室内にいる男性率が限りなく100%である
ヨシュアンクラスに説明をし、【室内運動場】へと促すと次は自分が三階の【教養実習室】に向かいます。
男子生徒は皆、そこに集まるように指示を受けています。
ヨシュアンクラスは女の子ばかりなので、言う必要はなかったですね。
男子生徒たちはすでに【教養実習室】に集まっているはずです。
「ヨシュアン先生。いけるのかね?」
ヘグマントが後ろから声をかけてきました。
ピットラット先生もいます。
「よくはわからなかったが誰も考えたことのない学問、誰も教えることのない教育だろう? 男女の営みというのは」
「男女の営みは教育の結果です。もちろん、自然の流れで知る本能の分野ではあります。知る必要はない、と思う人もいるでしょう。しかし、その本能、どこまで正しいか疑問ですね。新兵が恐慌して無辜の民を殺す、そんな本能的な行動があるくらいですから」
「うむ。アレは止めねばならないものだが、あぁなると時に味方に被害が出かねん」
ほとんど肉体のリミッターが外れていますからね、あの状態。
限界寸前でも無理矢理、体を動かそうとします。
「疑問があるのなら考えるのが学問の役目です。そして学問であるのなら、教えない理由はありません。剣の怖さを教えることに似ていると思いませんか」
「うむ、そう言われるとわかりやすい」
「とはいえ、資料が足りなかったのも事実です。そこはアレフレット先生にお願いする部分もあるでしょう、ねぇ?」
「何が、ねぇ、だ」
アレフレットもやってきて、男四人で廊下を歩きます。
すぐそこはもう【教養実習室】です。
「お前が妙なことを考えるから、こっちは【大図書館】にこもりっぱなしだったんだぞ。神官でもある僕が何故、教義を疑うように見なければならないのか」
「しかし、アレフレット先生にも疑問くらいあったでしょう?」
性の分野は、まぁ、尖った部分だったと認めますが、それでも教義が今に即していない部分があると理解しているから調べてくれたのでしょう。
「まずはアレフレット先生の教義から。続いて自分が肉体的なものから性に必要な知識を述べていきます。ヘグマント先生とピットラット先生は……」
「そこは二人に任せよう! 何、部屋の隅で筋肉を誇示しておくとしよう!」
不快指数がハンパないので止めてください。
「そうですな。こうしたことは若さも必要でしょう。私のような老いぼれができることと言えば見守るだけか孫の顔を見るくらいでしょう」
「肉体的な面ではヘグマント先生に、女性の扱いに関してはピットラット先生に少し諫言を頂くかもしれませんが、お二人共、よろしくお願いします」
軽く打ち合わせをして【教養実習室】の扉を開きました。
十五名の生徒たちが自分たちを見ます。
ヘグマントクラスはフリド君を含め五名。
アレフレットクラスはティッド君を含めた二名。
ピットラットクラスはキースレイト君含め三名。
リィティカクラスは三名。
シャルティアクラスは二名。
……どうして自分のクラスを女の子だけで固めたのか、今をもって不明です。
まぁ、栓もなければ蓋もない話です。
最初は誰がしゃべるかで一瞬、眼で「お前やれよ」「いや、お前が」をやってしまいました。
最終的には発案者なので強気に出れなかった自分が負けました。
ちくしょう、殺気を出したら負けなかったですよ? こんなところで殺気を出しても意味ないですけどね。
「それでは既に皆さんも知っていると思いますが、今日は【健康診断】です。ですが女子生徒が【健康診断】中なので、君たちには講話を聞いてもらいます。座学の授業よりも聞くことが多いかもしれませんが、質問はちゃんと受け付けます。質問の時間は取りますので、疑問に思ったことは手元の羊皮紙に書いておくと良いですよ」
移動黒板に今回のカリキュラムを書いていきます。
アレフレットの教会側からの性へのスタンス、続いて自分が肉体面、精神面からの性欲について説明する形になります。
「テーマは性です」
性、と言われてピンとこないティッド君他数名は間違いなく汚れていませんでした。
しかし、顔が真っ赤になったり笑いに似た表情をした子たちがいますね。
キースレイト君とフリド君などに代表される生徒たちです。
ははっ、年相応ですね。
「先生! そ、それはつまり体験学」
手を挙げたフリド君が一歩前に出て、真っ赤な顔のまま叫び出したので頭の上にゲンコツ大の氷を落としてあげました。
言わせませんよ? その続き。
「あくまで知識、講話です。そういうのは自分で口説いて落としなさい」
頭を抱えてうずくまったフリド君に、とたん、生徒たちが笑い始めました。
あー、男の子を揃えるとこうなるんですね。ヨシュアンクラスとはまた違った趣がありますね。
ざわめきだした生徒たちを二回ほど手を叩いて制しました。
「君たちが想像しているもの、期待しているもの、そうした話より少し……、そうですね。君たちが知っておかなければならないことを話します。誰も教えてくれないこと、友達同士で手探りで話し合うような、そんな話だけではわからない部分もあります。特に知らずに間違いを侵していることもあるでしょう。知らずに君たちが好きになった人を傷つけることもあるでしょう。君たちが大人になったときに少しでもそうした危険、間違ったことを減らすための授業です」
自分は今、大真面目なことを言っていますが結局はエロい話には違いありません。
いや、この言葉自体に嘘はありません。懸命に考えました、ついさっき。
学問の分野にしようと考えている以上、マトモな仕草や表情をしなければならないわけです。
なんというべきでしょう、このギャップ。
一秒ごとに「自分は何を言っているんだ」と問いかけたくなる、この気持ち。
つい茶化したくなる気持ちを理性の鎖で抑えています。
こんなことで思考抑制法を使うことになるなんて、考えもしなかったですね。
ついでに自分たちに性教育をしてきた先達もこんな気持ちだったのでしょうか?
偉大ですね、先達の皆様。
できればもっと別の形で尊敬したかったです。
「では最初はアレフレット先生からです。この中でも教会に行き、その話を聞いたことがある人もいますが、重要なことですからよく聞いておきましょう。ではアレフレット先生」
呼ばれたアレフレットが前に出ました。
備えにあった教壇に資料を置いてから、アレフレットが手をつきました。
「今からお前たちに聴かせる話は人の営みの重要な部分だ。まずヒュティパ教会の教えから入ろう」
原典から始まる教会の教え。
そこには子に対して愛すべきだ、と一節に記されていました。
ごくごく普通の人生を歩む人なら当然のことでしょう。
もともと教会の教えは、人が人となるための形を教えるものです。
神性が定めたかどうかの問題はどうでもよく、社会は成り立たせる上での最初の歩行器だと思っています。
この教えに近しいものが性教育にも根本に流れています。
その言葉、その教えは当然のことなんですよ。
ただ、時代遅れなだけです。
300年前と今では術式具の形だって違います。
30年前と今では術式だって違います。
6年前と今では、ずいぶん暮らしやすい国になっています。
時代は変わります。
そして、時代遅れなら時代に合わせた形に調整しようとします。
誰が調整する? それは神なんて見たことがなく教義しか知らない世間知らずですよ。
己の都合の言いように教義を替え、さも当然のように無知の民にささやきます。
『教会の利益になることが当然ですよ?』と。
つらつらと考えているとアレフレットがもうすでに締めに入ろうとしていました。
あ、たぶん内容は教会の基本的な性への考えを述べただけでしょう。
一言で述べるならダメ、絶対。
人類として繁栄したい気持ちがゼロですね。
「今の教会は性を、人の営みを悪し様に語っている。まるで罪悪のように口にする。一神官である以上、僕はそのことに異論は持たないつもりだ」
アレフレットは神官でもありますからね。
当然と言えば当然のことです。
一神官が教会の教えを疑ってはやってられません。
何より、どこぞのヤクザよりも上下関係が厳しいのが宗教ですからね。
救いがあるのなら、多神教多信仰のせいか教義同士が絡みあって牽制し合うこともある、ということです。
昔は弾圧や戦争もあったようですが、どうなったんでしたっけ?
やりきれなくて止めたんでしたっけ?
結局、お互い仲良くしようでまとまったはずです。
結果、性の分野においても教義の原典にそぐわないものでない限り、足並みを揃えていたと思いますが。
「ただ疑問を投げかけよう。もしも罪人が裸であるのなら疑問を持ち、人としてそっと衣服を与えよう。本当に正しいのか、と考えよう。教会の神官が言うべき言葉は本当に正しいものなのか。君たちは今回の話で思うこともあるだろう。当然と思うこともあるだろう。興味深く、より知ろうとする信心を持つだろう。そして、何が正しいのかを一人で決め付けるではなく、より多くと協議し素直に間違いを認める心を持て」
危うく聞き流しそうになりましたが、驚きの発言をしていました。
あのアレフレットが学びの使徒としての言葉を生徒に教えようとしています。
リィティカ先生の社宅で夕食を頂いたときは自分の言葉に過剰反応したというのに。
教えに背くことを不信といっていたのに。
何が変わるきっかけになったんでしょうね。
アレフレットの変化なんて気にも止めなかったのでわかりません。
「ただ覚悟だけはしておくんだな。疑問を投げかけることであらぬ波風を立てることもある。それでも疑問を信じて進むというのならお前たちの求めるようにやってみろ。ヒュティパ神は全盲にして全知。お前たちの悪心に父のような眼差しで諌めるだろう。ルーカン神は公平で成る。お前たちが不平に傾くようなら戦神の恐ろしさを知るだろう。パルミア神は規律を尊ぶ。お前たちがもし法を侵すことがあるのなら慈母のごとき御手で罪を濯ぎ流してくれるだろう。南部出身者なら炎神パルクトーだ。彼の神は不義と罪以外を許すだろう、ただ常にお前たちの首に自由と言う名の鎖が伸び、その先に応報の刃があることを覚えておけ。多くの神が見守るこのユーグニスタニアの大地に生きるお前たちが日々の営みを健やかであるようにこれを語る。以上だ」
神官らしい脅しで締めたアレフレット。
まだ教壇から離れないのはこのあとの質問タイムのためです。
「では一度、今までの話を聞いた上で疑問があったのなら聞いてみよう」
一拍置いてから、自分は生徒たちに質問を促しました。
何度か生徒同士で顔を見渡しあったが、一人の生徒が手を挙げました。
キースレイト君です。
「アレフレット教師。貴方は神官だと聞き及んでいるが、教義に対する不信は不徳ではないのですか。話の内容よりもとても疑問に思えた」
「もちろん不徳だ。当たり前だな。だがな――」
アレフレットは自らの左胸をドンと拳で叩きました。
「――不徳はない。この身は信心で満ちていて、ここにある」
その自信はどこから来るのでしょう。
「教義に疑問を覚えたことはない。この言葉は嘘ではない。それでも昔と今の教義を並べれば必ず何かを思うだろう。僕は疑問よりも何を正しいと見倣すかに思い至った。信じるべきは新旧の差ではなく、信じるべき神の言葉だと気づいた。故に不信はない」
「……わかりました。ありがとうございます」
他にも首を傾げる部分に生徒たちは疑問の声をあげていました。
多くは性欲がどうして禁欲の対象になるのかどうかでしたが、その都度、アレフレットは的確に答えていきました。
やがて、質問の時間が終わり、アレフレットが自分たちのところに来ました。
「まるで大司教のような振る舞いでしたよ。一体、どうしたんです? 宗旨をパルクトーに変えたんですか?」
「バカにするな。僕はヒュティパの神官でもある。ただ、この場には合わないと思っただけだ」
「真面目すぎて何をテーマに語るべき場なのか忘れそうになりましたよ」
「それは僕のせいじゃない」
睨まれても困ります。
何せ、本心ですから。
「王は学園に影響を持ち込みたくないと考えているのなら、貴族として王の望みを叶えるだけさ」
その結果、年柄年中フェスティバルな国になるかもしれない……、ということは黙っておきましょう。
アレの人となりを知らないって怖いですね。
それにしても、この場に合わない、ね。
学園に宗教の影響を持ち込まない。
生のまま疑問を投げかける場として学園があるのなら、それを尊重したい。
それがアレフレットが見出した【教育の骨組み】なのかもしれません。
さて、次は自分の番です。
生徒たちがどんな反応をするかわかりませんが、まぁ、どうせ大騒ぎですよ。




