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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第四章
226/374

往きては棒に引っかかる

 森は静かでした。


 ゴトゴトと悪路を往く荷台の音だけが響き、心なしかヤグーも落ち着かない様子です。


「何もいない」

「そっか。ありがとう。この先に川があるんだっけ?」

「あぁ。以前、鉄鉱石を採りに行った時、そこで一度、休憩した! 今回もそうすべきだと思うがどうだ?」


 索敵するために先行していたエリエス君とティッド君が帰ってきて、ちゃんとマウリィ君に報告しています。

 フリド君も妙な意地を張らず、マウリィ君に協力的な態度です。


「そうね。小川があるならその傍が一番、いいだろうけど水場は他の生き物も来るからちょっと手前で休憩しましょ」


 フリド君とマウリィ君は仲こそ悪いですが、共同作業はできるようですね。


「たしかに小川を抜けるとヴォルフの縄張りだ。奥で休むより安全だ」

「ちょっと早いけど小川に着いたら休憩にしましょ。先生もそれでいいですか」

「えぇ、構いませんよ」


 ちゃんと生徒同士で取り決めている姿を見ていると、なんとも微笑ましいですね。


 しかし、その中で目立つ姿がありました。


「どうしたティッド。さっきからキョロキョロして」


 フリド君もティッド君の挙動不審が気になったようです。


「ティッドも一度、通った道だから覚えているだろう。ちゃんと原生生物に注意していれば問題ないはずだ」

「うん、そうじゃなくて……」


 以前、ここの近くを通った時、ヴォルフは出てきませんでした。

 あの時は罠の術式具を危険と判断したヴォルフが一時的に近辺からいなくなったはずです。


「先生、質問いいですか?」

「えぇ、なんですか」


 ティッド君が少し、困惑気味に眉根を寄せていました。


「ここまで来る時もそうでしたけど……、道が少し歩きやすくなっていませんか」


 真っ先に変化に気づいたのはティッド君でした。


「ん? そういえば前は木の根が露出していて歩きにくかったな。今回はまだ昼前なのに小川まで来ているということは……」


 考えるフリド君。

 自分は知っていますが、ここはでしゃばらずに生徒の推測を聞いてみましょう。


「我々の足の筋肉が強くなった証拠だ!」


 やっぱりダメでした。


「そうじゃなくって、さっき木板が地面に埋められてたよ」

「そうか! なら、一体、誰がそんなことを……」

「学園の守衛をしている冒険者たちですよ」


 話が進みそうになかったので、でしゃばりました。


 事情の知らない生徒たちからすると不思議な解答だったと思います。

 現にエリエス君も興味深そうな瞳を向けてきています。


「どうしてですか?」

「冒険者は道を広げるのも仕事……、というより習性、癖、なんて言葉が一番でしょうか」


 少し説明に困りました。

 自分も冒険者について、詳しいわけではありませんからね。


「いうなれば義務、でしょうか。採取や採掘などに通る道があるでしょう? そうした場所は大抵が国の事業や採掘者たちが道を作っていくのですが、そうした採掘場は所有者がいます。勝手に採掘すると犯罪です」


 冒険者たちは誰の所有もない山地や、まだ開拓の進んでいない山裾に向かいます。

 文句を言われませんしね。

 もっとも未開拓地域ほど危ないところも多く、領主も匙を投げた環境も多いでしょうが。


 そうした場所に採掘に出かけるとどうしても道が必要になります。

 しかし、道は国や領主、商人が作るもの。

 一部のはぐれ者たちのために不必要な道を作ったりはしません。


 そうなると困るのは冒険者です。

 何時まで経っても良質の採掘場まで道が出来ません。毎回、危険を侵さなければならないとなると赤字も多くなります。


「彼らは訪れた場所までの道を少しずつ広げる手段を持っています」


 実際、どうやるんでしょうね。

 術式で木を切ったり、デコボコな道をならしたりするんでしょうか。

 自分なら施工業者からパチ――覚えた土工術式や革命軍で習った塹壕作りの術式がありますが、冒険者も似たような形で覚えるんでしょうか。


「今から向かう山裾は鍛冶師のヴァーギンさんが鉄鉱石を掘るのにも使うので、冒険者たちが気を利かせて道を広げてくれたんですよ」

「どうして守衛さんたちはヴァーギンさんのために、そんなことを?」

「簡単な話ですよ。君たちが今着ている防具、持っている武器などの多くに鉄が使われているのと同じ理由です」

「あ……」


 ティッド君もここまで言われて、ようやく気づきました。

 隣でフリド君もポンと手を打ちます。


「なるほど! 防具の修理にも鉄を使うとなると冒険者たちもまた、ヴァーギン鍛冶師に鉄を持っていてもらわなければならないのですね!」


 納得してもらえたようです。

 もっともそれだけが理由ではありませんけどね。


 ここと同じように広げた場所が三箇所あります。

 北と西と東……、南は元々、学園の入口がありますから必要ありません。


 その全てが君たちのためです。


 そして、そのおかげで牛車も快適に進んでいます。

 ゴトゴトと上下に揺れるのは……、まぁ、想定内でしょう。

 車輪がとられないだけマシです。


「静かな森ですの……、まるで悪魔がこちらを見ているようですわ」

「ひゃぅっ」

「いきなり不謹慎なことを言わないでくださいね、ティルレッタ君。そして、セロ君。先生も色々と見てきていますが悪魔なんていませんでしたよ、怯えないの」


 背後からのつぶやきに背筋がゾワゾワとします。

 何よりティルレッタ君が悪魔じみています。


 悪魔、ね。

 架空の生き物ですよ。

 広い世界にはそう呼ばれる生物が居てもおかしくないのでしょうが、自分が見てきたのは悪魔のような人間の起こした悪夢のような出来事だけでした。


 そういえば神話の中でも悪神の手先はいましたが悪魔と呼ばれるものはいませんでしたね。

 悪神の手先を悪魔と呼ぶべきなのでしょうが、なんというか悪神の手先はいつも唆された人間や神だったりします。


 その他で有名なものと言えばスィ・ムーランも登場する、神話の最終章。


 『ファーヴニール大討伐』でしょうか。


 嵐を呼び、嵐を喰らい、嵐を切り裂く、最大級の魔獣神。

 現存する【神話級】の中でもっとも強烈な魔獣で、多くの神々を喰らい潰しました。


 その次に鎖の森に縛られた【無色の獣】でしょう。

 名前はなく【無色の獣】としか呼ばれておりませんでした。

 この物語はたしかスィ・ムーランとイルミンシアの悲しい別れの話でもあります。


 どの魔獣も神すら殺す巨大なバケモノとして描かれています。

 もしも、これらの神話が架空の話だったとしても、魔獣はその頃から人々にとっての恐怖だったということです。


 それこそ信じる神すら超えるものとして描かれます。


 すでにティルレッタ君は己の呟きなんて忘れ、セロ君を【エセルドレーダ】人形であやしています。

 ティルレッタ君の中でもセロ君は庇護欲の対象なんでしょうかね。


 そんなセロ君や友達になったエリエス君はティルレッタ君に何も感じないんでしょうか。

 自分なんかまだ背筋に指を這われているような、嫌な感覚が――


「……待て、いや、待ちなさい。全員、止まれです」


 ――思考に没頭していたせいで気づくのが遅れてしまいました。

 致命的でなかっただけマシでしょう。


 慌てず牛車を停車させました。


「警戒態勢です。ティッド君は荷台に。セロ君とティルレッタ君は絶対に荷台を降りてはいけませんよ。エリエス君。マウリィ君は後方、フリド君は前方、ただし荷台とヤグーだけを守りなさい。セロ君は陣形が整ったら物理結界です」


 自分はすぐに御者台を降りて、矢継ぎ早に指示を出します。


「え……! あ! 皆、先生の言うことを聞いて! 防御陣形!」


 マウリィ君の頭の回転は早いですね。

 自分の突然の指示が、すぐに危急だと理解しました。

 そのうえで指揮系統が突然、変わって混乱しそうなところを再びマウリィ君が声を出すことで落ち着かせました。


 誰かの世話を焼く、ということは誰かの『どうしたいか』を本能的に理解していないとできません。

 エリエス君は理屈で『どうしたいか』を突き詰めていこうとしますから、こうした部分をマウリィ君から見習って欲しいですね。


 さて、実に厄介なお客さんのようです。


 内紛時は源素のバランスが崩れていたせいで結構、姿を見てきました。

 今、こうしてバランスが戻り、王都にいたこともあって最近はあまり姿を見ていませんでしたが、メルサラの調査では居る、あるいは居たと知っています。


 以前は出てこなかったのでここにはいないと思っていましたが。

 そうは問屋が卸さないようです。取り扱い商品は運命ですか? そんな問屋は告訴したいですね。


 遠くから響く、低く荒れ狂う息の音。

 ただそれだけでざわりと肌を撫でる、忌まわしい音。


 タッ、タッ、と軽快な音を伴って近寄ってくる何かは、森の暗がりから顎を開きながら現れました。


 黄濁色した汚らしい涎をまきちらし、鋭い刃のような犬歯を付けた異形の黒狼。

 硬質化した毛皮がまるで針のように尖り、全身を無数の針で串刺しにされたような姿。

 ヴォルフを喰らい成長した無色のみなしご。


 スレッチ・ヴォルフ。


 荷台の横合いから迫る異形の狼。


 狙いは荷台に乗るか弱そうなセロ君とティルレッタ君でしょう。

 しかし、そんなことをさせるつもりは毛ほどもありません。


 すぐに迎え撃つ形で滑りこむと飛びかかってきた先頭のスレッチ・ヴォルフを【獣のグリーヴ】で蹴りあげました。

頭が爆散し、大きな体躯だけが荷台にぶつかりズルズルと地面に落ちました。


 続いて時間差で左右からです。

 蹴り足はまだ元に戻っていません。

 このままだと荷台に取りつかれる――のですが、同じように飛びかかってきたのを見計らって指を鳴らしました。


 その瞬間、地面から槍衾のように広がる氷の槍がスレッチ・ヴォルフを貫きました。

 どこかから来るのなら当然、前後左右に罠の術式くらい仕掛けていますよ。


 警戒した時点でちゃんと用意しておきました。


 ちなみにですが、指を鳴らす必要はまったくありません。

 ちょっと格好つけたかっただけです。


「もう一発!」


 もがきながら氷の槍から脱出しようとしていた手前のスレッチ・ヴォルフの頭を【獣のガントレット】でもぎ取りました。

 それでもなお首だけで指を噛もうとしたので握りつぶしました。ばっちぃです。


 もう一匹は氷の槍から脱出し、自分を警戒するように威嚇の唸りをあげました。

 ヤツらは相手が強かろうが関係なく、挑みかかってきます。

 危機本能よりも食うことが優先されているからです。


 飢えているのではなく、食うことです。


 腹が破けても食うらしいですからね、こいつら。


 とにかく素早く片付けてしまわないと危険です。

 自分よりも生徒が危ない。いえ、生徒に危険はありません。

 自分がいる以上、指一本、触れさせません。


 ……護衛依頼だったのはこの際、遠くに放り投げましょう。


「さて、と」


 まだ警戒して遠巻きに見ているだけのスレッチ・ヴォルフと睨み合うのも飽きました。


「ベルガ・リオ・フラムセン」


 瞬時に展開した上級術式。

 圧縮された水が高々速度でぶちまけられ、木々を薙ぎ倒しながらスレッチ・ヴォルフを飲みこみました。

 あれくらい圧縮された水に飲み込まれると石に身体をぶつけられるのと同じです。


 もう見えませんがスレッチ・ヴォルフの身体はバラバラになってしまっているでしょう。

 人間に当ててもバラバラになりますし、無力化は間違いないと思います。


「全員、無事ですか?」


 汚れた手を術式の水で流し、ハンカチで拭きます。

 無色の源素を含んだ体液は毒と同じです。

 若干、皮膚が痺れる感覚こそあれ、すぐに内源素が浄化するでしょう。


 振り向くと石像が四つ、ありました。


 ガタガタと鎧を鳴らしているフリド君。

 ただそこに居るだけなのに浅い息をして、胸を抑えているマウリィ君。

 革のグローブごと爪をかみ続けているティッド君。


「ひぅっ」


 セロ君はそのおぞましい姿に身を硬直させて、目を見開きました。

 呼吸できていないのか、青い顔をして何度も喉あたりを掴んでいます。

 ゼェゼェと喉の音が聞こえます。


 まずい、セロ君が一番、影響を受けすぎています。


 すぐにセロ君を抱きかかえ、背中をさすってやります。


「大丈夫ですセロ君。怖いものは全部、やっつけましたよ。もういません。ほら、もういないでしょう? 大丈夫、大丈夫です」


 恐怖で息が詰まり、呼吸困難になったセロ君は正常な思考が出来ていません。

 合理や理屈で何を言っても無駄です。


 だから、安心させるように抱きしめ、近くに居ると安心させるよう優しく叩いてやり、ちゃんとハッキリした言葉で『大丈夫』『安心』を繰り返します。


 やがて、深く、ゆっくりとした動きで呼吸し始めるセロ君にホッとしました。

 下手をすると死にますからね、呼吸困難は。


 意識を失わなかっただけ僥倖でした。


「皆は大丈夫ですか?」


 見れば無事だったエリエス君とティルレッタ君がティッド君とマウリィ君についていました。

 自分がしたように身体に触れ、安心させるように声をかけています。


 ティルレッタ君なんてティッド君を抱きしめています。

 恐怖以上の羞恥心とセロ君が見ていると気付き、さらなる焦りに悶え苦しんでいました。


「ティルレッタ君。抱きしめすぎです。優しく、お人形を扱うように」

「うふふ。かわいいですの」


 聞いちゃくれません。

 やがて、ティッド君の手が力なく、ダラリと下がりました。

 感情を処理しきれず失神しましたね。かわいそうに。


 一方、エリエス君はマウリィ君の頭を撫でています。

 じっと目を見て背伸びしながら頭の撫でる様子にマウリィ君も力ない、苦い笑みを浮かべています。


 シュールすぎて恐怖が吹き飛んだようです。


 エリエス君は人に触れるのが苦手です。

 それでもマウリィ君のために触れることを選んだんですね。えらいですよ。


「フリド君。大丈夫ですか」

「は、はい! 不覚を取りました!」


 フリド君は自力で恐怖を克服したようですが、まだ拳が震えています。

 さぞ怖かったのでしょう。


 これが原生生物と一線を画す、魔獣に遭遇した人の症状です。

 

 無色の源素のせいなのか、それとも尋常ならざる異形を見るせいか。

 あるいは両方か。

 ともあれ、魔獣は見た人の恐怖を沸きあがらせ、伝染させる力のようなものがあります。


 強力な個体になればなるほど、この伝達力、伝染力も高く、訓練された騎士がパニックになることもあります。


 自分やエリエス君、ティルレッタ君のように効かないこともあります。

 特に自分はこの伝染に対処する方法を知っています。


 強い心を持つか。

 それとも内源素ではねのけるかです。


 自分はあの程度で恐怖するような心はありませんし、内源素も十分、鍛えて編みこんでいます。


 しかし、六人居て二人、エリエス君はともかくティルレッタ君まで魔獣の恐怖を克服するとは思いませんでした。


「ティルレッタ君、本当に大丈夫なんですか?」

「怖いものが来ても先生なら守って下さるのでしょう? 皆もいますの。怖がることなんて何もありませんの」


 恐ろしいことにこれだけの理屈で恐怖を乗り越えたようです。

 どうなっているんでしょうね、この子の精神性は。


 絶大な信頼を得ている、と見るべきなんでしょうがその裏にどのような黒い影があるのか、ちょっと怖いですね。

 少なくとも子供が持つ精神性ではありませんね、知ってましたけど!


 エリエス君も恐怖を感じていたでしょうが、この子の場合、精神抑制法がうまく働いているのではないかと睨んでいます。

 どんな状態でも心をフラットに保つ……、これも普通の子供にはありえない精神性です。


 あるいは恐怖という感情が薄いか。


 一体、どんな育て方をされたんでしょうね。


「こ、こわかったのですっ」


 こうして二の腕あたりに掴んで腕の中で震えているのが一番、子供らしいんですけどね。

 でも何故、グリグリと頭を自分の胸あたりに擦りつけるのでしょうか。


 動物って匂いをつけたがりますよね。

 いえ、セロ君に限ってそんなことありません。


 今は甘えているだけですよ、えぇ、この甘えため。


「セロ君。先生はまだやることがあります。ちょっと離してもらっていいですか。怖かったのはわかりますが、少し重要なことです」

「はふぅ……、はひっ?」


 セロ君が瞳をパチパチさせ、顔を真っ赤にさせていました。

 あぁ、体温高くなっているようなので安心ですね。


 人間は安心すると体温があがるものです。

 逆に恐怖すると下がるそうです。


「フリド君。手伝ってもらえますか」

「はい!」


 セロ君に離れてもらい、代わりにティルレッタ君を抱きしめさせました。

 ティルレッタ君は意外と抱きしめが好きみたいですぐにセロ君を捕獲しました。


 セロ君。残念そうな顔をしないように。

 ティルレッタ君に失礼ですから。


 フリド君を連れて、バラバラになった魔獣を探しにいきました。

 見つけた魔獣は身体がまっぷたつになっていました。


 荷台から少し離れた場所に魔獣の死骸を集め、ポーチから六色の源素結晶を取り出し砕きました。

 その全ての源素を操作し、術陣を描きます。


「ヘキサ・フラム」


 六色混合術式。

 これを一人でできる術式師はそう多くありません。

 しかし、一定の腕前になると必ず教えられる術式でもあります。


「白い……、炎」


 フリド君が呆然とした感じで呟きました。


「えぇ、見たことがありますか?」

「初めてです。これは、どういう術式なのですか」


 白い炎に炙られ、溶けていく魔獣の死骸。

 黒ずんだ汚い液体すらもボコボコと音を立てて消滅していきます。


「浄化の術式です。魔獣を倒した後は必ず【聖水】か六色を操れる人数でこの術式を唱えなければなりません」

「これが、浄化!」


 じっと白い炎を見つめ続けるフリド君。


 魔獣の体内には無色の源素に満ちています。

 この無色の源素をそのままにしておけば間違いなく、次の魔獣が生まれます。

 無色の源素を中和できるのは均一な六色の源素で作られた術式か、六色の源素結晶で濾過された【聖水】だけです。


 一応、術式の授業が始まってすぐの頃に教えている内容です。


「座学でしか浄化を教えなかったのは」

「我々が未熟だからですね!」


 人の話を途中で折るんじゃありません。


「いいえ。君たちがまだ浄化を使えないからではなく、『ヨム』の術韻以外の属性混成術式と術韻を教えていないからです」

「混成術式……」

「他の人と協力して使う術式のことです。もう少ししたら教える予定ですからフリド君もしっかり基礎練習しておきなさい」

「はい! ヨシュアン先生!」


 返事だけはいいんですよね。


 上級術式を扱い始めるとどうしても一人では源素操作できない色があります。

 そうした術式は他の人と協力して術式を完成させます。


 混成色の上級術式を一人で撃てるようになれば立派な一流ですね。

 単色の上級術式だけならまだまだです。


「術式師にとって浄化は義務と言っても良いものです。君たちはまだ術式師と呼べるほどではありませんが、覚えておいて損はありません。もしも魔獣を倒すほど強くなれば、必ず死骸の処理に困ることもあるでしょう。普段から【聖水】を持つのも難しいので、処理方法だけは覚えておきなさい」

「はい!」


 魔獣の死骸が燃えきったのを確認して、フリド君と一緒に生徒たちの待つ荷台へと戻りました。


「俺もヨシュアン大先生やヘグマント先生のように」


 途中、自分の背中に向けてフリド君が質問してきました。


「魔獣を倒せるように、なりますか」


 ちらりと後ろを見たら、フリド君は握り拳を睨みつけていました。


 アタッカーで、タンカーでもあるフリド君はあの時、魔獣の前に立たなければならなかった。

 ですが、震えて立ち尽くすことしかできなかった。


 悔しかったのかもしれませんね。


 あるいはもっと出来るはずと思っていた自分が情けなくなってしまったか。


「君がそう考え、惜しみなく鍛えることができるのなら必ず」


 その気持ちを尊重せずに、ただできるとは言いません。


「もしもできないのなら、一人でなくてもいいんです」

「仲間に頼れ、と」

「一人でやれることなんて限られています。怖いと思ったことも悪いことではありません」

「ですが俺は!」


 まっすぐぶつけてくる視線。

 まっすぐすぎて、自分には眩しいですね。


 そんな愚直な頭を鷲掴みにして髪の毛をグシャグシャにしてやりました。


「ぬお!? 何をなさるんですか!?」

「いいえ。それでもいいんです。一人で強くなりたい。男ならそういう時期があります。だから――」


 自分は仲間にすら怖がられました。

 復讐のためだけ、そのために己の力を底上げし、心を犠牲にし、誰も省みない自分を仲間は恐怖しました。

 蔑みの目で見る者もいました。

 失望する者もいました。


 それでもなお殺したい相手がいました。


「だからこそ仲間を大事にしなさい。強くなりたいのなら特に」


 そして、心の全てを失った時に支えてくれた人がいました。

 失望せずに愛し続けてくれている人がいました。


 そんなものを気にせず呵々と笑い飛ばすバカもいました。


 そのありがたさは今も胸にあります。

 そして、今になって気づくものだってありました。


 立ち直る、あるいは起き上がるのも一つの強さです。


「はい!」

「わかってくれましたか」

「わかりませんでした!」


 ぶん殴りたい。


「ですが、胸に刻みます!」


 まぁ、経験しないとわからないこともあるのでしょう。


 なんというか、そのまままっすぐに強くなって欲しいという気持ちもあります。

 まだ教えることもあるので、できれば健やかに成長して欲しいですね。


 そして、辛いときに思い出してもらいたいものです。


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