖遺物として語り継がれるでしょう。

 そのままシャワー室に向かい、そして、室内から気配を感じました。


 薄い気配だったので扉に手をかけるまで気づきませんでした。

 誰か居ますね。

 すぐさま扉から離れ、横の壁に張りつく自分。


「む!」


 自分の行動を理解したヘグマントはリィティカ先生の両肩を掴むと、引っこ抜くように入口の死角に退避しました。

 ピットラット先生も静かに死角に移動していましたね。いつの間に。


 やがて、出てきた相手に裏拳を繰り出したら、


「おうおう、ずいぶんお熱いお出迎えじゃねーかよーぅ!」


 あっけなく片手で防がれました。


 赤いタテガミのような跳ねた髪に獰猛で挑戦的な顔つき。

 全身から薄い湯気を纏わせた曲者は間違いなくメルサラでした、この野郎。


「こんなところで何をしているんで……、服を着ろ!」


 いつもより肌色が多いと思ったら、この野郎、上半身裸ですよ。惜しげもなく肌色の球体を晒すんじゃありません。


 なんで下だけは死守してんですか、そっちも疑問ですけど考え直してみたら当たり前でしたね! 上を着ていないほうが間違いなくおかしいんですから。


「め、メルサラさぁん! 上、上ですぅ!」

「あ? 上になんかあんのか?」


 上を向くんじゃありません。あと胸を隠せ!


 シャラリとアルベルヒの指輪とギルドのドッグタグが擦れる音がしました。


「ヨシュアン先生もいつまで見ているんですかぁ!」


 リィティカ先生に言われて視線を逸らしました。

 メルサラを相手に目線を逸らすって結構、自殺行為なんですけどリィティカ先生に言われたら従わざるをえません。

 く……、いつの間にかヘグマントとピットラット先生は後ろを向いていました。


「で、メルサラ。いい加減に服を着なさい。あと、なんでここにいるんですか」

「あぁ? んなもん決まってんだろ……、なんだったっけな?」


 決まってるならすぐに言えるでしょうに。


「おー、思い出したぜ。寝て起きてナマクラどもが居ねーからよ、誰も遊んでくれなくてよーぅ」


 ちなみにメルサラの言う『遊び』の大半が戦闘です。

 お昼になれば四バカが木より高く飛んでいる姿が時々、お目にかかれます。


 一定の戦績を上げているジルさんたち【ナハティガル】はメルサラにとっては壊れず、耐えれる良い玩具だったりするので哀しいですね。


 そのジルさんたちがいないからメルサラが世に解き放たれてしまったようです。

 なんてことですか……。


「たまにゃぁヨシュアンと遊んでやろうとしたらよー? そしたら見慣れねぇ建物があるじゃねぇか」


 どれだけ学び舎に近寄っていなかったかを示す言葉です、もうクビにしろこの警備主任。


「入るだろ」

「入らねぇよ。まず聞け」


 素でした。もう、なんていうかコレをなんとかしてください。


「んで入ってみたら一等地の宿みてーな内装だろ。んで個室開いたら散水袋みてーのがあっただろ」


 散水袋というのは冒険者が使う簡易シャワーのことです。


「触ったら湯が出てきやがるじゃねーか。おい、てめぇだろ、こんなもん作ったのはよーぅ! お陰で濡れちまったじゃねーか」


 知るか。順当に行ってキレるのはまず間違いなく自分です。


「そんなことより服を着てくださぁい!」

「あいっかわらずうっせーな、デカチチ。いいもん持ってるくせになんで脱がねーんだよ」

「脱ぎませんよぅ! 当たり前のように胸をジロジロ見ないでくださぁい!」


 まったくです。そういうのは自分だけで十分です。

 むしろ自分だけのものです。


「ちょうどいいからよーぅ、ひとっ風呂浴びてたわけだ。わかんだろ、それくらい」

「あー、はいはい。脱いでる理由は無用心に触れたシャワーで上が濡れたからで、着ていないのは濡れた服を着たくないからでしょう」

「わかってんなら聞くな」

「だったら風呂場から出てくんな」

「てめぇらが散漫な気配、撒き散らしてやってくるからだろーが! んでもってやっとやる気になりやがったなぁ……、前みてぇに怪我もねぇ! 今からでも十分だぜぇ、俺はよーぅ!」

「とにかくぅ、ちょっと待ってくださぁい」


 もう見ていいと言われたので見たら、布で胸あたりを巻いたメルサラがいました。

 どうやらリィティカ先生が水拭き用の布で隠したようです。


「……ちっ!」


 不満ですか? リィティカ先生の優しさが不満なんですか?

 リィティカ先生の聖布を借りただけでもありがたいと思って崇め奉りなさい。


「ともかくメルサラにもわかるように簡単に説明しておきますが、それは入浴場です。昼間に使わないことを条件に冒険者さんたち守衛にも貸出しています」

「んじゃ、問題ねーな」


 登場の仕方が問題だらけなんですよ。

 どうしてお前はそんなにマッパに抵抗がないんですか。


「散水袋をわざわざ術式具でつくるたぁー、もの好きな野郎だぜ」


 濡れた服を無造作に肩からかけ、もう興味を失ったみたいにさっさと行ってしまいました。

 

 どっと疲れが押し寄せてきました。

 メルサラが関わると余計なことしか起きませんね。


 しかし、欲求不満だったメルサラが絡みませんでしたね。

 こっちは大助かりでしたが一体、どうしたんでしょうか。まさか悪いものでも食べたんじゃ……あ、いえ、ありませんね。

 アレの胃袋は腐ったナマモノでも消化しきってしまいますから。


「……ともあれシャワー室の使い方を説明します」

「……ヨシュアン先生ぃ」


 何故かリィティカ先生にジト目で見られたままでしたが、問題はありませんでした。


 シャワー室に入るとすぐまた扉があります。

 これは外扉を開けてしまうと中が丸見えになってしまうので、偶然を装った覗きや事故を防ぐためのものです。


 その扉を開ければ、奥行が狭く横に長い脱衣部屋です。

 ここからは土足厳禁ですが、どこぞのバカがブーツのまま歩いた形跡がありますね。ぶち殺したい。

 扉を開けて死角になる奥が脱衣籠が置いてある脱衣場になります。


 そして、脱衣場を抜けたら次はシャワー室ですね。

 右手にズラリと並ぶ木でできた仕切り一つ一つがシャワー室になります。

 仕切りは床より高い位置に設置しており、効率良く中央の排水口へと水を流す仕様です。


「ちょっと床が冷たいですねぇ」


 リィティカ先生の意見にピンと来ました。


「サンダルか木靴を用意しておくべきでしたね」

「そうですねぇ、そうすればサンダルのまま水を浴びれますしぃ、冬場も足裏が冷たくなくていいですねぇ」


 リィティカ先生の細かい気づきには色々と助かります。

 自分は完成してこうして説明しても気づきませんでしたからね。


「シャワーの使い方ですが入ってすぐの中央に丸い金属板があると思います」


 シャワー室の中は術式具のON/OFF機能が剥き出しで置いてあります。


「蛇口を捻れば水が出ます。そして、この金属板に触れると壁の中の水管と一体化した術式具が水管の中の水を熱して、このように……」


 シャワー口を持って、金属板を触り、蛇口をひねるとお湯が出てきます。

 この温度調整がうまくいかなかったせいで熱湯が出てしまったのです。エス・フラァートの術式陣をアレンジして熱量を少し下げたのでちょうどいい温度になりました。


「お湯が出ます」

「ふぁ……、すごいですねぇ」


 リィティカ先生から感嘆をいただけました。


「うむ。これを五つの個室、全てにかね? シャルティア先生ではないが金がかかるだろう」

「えぇ。正直、技術的にも金銭的にも貯水槽を作り、そこを熱したほうが良かったのですが三つの理由で断念しました」


 一つは貯水槽を常に温め続けられないことです。

 術式具や刻術武器は基本、内源素によって動きます。もちろん源素結晶を組み込めば常に動かせられますが、いずれ結晶は小さくなって消えていきます。


 二つ目は貯水槽のお湯を使い切った時のことです。

 貯水槽から水が減れば減った分だけ湖から水が流れ込んできます。徐々にお湯の温度は冷めていきます。やがてはただの水になってしまうでしょう。

 他にも貯水槽を温めるとなると水の容量が多い分、大型の術式具が必要になりますし、出力も上がります。そのうち、術式具自体が熱量に負けてしまうことも考えられます。


 三つ目は単純な話です。


「熱せる大型の貯水槽が作れなかったことです」


 外から熱するためには、もっとも安価で熱伝導率が良い鉄を多く使わなければなりません。

 鉄はヴァーギンさんが持っているでしょうが、あの人は入浴場を作るためだけにいるわけではありません。鉄は日常にも使いますし、そっちも重要です。

 使用する鉄の量を考えると、それこそ普通の入浴場を作ったほうが安価です。


 水の中に術式具を漬けておけば良いだけの話ですが、術式具は金属ですから錆びます。

 術式具との間に複数の鉄棒を使い、間接的に温める方法もありましたがその鉄棒を入れ替えるのは誰だと思っているんですか。

 大型にしたってメンテナンス期間はそう変わらないんですから、貯水槽周りをいちいち解体するよりシャワーの裏側を開けて小型を複数回、メンテナンスした方が簡単ですよ。


 あと錆びると貯水槽の水が鉄臭くなります。

 掃除も面倒です。


「このシャワーには欠点もあります。術式具を使っている以上、ある程度、時間が経つと温くなって最終的には水になります」

「それだとゆっくりとお湯を浴びてはいられませんな」


 ピットラット先生の感想は的を射てました。


「元々、表面の汚れを流すだけの施設ですからね。ゆっくり浸かりたい場合はやはりちゃんとした入浴場に劣ります」

「社宅近くに作る入浴場は違う、ということですな」


 う……、いや、設計図はありますけれどできれば建築はコリゴリですね。

 本職に及ばないからという理由以上に生徒の経験という目的を果たしてしまったからでしょう。


 他にも社宅近くの浴場はシャワー室以上の難易度がありました。

 水源や地面もかなり違いますからね。


「社宅の入浴場ですがさすがに作れそうな気がしないので本職の棟梁さんと協力する形で作っていきたいと思っています」

「これだけ立派なものを造れるのなら十分だと思うのだがな!」


 ヘグマントが言ってくれていますが、もう決めました。


「そう言ってもらえるのはありがたい話なのですが、やはり難しいですね。どうやら棟梁さんも【迎賓館】の建設を急いでくれているようですし、売買春のせいで予算をちゃんと【宿泊施設】にも流さないと金的流通が足りないかもしれません。どちらにしても色々を考慮すると来月になります」

「授業もありますしぃ、私はそっちのほうがいいと思いますよぅ」


 リィティカ先生にそう言われると救われます。魂ごと。


 ここらで男性陣は一旦、外に出てリィティカ先生が安心してシャワーを浴びれるように監視も兼ねて待っていたら、シャルティア先生が肩を怒らせてやってきました。


 すぐに自分たちの姿を見つけたシャルティア先生はニヤリとすると、勝ち誇っているアレフレットに振り向き、


「どうやらリィティカが先に入っているようだな」

「だからなんだ。リィティカが先に入ってようともお前より先に入れるなら問題ない」

「ほう、貴様は女性に最後まで残って夜道を歩け、というのか」


 これにアレフレットは眉を歪めました。

 一気に逆転されたようです。


「どうして先に入れたんだ!」

「アレフレット先生とシャルティア先生の喧嘩が終わらないからですよ」


 今度はアレフレットが肩を怒らせ、髪を震わせました。


「勝手にしろ!」


 とうとう投げ出しましたね。

 アレフレットの弱点はこらえ性がないことでしょうね。

 もう少し粘っていたらシャルティア先生が折れて……、どうでしょう? 最後まで粘りそうにも思えます。


 結局、シャルティア先生はそのままシャワー室に入っていきました。


「この償いは夕飯でしてもらうからな!」

「生徒の作った夕飯でよろしければ、どうぞ」

「……ちゃんと作れるんだろうな」

「マウリィ君も一緒だから美味しいですよ」


 エリエス君だけだと少し不安ですがマウリィ君がいると安心できます。

 味も良かったですから問題はなさそうです。


 この時、自分は忘れていました。


 女性陣と交代して入る段階になって、いざ脱衣場に入った時です。

 視界の八割を占める男性の裸という見たくもないものに嫌な顔をしながら、目撃しました。


「ん……? どうかしたのかね!」


 無駄に背筋を誇張した姿勢のヘグマント。

 腰には布一枚すらありませんでした。


「手間取っていらっしゃるのならお先に失礼させてもらいましょうか」


 ピットラット先生もまた何一つ、着ていません。当然です。


「何を呆けている。しかし、お前のその胸の傷はどうなってるんだ? 後ろも貫通しているじゃないか、なんで生きてるんだ」


 いや、そっちはどうでもいいです。

 ついでに自分とヘグマントの体は傷跡だらけなのは言うまでもありません。


「なるほどな。術式師の傷は不名誉だから見せたくなかったわけだな。まぁ、お前の戦闘方法は近接強化を主体にしているんだろう? だったら別にどうってことないと思うがな……、別にお前を慰めているわけじゃないぞ。ただの一般論だ」


 術式師は後方一択だったせいで怪我や傷は不名誉だと言われています。

 近年は冒険者にも術式師はいますし、術式騎士もいますから不名誉と言えるほどではないんですけどね。


 そんなことを言うアレフレットもまた股間を隠していませんでした。


 思い出しました。えぇ、思い出しました。

 どうして自分が王都の自宅に入浴場を作ったのか、その本当の理由を。


 いちいち市街まで歩くのが面倒だったというのもあります。

 そうでなくても増築を頼み、術式具を提供した方が早かったというのもあります。


 入浴はその土地の文化です。

 入浴の難しい土地だとリリーナ君があまり入浴しなかったように入浴文化があまり発展しなかったのと同じです。


 リスリア王国には入浴文化があります。

 その下地に剣術が剛剣主体だったり、獰猛な面があったりと色々あります。

 そして、一番の理由を挙げるのなら公衆浴場が多かったことでしょうか。


「とにかく先に行くぞ。早く済ませて話し合わなければならないこともあるからな」


 そう言って、アレフレットもシャワー室に向かいました。


「……隠せよ、頼むから」


 彼らは入浴するときに全開だということを忘れていました。


 それが嫌で自宅に入浴場を作ったんでした。

 恥ずかしがるような歳でもないんですけどね、なんというか精神的にきついんですよ他人の男の股間なんて。


 見たくないけれど、見たくないんですけど。

 ふとした時に見えると殴りたくなります。


 ちなみに一番、殴りたかった瞬間はヘグマントのアレが見えたときです。


 一人、腰に布を巻いてシャワー室に入る自分は……、彼らからすれば滑稽なんでしょうかね?


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