天井の過誤
犇めく生徒たちに自分は呆れることしかできませんでした。
勢揃いしないでください。
なんというか、この子たちを守ろうと思っている自分が何かの間違いかと思えてきます。
いえ、生徒たちがわざわざやってきた理由ですよ。
容易に想像が尽きます。
「とりあえず受諾書を持っている子は誰ですか?」
エリエス君、キースレイト君、フリド君は常連です。
ティッド君は少し意外でしたが、おそらく『やってきた理由を考えると』後ろめたかったからでしょう。
それだけではなくセロ君も受けていたから、というのも理由でしょうが。
ちなみにセロ君は……、見つめると首を傾げました。
あぁ、この子は普通に受けただけですね。おそらく周囲がセロ君に被害が向かないように受けさせたのかもしれません。
セロ君に依頼を受けさせる方法はいくらでもあります。素直ですからね。
さて。依頼を受けた五名は問題ありません。
「受諾書を持っていない子たちは一体、何故、居るんですか」
あえて自分は生徒たちに聞きました。
「そんなものは決まってますわ」
クリスティーナ君の顔に当然という文字が張り付いていました。
「これからお湯を焚かずにお風呂に浸かれるからですわ。仕事は内装だけですわよね。それならお昼にはお風呂に入れますわ」
自信満々に言い切るクリスティーナ君のドリルを直線にしてやりたい衝動に駆られましたが我慢しました。
シャワーの説明したのにも関わらず『浸かれる』とは。まだピンと来ていない証拠です。
ここにいる全員は今日、シャワー室が完成することを知っています。
エリエス君やキースレイト君、フリド君は昨日も参加していましたし、他の子もその話を聞いていなくても完成日時を聞いています。
完成したら当然、自分がこう言うと踏んでいたのです。
『さぁ。完成しましたし皆で一回、入ってみましょうか』と。
もちろん男女別です。
それに便乗しようと思ったのでしょう。
「で、一応、言い訳を聞いておきましょうかマッフル君」
「なんでわかるかなー……」
君が一番、規則の穴を見つける子だからです。
先生は結構、見ているもんですよ?
「別に規則の裏をかいたっていうわけじゃなくってさ。依頼を受けたのはエリエスたちだけじゃん」
ちょっと泣くまで手伝わせてやりたいです。
「つまり、自分たちは通りすがりの居座りです、と」
「そうそう。ついでにさ」
マッフル君が取り出した紙は『施設使用許可証』でした。
参礼日やこの長期休暇中などで学園の施設を使いたい生徒は教師の許可証さえもらえれば使ってもいいんですよね。
使用許可証には【室内運動場】の許可を求める文字と、ピットラット先生のサインが入っていました。
ピットラット先生の穏やかな笑みが浮かびました。
ピットラット先生もある程度、読んでいたのでしょう。
そう考えると『それくらい許してあげてはどうですかな?』と言われているようです。
「居てもいい理由だってあるし」
ドヤ顔なのは気に入りませんが、こればかりは仕方ありません。
「わかりました。認めましょう」
とたん、笑みを浮かべて騒ぎ出す生徒たち。
あ、若干、エリエス君が不満そうな眼をしていますが許してあげてください。
ここで不思議な行動をしたのはマッフル君です。
ドヤ顔のままクリスティーナ君を見ると、眉を震わせながらプイッと顔を背けてしまいました。
「あたしの勝ちだね」
「……たまたまですわ。ヨシュアン先生の好意につけこんだだけの。勘違いしないように」
「ふーん、負け犬がキャンキャン吠えてる」
「あら? そんなことを言ってもいいのかしら野良犬。主導権は未だに私にありますわ」
「約束も守れないのに誇り高い貴族なんて言えないと思うけどなー?」
バチバチと火花を散らして顔を突き合わすクリスティーナ君とマッフル君。
何の話かわかりませんが、大体のことは掴めました。
おそらくお互いの目的と意見が衝突して、自分を説得できるかどうかで賭けをしたのでしょう。
金銭を賭けた場合は即座にびりびりハリセンが飛び出すのですが、この場合だと難しいですね。個人の裁量に委ねられます。
あと今のびりびりハリセンは、クリスティーナ君とマッフル君が相手だと少し威力が弱いので折檻にならないんですよね。
やはり強化案は必要ですね。できれば強弱つけられるようにするべきですね。
「はいはい、二人とも仕事の邪魔になるので喧嘩しない」
無理矢理、二人を引き剥がし、マッフル君に向き直りました。
「話は変わりますがマッフル君。マッフル君ならエリエス君の件を見て規則を悪用できたんじゃないですか?」
今回の件は真正面から規則を破らず、あえてグレーゾーンを走っています。
生徒も依頼できるのなら『シャワー室建築の手伝い』という依頼を出し、この人数を手伝わせることも可能です。
そうなると自分は反対できません。
何せ手伝いますからね。
ある程度は報いなければなりません。終わった後のご褒美ですね。
「ちっ、ちっ、ちっ。そしたら先生、別の手段でダメって言うじゃん」
そうですね。
一番、簡単なのが全員、仕事が終わるまで痺れてもらうことでしょう。
理屈で納得させるのなら依頼者が依頼者に対して前もって話をつけておかなかったことを攻めますね。
こうした依頼の横取りじみた真似は国が禁止しています。
マッフル君がもし『依頼の手伝い』を依頼していたのならリスリアの法律を抵触していると言います。
リーングラードもリスリア王国の一部なのですから間違った意見ではないはずです。
もっとも生徒会は初の試みで商法律が適応されるかどうかは未知数です。
言わなければマッフル君もわかりませんが、教師の権限でどうにか封殺できそうです。
ここまで考えたかどうかはわかりませんが、いえ、どちらかというと自分がどんな性格なのかを知っているから『依頼の手伝い』は難しいと考えたのでしょう。
では、どうすれば受諾書も持たずにおこぼれをいただくか。
「下手したらゲンコツかハリセンだしさ。だったら別に危険に足突っ込まなくてもいいじゃん。手伝わなくてもお風呂に入れる方法があったらさ、なおさらじゃん。でも、この方法もちょっと甘いから、だから許可証。規則では関係のない生徒が依頼以外で近くにいたらダメ的なことを書いてあるじゃん」
受諾書を持っていないからダメと言ったときにエリエス君は帰ろうとしました。
アレは正しい反応です。
関係のない生徒は依頼の現場になるべく近づかない。
これは依頼達成の妨害や偶然にかこつけた依頼の横取りなどなど、様々な問題を解決するために初期に組みこまれていた規則です。
ちゃんと生徒会規則を読んでいなくてもわかるように、自分たちも言い続けてきたので生徒たちも知っていることです。
つまり、依頼に関係ない五名はこの場から去らなければいけません。
ですが正当な理由があって近くにいた場合はどうか。
実はこれ、定められていません。
ほとんどが教師の匙加減で決められる『細かい出来事』に分類されるのです。
「で、先生のことだから依頼が終わって近くに居たら声かけてくれるでしょ。それが『体育で汗を流していたら』なおさらじゃん」
お見事、とだけ言っておきましょう。実際に口に出しませんが。
自分の性格を逆手にとった良い作戦ですよ。規則を破らず上前だけをはねるやり方、正しく商人です。
自らで問題を作り、問題に疑問を覚える。
簡単なようで難しい疑問です。
その上で最適解のために問題を作り変えるようになりましたか。
マッフル君は商才から面白い才覚を発揮しましたね。
これは自分の『最適解』を組み立てる思考によく似ています。
ですが、一つ、先生の性格を測りそこねている部分があります。
というわけで、ガシリとマッフル君の頭を掴みました。
「え?」
「マッフル君の作戦は次は使えませんよ? 今日の会議で新しい規則もできるでしょうしね。今回は見逃しましょう」
「いや、だったらなんで頭、掴んでんの?」
「口を閉じておきなさい」
反対の手で顎を叩きました。
ちょうど自分の両手で頭を挟みこまれたマッフル君は声にならない呻きをあげました。
これは軍用格闘術ではなく古流武術の応用です。
頭を上下に挟まれるとね、意外と痛いんですよ。
うまくやれば脳震盪くらい起こせます。
「一つは先生を使って賭けをしたこと。もう一つは邪な狙いを持って使用許可の規則を利用しようとしたこと。この二つは言い訳させません。オシオキです」
痛みにうずくまっているマッフル君を横目に、今度はクリスティーナ君です。
さすがに反応が早いというか『幽歩』まで使って一目散に逃げています。
ですが、それも間違いです。
クリスティーナ君にはまだ教えていませんが『幽歩』の破り方もちゃんとあるんですよ?
地面に手を添えて、黄と緑の源素を使った術式で広範囲に電流を流しました。
ちゃんと他の生徒たちは避けるように調整しましたので被害はクリスティーナ君だけです。
「きゃいんっ!」
案の定、クリスティーナ君が電撃を受けて、パタリと倒れました。
『幽歩』を維持できなくなってすぐに姿が見えるようになりました。
「『幽歩』の弱点は広範囲攻撃に適応できないことです。見えなくてもそこに居るのですから。あとは衆人環視では使えず、気配破りが得意なスカウトだと見破る者もいます。どんな技法、術式にも弱点があると教えたはずですよ」
倒れたクリスティーナ君は放置して、残りはリリーナ君とマウリィ君とティルレッタ君ですがオシオキする理由がありません。
リリーナ君は昨日、お風呂嫌いを克服したばかりです。
お風呂に入らなければならない気持ちが薄いでしょう。
今回、マッフル君の提案に乗ったのはクリスティーナ君とマッフル君の賭けの結果に興味があったのか。
あるいは純粋にリリーナ君も手伝ったシャワー室の完成に興味を持ったか。
単純に皆が集まっているから楽しそう、でいいかもしれませんね。
マウリィ君も興味があったのでしょうが、こっちは純粋にお風呂狙いだと思います。
マッフル君から話を聞いたのか、小耳に挟んだかは定かではありません。
でも、そうでなくてもエリエス君に料理を教えてくれた件があります。否とは言いません。
クリスティーナ君を抱き起こしている途中ですし、良い子補正も加わって怒る必要がありません。
さて、ティルレッタ君ですが、わかりません。
正直、ここに居ても居なくても不思議に思えません。
逆に居ても居なくても不思議に思えます。どうしようもありません。
無理に理由をつけるのならティルレッタ君もまた貴族ですし、お風呂に入りたかったのかもしれません。
「では君たちは【室内運動場】で自主練するなり遊ぶなりしていなさい。何かあったら先生にきちんと報告すること。マウリィ君、任せてよろしいですか」
「え? えーっと、はい。依頼の邪魔はしませんから終わったら呼んでくださいね」
マウリィ君もちゃっかりしていますね。
なんとなくお風呂に入ることを確約させています。
知識が増えた分だけ、だんだんと手ごわくなってきますね。本当に。
これも成長と思って諦めるのか、喜ぶべきなのか。
判断に困ります。
「さて、こっちも終わらせてしまいましょうか。昼食が終わったらシャワーを浴びるくらいにはしたいですね」
依頼組に向き直るとそのまま生徒を連れて、シャワー室の裏手に行きました。
「これは……、昨日の作業でも見ましたね。たしかヨシュアン教師が山から担いで持って下りてきたと聞きました」
「えぇ、その通りです」
目の前にあるのは八つに分割された正方形の結晶石です。
「今、現在。シャワー室は最低限の機能を備えています。衆人環視を妨げる壁。雨風を防ぐ屋根。湿気と害獣対策の高床。水も引き、後はシャワーの取り付け作業と剥き出しの床と壁、天井をこの石材で蓋をするだけです」
シャワー室の内部はセメントの床です。
このセメントは固まるとわずかな凹凸ができます。
セメントが固まる過程で必ずできるんですよね。
で、どんなに綺麗に表面を整えても床材にするには適しません。
触ると細かい砂粒も出ますしね。
水場なので気にはならないかもしれませんが詰まりの一因にもなります。
「この結晶石を施工術式で正方形の板にし、床に敷き詰めていきます」
前もって設定していた施工術式を展開し、指先でとん、と石材を叩くとタイル石材に変えました。
「大きな長方形のものは内壁に使います。壁材なので床ほど細かくしなくても良いのが救いですね」
まるで奇術師みたいな仕草と鮮やかさに生徒たちから感嘆の声が漏れました。
後でイヤほど触ることになるでしょうが、生徒たちの瞳からは好奇心が溢れています。
仕方ないので代表としてエリエス君とキースレイト君に正方形型のタイルを渡しました。
「結晶石のタイル……、貴族の邸宅にも使われる高級石材……」
「……すべすべしています」
二人とも別々の意味で驚いているようです。
「結晶石は属性によって様々な特徴があります。この緑の結晶石なら水を乾かし、赤の結晶石なら床を温めます。青はその逆ですね。黄の結晶石は残念ながら水場には使えません。ですが金属板と併用し外壁部の防護壁として使われることもありますが耐久面はそれほど期待できません。黒と白の結晶石はそもそもタイルに使用されることはほとんどありません。理由は四属性の結晶石に比べるとさらに希少で、高価すぎるからでしょう。ここで暦学の問題をしてみましょうか」
ちょっと時間があるので余興です。
「黒と白の結晶石を用いた有名な建造物を述べなさい」
キースレイト君とエリエス君はさすがというか同時に手をあげました。
フリド君は固まり微動だにせず、セロ君は首を傾げています。
ティッド君は少し何かを考えてから挙手しました。
「ではティッド君」
「へ? あ、はい。えー……」
当てられるとは思わなかったティッド君は戸惑いましたが、呼吸一つで落ち着きました。
意外というかなんというか精神抑制法をよく使えています。
性教育の時もでしたが、もしかしてティッド君は術式に非凡な才能があるかもしれませんね。
主に制御面です。
授業が再開したら試してみましょうか。
「法国の大聖堂……、の、ミウロスク廟です」
「はい、正解です」
すぐに安心したように胸を撫で下ろすティッド君。
セロ君の拍手に気づいて、ちょっと頬を染めていました。
「ミウロスク廟は大聖堂から聖人墳墓に至るまでの通路を差し、聖人墳墓を含め建造物そのものを指す場合はミウロスク聖霊殿と呼びます。ミウロスク聖霊殿でも正解でしたがアレフレット先生の問題は細かいですからね。ミウロスク廟と覚えていたティッド君は間違いなく安心の正解です。よく覚えていました」
「はい。ありがとうございます」
「ミウロスク廟は黒と白の結晶石を用いて聖霊、聖人の魂を往く通路を表現していると聞きます。先生も見たことはありませんが機会があれば一度は見てみたいものですね」
「ミウロスク聖霊殿は法国の聖地の一つでは?」
「お願いしたら見せてくれるかもしれません。何事も挑戦してみないとわかりませんよ」
「……ヨシュアン教師。もしも法国に赴いても無理難題で先方を困らせないように取り計らってもらえますか」
まるで自分が無理矢理、押し通るみたいに言わないでください。
「ちゃんと国際的な某は守ってから頼みこむつもりですよ。先生を信じなさい」
なんでそこでティッド君まで目をそらすんですかね?
そして、エリエス君?
瞳で『私も行きます』と訴えないでください。困ります。
法国に行けるかどうかは貴族院を潰せるかどうかにかかっていますからね。
つまり、頑張り次第です。
「まぁ、話は横に逸れましたがキースレイト君の言う通り高級石材です。落として壊しても弁償しろとは言いません。ですが、取り扱いは慎重に」
フリド君が若干、ビクリと震えましたが怒らないと聞いて安心したようです。
このタイルをセメントで床に貼り付けていく作業をしながら、エリエス君とキースレイト君は改造した蛇口部の設置に取り掛かってもらう予定です。
「それでは生徒会を始めま」
「だりゃー!!」
お隣からマッフル君の声が響き渡りました。
復活して、同じく復活したクリスティーナ君と戦っているようですね。
「……始めましょうか。隣がうるさくて集中できない場合は先生に言ってくださいね。黙らせます」
カン、カンと木剣の叩く音に気が抜けます。
ほら見なさい。生徒たちも苦笑いです。
もちろん、自分の発言ではなくクリスティーナ君とマッフル君にです。当然です。
もしも苦笑いの原因が自分の発言なら、どこに苦笑いできる要素があるのかじっくりと問い詰めたいですね。
「それでは作業に移りましょうか」
エリエス君とキースレイト君、フリド君の常連三人組はもう慣れたもので戸惑いはありません。
早速、作業に必要なものを取りにシャワー室の入口に歩いていきました。
一方、実際の建築作業をしたことがないセロ君とティッド君は少し迷ってからエリエス君たちについていきました。
こうした長期に渡る依頼に出すのなら連続での受諾方法も考えるべきですかね。
常連の三人は明らかに効率が違います。
依頼受諾の変形、というのでしょうか。
バリエーションが変更されたら、それに合わせた選択も可能です。
デメリットは依頼の独占が可能だということです。
これはどうでしょうね。良し悪しがきっちりしている分、賛否両論ありそうですが提案してみてもいいかもしれません。
主に自分はセロ君とティッド君に逐一、指示を出していきます。
もちろん実際に言って聞かせ、やって見せて、やらせてみせるの基本項を踏みながら褒めることも忘れません。
術式具の体験学習の時にも学びましたが、こうした方が生徒たちは覚えやすいようです。
褒められて自信がつけば胸を張って作業ができます。
失敗しそうな時はちゃんと声をかけます。焦らせずに丁寧にさせました。
同時に常連組も見ていると徐々にですがタイルが床に敷き詰められ、蛇口も取りつけられていきました。
こっちはもはや何も言うことはありません。
やがて太陽が真上に来る頃には内装が整い終わっていました。
「まだセメントが乾ききっていませんが結晶石のおかげで早く固まることを考えると、少し長めの昼休憩の後で使えそうですね」
総面、薄い緑の筋が入った石で作られた内装。
ですが想像以上のものがそこにありました。
石材そのものの白と結晶の緑が混じりあった色合い。
一つとして同じ模様がなく、天然建材ならではの温かみと各個室を仕切る白色の板は違和感なく混じっています。
ただの緑色だとこうはならなかったでしょうね。
入口側から内装を見ている生徒たちも同じような気持ちでいるでしょう。
その後ろにいる自分もそうです。
出来上がったという達成感です。
「キースレイト君の提案は良い風に働きましたね」
内壁にタイルを張る途中、キースレイト君から提案がありました。
腰より下の部分に色の濃い石材を使い、薄い素材は高い位置にするというものです。
「どうせやるのなら景観にこだわるのも悪くないと思いまして」
キースレイト君は幼い頃から良い美術品を見てきたのでしょう。
審美眼が培われていたので適当に張るのを嫌がったのだと思います。
「本当はタイルの濃淡で絵の一つも表現してみたかったところですが」
「さすがに材料不足ですね」
そんなことまで考えていたことに驚きました。
素材と時間に余裕があれば考えついていたでしょうが、今ある材料でより良くを目指したキースレイト君は褒めるに値するので撫でてあげました。
自分一人だとこうはならなかったでしょう。
「な――!」
「想像以上です。驚きましたよ」
「――と、当然の努力です。一依頼であろうとも最善を尽くすのはどのような仕事であっても同じことでしょう」
硬直して顔を真っ赤にするキースレイト君は年相応に見えましたね。
普段は澄ました顔を意識しているようですが、この子もこの子でまだ少年なんですね。
「どうして」
エリエス君がキースレイト君をガン見していました。
一方、キースレイト君は睨まれていると思ったのか少したじろぎました。
さらに顔を真っ赤にさせているところは突つかないでおきましょうか。
「どうして下を濃くしたのか、ということを聞きたいのですよ」
言葉足らずなエリエス君が小さく首を動かしました。
「あ、あぁ。色合いが濃いものが腰より下、足元でもいい。ともかく視線より自然、下側にあると安定する」
恥ずかしさからか首元を必死で開けようとするキースレイト君でした。
「この建物が安定していると見る者に思わせられる。誰も不安定な場所で風呂に入りたいと思わないだろう」
「エリエス君。今まで見てきた建物の内部は似通った色合いをしていませんでしたか?」
学園の廊下、教室、【大食堂】。
職員室、社宅や寮もそうですね。
実際に絵に描いてみるのが一番、手っ取り早いでしょう。
立方体の下と上、どちらを黒く塗れば、ずっしり重く見えるのか。
エリエス君は自分の言ったそれらを思い返して、また頷きました。
「キースレイト君の言う通り、部屋にいるときは安心したいでしょう? そうした心配りが建築家には必要なのです」
「使う者の求めを配慮する」
ぼそりと呟くエリエス君。
以前、教えたことはちゃんと頭の中にあるようです。
「まぁ、一つ、残念なところがあるとしたら……」
誰もが天井を見上げました。
誰がなんと言おうと間違いなく木目がそこにありました。
「天井のタイルが足りなかったことでしょうね」
屋根裏の色ですね。天井は木材なので薄茶色……、緑に比べると濃い色です。
せっかくのキースレイト君の配慮もこの色で台無しです。
全てが同じ色合いで構成できなかったことでしょうか。
こんなところにも計算違いが隠れていたと気づいたときにはもう遅かったですね。
「……もう一度、建材を取りに行くことはできませんか」
「残念ながら時間切れです」
湯気は上に向かいますから木材だと少し不安ですね。
主にカビや腐りのせいで天井が痛みます。一応、空気を通すようにしてあるので湿気に弱いとも言い難いのですが。
強制的に室内を換気するような通風孔がいりますね、これ。
「天井に湿気を外に出す術式具を作るか、棟梁さんに任せてしまいましょう。すぐに腐ったりはしないのでしばらくは大丈夫ですよ」
不完全感は否めませんでした。
いっそ全て木材でも良かったかもしれませんね。
こうして最後こそ締まらなかったものの建材探しから三日続いたシャワー室の建築が終了しました。




