劣等感の収めるところ
そして今日、五日目の授業が始まる。
今日の午前授業は体育。【室内運動場】。別名、体育館。
外見はざらりとしたコンクリートの肌を持った巨大な筒状建物だ。遠くから見てカマボコみたいだと思ったのは内緒だ。擬似アーチ状の入口が幾つもあるのは、開放的にしたかったのか夏に蒸れると予想したからか。まぁ、自分はこういうのは見慣れているので不思議に思わないが、リスリア国民からすれば不思議としか言いようがないんじゃないかな? しかし、一体、誰が建築したんだろうか。
内部は全て木製、叩きつけられても痛くないようにしたためだろうな。
体育館と違って部屋の隅には練習用の木剣が並べてあったり、怪我をしないようにと木製床の上に薄いマットが敷かれていたりする。
その様子はまるで武道場+体育館といった風情だ。
もちろん、動き回ることが前提なので充分に広い。
「現在、リスリア王国は諸外国とも目立った諍いもなく、また徴兵される機会があったとしても女性兵は後方待機が主任務となりますので君たちが直接、戦闘する機会は少ないと思います。だからと言って、戦えないことが良いわけではありません。錬成の授業では採取のために課外授業を行うこともあります。魔獣に遭遇した場合に備えて、一応の体術を教えておきましょう」
「術を唱えればよろしいのではなくて?」
「不意打ちされたら、どうするつもりです」
「……貴方はいちいち正論ですわね」
クリスティーナ君の野次を完封しました。有無なんて言わせるものか。
大体、正論を言わない教師に価値があるのだろうか。考えどころだ。
さて、体育……、という名前は付いているものの、その内容は武力訓練と変わらない。
相手を叩きのめす技法や急場を脱する戦略、個人的な技量から集団戦に至るまでのありとあらゆるを想定とされた授業なのだ。
最終的には徴兵が起こると同時に、練度の高い部隊を作り上げるという、いささか自分的には同意しかねるレベルに到達させるそうだ。
まぁ、そこまでにするには義務教育が実施され色々そのための下地も作って、ようやく十年単位で時間が必要だろうけど。
すこし想像してみよう。
牧歌的な農場。突如、起こる戦。突然、蜂起し始める護国の意思を宿した農民たち。農民とは思えない練度で敵兵を圧倒する農民。すごいぞ農民。強いぞ農民。術式使うぞ農民。
イヤすぎます。
どこぞの戦闘民族みたいだ。
一瞬、炎上する戦場を背景にクワや鋤を構えて横一列に並ぶ屈強な農民を想像したことは誰にも言わないでおこう。
そんなわけで昨日のうちに生徒たちには、破れたり汚れたりしてもいい動きやすい服を持ってくるよう言いつけました。
しかし……、個々で服装が違うと妙な感じだな。
次の教員会議で服装の統一案を出してみようか。
今は皆、自由な服装だけども、せめて一学期が終わるまでに制服を用意してあげたい。学校って感じも出るし。
じゃないとフリルばっかり極めてくる生徒がいますからね。
クリスティーナ君とは言わないが。運動着なのにフリルとか何に使うのかとか言わないが。フリルオバケめ。
「さて。まずは受身の練習からだね」
「うわ……。なんでそんな初歩中の初歩から」
抗議の声をあげるマッフル君。
元気っ子だからか、腕を振り回す。危ない、隣のクリスティーナ君に当たる……、当てようとしてるのか恐ろしいヤツ。ほらほらクリスティーナ君が顔をしかめてるから。
「グランハザードは武装商人なんだよ。いまさら初歩の初歩なんかしなくていいじゃん!」
「黙らっしゃい。マッフル君が凄腕剣士だったとしても、他がそうじゃない場合、低い方に訓練を合わせるのが当然です」
「いいじゃん別に。剣とか持ってフリル斬りつけたいよ!」
「突然の殺害通告に先生、驚きですよ」
クラスメイトは大事にしましょう。
「怪我をしてから困られると、先生困りますよすっごく」
「胸を張っていう台詞じゃないよ。先生」
げんなりしないで欲しい。というか、げんなりさせないで欲しい。
「あぁ、補足しておきましょう。技量が低い人に合わせる云々は、正確には少し違います。いきなり速やかに徒手で人を殺す方法とか教えてもらいたくないでしょう?」
「「「「「え!?」」」」」
生徒全員が固まりました。
「どんな難易度の技があっても、基本となる身体が出来てなければどんな技も未熟なままです。ましてや君たちはまだ成長期です。身体を作るためにも基礎体力を上げていきたいと思っているのです」
「先生、質問!」
「はい、マッフル君」
「先生、ヤバい人?」
ひどい中傷にあいました。
拳でコメカミをグリグリとやったら、とりあえず頭を抱えて静かになってくれました。
「主旨はわかりましたね。柔軟体操の後、そっちの壁から向こうの壁まで受身で百往復」
「えー――――――!?」「ひぅ!?」
今、批難の声の中に悲鳴みたいなのが混じらなかったか?
悲鳴の主を探していると、バッチリ目が合うセロ君。すぐに下を向いてしまったため、その表情はわからない。
かと思えば、きょろきょろと辺りを見回し、また下を向いて、もじもじしている。
挙動不審……、というべきなのだろうが動きが小動物じみて、なんとなく可愛らしい。
「どうかしましたか? セロ君」
「は! はぅ……、ぃえ。なんでもないです……」
呼ばれて顔をあげたら、なんでもありそうな表情だったんですけど。
「体調が優れないなら見学してても怒りませんよ?」
でも休ませないあたり、自分の鬼畜さがひどいと思います。
「はい! 実は高熱で倒れそうであります!」
「仮病は許しませんよリリーナ君。元気一杯じゃないですか無駄に」
小さい舌打ちが聞こえた。
なんか不満でもあるのか、この不可思議生命体。
「時間は有限です。早く柔軟体操しなさい」
それぞれがそれぞれの方法で柔軟体操し始める。
ん~、まぁ、特筆すべきことは……、懸命に前屈しているのに、膝あたりで手が止まってる女の子がいました。セロ君だ。固いなぁ……。
「セロ君」
「はひ!?」
バネじかけみたいにバッと顔をあげる。
「息を吸って、吐きながら前屈してみてください」
「……え?」
まるで予想外の言葉を言われたように、ポカンとした顔だ。
「……はぃ」
それもすぐ前屈の姿勢のために見えなくなる。
「……ぁ」
驚いたのだろう。すぐに身体を起こして信じられないものを見るような顔になる。
さきほど手の先ほどまでしか膝に届いてなかったはずなのに、手首のあたりまで膝に届いているのだ。
「人間の身体をうまく使えば、ちゃんと動くし曲がるものも曲がります。特に呼吸は運動していると無意識にしがちですが、意識して行えば普段より強い力が出たり、筋肉の柔軟を助けたりと様々です」
そもそも肉体の能力はフラットではなくリズムだ。
能力値そのものが秒単位で上下する。そして呼吸は人間の身体の中で唯一、リズムを変えられる内臓器官だ。
身体が受ける影響はバカにならない。
「他にはどんなものがあるのですか」
人体の不思議に興味を惹かれたのかエリエスが挙手する。
「口を開いて物を持ってみるといいですよ」
「結果は?」
「体験してみなさい」
すげなく断ってみる。
元々、講義するような授業じゃない。早々と会話は断ち切って今日のノルマを達成させよう。
それぞれ柔軟体操も終わったようなので、さっそく前回り受身をやらせる。
さて。客観的な目線で、受身の往復をしている生徒を見ていると一生懸命な彼女らには悪いが非常に情けない感じがする。
だって、前回りにしか見えないし。子供のお遊戯みたい。
そのうえ、自分は彼女らが怪我をしないように見ているだけなので基本、ヒマな授業ともいえる。
あんなに転がって目が回らないのか不思議で仕方ないが、彼女たちはまだ小柄な少女だ。遠心力でかかる脳の負担、バランス感覚へのダイレクトアタックは大人よりも少ないのだろう。疑問解決。
なんか暇なので、ちょこちょこと身体を動かしてみる。
しかし、体育の授業なのに、身体がなまっているように感じてしまうのはもう歳の証拠なのだろうか? なんとなくこれからのことを考えてしまう。
ちょっとマジになって『これから』のことも考えておく。
貴族院の妨害手が見えてこないこと。
義務教育推進計画の真意とするところ。
教師としての不安、この子たちの未来。
とまぁ、真剣に考えてみても。
この床を叩く手の音がなんとも背筋にくる音のせいか、脱力してくる。
特にこの音。
とた……、ぺたん……、とた……、ぺたん……。
情けない音が脱力にも拍車をかける。
他の音が鋭い打音なのに対して、これだけは妙に気が抜ける。
誰が出している音かと思い、よく観察してみると小動物がすっ転んでいた。
「えい。えい。えーい」
ぽすん、と軽い音がする。
「と。と。あ、あ、いた」
受身に失敗した模様。
「うぅ……、はっ! えい」
なんでこんなに和むのだろう?
どうにも行動が遅い。セロ君が室内運動場の半分でへたっている間に他の生徒は一往復している。
いや。わかってはいたんだよ。
なんとなく、この子。体育とか苦手そうだなって。
大食堂で「休みたい」と言ったのも、たぶん、それが原因なんじゃないかと考えつきました。あの日でなくて良かったとも今では思ってます。思ってるけど、ひどいなぁコレ。
自分に見られていることに気がついたセロ君が、顔を真っ赤にし始める。
慌てて、でも、自分にはスローモーションにしか見えない受身をするために身体を動かす。
まずい!
突き出した手が外側を向いている。あれでは自重が全て手首にかかってしまう。
運動できない子がそんな状態になれば、自ずと結果が見えてしまう。
一瞬にして思考の裏に浮かぶ、事態を打破しそうな術式の数々。
しかし、そのどれもが強すぎてセロ君を傷つけてしまう。くそッ!
「あうっ!」
「セロ君!」
案の定、転がりながら手首を押さえている。
すぐにセロ君の元に駆けつける。
生徒たちも何事かと受身を止めていた。
その瞬間を見たのはきっと自分だけだったろう。
痛みに顔を歪ませるより先に、皆を見て青ざめたセロ君の横顔を。
「手首を見せてください」
「……あぅ~」
泣きそうだ。というか泣いてる。
「ちょっと動かすからね。痛かったら、痛いって言ってください」
セロ君の折れそうな手首を真綿でも掴む心持ちで触り、ちょっと内側に曲げてみた。
「はう!?」
ものすごく痛そうだった。そんな、まるで世界が終わったような顔されても……。
トントンと小さく叩いても、さっきまでのような痛そうな顔をしないところをみると骨に異常はなさそうだ。
「……軽い捻挫ですね。今日はここまでにして見学してようか」
「ぅっ!」
だから、いちいち絶望的な顔しなくていいから。何も悪いことしてませんよ?
それとも悪いのは自分なのか? 何が悪いという話ではないのだろう。
「先生、あたしらは?」
「転がってなさい。ちゃんと終わるまで帰しませんからね」
生徒たちからブーイングが飛んできた。
「リューム……」
術式を使うフリをしたら、生徒が蜘蛛の子のように散ってしまいました。
術式を使うのを止めてみたら、黙って帰ってきました。
だんだんと、着実に、これでもないってくらい成長していることを今、実感しました。人の順応性って怖い。
「ちょっと失礼しますよ」
有無を言わさず、セロ君をお姫様だっこです。
暴れられるかと思ったが、物静かにされるがままになっている。
んー、もしかして硬直しきっているだけかもしれないが、まぁ、どうでもいいか。
皆の邪魔にならない端に置いてやる。
すぐにリィティカ先生から頂いた薬箱を取り出し、開く。
やっぱりリィティカ先生はこれを予想していたんだろうな。
見事に捻挫や打撲、傷に対する医療品しか詰めこまれていない。
「手当するのでじっとしていてくださいね」
体育座りで下を向いているセロ君。
手首の捻挫は応急処置しておいたから、これ以上、腫れることはないだろう。
「………」
アンニュイオーラとは、こんなサマを言うのだろう。
セロ君の頭にどんよりとした曇天がかかってます。そろそろ雨でも降るのだろうか。
この様子が全てを物語っている。
セロ君が本当に避けたかったもの、学ぶ意欲があるのに授業を休もうとした理由。
本当はこうなる前になんとかしたかったのだが、そうそう上手くいくはずがない。自分はまだ教師としては未熟なんだ。
だけど、未熟を理由に放っておくわけにもいかない。
教師は。この子の教師は自分なのだから。
では、雨漏りだらけのハートに補習工事といきますか。
「体育が苦手。それだけで休もうと思ったわけじゃありませんね。苦手なせいで皆に迷惑がかかると思ったから、体育を休もうとした。違いますか?」
フルリと震える子犬の肩。
「……先生はなんでも知ってる、です……。なんでもできるし、セロのことも」
「得手不得手がキッパリハッキリしているだけですよ。なんでもかんでも出来るわけじゃありません。最初は全然、セロ君が休みたがっていたのかもわからなかったくらいですから」
なんでもかんでもフラットに出来ても、生き辛い性格っていうのもあるんですよ。
例えば知らない間に政治利用されていたり、教師やらされていたりチクショー!
「……セロは、どんくさぃ子なのです」
自分を傷つけ始めたよ!? ティーンズの心ってわからない!
七年くらい前までティーンズだった自分とは思えない感想だった。
「みんな、ちゃんとできてるのに……、セロだけ、みんなより遅れてるです」
「初日の体育でそんな後ろ向きな言葉が聞けるとは思いませんでした」
「はぅ……」
劣等感、というのだろうか。
誰かと比べて劣っている。そのことに引け目を感じてしまう。
誰かそのことを責めているわけでもないのに。
つい、自分のせいにしてしまう。
誰も罰してなんかいないのに、勝手に罪を背負って罰を受けようとする。
もともと内気で、引き気味の子だったからなぁ。
誰かと差がついただけで、落ちこんでしまうのかもしれない。
「セロ君は、武術の経験がありますか?」
「……ないです」
まぁ、あの動きを見れば一目瞭然だ。
もしも彼女に武術の先生が居るのなら、その先生の指導方針に首を傾げざるをえない。
「武術とか、してなきゃだめ…ですか? 退学、ですか?」
すごい結論に到達したよ。どこの学校に受身を取れない生徒を退学にするというのだ。スパルタも驚きで投身自殺するわ。
「ありえませんから安心してください」
「……はぅ。でも、このまま、いつまでもできなかったら……」
うーん。さすがにそれは問題がある。
他の生徒が組み手に入っているのに、彼女だけまだ受身の授業を行っている風景を想像してみた。
まるで自分がセロ君をいじめているようじゃないか。
「心配ですか? 不安ですか? しかし、先生が君たちの先生をしているかぎり、そんな余裕は一つもないと教えてあげましょう」
何を言っているのかわからない、という風にキョトンとするセロ君。
「出来ない子には特別授業です」
自分はセロ君に語りかける。
顎を引く。支える手は内側に。中途半端な動きをしない。思いっきり動く。流れに身を任せる。
時には冗談と共に、時には転がってる生徒を見本に、セロ君に伝えていく。
「前転のテクニックは今、言ったようなことです。ね、簡単でしょう?」
「……でも、やるのと聞くのは」
「それはセロ君が一番、重要なことができてないからです」
「……ぁぅ。重要なこと、できてないですか?」
うっすらと瞳を濡らし始める少女の頭をゆっくり撫ぜてやる。
「……セロ、悪い子ですか?」
なおもすがる瞳に答えない教師はいないだろうさ。ここまで追いこんだのは自分だけど。
「悪い子に、先生は特別授業をしたりしませんよ」
「……えへ」
お。ようやく笑ってくれた。
「受身を取るとき、もしかして怖いって思ってるんじゃないかな?」
「……あ」
「受身っていうのは攻撃を受けた後、身体のどこかを地面にぶつけて痛めないようにするための技術なのです。ダメージを最小限に抑える。つまり、ダメージを受けたあとの技術だね。だから実際、もっと怖い目に合った後とも言えるね」
「……ぅ」
「別に怒ってるわけでも、怖がらせてるわけでもないからね。うつむかないでください顔をあげて……顔をあげろー」
うつむきかけるセロ君の頭を掴んで無理矢理、頭をあげさせました。物理的にも程がある。でも我慢できなかったしいいや。
しかし、難しい。デリカシーの無さに自分が沈みこみそうだ。後で戦場にでもいって拾ってこよう。もしくはグランハザード商会に売ってないかな?
「でも、怖いと思うことは仕方ないんですよ。先生もこわがりですからね」
「……先生も、こわかったりするですか」
「戦うときも。術を唱えるときも。こうやってセロ君に話すこともそうですよ」
どの口でほざいてるんだ、と思った人は前に出なさい。チョキで殴りますから。
「え……? セロ、こわいですか?」
「セロ君を傷つけないようにするには、どうしたらいいか。もしも、傷つけてしまったら、どうしようか。自分の傷は治せるけれど。セロ君の傷は、どこが痛いかわからないから」
わからない。わからないから怖い。
「そう思うとですね。誰かを傷つけるよりも自分が傷ついたほうがてっとり早く、感じてしまうようになるんです。本末転倒な話ですよ」
そうやって、ここまできてしまったのだ。いまさら変えようがない。
遠い日、遡る過去のお話。そして、どうしようもなく、どうすれば良かったのか今でもわからない、こわがりな男のお話だ。
「先生の真似はしないようにね」
そんな話をこわがりの少女にさせるつもりはない。
こんなものは誰かに話してスッキリというわけにもいかない。墓まで持っていくさ。
「話が逸れてしまいましたね。とにかく、先生の言ったことを意識して怖がらないように……、といっても怖いわけですから。受身をするとき、深呼吸しましょう」
「深呼吸……」
「心を落ち着けて。ゆっくりでもいいです。誰かに追いつこうとしてはいけません。誰かと比べてもいけません。セロ君はセロ君の速度でいい。誰に比較してどうとか要りません。自分だけの、歩くような速さで。ゆっくりやっていけばいいのです」
「歩くような……、はやさ」
うん、うん。と頷いているセロ君。
彼女なりに響いた言葉があったのだろうか。自分からは見えなくて、わからないけれど。
「まぁ、実際、受身をするような事態に陥ったときに深呼吸なんてしている暇はないでしょうね。これも本末転倒です」
「……あは」
泣いた子犬が今度は笑う。
泣いて笑って考えて。納得しながら諦めながら大きくなりなさい。
そうであったら、何よりの幸いだと思う。
「先生……」
「はい?」
「セロは……、こわくないですよ」
困ったものだ。生徒に心配されるのも、気恥ずかしい感じがする。
「そうだね」
今度は強く、ゴシゴシと頭を撫でてやる。
「セロ君は怖くないですよ」
途中、チキンレースの様相を呈してきたクリスティーナ君とマッフル君の受身。
やがて授業妨害になりそうなので、今のうちに術式を用意しておこう。
気弱っ娘は扱いが難しいなぁ……、今日の自分、これだけで精神力をガリガリと削れられてしまった。慣れないことはするもんじゃない。
慣れたからといっても、自分たちのことを吐露するわけにはいかない。
何より、この子たちにはまだまだ早い。
自分たちの背負った悪夢のような、地獄のようなお話。
おそらく、シャルティア先生やリィティカ先生、アレフレットも同じようなものを背負ってるんだろうな。
「死ねーい! プリンセスうざフリル!」
「くっ! いつの間に木剣を!? 賊だー! 誰か! 誰かある!」
「おっと、そこ行く剣呑なお嬢さん。下克上は止めるであります」
「ならば私は復活した魔王役を演じます」
「「魔王って何!?」」
「こい、魔王……、であります」
「がおー」
授業の終わりにはノリのいい生徒たちのショートコントが始まっていました。なんだそれ、何に抑圧されたらそんな状態になれるの?
あぁ、あの一団に緑属性の術式撃ちたいなぁ……。撃っていいよね?
怒りに震える自分の隣に、小さく震える少女がいた。
その少女の震えは自分のようなマイナス面のものではない。
目尻に涙を浮かべていようとも、それは良いことなのだ。
さてさて、三日後の体育の授業。
セロ君の手首は、リィティカ先生のお陰で、お か げ で ! 完治しました。
さすがリィティカ先生は薬にも博愛が詰まってらっしゃる。
密かに惚れ直しながら、今日もまた薬箱が自分の足元に置いてある。
まぁ、今回はこいつの出番はないだろう。
今日も受身の授業だと言ったら、またブーイングが飛んできた。百を千に変えてもいんだけど、それは諸事情で諦める。
何故なら、一人だけバッシングせず、ずっと床を見つめている子がいるからだ。
その顔は、怖くて下を向いているのではない。
切羽詰ったものでもなければ、見えない何かに怯えているわけでもない。
「えい。えい。えい」
「………」
一番ビリで到達した彼女。でも、最後まで諦めず、自分の教えたことを最後まできっちりとこなして見せてくれた。
生徒たちにもその頑張りは伝わったのだろうか。
マッフル君が両手をあげて拍手しだすと皆も釣られて拍手しだす。
「よく頑張りました。セロ君」
「……はい!」
罪とか罰とか思いこみとか引け目とかそんなのは所詮、最後に笑ったヤツには勝てないもんです。
思ったよりこの子は、芯が強いのではないかと。
そんな些細な気づきで、気弱な女の子の評価を変えただけのお話。




