教師たちの荒波
【模擬試練】は二日に分けて行われます。
実際の【試練】も同じなので、練習としてはとても良い授業ではないかと自画自賛しています。
一日目の午前授業は数学と暦学のテスト。
午後授業は錬成のテストと実践です。
二日目の午前授業は教養と体育の実践テスト。
そして最後は術学のテストと実践です。
これらの実施のために生徒たちは【室内運動場】に集められています。
全生徒を個別で授業させる必要がないので、全生徒は【室内運動場】でテストを受けます。
朝一で教師陣が30名分の机とイスを【室内運動場】に運んだ成果がこの光景でした。
「この【模擬試練】は読んで字のごとく【試練】を模したものです。実際の【試練】も今日のように行われます。【試練】に臨むつもりで本気を出しなさい。そして【模擬試練】で己の長所と短所。埋めるべき部分を見つけ、【試練】でも十分な力が発揮できるように努めなさい。わかりましたか」
自分は壇上から生徒たちに伝えます。
ちなみに何故、自分が説明役に回ったのかというと、くじ引きで負けたからです。
すでに文章は決められていたので読むだけです。
誰が言っても同じなら誰がやってもいい。
そうした場合、どうぞどうぞと役を押し付け合う前にシャルティア先生が提案したのがくじ引きでした。
当たり前のようにハズレ――つまり、自分がアタリを引きました。
なんとなく結果はわかっていました。
この手のくじに勝った試しがありません。
ともあれ、こうして壇上から生徒を眺めるのも二度目です。
あの時の生徒たちは立ち続けていましたが今はズラリと机に向かう形です。
「それでは【模擬試練】を始めます!」
自分の声と共に、生徒たちは一斉に羊皮紙の封を開き、問題に取り掛かりました。
羽ペンが奏でる不規則の音と、息を止めるようにテストを睨む生徒たち。
この独特な音が支配する空間が、どうにも昔の自分……、まだ学生だった頃の自分を思い出させます。
そんな懐かしい光景を教師の視点で見ることになるとは。
人生は何が起こるかわかりませんね。
思えば十分、数奇と言える人生でした。
そして、今もまだ数奇な人生の途中です。
思い返すにはまだ早すぎます。
生徒たちは【試練】がどれほど重要かわかっていません。
漠然と大変なものだという認識はあるでしょう。
少なくとも義務教育計画の概要くらいは理解しているでしょう。
生徒たちの成否が今後のリスリア王国の新しい制度の良し悪しを決める、それがどのような未来を創るのか。
そうした未来像をハッキリ持って、挑んでいるわけではありません。
今、生徒たちを【試練】に駆り立てているのは一つ。
この三ヶ月で自分たちはどこまで通用するのか?
どこまで成長し、どこまで知識をつけ、誰より強くなったのか。
疑問に対して戦おうとする意志。
学びの使徒らしい姿勢です。
「壮観だな」
不正がないか観察するシャルティア先生が静けさを破らないように小声で呟きました。
「真剣ですからね」
自分たちも真剣です。
バカ王の思いつきのような計画。
それでもこの計画は王国の未来に影響し、子供たちの未来に影響し、決定的に変えてしまう一つの節目です。
ただ静かに見守るだけだったのに、瞬くように【模擬試練】は過ぎ去っていきました。
途中、錬成の実践でクリスティーナ君が失敗し、大慌てで作り直す。
ウル・プリムを不発させるマッフル君。
セロ君が体育の実践でフラフラになる等、肝を冷やす場面もありましたが、それぞれ【模擬試練】中に挽回していました。
……正直、ダメかと思いました。
これが【模擬試練】で良かった。心の底からそう思います。
ぶっつけ本番だったらどうなっていたことでしょう。
生徒たちは【模擬試練】が終われば、結果を復習するだけでいいのでしょう。
しかし、教師はそうも言ってられません。
ここからが教師陣の本番です。
採点が終わり、担当教科ごとに傾向を調べ、対策を編むのに一日。
もちろんこの間にも通常授業は進みます。
そこから資料をまとめて対策会議です。
この時点で【模擬試練】開始から三日も経ってしまっています。
残り三日で、参礼日を含めれば四日。
この四日で生徒たちの弱点克服に動かねばなりません。
全ての準備が整い、対策会議が始まった頃にはもう太陽が沈んでいました。
術式ランプの光に照らされた会議室。
対策会議は学園長の一言から始まりました。
「【模擬試練】の結果は皆さんご存じですね。【模擬試練】を突破したのは26名。本【試練】であっても合格ラインを満たした数字です。ですが安全とは程遠い数字なのは皆さんもよくわかっていらっしゃるでしょう」
24名がクリアできれば【試練】は突破です。
ですが26名……正直、学園長の言うとおり微妙な数字です。
28名以上、あるいは全員突破。
安全圏というのならこれくらいの数字が欲しいところです。
「まだ対処の余地がある、というのは良い事です。また【模擬試練】で合格した者も本【試練】では落ちるかもしれません。現状を踏まえ【試練】を突破するにはどうすれば良いか。それぞれの意見を聞かせてもらえますか?」
「ではまず俺から見た【模擬試練】を言わせてもらおう!」
筋肉と共に立ち上がったヘグマント。
間違いなく問題はセロ君ですね。
「レギンヒルト試験官は武術に疎い。おそらく【試練】の内容は基礎体力を見るだけになるというヨシュアン先生の予測は俺も正しいと思う。だが、体ができていない年少組、そして基礎体力が元からない年長組の一部、それらを今から鍛えて本【試練】までに育てるのは実質不可能だ」
基礎体力のテストだからこそ、覆すことができない。
基礎体力は普段の積み重ねです。
毎日、行うから身になる過程こそが試される【試練】です。
「特にティルレッタとセロは壊滅的すぎる! 肉の薄さは確かに仕方ないのだろうが他の教科で不利になると思うと心苦しいな!」
【試練】における教科の合格ラインは明確に定められています。
各教科、術学と錬成は65点以上。
数学、暦学は70点以上。
そして体育と教養は60点以上、10個の採点項目がそのまま点数になります。
6教科中、必ず4教科は合格ラインを突破しないと不合格です。
あくまでこれ、教科の、個別の、合格ラインです。
さらに総合合格点なるものがあるのです。
全教科の点数を合わせて400点以上の点数を取らないと【試練】を突破したと見做されないのです。
全教科平均67点以上。
これが最低合格ラインです。
余裕のなさがわかっていただけますか?
結構、ハードルが高いんですよ。
適材適所のための教育とはいえ、何かだけが突出した点数では合格できない仕様なのは色々と物議を醸したようですね。
結局、不得意分野を得意分野で補えるような仕様になったらしいです。
それがこの合格ラインです。
「ティルレッタとセロの点数は……、40点と30点か。厳しいな」
シャルティア先生もこれには苦い顔をしました。
不足した点数をほかの教科で埋めるにしても、20点と30点ですか……。
「ティルレッタはいい。教養は満点だったはずだ。不足分を補える十分な点数だ」
ティルレッタ君は20点分のお釣りがあります。
問題はセロ君です。
「セロは体育以外、突出した成績がない分、30点をどこで補うか……、問題だぞ。それに初日で緊張していたせいか暦学と数学を落としている。精神面の考慮もすべきだ」
アレフレットもセロ君の成績表を見て、顔をしかめました。
「【試練】も同じ成績だと仮定して、どうするんだ、これ」
こっちみんな。
いや、自分のクラスの生徒なんですから、こっちにお鉢が回ってくるのは当然ですけど。
助け舟は意外なところからやってきました。
「あぁ、少し待ってもらえますかな?」
ピットラット先生でした。
さすができる執事はこの状況を打破する素敵名言でなんとかしてくれるに違いありません!
「リリーナさんの教養が30点ですな。マッフルさんも50点……、不合格になります。総合点数がよろしかったのが幸いですな」
思いっきり頭をぶつけました。
ちくしょう……、あの不思議生物。
知ってたけど、そこまで教養苦手か。
モフモフとの練習が活かされてないじゃないですか。
アレが活かされたら活かされたで文句は言いますけどね?
ちなみにマッフル君は術学も落としています。
60点でしたからね。
地味に術学を落としやがったことに凹みます。
「リリーナさんとぉ、マッフルさんはぁ、体育でそれぞれ良い点数を取っていたはずですぅ」
「両方とも数学でも良い点数を取っていたな。十分挽回できる」
「でもリリーナさんはぁ、錬成もギリギリでしてぇ……」
「暦学もギリギリだったぞ。どうするつもりだヨシュアン・グラム」
ウチのクラスの問題児はこんな時でも正常に働いてくれますね。
「一応、リリーナ君は術学でなんとかなりそうです。苦手科目の不足分を得意科目で相殺できない場合、それ以外を重点的にさせるつもりです。セロ君は……」
正直、不得意科目だけが目立っている状態なので、対処は難しいです。
「術学と数学、この2項目の点数をあげるしかありませんね」
「いや待て。ヨシュアンクラスの偏り具合に目が向きがちだがヘグマントのクラスもまずいぞ」
「むぅ」と唸り声をあげるヘグマント。
確かにヘグマントクラス全員が体育で優秀な成績を取っていますが、それ以外が軒並みギリギリです。
「特にフリドだ。数学を落としている。この私の授業を落とすとはどういう了見だ」
「それは……、すまない。だが考えはある!」
夜なのに元気に力こぶを見せてニカリッと歯を見せました。
「特訓だ! 我がクラスの愚か者どもには他教科強化特訓を開始する!」
「己のクラスのみのことを考えるなよヘグマント。体育の点数が悪かった者へのアドバイスも忘れるな」
「むぅ……、やることが多いな!」
「とにかく不合格者のセロとフリド、後はリィティカクラスに一名とアレフレットクラスに一名だ。この四名は不得意科目を諦め、少しでも点数の取れる別教科を重点的に行う。最悪でも4教科は合格ラインを取る。そうすれば総合点も有利になる。これは決定だ」
「そういえばアレフレットクラスのティッド君は結構、ギリギリでしたね? 一応、術学以外は合格点を取っています」
「なんだ? 言っておくがあのくらいならまだ巻き返しが効く」
「いえ、別に文句を言っているわけではありません。ティッド君のような不合格でなくとも総合合格点がギリギリだった他の数名はそれぞれの不得意分野を鍛えたほうが良いと思っただけです。少しでも苦手分野の成功率をあげるように配慮したほうがいいかもしれません。もしかしたら今回、不合格だった苦手教科を克服できるかもしれません」
「そんなことは言われなくてもわかってる!」
「放課後、対象者は補習しましょう。識字の授業時間をまるごと使えば大丈夫です」
ちなみに最高点数はキースレイト君。総合点数565点でした。
二位がエリエス君。総合点数は564点。
この事実を伝えたらエリエス君が珍しく歯噛みしました。
キースレイト君の今後の安否が心配です。
ともかく、基本的な流れは決まりました。
合格点ギリギリの者は不得意教科を強化。
不合格者は得意科目を強化。並行して別教科を少し勉強してもらいましょう。
具体的にどうするかでまた議論が紛糾した瞬間、学園長が手を叩き、場を鎮めました。
「大まかな対処はまとめた通りで良いでしょう。皆さんの頑張りに期待するとして……」
学園長の言葉の通りなのですが、妙な間を空けました。
きっと大した話ではないでしょう。
それよりも生徒のことです。
まさかセロ君が不合格とは思いませんでした。
体育以外は平均的な点数だったのに暦学と数学を落としたのは痛いです。
やはりメンタルに左右される部分が大きいですね。
なんとかセロ君にいつもの実力を発揮させたいところです。
実力をちゃんと出せば、セロ君は合格できる。信じています。
「明日はキャラバンの来訪予定日です。急遽、予定の荷量より倍近い数が入ることになりました」
この発言に自分たちは驚きを通り越し、固まりました。
倍近い……、倍量の荷物ってどういうことでしょう?
キャラバンの滞在期間が三日と定められているのは荷受けと注文と販売に二日を使い、二日目の夜には従事者たちがキャラバンを楽しめるように設定されています。
つまり、通常二日かかる荷受けと注文、そこに等分の商品が届けばその分だけ時間を使うということです。
目算して三日くらいでしょうか。
キャラバンが帰るギリギリまで時間を使うことになるでしょう。
【試練】まで残り後四日しかない、この状況でです。
キャラバンが来るとなると自分たちも荷受けを手伝わなければなりません。
検品もしなければなりませんし、売り物を渡すための手間もあります。
輸入に対する輸出、そうした部分をちゃんとしておかないと主食を輸入に頼る学園施設はかなり厳しい状況に立たされます。
キャラバンとて慈善事業ではないのです。
次回から足元を見てくる可能性は切っておきたい。
しかし、時間は重要です。
「倉庫の備蓄がなくなるような事態が起きたのですかな? 腐敗やネズミが入らないような対策は取られていたと記憶しておりますが」
冷静だったピットラット先生が全員を代弁してくださりました。
予定行程より早く到着することもままありますが、今週と来週だと重みが違うんです。
「いいえ。原因は守衛たちが突発的に行った宴会のせいです。この短い期間で二回ほど行ったと報告されています」
……あ。
あー!? 思い出しました!
メ、メルサラあの野郎! 自分が渡した金貨を全部、使い切りやがったな!
ジルさんも止めてくれたら……、いや無理ですね。メルサラを持て余してました。
冒険者――守衛たちは基本、大食いで酒飲みです。
特に酒。そしてメルサラに貯金という概念はありません。
さぞ気前良く学園経済に貢献したことでしょう。
そうなるとあの時に渡した金貨が倉庫の食糧までかっさらって、まさかの事態を引き起こした――自分のせいじゃないですか!?
違う、金貨一枚だけじゃないですね。
ここぞとばかりに普段、お金を使わない守衛たちもノリに乗ってお金を宴会用の食糧に使ったのでしょう。
どうせキャラバンが来るからと高を括ったのでしょう。
しかし、今月が【試練】だったことを守衛たちは忘れていましたね?
娯楽がなかった、いえ、守衛たちが消費すべき場所がなかったところも遠因です。
こんなことならもっと早く対処しておくべきでした。
「ど、どうにもならなかったんですか学園長」
「地方都市からの緊急輸入に頼ろうかと思いましたが、どうやら向こうもあまり余剰分がないようですね。結局、キャラバンに緊急の伝令を飛ばし、各村の余剰食糧を運んでもらう手筈になりました」
「冒険者……、守衛を使いましょう。検品と荷受けと、後はそちらに人数を回せば……」
「以前のような火災を防ぐために、守衛は防衛に力を入れる運びになっているのではなかったか?」
ヘグマントに言われて、苦虫を噛み殺しました。
守衛どもの役立たず! あとメルサラのバカ野郎! そして自分もバカ野郎!
この一番、大事な時期に!
「それに冒険者は文字が書けない者ばかりだろう。検品の記載欄はどうしても教師か……、そうかシェスタがいたな。シェスタと学のある冒険者数名を検品に、荷受けはヘグマント、頼めるか」
「【宿泊施設】の若い衆に声をかけよう! 少し予算を使うことになるぞ!」
「構わん、非常時だ。それに大した金額でもない。ヨシュアン、ヘグマントの抜けた穴を埋めれるか?」
「問題しかありませんがやりましょう」
体育自体に問題はありません。
問題は今回の補習に当たる人員が少ないことです。
特に自分が体育につけば、当然、術学の座学は誰もいません。
教えられる人数が足りない。
せめてもう一人か二人、教師が居れば……ん?
「抜けた術学の穴に――生徒を使いましょう」
その一言に教師陣がざわりと音を立てました。
「お前、生徒は【試練】前だぞ! その生徒を大事な調整中に使うバカがどこにいる! 大体、余裕のある生徒がいる……、いや、居たな」
アレフレットも気がついたようです。
居るんですよ、ちょっとやそっとじゃ成績を落としそうにない二人が。
「しかし、あいつらも生徒だぞ! 自分のことに集中したいはずだ!」
「……実際に話してみるしかありません。本人たちが乗り気でないなら最悪、何名かは自助努力に任せるしかありません。それに他にも手があります」
さすがにこればかりはもう、どうしようもないです。
予測なんてできる範囲を超えていました。
「キースレイト君とエリエス君。主席と次席の二人を臨時教師として【試練】対策の復習要員に割り当てます、あくまで補佐です。そして」
もう一人、教師役がいます。
「レギンヒルト試験官に術学の教師をお願いしましょう。幸い、試験官が教師をしてはならないという規則はありません」
苦肉の策がここに炸裂した瞬間でした。




