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リーングラードの学び舎より  作者: いえこけい
第三章
206/374

第一【試練】・ヨシュアンクラス

 専門制によって生徒の質は平均化されたはずでした。

 担当制で生徒個人を測り、専門制で生徒たちを平均化しつつ個人に特化していく。

 言ってしまえば今までの授業は生徒の個性をあぶりだす手法でもありました。


 しかし、第一【試練】において学習要綱で定められた項目は『平均化された生徒の実力を見定める』とされています。


 当初の予定では全ての生徒は平均化された成績を示さなければなりませんでした。

 実際に不可能であっても努力目標としてぶら下がっていたのです。


 はっきり言いましょう。


 ウチのクラスはそこんところ、真っ向から喧嘩を売っています。


「これよりヨシュアンクラスの【試練】を始めます」


 レギィの宣言にクリスティーナ君は不敵な笑みを、マッフル君はそんなクリスティーナ君をジト目で、エリエス君は観察した瞳のまま、セロ君はまだ迷うように瞳を泳がし、リリーナ君は……、


「ふ……、であります」


 胸を強調させました。

 あー、そうですね。レギィと同じくらいと仮定してもまだ成長の余地を残しているリリーナ君では勝負にならない、と態度で示したのでしょう。イヤな挑発すんな。


「なにか?」


 レギィもこれには引きつった笑みでした。


「先生は大きなおっぱいが好きな人族であります」


 模擬戦前に何言ってんだ、この不思議生物は。


「試練官は先生の好きなおっぱいじゃないであります!」


 犯罪者に証拠を突きつけるように指を差すリリーナ君。

 人の性癖を周囲にバラすんじゃありません! 先生の社会的地位をなんだと思っているのですか!

 レギィもこっち見んな。睨むな。


「~~ヨシュアン! 生徒になんてことを教えているのですかっ!」

「全身全霊で自分のせいじゃありません!」


 リリーナ君のあの暴走は一体、なんな……おや? エリエス君が小さくこっちを見ています。

 もしかして戦術の一環ですか?


 レギィの動揺を誘うつもりなんでしょうが精神抑制法があります。

 精神的動揺でレギィは揺さぶれませんよ?


「先生は教師のくせにそのようなことを考えていたのですの!」

「先生、サイテー!」


 クリスティーナ君とマッフル君がここぞとばかりに批難してきました。

 おい、味方にも被害が出ているじゃありませんか。

 本当に戦術なんでしょうね、これ。


 あ、エリエス君が目をそらした。


「趣味趣向はどうでもいいので【試練】に集中しなさい!」


 くそう……、いくら近いとはいえ二歩三歩で殴りに行ける距離ではありませんからね。

 帰ってきたら四人ともオシオキです。


「あー……、始めても?」


 ヘグマントも苦笑いで銀貨を持て余していました。


「とっとと始めてください! ヘグマント先生」


 もうこれ以上、ズタズタにされる前に殺気を出しながらヘグマントに催促しました。


「なら始めさせてもらおう。ルーカンの名の下に良き試合を!」


 弾かれた銀貨は夕暮れの陽を一瞬だけ反射させて、それから重力に引かれて落ちてきました。


 金属を叩く小さな音が始まりの合図です。


 すぐに慣れた動きで一斉に陣を作ります。

 前衛に三人、クリスティーナ君、マッフル君、リリーナ君。

 後衛二人のエリエス君、セロ君。

 もっとも基本的な型にして汎用性のある竜巻陣です。


 一方、レギィは軽銀板をいつものように五枚並べて防御の型からです。


 防御に自信があるレギィは必ず相手に先手を譲ります。

 相手が行動してから迎撃する、もしくは見てから行動します。

 これは己の身を守り、同時に生徒の生命を守るのにもっとも最適な動きだからです。


 【支配】の使えないレギィにとってはもっとも安全な形は『生徒たちが行動した後を狙う』ことだからです。


 絶対に後手を取るレギィ。


「でさ、あたしら三人は自由にやれって話だけどどうする?」

「同時に襲いかかったらいいじゃありませんの」

「リリーナは二人に合わせるであります」


 なので目の前で会話していても動けません。

 というか敵の前で余裕の会話するんじゃありません。

 作戦の内容、バラしてるじゃありませんか。


「良いことを思いつきましたわ! この勝負、一瞬で片付ける力が私にはありましてよ」

「ふーん、じゃぁ、さっさと終わらせてよ」

「……一瞬で片付ける力が私にはありましてよ!」

「だから、やったらいいじゃん。別に口に出さなくってもさ。何? 大見得切っただけ? キモッ!」

「鏡を見てからおっしゃってくださいません? それに違いますわよ! まだ不完全なので少し注意を引きつけておかないとできませんの!」

「だったらそう言やいいじゃん。勿体ぶってちゃ伝わるもんも伝わらないに決まってんじゃん。リリーナ、とりあえず何の案もないしやろっか」

「【試練】の行く末はクリクリの腕にかかってしまったのでありますね……」

「残念そうに言わないでちょうだい!」


 こいつら、後ろからウル・プリムを撃ってやろうか。


 とにかく、ようやく動き始めた問題児三人。

 この三人は体育で五位内に入る実力があります。


 それぞれが【弱支配】を使えて、リリーナ君に至っては【軟支配】にまで発展しています。


 その成績の意味を知ったレギィは目を見開かずにはいられませんでした。


 最初は三枚の軽銀板を使用し、走り出した三人を止めようとしました。

 三人に対して三枚。今までと同じ方法です。


 軽銀板の攻撃方法は単純です。

 面を向けての押し出し、押さえこみ。側面を向けての薙ぎ払い、唐竹割りなどの剣と同じ手段です。

 ですが自由自在に動き回るので、まるで透明な何かが軽銀板を武器にして戦っているような形なのです。


 五枚の軽銀板はそのまま五人のタンカーと考えてもいいでしょう。

 しかし、どんな役割を持とうとも攻撃するときはアタッカーです。


「わお。危ない」


 横薙ぎされた軽銀板をマッフル君はしゃがむことであっさりと避け、下から上へと軽銀板を押し上げながら突破しました。

 クリスティーナ君は押し出された面に対して身体をひねりながらの飛びこみ前転で避けてしまいました。


 リリーナ君に至っては軽銀板を踏み台にして飛び越えてしまいました。


「……うそぉ!?」


 マウリィ君が口を抑えて驚きの声をあげました。

 あれほど生徒たちを苦しめた軽銀板もあの三人の前だと形無しでしたね。


「突破するだけなら実はとても簡単です。キースレイト君は理解できますね」

「……はい。私やフリド、おそらく他の何名か同じことができます。ただ戦術を考えれば必要がなかった」


 アタッカーが前に出るのは当然としてタンカーも攻撃に回るなんて戦術はそうそう使えません。

 戦術の基本は『如何にして戦略目標を達成する条件を多く生み出すか』です。

 戦略目標はレギィに勝つこと。

 ならば勝つにはどうしたらいいのか、そのルールの下で効率良く人材を動かすことです。


 まぁ細かい話は飛ばして、悪い答えだけ言ってしまいましょう。

 一番の愚策は何も考えず全員で突破だけを考える、です。

 レギィに結界がある以上、突破しても後がないからです。


 この愚策に近いことをしたのはフリド君です。知らなかったとはいえ悪手でした。頑張りや粘りは認めますけどね。


「あぁして前に出てしまうと後衛が無防備になります。最大火力を持つ後衛が先に沈めば結界を破ることができません」

「そうですね。それは正しい見立てです。そのうえで己を囮にしたキースレイト君の戦術はとても良かったですよ。ですがヨシュアンクラスならどうでしょう?」


 レギィは守りの二枚の軽銀板を加え、とにかく三人を止めようとします。

 さすがに五枚相手だとクリスティーナ君もマッフル君も足を止めて回避に専念し始めました。


 これ一つとっても言えることがあります。


 良い精神状態を保っていますね二人とも。

 油断せず、慢心せず、それでいて突出せず状況を理解しています。


「ふーん。なんかさ、あの板って相手がいないからやりにくいと思ってたけど実際、そんなことないよね」

「音に聞こえし教会の神秘とやらも、私とその他大勢の前ではただの板も同然というわけですわね」

「その他大勢じゃなくってリリーナとマフマフでありますよ?」

「いちいち言わなくても知ってますわよ! 何故、驚いた顔をするのですの! まさか私が知らないから言ったのではありませんわよね!」


 三人とも五枚に増えても余裕そうな表情を変えません。

 もともと三人とも、回避に自信がありますからね。


 ストライカーのクリスティーナ君はそのままですし、マッフル君はタンカーよりもアタッカー向きで受け流しが基本です。

 リリーナ君はそもそも当たらない場所にいますが、こうして近接に入ると走り回るわ飛び跳ねるわで触れさせもしません。


「ところで何時になったら隙を作るつもりですの。避けるのは良いのですけどこれでは動けませんわ」

「んじゃ、そろそろやるから失敗しないでよ」

「しませんわよ。私を誰だと思っていますの」

「クリクリ……、自分の名前を忘れたらダメであります」

「だから! 喧嘩なら高く買いますわよ!」


 リリーナ君も避けながら『てへっ☆』って顔を止めなさい。

 怒らせているように見えますがリリーナ君をよく知る者からすれば別の意味があります。

 クリスティーナ君は一度、レギィに敗北していますからね。

 いくら冒険者相手に自信を取り戻したと言っても肩に力が入らないとも限りません。


 敵愾心をブレさせて爆発しないように気を使っているのでしょう。


 クリスティーナ君が気づいているかどうかは……、どうでしょうね。

 あの子は妙に鈍感ですから。


 この様子にレギィは冷静な瞳をしていました。


「クリスティーナ子爵。マッフルさん。そしてリリーナさん。三人とも、余裕があるようですが本当に大丈夫ですか?」


 軽銀板の一つが後衛に向けて飛び出していきました。

 前衛全てが前にいる状態でレギィが後衛を狙えばどうなるか。

 キースレイト君の危惧通りですね。


 言わんことではない、とばかりにキースレイト君の顔に焦りが浮かびます。

 まぁ、でも、大丈夫でしょう。


 『あれくらい』ならあの三人で対応できます。


「ヨシュアン先生の枕! 一個銀貨一枚から!」


 マッフル君がいきなり叫んで、軽銀板を受け流しながら前に出ました。


 ちょっと待ちなさい。

 何をいきなり人の物で取引を始めているのですか!


「持っていますから要りませんっ」

「なんで持ってんだレギィー!?」


 渾身の叫びでした。

 たぶん、学園に来て初めて本気で叫びました。


 ビクリと身体を震わせるレギィ。

 その顔には『しまった』という顔が張りついていました。

 大体、枕は社宅に置いてますし、どこに……あ。


 王都の自宅か! 人がいない間に何をしてんだ!


「ちゃんとベルベールの許可を得ましたっ」

「得るか得ないかの問題ではありません!」


 ベルベールさんも何を考えてんだ!?


「ならヨシュアン先生の……シャツ! 一枚銀貨七枚から!」

「売りません! 勝手に取引物品を増やすんじゃありませんマッフル君!」


 よし。今すぐあのバカどもを殴りに行きましょう。


「ヨシュアン教師! 落ち着いてください【試練】中です!」

「ヨシュアン大先生! お静まりくださいぃー!?」

 

 キースレイト君とフリド君が全霊の力を込めて腰にしがみついてきました。

 くそ……、強化術式を使ってでも!


「リィティカ! ヨシュアンを止めろ!」

「ヨシュアン先生ぇ! 【試練】中に邪魔をしたら負けになっちゃいますよぅ!」

「いや、おかしいでしょう? 明らかに自分のせいじゃないでしょう!」

「せいじゃなくても我慢してくださぁい!」


 教鞭でペチペチされて怒られましたが、これは自分、怒ってもいいですよね? 間違っていませんよね? 

 なんで【試練】中なんですか!


「あれ? クリスティーナさん?」


 ティッド君の不思議そうな声だけがこの場とは無関係にだったため、やけに耳に残りました。

 怒り冷めやらぬ状況ですが、精神抑制法で落ち着かせながら戦況を見てみると……。


 今まさにレギィの死角に入り込んだクリスティーナ君がいました。


 レギィもすぐさまクリスティーナ君の居る方に振り向き、物理結界を張りました。

 細剣【レピンド】が物理結界とぶつかり火花をあげました。


「クリスティーナ子爵!? どうやって……っ」


 レギィが心底、驚いた顔をしてクリスティーナ君と相対していました。

 驚いたせいで後衛のエリエス君を狙った軽銀板はピタリと空中で止まっていました。


「……まだ練度が足りなかったようですわね」


 まさか『幽歩』ですか?

 クリスティーナ君は『幽歩』を成功させ、レギィの死角に潜りこんだようですね。


 あぁ、なるほど。

 全てを理解しました。


 おそらくクリスティーナ君はまだ『幽歩』を完全に覚えきれていなかったようです。あの【試練】対策授業の中でクリスティーナ君は一人で練習していたんでしょうね。

 不十分であってもなんとか形にしたのでしょう。


 マッフル君め。そのために自分を怒らせてまでレギィの注意を一瞬、自分かマッフル君に逸らしたのでしょう。


 まんまとその瞬間に『幽歩』を使い、レギィの背後に回ったようです。

 ですがクリスティーナ君、一つ間違っています。マッフル君に至っては道徳的にアウトです。


 レギィは何もクリスティーナ君の練度の低さのせいで『幽歩』を見破ったわけではありません。


「確かに下級ですが索敵術式まで使いますか」


 上級の索敵術式と違い、下級は近寄る動くもの全てに反応する準結界術式です。

 常時発動させておくのはリソースの面でも非常に厳しい術式ですが、儀式場という供給口があるのなら余裕で使えるでしょう。

 そして、レギィに索敵術式を使わせたのはマウリィ君です。


 軽銀板に集中したせいで空中からの奇襲があることに気づいたレギィはすぐさま奇襲対策を講じました。

 もしもマウリィ君たちリィティカクラスより前にヨシュアンクラスの【試練】があったのなら、この時点で勝負が着いていましたね。


 レギィは戦闘経験の少なさを自覚していて、なおかつ次に活かし対策を考えてきますからね。

 成長するんですよ、面倒なことに。


「なら、これで! ウル・ウォルルム!」


 今の力では物理結界を壊せないと悟ったクリスティーナ君はすぐに強化術式を使い、両手で力を込めて細剣を突き出しました。

 一層、火花が散る細剣と物理結界。


「クリスティーナ! 上!」


 マッフル君が短く警告を飛ばし、すぐにクリスティーナ君はその場から後ろに飛び跳ねました。


 直後、軽銀板が落ちてきて石畳を砕きました。


 おい、だから石畳というか儀式場の管理は自分なんですってば。

 無茶苦茶しないでください。


 後衛を狙った軽銀板を動かし、マッフル君とリリーナ君の頭上を経由して、クリスティーナ君を攻撃したのです。

 強化術式を使っていなければクリスティーナ君は避けられなかったでしょう。


「うわぁ……、クリスティーナが失敗したし」

「クリクリはいつもどおりでありますね」

「何か言いまして!」


 こうなると前衛組は難しいですね。

 奇襲が不可能となり、真正面から挑まなければいけなくなりました。

 強化術式を使った腕力でも通用しない。


 ここから物理結界を壊すほどの力を持ってくるとなると術式しかありません。


 つまり、後衛の火力にかかっていますね。


 後衛のエリエス君とセロ君は、というと……。


「たぶんチャンスは一回だけ」

「でもでも……」


 術式も編まずにセロ君と何かを喋っていました。

 エリエス君が物理結界に上級術式を使えば、もしかしたらレギィを抜けるかもしれませんね。

 しかしキースレイト君の戦術と同じようにはいきません。


 術式を軽銀板で対処して、物理結界で身を守れば以前と同じ戦術は封殺できます。

 当然、レギィも思いついているでしょう。


「術式は警戒されてる。だからセロがやるしかない」

「……ぁぅ」


 なんらかの考えがあるようですがセロ君がまごついていて、エリエス君はその説得をしているのでしょう。

 前衛組に自由にしておくように言ったのは時間稼ぎだったわけですか。


「何が問題?」

「だって、レギィさまが……」

「試練官を倒さないと皆が困る。模擬戦の形を取っている以上、怪我くらい本人も承知済。ほかに何も問題ない」


 エリエス君はセロ君がどうして戸惑っているのかわからないのでしょう。


「怖いから?」

「……こわいのもあるです」

「弱虫。頑張るって言ってたのに」


 エリエス君の何気ない一言はセロ君を容赦なく責め立てます。


 戦闘に向かない子の大体は『相手の痛みがわかってしまう』のです。

 こうしてやれば、これくらい痛いだろう。それを自分に置き替えて嫌だと思ってしまうのです。相手もこれくらい痛いんだと思って手心を加えてしまうのです。


 なんてことはありません。

 人間として正しい、とても大事なことです。


 しかし戦闘においては足枷以外の何者でもありません。

 中にはそうした心を戦闘に昇華する人もいますが、そういうのは勇者とか聖女とかで十分です。ありえません。優しさを力に替えるってどういうエネルギー効率の下で算出されるんでしょうか? たぶん内蔵のどこかに専用の臓器があるんじゃないでしょうか。


 自分が説得しておけばこの場はうまく誤魔化せたでしょう。

 時間がなかったのも事実です。正直、言いくるめることは可能でした。


 でもセロ君が戦うたびに先生が意味を教えるんですか?

 アレフレットではありませんが、アレはヨシュアンクラスの【試練】であり、セロ君の【試練】です。

 何に頑張り、何に挑み、どんな意味があるのかは自分で見つけなさい。


「足でまといはイヤと言ってたのは?」

「ぁぅぁぅ……」


 とうとう答えられなくなったセロ君は下を向いてしまいました。

 エリエス君もここまで理由付けして何故、やる気が出ないのか不思議な顔をしていました。


 エリエス君。それじゃダメです。

 教えたはずですよ。


 考えこんでいるエリエス君には悪いのですが、あまり時間はありません。

 今も軽銀板を引きつけている3人。


 まるで優勢に見えますが実情はそうでもありません。

 派手に動き回っている分、スタミナの減りは速いでしょうね。


 リリーナ君はともかく残り2人は厳しいですね。

 特にクリスティーナ君。普段使わない筋肉を使う『幽歩』はごっそりスタミナを持っていきます。


「……求め」

「ぇ?」

「セロは試練官のこと、好き?」


 突然の言葉にセロ君が慌てふためきました。


「母みたいだと言ってた。『意味がわからない』けれど親しい女性であることはわかった」

「それは、そう? かな?」

「もしも試練官がセロをぶったらどう思う?」

「ふぇっ? それは、かなしぃです」

「嫌いになる? 哀しいだけ?」


 聞いておいてエリエス君の瞳は好奇心が溢れていました。

 純粋に聞いてみたいのでしょう。

 人の求め、セロ君の求めを。


「……きらぃにならないです」

「どうして?」

「だって、たぶんセロがわるいことをしたから?」

「悪いことをしてなかったら?」


 セロ君は首を振りました。


「好きだから……、かな?」

「そうなると好きになった相手にぶたれても嫌いにならない、なれないという方程式が成り立つ。セロの求めをそのまま相手に当てはめるなら試練官も同じ」

「レギィさまも同じ?」

「セロが試練官をぶっても平気。それなら怖くない」


 少しズレてはいますがエリエス君はセロ君の求めを理解しましたね。

 なら後はセロ君だけです。


「試練官はきっとちゃんと【試練】をしないセロを怒る。でも嫌いにならない。セロが戦っても嫌いにならない。ならセロは何が怖い?」

「……本当なのですか? 本当に?」

「大丈夫。保証する。セロがその気持ちでいるなら前提は揺るがない。証明もする」

「しょうめい?」


 そうですね。セロ君は自分の気持ち以上にレギィの気持ちに嫌われることが怖いのです。

 申し訳ない気持ちや戦わなければいけない気持ち、役に立ちたい気持ち、色々混じっています。


 その全てを吹き飛ばす言葉は一つです。


「レギンヒルト試練官。セロが【試練】に挑んでも嫌いになりませんか?」


 レギィは突然、問われても笑みを崩していません。

 一方、あたふたと涙眼でエリエス君の裾を揺さぶっているのはセロ君です。


「もちろんですセロさん。懸命に努力した子をどうして嫌いになれましょうか。思う通りにぶつかってきてください」


 その言葉、後悔しないでくださいね。

 自分でもこの子たちの全力はちょっと引きます。


「これで証明終了。他に意見は?」

「私たちが頑張っているのに世間話してる場合じゃありませんわ!」

「ていうか、マジしんどいから早くして」


 前衛から文句が飛んできました。

 スタミナから考えると一発勝負ですよ? エリエス君。


 そしてセロ君。もはや扉は開かれています。


「求めよ、さらば与えられん……ですね」

「それはどういう意味ですの、ヨシュアン先生」


 ニコニコしたティルレッタ君がいつの間にかすぐ右にいました。

 この子の気配は茫洋としていて掴みづらいですね……、びっくりします。


「自ら努力する者にこそ良い結果を得られるということです。恐れず挑めという意味でもありますね」

「まぁ……、まるで神様の言葉のよう」

「さて。どうでしょうね」


 そんなことよりセロ君です。


「……がんばるのですっ」


 深呼吸してセロ君の瞳に決意の火が灯りました。


「みんなといっしょに、頑張るのですっ」

「わかった。これでようやく『前衛に入れる』」


 謎の言葉と共にエリエス君はセロ君の手を掴んで前衛に飛びこみました。


「三人とも。私とセロを守って」


 三人が何かを言おうとする前に頷きました。

 エリエス君は一度だけリリーナ君を見てから、三人の中央に立ちます。

 当のリリーナ君は何らかの意味を理解してニヤリとしていました。


「軽銀板を全部、弾いて射線を開けて」

「無茶な指示を飛ばさないでくださいません!」


 クリスティーナ君は文句を言いながらももう一度、ウル・ウォルルムを使い手近な軽銀板に細剣を叩きこみました。

 『幽歩』に二度目のウル・ウォルルム。

 これでクリスティーナ君はもうスタミナが尽きるでしょうね。


 それでもエリエス君に乗ったのはどういう心境の変化でしょうね。


「それじゃ、こっちも!」


 マッフル君は狙い定めてエス・ウォルルムを使い、軽銀板に盾ごとぶつかりました。

 その威力に軽銀板が吹き飛び、その後ろにあった軽銀板まで巻きこみました。


「どっせーい、であります」


 リリーナ君に至っては軽銀板を捕まえて、もう一つの軽銀板にぶつけてしまいました。


 これで五枚攻略です。

 力任せもいいところですね、この子たち。


「リオ・ミルスト」


 五枚が動かなくなった一瞬でエリエス君が使った術式は、攻撃でも結界でもない術式。

 以前、クリスティーナ君がレギィとの決闘で使った霧の術式です。


 一瞬にして濃霧に姿を隠すエリエス君とセロ君。

 しかし、索敵術式がある以上、どこから攻めてもレギィに見つかりますよ?


 さて、『眼』を開いて見てみましょうか。

 レギィももちろん六色が見える『眼』があります。


 レギィが『眼』という選択肢に思い当たらないという可能性に賭けるしかありません。

 でも結構な可能性があると思うんですよ。


 自分は目くらましが発動した瞬間、『眼』を使うように心がけています。

 もはや脊髄反射のレベルです。

 それは無数の戦闘経験から来るものです。


 その経験がないレギィに索敵術式を使っている状態。

 この二つが揃えば十分、勝機はあります。


「ウル・ウォルルム」


 霧の中でエリエス君が強化術式を使ってレギィの索敵範囲に入りました。

 すぐにレギィはエリエス君に向かって物理結界を張りました。


「エス・フラァート」


 そして、手のひらを物理結界に叩きつけました。

 物理と術式、両方なら突破できると踏んだのでしょうが白属性の物理結界はそう容易くありませんよ?


 案の定、物理結界に手が阻まれています。


「良かった。白属性の結界を使うと思っていました」

「リューム・ウォルルムであります。いんや――」


 エリエス君から見て左側からリリーナ君がリューム・ウォルルムで物理結界に近寄りました。

 ただし、その位置は物理結界の手前です。歩幅で数歩近くあります。


 そして、リリーナ君の腕の中には……、


「リューム・セロルムであります」


 子猫のようにセロ君が抱かれていました。いや、待ちな――あぁ!?

 そういうことですか!


 リューム・ウォルルムが止まった瞬間、リリーナ君はセロ君を腕から解き放ちました。

 十分な加速を伴ったセロ君は怖さと涙でぐちゃぐちゃでしたが、そんな様子でも瞳は力がこもっていました。


 投擲される小石くらいの速さで物理結界にぶつかれば大惨事になるでしょう。

 しかし、そうはなりません。


 飛び出したセロ君の手のひらには『結界』が張られていました。

 それはレギィの教本から学び、自分が細かく教えた白の物理結界。


 この土壇場ととてつもない加速の中で術式を維持し、完成させましたか。


 白の物理結界の特徴は三つ。

 弱い全色結界、物理に対する干渉力。

 そして、白の物理結界と白の物理結界は中和しあう。


「にゃぁぁぁ~っ」


 気の抜けるようなセロ君の声と共に物理結界をすり抜けたセロ君は、そのままレギィの胸元に吸いこまれるように落ちていきます。


 エリエス君も考えたものです。

 これなら強波形は使えません。


 何故なら強波形は相手を昏倒させるだけです。

 ベルガ・リオ・フラァートのように吹き飛ばす力はありません。

 投げたボールに触れてもボールの勢いは止まらないのと一緒です。


 そしてセロ君は今、投擲されているのです。


 慣性の法則の求めるがままに放たれたセロ君を動けないレギィは受け止める以外、選択肢がない。


 驚き、そして受け入れたように微笑むレギィ。


「よく、頑張りました」


 それはまるで母の胸に飛びこむ幼子のよう……、あ。


 ゴズッと肺に響くような音と共にレギィとセロ君がもつれ合うように倒れこみました。


 霧が晴れ、そして地面に倒れたセロ君とレギィ。

 その足元は行動禁止の半径を余裕で越えていました。


「勝者、ヨシュアンクラス!」


 ヘグマントの宣言と共に勝利が決定しましたが、大惨事ですよこれ!?


某枕はちゃんとした不正規で正規の手続きにより入手されていたことをここに明記します。

具体的にはWinWinです。

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