良い人悪い人の分別
キャラバンが遅れた日数はたったの三日だけでした。
「えぇ、大変でした。何せあの者たちは自分の身分と権利を声高に主張しながら、冒険者を営んでいるのですから」
学園長とロラン商人の商談にあいかわらず自分も参加していました。
もちろん、参加と言っても学園長の護衛役……、という名前のお飾りです。
実際はロラン商人との取り決めに際した、計画の外掘りに関する情報を聞くことです。
今回はもっぱらキャラバンを追い回した冒険者についての話です。
「国務に携わっていると話すこともできない身なので、冒険者の行動を抑制するようなことは言えず、護衛たちの武力で脅そうにもすぐに逃げられてしまいまして。キャラバンの中にも不安に訴える者もいました。最終的には懇意の領主様にお願いする形で冒険者の足を止めてもらっている隙にモンストレアの谷を縦断するハメになりました」
モンストレアの谷はリスリア王国の首都から北西に位置する、魔獣群が住まう縄張りでしたね。
複数種の魔獣が生息するだけでは飽き足らず、険しい道のりに左右が絶壁と襲撃されやすい地形、さらに過去、上位魔獣の目撃例がある場所です。
上位魔獣というのは魔獣が対術結界を使えるまでに成長した存在のことです。騎士団と真正面からやりあって互角以上の被害を受ける強烈な個体ですから、国民全てが上位魔獣の発見、もしくは痕跡を見つけた場合、必ず報告しなければなりません。
敵国の中であっても同じです。
これはどの国でも負わされる国民の義務です。
さらに三国協定で結ばれた国際法で唯一の統一意思でしょうね。
もしも三国の中でどこかの国に上位魔獣が確認され、上位魔獣の強さにもよりますが自国で対応できなかった場合にのみ、支援要請、あるいは直接火力要請、すなわち三軍共同作戦が展開されます。
さすがに今のところ、そんな事態になっていません。
冒険者や騎士が魔獣を退治してしまうので、ここ百年ほど、上位魔獣まで成長する存在はないようです。
もしかしたら、どこか人のいない僻地にいるのかもしれま――ここ、僻地でした。
上位魔獣なんて出てこないでしょうね?
「よく無事でしたね」
「キャラバン内でも批難轟々でしたが、幸い魔獣避けを大量に確保していたことが決め手でした。何より、消極的な理由でもこれ以上、付きまとわれたくないというのもあったのでしょう。私もこんなことでもなければ二度とやりたくない方法です」
リスリア王国の中でも、個人で『最下位の上位魔獣』を制することができるのは【タクティクス・ブロンド】で四人。
騎士だとクライヴさんともう一人。
そしてリスリア王国所属の冒険者でトップランカーに連ねる一人です。
もしかしたら自分の知らない強者がいるかもしれませんが、まぁ、こんなもんでしょう。
「今回、クライヴさんはいなかったのでしょう? 果断よりもやはり無謀に傾くでしょうね」
「お厳しい意見です。ですが日程も押していましたし、今回ばかりは近道を使わなければならないほど日数を消費していましたから」
上位魔獣のさらに上が【神話級】です。【超位】や【神話級魔獣】、そして、【獣神】とも言われる存在ですね。
古文書や神話にしか存在しないので、どれほど強いのかわかりません。
旅神スィ・ムーランが【無色の獣】と出会い、ルーカンの力を借りて倒したとき、超常の力を自在に操る【六王】全ての力を借りた武器を用いて、ようやく滅ぼせたといいます。
その戦の後、【六王】は力を失い、バランスを欠いた世界は神々の戦へと突入する遠因となりました。
神々の戦の後、天上大陸よりの使者が大地を蘇らせ、旅神の導きでイルミンシアの樹の下に避難していた数名の少年少女が現在の人の祖先だと言われています。
「こうして無事に学園に到着できたのも旅神の導きでしょう」
本当にそう思っているかどうかは、まぁ、お察しでしょうね。
「どちらかというとハイシーン・グライントに祈ったほうがいいのでは?」
「もちろんハイシーンにも祈っていましたよ。我々の神様ですから」
ハイシーン・グライントは商売の神様です。
と言っても、神話時代の神性ではなく、人の世で伝説を残したという意味での神様ですが。ようするに偉人ですね。
初代リスリア王、古王リスリアを相手に商売を始め、このユーグニスタニア大陸で巨万の富を得た男です。【商売王】と揶揄され、大陸の真の支配者とも言われていました。
王家すら顔色を伺ったというハイシーンですが、晩年、毒杯を煽ったとも暗殺されたとも言われています。
総じて商人に絶大な人気を誇り、ロラン商人みたいに祈ることもあるそうで。
もっとも、祈るだけならタダという意味合いもあるのでしょう。
ヒュティパ神の教会にいくと祈るだけでお金を取られることもあります。
あくまで任意ですが。無銭で祈ったときの神父さんの目が厳しいこともあります。
神様の信仰よりお金の信仰は怖いですね、寒々しくなるくらい。
「しかし、貴族の三男坊ですか……」
頭のイタい相手です。二重の意味です。
「リャナシーンという貴族名をご存知ですか? 冒険者の頭らしき男がしきりに叫んでいた名前です」
「それはまた鬱陶しい話ですね」
「明朝の教会前みたいなものでした。何せ、どちらも私どもに馴染み深い」
明朝の教会は鐘の音でうるさいですからね。
あと夕暮れ時もそうです。
会話なんかできない状態になるのですが、それくらい大きな音でないと街や都市一つを覆えないですからね。仕方ない、といえば仕方ないです。
商人にとって貴族と教会は、避けて通れない道であり壁でもあります。
教会が持つ利権、貴族が持つ利権は一商人からすれば莫大な利益です。
その利益をかすめとれれば、合法的に一噛みできれば、商人としては一流です。
「リャナシーンはリスリア王国、北西部の、ようするにリーングラードから南部に位置する山陸部の領主の名が確かリャナシーンだったと思います」
記憶にある貴族名鑑から、リャナシーンの名前を弾き出します。
内紛時代、バカ王率いる……当時はバカ王子でしたが。
バカ王はリスリアの最南部から革命の火をあげました。
それから中央部に向かって北進する形だったので、北西部の貴族は【十年地獄】の中でも比較的に被害が少ない場所でした。
主に戦場になった地区は南部です。
北東部に関しては帝国を押さえる役目があるため、攻撃することもできませんでした。
結果、内紛終了後の絶滅しかけた南部貴族。生き残りが多い北部貴族と偏りが悪い状態でしたが、それも四年で北部の力を削いできました。物理的に、政治的に問わずです。
そのせいか、まだ西部や東部には残ってるんですよね。
そういうバカ。
「現当主は理性的で、地味ではありましたが数々の名采配をすると謳われていましたね。堅実で大胆、矛盾を飲みこむ領策は領地を豊かにしたとされます。おそらくその三男坊――目を覆うほどの無能なのでしょう」
学園長が静かに紅茶をいただきながら、容赦のない判断を下しました。
この判断力が学園の計画にも遺憾なく発揮されているのですから、味方でも安心できません。
「領地の一部を任されているではなく、領策に関わるわけでもなく、冒険者家業を選び、奸計の手先になるような無能――しかし、リャナシーン領主が後ろ盾となれば話は違いますね」
有能な領主であるがゆえに、三男坊はある程度、庇ってしまうでしょう。
今回みたいな件だと庇われる程度の問題なので、公に手を打てません。ついでに庇うだけの力があるのも面倒な理由です。
一定ラインを突破したら容赦なくリャナシーン領主は切るでしょう。
領民を守るために、身内から国敵を出すわけにもいかない立場ですから。
むしろ、そのあたりの情報も調べず、考えにも至らないその冒険者リャナシーンはアホですね。
いくら北西部が戦地じゃなかったとはいえ、小物までカバーできなかったのは痛いですね。こうなることがわかれば、面倒を起こす前にぶち殺しておいたのに。
あれですね。
いっそ、こっちに来たらいいと思いますよ。
こちらはいつでも笑顔でぶっ殺してあげる準備があります。
「何やら寒気がするのですが」
「ヨシュアン先生の貴族嫌いは筋にオリハルコンを使っていると聞いています」
「それはまた……、取り扱いに注意が必要ですね」
冷や汗、浮かべないでくださいね。
筋金入りではなく筋オリハルコン入り、略して筋コン……ダメだ。
自分がどんなフェチなのか理解できない。
しかも鉄筋コンクリートの略みたいで、なんだか微妙です。
「しかし、貴族の先生もおられるのでは? そうなるとヨシュアン先生もヨシュアン先生以外も大変でしょう」
「そうですね。そのあたりはヨシュアン先生に聞いてみましょうか」
……はい?
「アレフレット先生とシャルティア先生は貴族ですが、ヨシュアン先生はどう思われますか」
「あの二人は比較になりませんね。両方とも『貴族な感じ』がしませんので」
「なるほど。ヨシュアン先生が指す『貴族』というものは、どうやら貴族以外にも問われるようですね」
一瞬で貴族嫌いの種類を把握されました。この老婆、こえぇです。
「まぁ、確かに『貴族』でなくとも、『貴族』のような振る舞いをする者に容赦はしません」
「【十年地獄】の『貴族』を基本にしているようなので、ロラン商人もお気を付けて」
「さすがに人として、あぁまで悪辣にはなれそうにありません。一応、仲間内にも注意するように伝えておきましょう」
よしよし、良い人で安心しましたよ。
しかし、自分はまるで猛獣のような扱いです。悲しいですね。
「それより、生徒が作った商品を買い取っていただけるという話は」
「私どもから致しましては、品質に問題さえなければ相場より安価である分、こちらからお願いしたいほどです。どうやら魔獣避けの香や六色結晶まで用意していただけるそうで。そちらも相場崩れのない量と質、金額となれば、ここでの取引が赤字でも元は取れる計算です」
キャラバンにお金を持ってきてもらう作戦はどうやら成功しそうですよ。
これが生徒会システムのもっとも重要な部分です。
まず、今回の予算の穴埋めにおいて、自分が終始したのは『特産物の生産』でした。
もちろん『特産物』とは、生徒たちが実習や授業で作る、実際の効果がある品々です。
元々、生産性の乏しい学園。【宿泊施設】だけの生産性では学園を満たすことは出来ても余剰分は産まれませんでした。
そこで余剰分を作ることも始めました。
生産性を高めるには工場を作ったり、生産数を増やしたりするものですが、今回、自分が行なった方法は『生産の手助けを生徒に行わせる』でした。
生徒会システムは生産を助ける形で生徒たちに依頼を与えます。
本来なら手間のかかる作業を生徒が肩代わりすることで、本職者しかできない作業に集中させ、より多くを作るように促したわけです。
そして、その依頼で生徒たちはお金をもらいます。
お金の一部は学園の販売所で回収しつつ、手持ちのお金をさらに増やす方法を考えさせます。
それとなく『作った物をキャラバンに売れる』と唆したりもしました。
これにより生徒たちは授業外の『特産物』を作ろうとします。
幸い、『特産物』の作り方は授業で習っていますし、純粋にお金が欲しいと思った子なら授業で得た知識を使おうとするでしょう。
その結果、材料調達に学園販売所を利用するでしょうし、錬成に必要そうな素材はすでにキャラバンに安価で売ってもらえる手はずが整っています。
学園販売所で得た利益は予算へ。
生徒たちは生徒会で得たお金を失い、補填分を回収しようとキャラバンを利用する。
キャラバンは生徒たちから買った『特産品』を他所で、高く売るわけです。
生産の向上、特産品の増品、生徒たちの金欠脱出。
これが自分が考えた予算の穴埋め案です。
経済循環によって得られる利益を学園に組み込むことで、半永久的に利益を得続ける。
少なくとも生徒の数と【宿泊施設】、キャラバンの関係がバランスを崩さないかぎり、お金はたまり続けるというわけです。
そして、こうしてキャラバン側からも計算し、その意見を聞くことで売りになるかどうかのお墨付きも得られました。
あとは実際にやってみるまでです。
そして、もしもこの光景を見ている誰かがいたのなら。
邪魔をするチャンスでもあります。
この初動で失敗すれば、予算の穴埋めもうまくいかず、生徒会システムは見直され、余分な時間と労力がかかる分だけ赤字になります。
すでに赤字なのですから、ここで赤字になると更に厳しい状況になるでしょうね。
具体的にはヨモギのスープです。
「今回、護衛には気合を入れてキャラバンを守ってもらう予定です。先生方もお気を付けて」
詳しい話を知っているがゆえに、ロラン商人がそう言ってくれました。
「ロラン商人もしばらくは不便でしょうが、解決に乗り出しています。次回までには必ず安全な羽休めを約束しますよ」
「商人が羽休めするときは眠るときだけです」
「お札を数えるときも?」
「もっとも注意しなければならない瞬間ですね」
自分も注意しなければなりません。
今回の敵は『生徒を狙うより教師を狙っている節』があります。
もちろん、だからといって生徒の守りをおろそかにするつもりはありません。
ましてやキャラバンで売買を行う生徒たちを、大人の狡猾さや暴力から守るために睨みを効かさなければなりません。
どちらもやらなくてはいけないのは、よくよくある話です。
複数の仕事を同時にできないと、仕事ができるとは言えませんしね。




