性存在性の問われ方
可能な限り、表現をボカしてありますがお察しください。
性、ぶっちゃけると性交は二種類の面があります。
一つは生殖行為。
子供を作るための生物的な機能です。
そしてもう一つは文化行為。
大体は快楽、コミュニケーションなどの肉体的、精神的な触れ合いの面です。
貴族の女性に騎士が不貞の愛を囁くのも文化とも言えます。
不倫は文化などという人もいますが、刺されてから言うべきかね。
どちらにしても一つ、言えることがあります。
「さて、君たちはエロいことが好きですか?」
盛大に吹き出すもの、苦笑い、ニヤニヤした子。
真っ赤になってから必死で拒否しているのはティッド君です。
まぁ、色々と反応しましたが、どれも恥ずかしいから来る衝動的なものでしょう。
真正面から言われること、ありませんからね、こんなこと。
真面目な顔で言っている自分は説得力が皆無かもしれませんが。
「君たちくらいの歳になると、どうしても異性を意識してきます。何故だかわからずに妙に恥ずかしかったり、人の目を気にしたりはしませんか? 指摘されると井戸に飛び込みたい気持ちになったりするでしょう。今まで女の子とも遊べていたのに途端に女の子と一緒にいれなくなる。こういう体験をした子もいるんじゃないでしょうか?」
ほとんどの子が頷くか、同意の形を仕草にしています。
若干、首をかしげている子はまだ意識できていないのかもしれませんね。
「その全て、自然なことです。ですが、恥ずかしいからといって女の子に意地悪するのは感心しませんよ」
ここで一拍、間を開けておきます。
大したことではありませんが、ちょっとした冷却期間です。
アレフレットが生徒たちへ鉄は熱いうちに叩きこむ手法で教えるのなら、自分は飲み込む咀嚼時間を盛り込んでいきます。
こうした授業方法、一度、教師である自分が一気に話を進め、後々生徒が質問する形式だとどうしてもメモを書く時間がいります。
とはいえ、何もせずにいると生徒は「どうしたんだろう?」と疑問を浮かべてしまいます。
思考の疑問が集中力を切らす原因にもなります。
なので疑問を挟ませない態度を取る必要があります。
といっても、ただ黒板に書くだけですけどね。
かなり簡単に人間の絵を二人、書きます。
もちろんこの二つ、男型と女型です。
「では君たちはどうして恥ずかしいのか考えたことはありますか?」
恥という感情は自我が発達して、ようやく感じるものです。
自我やプライドなどの感情が育まれた時、自分を超える大きなものや他人からの失笑、どこかの騎士みたくぼっちだった時……、騎士オルナは友達ができたでしょうか? まぁ関係ない話ですけど。
恥だと思ったことに対して、逃げたり、攻撃したりする感情ですね。
それは大人になっても培われていくもので、積み上げた年数と情念次第では非常に鬱陶しくなる傾向にあります。
子供の頃、自我の発達の目覚しさに伴い、恥という感情も裏側でこっそり育まれていきます。
「それは君たちが人間として成長している証です。恥じるということは省みるということでもあります。君たちが生きてきて省みるだけの自我を持った証拠なのです。ただ注意することは異性と遊ばなくなることが成長というわけではないことです。勘違いしてはいけませんよ。女の子には女の子特有の悩みがあり、それは男の子も同じです。性別差で違うことが少しだけ今までとは『違い』を感じさせ、同じ遊びをするという行動を取らせにくくするのです」
もしかしたら、早熟な女の子から男の子を遠ざけてしまい、結果、男の子も女の子を遠ざけてしまうというケースもあるやもしれません。
他にも性別差での体力の差、肉体の造りが原因の場合もあり一概には言い切れないのが難しいですね。
「では今の君たちから明確に大人へと変わる時、どういう変化が体に、そして心に現れてくるのか。この図の通りになります」
もっとも生徒たちの関心が向く話まで来ました。
さすがの自分も少し気恥ずかしいところもありますが、そこは生徒のためを思って我慢です。
精神抑制法の出番ですね。久しぶりに正しい使い方をしたような気がします。
子供から男性になる変化は、まぁ、簡単です。
よりがっしりした体つきになり、身長が伸びて声が低くなります。
年少組は皆、アルトな声質ですが後一、二年もすれば立派なテノール、もしくはバスやバリトンになるでしょう。
女性は柔らかく、皮下脂肪の多い身体つきになります。
胸は膨らみ、腰はくびれ、お尻は大きくなり、また月経も始まります。
こうした話は見ていてもわかるので、さらりとやってしまいました。
乳やら尻の話になると、過剰反応するのは子供なところですね。
大人も同じなので、言いはしませんが。
「こうした変化が大人になることと言ってもいいでしょう。そして大事なことは子供を産むことができるということです」
ここに来て、どこまで教えたものかと悩みました。
今まで無知による弊害ばかりを語ってきました。
知識をつけることで未然の事態を防ぎ、欲望を理性で抑えることが正しいと生徒たちにも言ってきましたが、その逆のことはまったく言ってませんでした。
知識をつけることで、生まれる弊害。
それは性欲への好奇を抑えきれなくなる強姦や、まったくの興味を失う無性愛に発展する可能性です。
他にも本来備わった危険な性癖を気づかせてしまうことや、その性癖への欲求の肥大。
さらには不貞や不倫などの知識があってもなくても道徳的にいけませんし、かと言って性存在性を詳らかにしないわけにも……。
悩むこと数秒、外からではきっと間を空けただけに見えたでしょう。
涼しい顔の裏側は苦悩でいっぱいです。
誰ですか、こんな授業しようとしたのは! もちろん自分ですよ!
逃げ道なんてどこにもありません。
大人というのは責任を果たすから大人なのです。
言いだしっぺの責任を果たしますよ逃げたい。
「性交ですね。人間は本能、特に生命を維持することに関しては欲が発生します。特に生物として必要な事柄に対しては快楽が生まれます。三大欲求。食欲、睡眠欲、性欲。食う寝るヤるです。そして欲求を満たすことが快楽に繋がります。とりわけこの三つはとても強い快楽を持ちます」
言ったった。こうなると腹が決まりますね。
図の男性から女性に矢印を描き、『挿入』と書きます。
具体的な言葉にし、明確な行動、そして、受精から妊娠期間へ至り、全てを説明し最後に子供の絵を書きました。
はい、そこ、メモを落として唖然としながら顔を真っ赤に染めないキースレイト君。
フリド君、瞳孔が開いてますよ大丈夫……、まぁ、大丈夫でしょう。
ティッド君がヤバいです。
ガタガタ震えだしました。
そこまで衝撃を受けるってどんな生活をしてきたのでしょう?
「ティッド君、大丈夫ですか?」
「は……、はい! ら、だいじょうぶえす……」
「怖いと思いましたか?」
「え……」
まさか、内心を当てられるとは思わなかったのでしょう。
震えるのも忘れて、驚愕していました。
「その感性は正しいですよ。知り得てなお未知なものは興味の対象である以上に恐怖をまといます」
ティッド君は男性と女性の役割、その変化、そして、すべきことを理解しました。
どのような性の知識があったかどうかは別としてティッド君が漠然と知っていたものと今、自分が話したこととの差を理解し、その差を埋めようとした瞬間、何一つわからなかったのです。
何せ体験したことがないですからね。
あったら……、おませさんですね。
知識を得た瞬間、問題がわからないことであった事。
これが一つです。
他にも『身体の一部でも他人の中に入ること』、これを自分に置き換えたりし始めると恐怖を覚えます。
わからないとつい、体験や感覚から想像するタイプがいますが、この話でそれをやると目も当てられません。
感性が鋭い子だとそうした想像を……あ。
ティッド君がこの調子だとセロ君はどうなるでしょう。
多少、予備知識はつけましたがまだまだ危険です。
他にも危険そうな夢想家にティルレッタ君がいます。血を見るようなことだけは起きないでしょうね?
女子生徒の教育はシャルティア先生とリィティカ先生、それと見学者としてレギィがいますが大丈夫でしょうか。
途端、不安になってきました。
昼食の時にでも過激なことを言わないように注意しておきましょう。
自分が言っても何の説得力もないかもしれませんがね。
「深く考えすぎですね。とにかく今はそうであると理解しなさい。実際に経験するまでは男は性欲でそうした怖さを無くしてしまいます。他にも愛おしさや恋しさ、そうした部分もまた感じて不安をなくしていくのです。気づいたら怖くなくなっていたということもあります。ともかく個人差の強い話ですから」
大丈夫です、としか言い切れないのが辛いところです。
性について前知識がほとんどないのが当たり前の世の中です。
神父さんの言葉は性に対して否定的ですし、大人は隠したがります。
大々的に語るものは全て妄想、欲求の域を超えていません。
予備知識がないのにいきなりでしたから、ちょっと驚いた面もあるのでしょう。
すぐに気にならなくなるので、大丈夫しか言えないわけです。
「落ち着きましたね? まだのようなら術式の授業で言ったことを思い出しなさい」
精神を落ち着かせる、高ぶらせる。
こうした精神状態を自分の意思でできないと術式は難しいでしょう。
自分は一番、最初に座学と一緒に精神抑制法を学ばせています。
当然、ティッド君も同じように教えました。
今でも実践の授業の前は抑制法を一通りやらせています。
ですから、慣れているでしょう?
すぐに抑制し、落ち着くはずです。
現に深呼吸し始めたティッド君はすぐに落ち着き、理性の色を瞳に宿しました。
「話を続けます。性は快楽として上等のものでしょう。しかし、ただ快楽を求めて相手、女性に事を強要してはいけません」
今度は得た知識の危険性や有効な使い方を教えます。
こうして考えてみると術式を教える流れとよく似ていますね。
さすがにこっちは実践をやらせるつもりはありません。
ついでに学園にいる間、そうした行動を取らせるつもりもありません。
「教養の授業では女性をエスコートしたり、女性に対して気を配る所作、その時の礼節を学んでいると思います。女性に対する気遣い、それは何故なのか答えが今までの話にあります」
これは下手すると大人でもあまり自覚が薄い話かもしれませんね。
なんとなく女性だから優しくするのがマナーだと思っている人もいるかもしれません。
こうした物事の根本を教えるのは非常に難しいのです。
いくら言っても理解できないこともあります。
うん、今、フリド君が目からウロコという顔をしましたね。
首を縦に振って納得の意の表明しているようです。
君の眼球は相変わらず曇眼ですね。ウロコと言わずに全部、洗浄してもらいなさい。
この場合、洗浄するのは自分なんでしょうね……。
「このように女性は子供を育むための体つきになり、しなやかで柔らかい質になりながらも弱さを持ちます。もっとも精神的にはその限りはありません」
本当に弱いかどうかは定かではありません。
というより自分の周囲の女性は皆、色んな意味で手ごわいので弱いと思ったことはありません。
「君たちが大人になるということは大いなる責任を伴います。村では子供を共有の財産として扱うこともあるでしょうが、子供を生育し、愛していくのはやっぱり共に暮らす親なのです」
子供を作る、そして、心の充足を求める。
どちらの面にしても責任が伴われることを忘れてはいけません。
「子供を作る、その機能があるからするのではなく、君たちが責任を果たす心を持ち子供を育てられると恋人または妻と相談してからになります。しかし、性交には心を通わす行為としての手段でもあり、慰撫や充足の面もあります。子供を作る目的でなくてもあえて子供を作らない避妊の方法も一応、教えておきます」
避妊にリスクがあることはちゃんと教えておきます。
現状、確実な避妊法はなく、国が公認している避妊薬はないこともです。
そして、媚薬などの魔薬は営みを盛り上げるために一役買うのでしょうが、ほとんどのものが違法か無法のものです。
こうした知識も必要になるでしょう。
ところで今までが大真面目すぎて吐き気を催すのは何故でしょう? 不思議です。
避妊法に対して、生徒たちの反応は感嘆の一言だったでしょう。
しきりにメモを取る子も居れば、集中して聞いているのか身動きしない子もいます。
他にも性感染症などの危険性も語ると、生徒たちは一斉に身を引きました。
梅毒や淋病なんか詳しく語りたかったのですが、梅毒の項目でもうダメでしたね。
ティッド君がグラグラしています。
いい加減にしないとセロ君と同じように倒れてしまうかもしれません。
「では、ここまでで質問はありますか?」
そう言った瞬間、もうすごい勢いの挙手があがりました。
自分ですらポカンしそうでしたが、無理矢理、苦笑いしておきました。
「ではそこの君から」
適当に選んだ少年、確かヘグマントクラスの生徒ですね。
見事な敬礼と共に立ち上がり、
「先生殿は話を聞く限り多くの経験をお積みでしょうが!」
額を狙撃してあげました。
おい、やめろ。そんなことレギィに聞かれてみろ。
隠し子とかのたまった戯言をあろうことか本気で信じ始めますよ?
「これらの知識は全て自分のものではありません。専門家こそいませんがちゃんと少なくない資料が残されており、アレフレット先生がまとめあげてくれました。後、先生は一人としか致したことはありませんし、致したいと思ったこともありません。はい次」
ここはあえて、さらりと言う。
妙な噂は根元からバッサリ、狙撃するのが一番です。
次の挙手は半分くらいになりましたね。
不用意なことは言えないと理解したのでしょう。
ティッド君も手を挙げています。
せっかくだから、ティッド君の気づきにも応えてあげましょう。
「女の子は皆、知ってるのですか? 先生が言ったこと、知ってること……」
生徒たちは全員、きょとんとしています。
そりゃそうでしょう。ティッド君の言葉はあの竜巻発生器のことを知る人間しかわかりません。
ティッド君が怖がった本当の、根本にあった理由。
それは『セロ君がティッド君に対して、急な反応を見せた理由』がもしかして、自分が授業した内容を知ったからではないかと考えたのです。
その結果、セロ君はティッド君を怖がった。
好きな人に怖がられたことを怖がったのです。
怖がられ、避けられ、逃げられ。
そうして遠巻きに見られ、二度と手が触れられない場所に行ってしまうのではないかということに恐怖を感じたのです。
それは間違いなく、恐怖だと言いましょう。
二度と会えない、それはとても残酷でどうしようもない事実です。
「いいえ、知りません。少し話はしましたが、あくまで触りの部分だけですね。午後授業が女子生徒たちの授業なので、それまでは知らないでしょう」
「……でも」
指先をいじって不安を和らげる行為は、ティッド君がやるといじらしいですね。
「どうしても信じられない場合は聞いてきなさい」
まるで冷たく突き放すように聞こえるでしょうが、必要なことです。
誰も好きな人に『自分が怖いのか?』と聞けないでしょう。
ましてやセロ君はあまり自己表現する子ではありませんからね。
最近、ようやく自分……いえ、この場合『父親のような先生』に対して、でしょうかね?
心を開いてくれるようになりました。
ティッド君がもしも、セロ君の心を開きたいのなら。
ティッド君は勇気をもって、向き合うしかないのです。
「勇気を持ちなさい。怖いことに怖いままで、それでも真実と大事なものに向き合うことをリィティカ先生から言われたのではありませんか?」
「はい……」
「求め、そして、気遣い、向き合い、そして自分の手と足、その目で君自身が確かめないといけないことです。先生たちが言えるのはそれまでです。誰かがしてくれるようなものではありません」
「本当に、大丈夫だとおもいますか……?」
「大丈夫かどうかは聞いてみないとわからないこともあります。だからこそ、挑むことを忘れてはいけません。もちろん、逃げることもできます。時間が解決することもあります。でも、もしも不安でどうしようもなく、誰にも頼れないのなら」
さて、色々と言えることはあります。
でも、ここは教師らしくいきましょう。
「フロウ・プリムなんか使ってみたらどうでしょう? 君が想うものの前で」
「ええ?」
ティッド君は理解できないという顔をしました。
そうでしょうね。でも自分は術式の教師ですから。
このあとは順調に生徒たちの疑問に答えていきました。
その多くは最後に「知れてよかった」「ありがとうございます」、そして「ためになった」と言いました。
社交辞令かもしれません。
生徒たちでもそれくらいは言えるでしょう。
でも、少しだけそうした言葉が……、ちょっとまんざらでもなかったですね。




