愛の文化の底は深い
耐久説教コースが日の出と共に終わり、レギィと二人で職員室に向かいました。
記憶? 空が綺麗でしたよ? お星様がいっぱいでした。
それ以外の記憶は遠いお空の彼方です。
そういえばヒュティパの賛美歌で十七時間耐久の歌があるそうです。正気とは思えません。
体力とはまた違う何かを要求されるその歌をレギィは謳ったことがあるそうです。
だからでしょうね、レギィは平気ですおかしいでしょう。
「……この歳になると徹夜は厳しいんですよ?」
仮眠を取るだけでも全然違うんですけどね。
でもそんな言葉、ツンと澄まして聞く耳持たないレギィには通用しませんでした。
職員室に入ると一番乗りらしきシャルティア先生がイスに座ったまま自分を見て、眉を顰めました。
「なるほど。ずいぶん激しかったようだな」
「脳の芯まで。頭がどうにかなりそうでした」
「ずいぶん熱心に私の講話を聞いていたからな、当然だぞ」
「卑猥な話をしないでください!」
まだ怒りが収まりきらないらしいレギィさんでした。
おっと、シャルティア先生を遠ざけようとしても無駄です。
「ヨシュアン!」
青の源素の高速射出で周辺の源素は弾き飛ばしています。
【野外儀式場】から源素を持ってこようとも、すでに源素操作で操作権は自分にあります。レギィの操作力だと自分からはもぎ取れませんし、ハッキングのことにも気づいていないので当然ですね。
なので威圧できないレギィでした。
「ですがレギィ。私の全てを知ってほしいとアレほど熱く語ってませんでした?」
「ほう! ずいぶんとお熱いアプローチだな。熱い夏の夜は高位神官も解放的になるようだ。そのうえ復習までする勤勉っぷりだと、ジークリンデ領は安泰だな。我が家も見習って欲しいものだ」
おわかりでしょうがシャルティア先生はふざけています。
一方、自分は徹夜で頭がおかしくなっています。
つまり、いつもどおりですね。
顔を羞恥に染めて、スカートを掴むレギィの様子を見て、説教の仕返しをしたところでそろそろ話を変えていきましょう。
「それで、一緒に出勤してきたところを見ると仲良くなれたようだが」
「どうでしょうね。正直、お互いを確認しただけですよ」
「私と見比べてみろ。特別に採点する許可をくれてやろう」
「それぞれ違った魅力があって、とてもとても」
「25点。もう少し努力しろ」
「アイサー」
採点しろと言われて採点したら採点されていました。
「……仲が良いですね、お二人とも」
とうとうレギィの笑顔に妙な迫力が出てきました。
それを見たシャルティア先生は大きく足を動かして組み、自信満々に胸を張りました。
「人との間柄など柵が多ければ多いほど動けない。柵を壊して母屋を破壊したくはないだろう? すり抜けられるのなら話は別だが、そうでないのなら飛び越していく。それも無理なら、いちいち柵を外していかねばならない。そんな面倒なこと、いちいちやっていられる暇があるのなら、やってみるといい。ただし、隣人には一声かけておけ。今から壊しに行くとな」
人間関係は了承か拒絶か、それとも妥協の三択しかないと言いたいわけですか。
「つまりだ、レギンヒルト試験官。問題の立て方が違う。柵はそもそも何のためにある?」
「何が言いたいのですか? シャルティア・シャルティロットさん」
「時に柵のない自由な庭のほうがうまくいくから人生は侮れない。我々は計画の遂行者でレギンヒルト試験官も同じだ。計画の遂行者として無様な真似だけはよしてくれ。生徒の後に響く」
人間関係で仕事をおろそかにするな、と言っているのでしょう。
レギィも何も言わなかったところを見ると思うところはあったようですね。
あ、違いますね。
正論を返せなくて引きつってます笑顔が。
「おはようございますぅ……あれぇ? ヨシュアン先生ぇ、お早いですねぇ」
「おはようございますリィティカ先生……はっ!?」
職員室に入ってきたリィティカ先生を見て、今気づきましたが、レギィにリィティカ先生を好きだと言ってしまったのでした。
と、なるとレギィの毒牙がリィティカ先生にまで向けられる!
「おはようございます、リィティカさん」
「はいぃ、おはようございますぅ」
戦々恐々と見守っていたのに何故か和やかな空気ですね。
レギィなら威圧の一つはするものだと……いえ、自分のせいでできないんですけどね威圧。
それにしたって、あやしい。
「ちょっとレギィさん、こちらへ」
「なんですか?」
給湯室までレギィを呼んで、ちょっと聞いてみましょう。
ここであやふやにしたまま過ごすには見過ごせません。
「普通ですね? どうしたんです?」
「何がですか?」
「いえ、リィティカ先生と」
たぶん嫉妬は抑えているでしょう。
レギィの性格なら嫉妬は忌避すべきだと思っているでしょう。
しかし、抑えきれない瞬間は必ずあります。
精神抑制法も万能ではありません。
そうした瞬間はなるべく制しておきたい。
少なくとも理屈で納得させられたら、レギィを制することができます。
それはルールを決めたらレギィを抑えられるのと同じです。
そのルールが甘かった場合、クリスティーナ君との決闘みたいになってしまいますがね。
「リィティカさんのことは聞きました。確かに怒りもしました」
「でしょう? 正直、安心していますが不可解なのも事実です」
「私はヨシュアン、ヨシュアンが幸せなら良いと言ったはずです」
確かに言われました。
ここに来た時、七不思議の発生と共に。
「それにヨシュアンのことだからリィティカさん以外は見向きはしないのでしょう?」
あれ? まるで命令されているように聞こえますが気のせいですか?
「目移りしてはいけませんからね」
釘まで刺されました。
つまり、不実がどうのこうの言っていたり、シャルティア先生を威嚇していたのは全部、リィティカ先生を愛しているのならシャルティア先生と節度を保て、ということからですか?
いや、待て。
それだとおかしいじゃないですか。
「リィティカ先生のことを話す前にレギィはシャルティア先生を警戒していましたね? どうしてですか?」
「ヨシュアン、本気で聞いていますか?」
本気でない場合、何を本気と問えばいいのでしょう謎です。
ため息をつかれても困ります。
「話はそれだけですか?」
さすがにここまで来ると理解できません。
何が理解できないって理解すべきところが見当たりません。
「ところでヨシュアン。ヨシュアンの故郷で愛の証と言えばなんですか?」
「もちろん、指輪です。リスリア王国でも同じですよね」
「えぇ、指輪と樹木の冠を用意します。指輪は証を意味し、樹木の冠はパルミア神を愛した男性が彼女のためにたおやかな枝で編み上げ、彼女の美しさを称えたことから男性から女性へと愛を捧げる儀式として使われているのです」
なるほど。婚儀が神への誓いを模しているわけですね。
「教えてもらったのはいいのですが、それがどうかしましたか?」
「いいえ、何も」
ものすごい笑顔なので、気になりますね。
ですが、何がどうおかしいのかわかりません。
「それより疑いが解けたのならもういいですね。そろそろ朝礼が始まります。今日は生徒たちに【適性判断】を行うのでしょう?」
疑いよりも不可解なんですが、これ以上、聞くこともできないのも事実です。
二人して給湯室から出ると、全員、集まっていましたね。
シャルティア先生は目で「遅い」と厳しい糾弾を、リィティカ先生は微笑ましいものを見るかのような満面の笑みに猫の眼でした。
「二人共、仲がよろしいな!」
と、何かを納得したように腰に拳を当ててヘグマント。
「違います」
「違いません」
ハモれよ。
隣のレギィはおちょくられた仕返しだとばかりのどや顔をしてました。
なので鼻をつまんだら、
「はぅん……」
予想外にも鳴きました。
あれ!? おすわりとか言われると思ったのに!
「ヨシュアン……、今のはひどいと思いませんか?」
「すんませんでした」
涙眼で言われると罪悪感がわいてくる不思議です。
「貴様らはイチャイチャする前にこっちへ来い」
神殺しの剣よりよく切れそうな怖い眼付きのシャルティア先生でした。
これ以上はさすがに殺されるので、さっさとシャルティア先生の隣に移動しました。
朝礼の内容は簡単です。
今回の【適性判断】の実施方法ですね。
「本当に任せてしまっていいんですかヘグマント先生」
「たまには共同授業もよかろう。何より偶数なら打ち合いもやりやすい。それよりも事前説明だけはヨシュアンクラスにしっかり頼む! ぬん!」
「わかりました」
ポージングはともかく、【適性判断】の実施方法は色々、スケジュール的に問題がありました。
まず【適性判断】に使う『十二の寓意』はレギィにしか使い方がわかりません。
なので必然、レギィが全生徒を判断します。
ですが判断方法は一人一人、個別にです。
一名の判断が行われている間、他の生徒たちは無駄な時間を過ごしてしまいます。
なら、いっそ判断している時間、生徒たちは通常授業をしようというわけです。
ここでも問題が一つ、発生します。
つまり、レギィの補佐に自分が駆り出されたことです。
ヨシュアンクラス……、というより術式の午前授業だけはどうしても教鞭を振るえません。
そこでヘグマント先生がヨシュアンクラスとヘグマントクラス、両方を共同で授業してくれる、というわけです。
ちなみに特殊授業という形で今日は、それぞれの担任がそれぞれのクラスの担当授業を受け持っています。
久しぶりに顧問制、復活ということです。
朝礼が終われば、いつもどおり朝の学活といきましょう。
レギィがいるとエスコートが当然という顔で隣にいますし、というか【教養実習室】は二階だからすぐそこまでしかエスコートしないというのに……。
教室に入って挨拶、それから今日のスケジュールと【適性判断】について生徒たちに説明します。
「では、【適性判断】の概要を説明します」
目新しいことだけには静かなヨシュアンクラスです。
ただクリスティーナ君とセロ君だけは以前、やったことがある手前、あまり動揺や不可解と言った顔はしていないようですね。
「以前、授業でやった四つの項目は覚えていますね。【容量】【知識】【適性】【操作】です。【適性判断】は――」
「【適性】ってアレでしょ、どの源素と相性がいいかってヤツ。適性判断ってその適性を調べるんでしょ」
マッフル君がすっぱり言いましたが、ちゃんと最後まで聞きましょう。
「ですが、それだけではありません」
マッフル君も予想外だったようで「へ?」と口を開けています。
「ぷ、ぷくく……、先生の話を最後まで聞かないからですわ」
「ちょっと知ってるからって笑うことないじゃん!」
「あら、笑ってませんわよ。予想してやったみたいな顔を哀れに思ってあげただけで」
「そりゃ、どーも。別にいいし、あんたの巻き毛よりマシだから!」
「人の髪型に文句をつけるとは何様ですの!」
「あんたこそ人の恥を笑ってんじゃん! おあいこじゃん!」
ぐぬぬ、と顔を突き合わせるこの二人はいつになったら学習するのでしょうか。
さて、どうやってオシオキしたものか一瞬、逡巡しているとリリーナ君から視線を感じます。
「先生、なんだか疲れてるでありますね?」
「そんなことはありません」
徹夜で説教を受けていたからなんて生徒には言えやしません。
「いつもの先生なら、もうゲンコツが飛んでる」
とはエリエス君からでした。
しかし、自分よりもその言葉に反応したのは喧嘩中の二人でした。
すぐに立ち上がり、防御の構えです。
クリスティーナ君は上段両手受けしやすいように両手をクロスさせて、前に出しています。
マッフル君は片手を顔の前に上げての、小手を盾に見做しています。
クリスティーナ君は小剣術、マッフル君は片手剣術での組み構えですね。
……この子たちは本当に、学びませんね。主に何を学ばないかというと、
「よっと」
先生との技術の差です。
足で大きな音を立てると、クリスティーナ君とマッフル君が一瞬、ビクリと身体を硬直させます。
その一瞬に接近、音の正体が足だと理解した分だけ遅れた反応の代償は、それぞれ眉間へのゲンコツでした。
バタンバタンと倒れる二人。
意識は失っていません。痛みで悶えているだけです。
メルサラだと自分の動きを遅いといいますが、生徒だとまだまだ速すぎる動きのようです。
ゲンコツを防ごうとする、避わそうとする、そんな考えではゲンコツは襲ってくるのです。
もちろん、防ごうとすればそれだけ打たれ強くなりますので生徒の成長に貢献しますし、防ぐ必要がない場合、それはよく聞く姿勢を持っているということです。
どちらにしても生徒のためになります。
もっとも手加減できないレギィがやると逆効果ですが。
気づいていますかね、この子たちは。
一番最初にオシオキした時よりも、今のオシオキ方法は徐々に技術的に高度で複雑、威力も上がっていることに。
それに耐え切れている自分自身に。
クリスティーナ君とマッフル君、リリーナ君の耐久力は十分あがってきてますね。
あとは様々な手法を見せることに集約させていきますか。
あいにくとオシオキ回数がほとんどないセロ君と、普段の態度が良いエリエス君は少々、耐久力的に不安ですね。
「さて、話を続けます。【適性判断】に使われる『十二の寓意』は【適性】と同時に君たちの心の底にある心象風景を映し出します」
しかし、あれから三週間ほどですが治ってきてますね。
メルサラさえ相手にしなければ十分に動き回れそうです。
「それは心を読まれる、ということですか?」
エリエス君が手を上げて質問してきました。
「いいえ。心を読む力は感情や言葉、思い描く風景など表面上の意識を読むのです。心の底、君たちの心を象る風景はいわば、もっと奥底の心象を断片的に写すだけです。なので【適性判断】で見られる図は君たちの心を読んでいるわけではありません」
無意識という概念を説明すると面倒なのでいいません。
長くなりますしね。
そのうち、術式の授業でやります。
「そして、先生は【適性判断】の準備のため今日の午前授業には出られません。ですので、君たちは呼ばれるまでヘグマント先生の授業を受けてもらいます。わかりましたか」
呻きながら返事をする二人とそれぞれの返事を返すセロ君とエリエス君とリリーナ君。
言われてピンとこなくとも自分自身の事となれば好奇心くらいはあるでしょう。
目には見えない心の底ほど、自分自身ではよく見えないものです。
それはなんというかまるで心の欠損のように。
自分たちの欠損も映し出してくれたらわかるんですけどね。
それにしても、この子たちの心象風景ですか……、どんなものが写るものやら。




